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真昼の王様であるソルが眠りに就くと、その代わりに真夜中の女王様であるルーナが目を覚まします。
女王様がソルから贈られた白金色のドレスを纏い、真っ黒な天鵞絨の絨毯が敷かれた夜空に降り立てば、星々の舞踏会のはじまりです。
「さあ今宵も楽しみましょう」
女王様のその言葉に、待っていましたとばかりに、女王様ご自慢の楽団であるエトワールオーケストラが、それぞれの楽器を手に取りました。
今夜の指揮者は一等星のベテルギウスです。いつも元気な彼ですが、今夜はここ一番の大役とあって、いつもよりいっそう力が入っている様子で、力いっぱい指揮棒を振り回し始めました。
オーケストラが奏でるのは女王様お好みのワルツです。星たちはそれぞれペアを組み、三拍子に合わせて、くるくると手を取り合って踊ります。
ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。
星たちが軽快にステップを踏むたび、色とりどりのきらめきが、夜空の真っ黒な絨毯に美しく映えるのです。女王様は、天頂の輝く玉座に座り、その光景を見守るのを、殊更好いていらっしゃるのでした。
踊る星たちが纏う色は様々で、数えきれないほどたくさんの色彩が広い宇宙を彩ります。
白、赤、青、橙、緑、紫、藍、黄、濃い色、薄い色。
そればかりではありません。一目で心を奪われるような強烈な輝きから、目を細めなければ見えないくらいの細やかな輝き。
星がその身体から発する輝きもまた、その色彩と同じように、一つとして同じものはないのです。
それぞれがそれぞれの色と輝きを身に纏い、星たちはペアを組んで踊るのです。
息の合った星々のペアの踏むステップは、お互いの色が混じり合い、輝きが増し、より一層美しく周囲を魅了します。
だからこそ星たちは自然と、より息の合う相手……つまりは、好意を持つ相手とペアを組むようにしています。
好意と言っても、それは恋愛感情のみならず、親愛、友愛など、そこに込められた意味合いは様々です。ですがいずれにせよ、一人で踊ろうとするような星はいません。そんな真似をしても、みっともないだけだと、誰もが知っていたからです。
けれども、そんな中で一人、たった一人でステップを踏む星の少女がいました。
彼女の名前はアデュラリア。
鮮烈ながらも不思議と眼を射ることは無い銀の輝きを持つ星の少女です。星たちの中ではまだまだ年若い彼女でしたが、その銀の輝きは見る者の目と心を奪う、それは美しいものでした。
真っ直ぐに伸びた髪は、夜空の最高級の紬糸たる蜘蛛座の銀糸。長くびっしりと生え揃う睫毛に縁どられた大きな瞳もまた、輝く銀色。薄紅色に色づく唇に、通った鼻筋、すんなりと長く伸びる手足は透き通るような白。
纏う衣装はシンプルな白のワンピースで、裾には天の川の底からさらった細かな砂銀が散らしてあり、彼女がステップを踏むたびに翻ってはきらきらと光を反射します。
肩からかけたショールは、織姫と謡われるベガに織ってもらった特別製で、アデュラリアの輝きを透かしてなびきます。
とは言え、そんなただ見かけばかりが美しい少女星であったのなら、いずれは飽きられ、忘れ去られたことでしょう。
けれどアデュラリアは、その容姿以上に、ただ純粋に、誰よりもワルツが上手でした。そして、彼女自身が、踊ることを何よりも愛していました。
アデュラリアは、女王様の下で開かれる舞踏会がいつも楽しみで仕方がありません。
たった一人でワルツを踊るという滑稽な行為も、彼女がするならばそれが当然のことのように思えるのです。
『アデュラリアがステップを踏めば、銀の欠片が零れ落ちる』。
そんな噂が立つほどに、アデュラリアのワルツは美しく、宇宙に輝きをもたらすのでした。
そして今宵もまた、舞踏会に彼女が現れると、自然と他の星々は道を空け、彼女を女王様の御前へと誘います。
女王様もそんなアデュラリアがお気に入りです。アデュラリアのワンピースの裾から覗く白い足を飾る、触れれば壊れてしまいそうなほどに繊細な作りの銀の靴も、女王様が手ずから彼女に渡したものでした。
それが、アデュラリアという少女星でしたから、彼女とパートナーを組みたがる星はたくさんいました。
けれども彼女はこれまでに一度たりとも、その誘いを受けたことはありません。どんなに言葉を尽くされても、どんなに贈り物を贈られても、アデュラリアは、差し伸べられた手を取ろうとはしません。
彼女は今宵も、一人でステップを踏むのです。
「よう『一等星』。今宵もご機嫌麗しく」
