神隠しと線香花火
「……かくれんぼ、する人……この指、とまれ」
月もない、新月の真夜中に、健太はふるえる声でつぶやきました。ゆっくりと人さし指を立てると、一気に指が冷たくなります。
「ヒッ!」
思わず声をもらす健太でしたが、それでもぎゅっとくちびるをかみしめて、冷たく指の感覚がなくなっていくのに耐えるのでした。
――これで、メイにあえるんだ! だったらおれは――
『月隠神社』で一人でかくれんぼをすると、神隠しにあった者と再会できるといううわさを知ったのは、健太が高校生になってからでした。
「ただのうわさだろ」という同級生たちを無視して、健太は一人で、月隠神社についていろいろ調べていったのです。
『新月の夜、闇が最も濃くなる時間帯に、神社の境内に一人で立ち、神隠しにあった者について念じる。そして、闇に気配を感じたならば、『かくれんぼする人、この指とまれ』と唱えると、境内に神隠しにあった者たちがあふれかえる。強く会いたい者について念じれば、その者だけが闇の中に形作られる……』
それが、健太が調べ上げた、一番詳しい文献でした。新月の真夜中、午前零時に境内の真ん中に立ち、そこで「かくれんぼする人、この指とまれ」と唱えるだけで、幼なじみの、初恋の相手、メイにまた会える……そう思うだけで、健太の胸は躍るのでした。
――あの花火大会の夜に、おれはメイに告白するつもりだったんだ。だけど、メイはいなくなっちまった。村のやつら、神隠しだ、ヒバ様が出たっていうだけで、メイがどうなっちまったのか一つも教えてくれなかった! だけど、おれはあきらめない! メイにもう一度会って、おれの気持ちを伝えるんだ――
背筋が凍るほどに冷たい感覚に、健太はさけびだしそうなくらいの恐怖を感じていましたが、それでもメイの笑顔を思い出して、なんとかその場に踏みとどまります。と、そのとき、月隠神社に一つだけあった街灯が、フッと音もなく消えてしまったのです。星の明かりも消え、境内は完全な真っ暗闇へと変わりました。
「ひっ……!」
境内には、もちろん健太一人しかいないはずでしたが、なぜか肩や背中に、なにかがぶつかる感触がするのでした。まるで満員電車に乗っているかのような、いやな圧迫感がします。健太は思わず目をつぶりましたが、結局目を開けていてもつぶっても、どちらも闇の中なのです。ガチガチと歯を鳴らしながら、メイの笑顔を思い出そうとしますが、闇がもくもくとその顔をおおっていきます。
――思い、出せない――
夢にまで見た、一番会いたい人の顔が、闇で陰って消えていくのです。それはまるで、もう一度メイが神隠しにあっていくような、そんなおぞましい感覚でした。
「やめろっ! 頼む、メイを、メイを返してくれよぉ!」
健太のさけび声すらも、闇は吸いこんで溶かしてしまいます。それとともに、闇の中に、さらに黒い人影が、そこかしこにたたずんでいることに気がついたのです。
「ひぃっ!」
黒い人影たちは、もちろん顔も、からだも、なにもかも陰でおおわれているのですが、それでも笑っているように見えました。歯をむき出しにして、あざ笑うかのような、不快な笑みです。健太は思わずブンブンッと手をふりまわしましたが、手は虚空を切るだけで、黒い人影たちはびくともしませんでした。
「なんなんだよぉっ! メイ、メイッ!」
黒い人影はどんどん増えていき、肩を組んで健太を通せんぼしています。はぁはぁと荒い息づかいで、健太はあたりをきょろきょろします。しかし、どこが神社の出口かわかりません。黒い人影に囲まれて、もはやなにもかもが黒にしか見えず、目がなくなってしまったかのような錯覚に陥ります。
「助けてくれぇっ! メイ、助けてぇっ!」
情けない悲鳴をあげる健太を見て、黒い人影ははやしたてるように笑いました。だんだんとその黒の濃さが代わっていき、じょじょにからだの輪郭がはっきりしてきました。それとともに、顔のパーツがだんだんとわかり、鼻やくちびる、耳、あごなどが、浮かびあがってきたのです。黒い人影が、だんだんと実体化していることに気がついて、とうとう健太はその場からかけだしました。
「出してくれぇっ!」
しかし、黒い人影たちは健太の前で通せんぼして、まるで見えない壁のように健太を押し返します。突き飛ばされてしりもちをつき、それでも健太は起きあがって、別の方向へかけだします。
「ぐぅっ!」
そしてまたもや吹き飛ばされるのです。どこにいっても逃げられず、その間にも黒い人影ははっきりと顔がわかるようになってきました。それとともに、今までは聞こえなかった声までもが聞こえてきたのです。
「……まーだだよー……。……まーだだよー……」
それはまさに、かくれんぼの言葉でした。健太は不意に気づいてしまいます。
――もしこれ、『もういいよ』になったら――
ぶるるっと身ぶるいして、健太はその場に立ちあがりました。足ががくがくとして、力が入りません。ですが、このままじっとしていたら、それこそ『もういいよ』といわれそうで、足を押さえつけてなんとかふるえを止めようとします。
「メイ、メイ……! お前も、こんな気持ちだったのか? 怖かったよな、さびしかったよな……守れなくて、ごめん……」
と、そのとき、黒い人影たちの『まーだだよー』に交じって、どこからかパチパチという音が聞こえてきたのです。聞き覚えのあるその音に、健太はたまらずかけだしました。
「あっちだ!」
音が聞こえてくるほうへ、渾身の力をこめて体当たりします。黒い人影たちの、壁のような感触はなく、つんのめってよろけそうになりますが、健太は無我夢中でまっすぐ突っ走っていきます。
「ハァッ、ハァッ、あ、光だ!」
今にも落ちてしまいそうな光を見て、健太は最後の力をふりしぼってその光に飛びついたのです。そのとたん、健太は思いっきり地面に倒れこんで腕をすりむいてしまいました。
「いてぇっ! ……あれ、ここは……」
腕の痛みに顔をしかめる健太でしたが、そこが神社の入口であることに気づいて、あわてて立ち上がりました。ふりかえって神社の境内に目をやると、街灯こそついていましたが、その闇の濃さは先ほどの黒い人影たちと同じ、すべてを飲みこみ逃がさないほどの密度でした。ぞっとする健太でしたが、その鼻を線香のにおいがくすぐります。
――そうか、そうだった。メイが神隠しにあった日、花火大会のあと、メイと線香花火をしたんだった。線香花火が落ちるのを見て、メイ、ちょっと泣いてたっけ。それでおれ、メイに「好きだ」っていおうとして、でもいえなくて、それで別れて帰ったんだ――
メイが神隠しにあったのは、そのあとだったことを思い出し、健太は自然と神社に向けて手を合わせていました。一瞬、線香花火の光が見えて、それが落ちていくように見えましたが、それもすぐに消えてしまいました。
お読みくださいましてありがとうございます。
ご意見、ご感想などお待ちしております。