ワルツを一曲踊り終え、女王様に向かって一礼を捧げたアデュラリアに、親しげに声をかけてきた少年星もまた、アデュラリアが袖にし続けている星たちの内の一人です。
腰まで長く伸ばして首の後ろで結ばれた、銀がかった紅色の髪はまるでさそり座の尻尾の様です。鋼のような光沢のある黒いジャケットは、彼の自慢の衣装で、仕立て屋であるかに座のアルタルフが、危険を顧みずブラックホールにまでわざわざ赴いて染め上げた一品で、鈍い銀色のボタンや鋲が袖口や肩を飾っています。一番目立つボタンはかの有名なポラリスから贈られたものだそうです。
そんな彼は、髪と同色の、普段は鋭く切れ長であるはずの瞳をからかうように細めて、にやにやと笑っています。
いいえ、からかうように、というよりも、現にからかっているのでしょう。そもそもアデュラリアは一等星ではないのです。それなのに『一等星』と呼ばれる所以は、彼女が一人で踊ることを貫いていることに対する、揶揄や羨望、そして嫌味を込めて付けられた呼び名でしたから。
アデュラリアはにっこりと笑いました。
相手がアデュラリアを貶めようとしている訳では無いことくらい、付き合いの長さで解っているのです。
「ええ、パイラルガイサイト。今宵もいい夜ね」
パイラルガイサイト。それが銀がかった紅い髪と瞳を持つ少年星の名前でした。
長い尻尾髪を揺らして近付いてきたパイラルガイサイトは、その端正な顔をアデュラリアの顔に寄せて、囁くように告げました。
「ああそうだな、いい夜だ。なぁ今日こそ、俺とペアにならないか?」
「それとこれとは話が別だわ」
近いから離れてちょうだい、とアデュラリアは少年星の顔を押し返します。
これもいつものやりとりでした。が、いくらいつものやりとりだとは言え、あっさりとすげなく断られて面白いはずもありません。
むっとした表情を隠しもせず、パイラルガイサイトはあてつけのように盛大な溜息を吐きました。
「いい加減にしないと本当にあぶれ者になっちまうぞ。早く諦めて俺と踊ろうぜ。俺以上にお前と最高のステップを踏める奴なんて、この広い宇宙の何処にもいやしないんだから」
「あら、パイラルガイサイトこそ、早く諦めてわたし以外の星とペアになったら?あちらのお嬢さんたちはあなたをお待ちかねよ」
自信たっぷりの少年星の言い様に、アデュラリアは肩を竦めてパイラルガイサイトの後ろを指差しました。
その先には、パイラルガイサイトがやってくるのを今か今かと待ち焦がれている、若く色とりどりの少女星たちが群を成しています。
けれどもパイラルガイサイトは、解ってないなと言いたげに大仰に首を振り、アデュラリアの銀の髪に指を絡めました。
「俺はお前がいいんだよ。自慢じゃあないが、俺は色だって輝きだってイカしてる人気者だぜ?」
確かにその通りです。アデュラリアとてそれを認めていないわけでは無いのです。
パイラルガイサイトの輝きはアデュラリアの輝きに負けず劣らずで、その色彩もまた珍しく、周囲の注目を集めます。
パイラルガイサイト自身がアデュラリアにパートナーになってほしいと求めているので、当然彼にはまだ決まったパートナーは居ません。
ですが、その座を狙う少女星たちが数多いることを、普段から受ける嫉妬の視線から、アデュラリアはよく知っていました。
そしてそれは、彼自身も同様の様で、パイラルガイサイトが肩越しに振り返り、少女星たちにウインクをひとつ投げかけます。
途端にキャア、という黄色い歓声が上がり、少女星たちは嬉しげにきらきらと瞬きました。
その様子を満足げに見遣り、再びアデュラリアに視線を戻しました。指に絡ませた銀の髪に、パイラルガイサイトの唇が寄せられます。
「なあアデュラリア、俺のどこがだめなんだ?」
「あなただからだめって言ってるんじゃないの。ただわたしは、今は相手が誰であってもペアを組む気は無いの」
黙っていればどこまでも調子に乗りかねない少年星の額をぺちんと叩いて、彼の指から髪を引き抜き、アデュラリアはこの話はもう終わりだとばかりに強く言い切りました。
アデュラリアのその思いが伝わったのでしょう。渋々ながらもパイラルガイサイトは天鵞絨の絨毯を蹴り、アデュラリアから離れていきます。
「俺は諦めないからな」
そう言い捨てて、彼を待ち構えていた少女星たちの群れに消えていくパイラルガイサイトを見送り、ほっとアデュラリアは息を吐きました。
パイラルガイサイトは決して悪い星ではありません。一見して勘違いされがちですが、彼はむしろ、弱い星がいじめられているのを見逃せない正義感溢れる星なのです。ワルツのステップも卓越しており、他の少女星たちが彼と踊りたがるのも頷けます。
けれどパイラルガイサイトの鋭いナイフのような輝きは、アデュラリアには時に刺激が強すぎるのです。
そんなアデュラリアの背後から、くすくすと笑い声が聞こえてきました。
「パイラルガイサイトも相変わらずねぇ」
「…もう、笑い事じゃないわよ、シルビン」
振り返ると、そこにはアデュラリアがよく知る少女星が立っていました。
くるくるとしたオレンジ色の巻き毛を肩口で切り揃え、その同色の瞳には悪戯げな光が浮かんでいます。アデュラリアとは正反対の、乙女座の麦穂のような褐色の肌は健康的で、なめし革のように滑らかです。
動きやすい膝丈のドレスのスカートの下にはたっぷりとパニエが重ねられています。その裾の飾りには、子ぎつね座が生み出す明るいオレンジ色の狐火が飾り付けられており、彼女が踊るたびにちらちらと揺れて見る者の目を楽しませるのです。
どこか幼げな印象を抱かせる顔立ちの少女ですが、そんな彼女が多くの星々と浮名を流していることを、アデュラリアはよく知っていました。
何故なら、このシルビンという名前の少女星は、アデュラリアにとっては大切な親友の星なのですから。
シルビンはアデュラリアの手を取って、人目に付かない舞踏会の片隅までやってくると、いつものように明け透けなく口を開きました。
話題はもちろん、宇宙中の誰も気にするアデュラリアのパートナーについてです。
「あれだけ粘ってくる相手なんてあいつくらいでしょ?もうパイラルガイサイトに決めちゃってもいいんじゃない?」
あいつなら誰も文句なんて言わないしちょうどいいじゃない、とからからと笑うシルビンとは対照的に、アデュラリアはうんざりとした表情を浮かべました。
「だって、一人で踊る方が気持ちがいいんだもの」
アデュラリアが誰からの誘いも受けないのは、相手に問題があるからではありません。ただアデュラリア自身が、ただ一人で踊りたいと思っているから、ただそれだけなのです。
それのどこがいけないことなのでしょう。アデュラリアは不思議でたまりません。
ペアを組もうと迫ってくるパイラルガイサイト達のことも、アデュラリアのことを『一等星』と呼ぶ星たちのことも、アデュラリアにはちっとも解りません。
一人で踏むステップはどこまでも自由で、気持ちがいいのです。オーケストラがワルツを奏で始めれば、アデュラリアの身体は自然とステップを踏み、心は浮き立ち、輝きは増し始めます。
ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。
星たちの中心で踊るあの楽しさを、アデュラリアは愛してやみません。
それはパートナーと踊る楽しさを知らないからだ、と言われたことがあります
。ペアを組み、パートナーと踊るワルツほど楽しく美しいものはないと、他の星たちは口々にそう言います。
けれどアデュラリアはそれに対して反論します。あなたたちだって、ひとりで踊る楽しさを知らないじゃない、と。
誰の力を借りることもなく、ワルツを踊り終えたときに得る満足感と達成感、賞賛と賛美の声。
それらは他の誰でもない、一人で踊るアデュラリアだけのものなのです。
「とにかく、わたしは今のままで十分なの。女王様だって認めてくださってるんだからいいじゃない」
「はいはい」
「もう、シルビンったら、本当は解ってないでしょう」
「だってあたしはペアを組むほうが楽しいもの。色んなパートナーと組んで、色んなワルツを踊るのが好きなのよ。あんたが一人で踊る方がいいって言うのが解らないのも当然でしょ?」
シルビンの、聞き分けのない妹に言い聞かせるような言い振りに、アデュラリアは口を閉ざしました。
大好きな親友にまでそう言われてしまうと、なんだか悲しくなってきます。
シルビンは困ったようにその愛らしい顔に苦笑を浮かべました。
「ほらほら、そんな顔しないの。もうそろそろ今夜の舞踏会もお開きよ。最後にもう一曲、踊ってきたら?」
「……ええ、そうするわ」
背中を押され、再びアデュラリアが会場の中心へ赴こうとした、その時でした。突然響き渡った、ゴオオオオ、という大きな音に、オーケストラの音楽が掻き消されたのです。
「――宇宙船だ!」
誰かが叫びました。それと同時に、それまでの優美な雰囲気が一転しました。
楽しげに踊っていた星たちが、皆、悲鳴を上げて舞踏会の会場から飛び出していきます。
何が起こったのか解らず固まるアデュラリアの目に映ったのは、大きな大きな、鋼色の塊でした。
それこそが、舞踏会に乗り込んできた、無粋な無法者。
宇宙船と呼ばれるデカブツに乗り、宇宙服などという不格好なハリボテを着てやってくる人間です。
星たちは誰もが、自分たちを両手ですっぽりと覆えるくらいに大きい人間たちを恐れていました。
それだけでも恐ろしいのに、人間は、星たちが集まる舞踏会の時間を狙ったかのようにやってきては、星たちにとって大切な舞踏会の時間をぶち壊していきます。
けれど星たちが人間を恐れている理由は、本当は、彼らがとても大きな生き物であるからでも、舞踏会をぶち壊されるからでもありません。
人間は、恐ろしいことに、星たちを捕まえて、そのまま連れ去ってしまうのでした。
人間に連れて行かれて、帰ってきた仲間は誰もいません。
それなのに、星たちには、人間に抵抗する術はなく、ただ逃げ惑い隠れることしかできないのです。
天頂の玉座では、女王様が必死に星たちに逃げる様に呼びかけていらっしゃいます。
「アデュラリア、こっちよ!」
親友の呼び声に、アデュラリアはハッと息を飲んで慌てて駆け出しました。しかしその瞬間、アデュラリアの肩からショールが舞い上がりました。
「あっ!」
「何しているの!? 早く逃げなきゃ!」
「だめよ、ショールが! シルビンは先に逃げて!」
あのショールは、ベガが忙しい中、アデュラリアのためにとわざわざ織ってくれたものなのです。アデュラリアは親しい星が少なく、その少ない親しい星のことをとてもとても大切に思っていました。そんな数少ない星がわざわざ自分を想って作ってくれたものを、こんなことで失ってしまうのは、耐えられないことでした。
逃げ惑う星たちの波に逆らいながら、アデュラリアは必死にショールを追いかけます。
周囲では逃げ遅れた星たちが人間に捕まっているのが目に入っていましたが、アデュラリアはそれでも退き返そうとはしませんでした。まるで何かに引っ張られるかのように、ショールはどんどん飛ばされていきます。
そうしてアデュラリアの体力も尽きかけたころ、ようやく、ショールの端をその手に掴むことができました。
「ああよかった!」
ショールを抱きしめてアデュラリアは喜びます。けれどその喜びはすぐに恐怖に塗り替えられることになりました。なんということでしょう。
「人間!」
アデュラリアの目の前にいたのは、舞踏会には全く以て不似合なハリボテ――すなわち、人間が浮かんでいたのでした。
無機質な白を基調として、金色のラインがところどころに入ったそのハリボテを着た人間を前にして、アデュラリアは自分の終わりを確信しました。
自分を見下ろす大きな人間がその手を伸ばせば、あっという間にアデュラリアは捕まってしまいます。
ああもう、踊ることもできないのかしら。
そう思ってぎゅっと目を瞑るアデュラリアの耳に入ってきたのは、意外な言葉でした。
「こんなところにいたら捕まってしまうよ」
「え?」
きょとん、とアデュラリアはその銀の瞳を瞬かせました。
星の目には人間の姿がそのまま見えますし、星の耳には人間の言葉がそのまま聞こえます。
けれど人間の目には、星の姿は、ただの光の塊にしか見えません。星の言葉も、ただ輝きが瞬いているようにしか見えません。
人間の言葉を星が理解できるだなんて、人間が知っているはずがありません。だからアデュラリアがどれだけ戸惑っているかなんて、この人間には伝わらないでしょう。
戸惑うままに動けずにいるアデュラリアを、人間はそのハリボテを付けた大きな手でそっと押しました。
その手は優しく、まるで壊れ物を扱うかのように気遣いにあふれたものでした。
「さあ、行って」
ハリボテ越しのくぐもった声がアデュラリアを促します。アデュラリアには何が何だかわかりませんでしたが、とりあえず、人間が自分を見逃してくれようとしていることだけは解りました。
押されるがままに宙を蹴り、その場から駆け出しました。途中、振り向くと、人間はもう宇宙船へと帰還していくところでした。
アデュラリアはまるで夢でも見ているような心地になりながら、ふらふらといつもの自分の軌道へ戻ります。
そこには、舞踏会の会場で別れた親友星が待ち構えていました。
「ああ、アデュラリア! 良かったわ、無事だったのね!」
勢いよく飛びついてきて、ぐりぐりと自分を抱きしめるシルビンを抱きしめ返しました。
どうやって助かったのかと訊かれ、アデュラリアは人間に助けられたのだと答えようとしました。けれど何故だかそれが言葉にできません。
口ごもるアデュラリアに、シルビンのオレンジ色の瞳に訝しげな光が浮かびます。
「アデュラリア?」
「わたしにもよく解らないの。きっと、運が良かったんだわ」
たまたま遭遇した人間が、変わり者だったのだと。きっと、そういうことなのでしょう。
シルビンは何やら納得がいっていない様子でしたが、当の本人であるアデュラリアにだってよく解っていないのですから仕方がありません。
とりあえず二人で、お互いの無事を喜び合った後、癖癖した様子で、シルビンが肩を落としました。
「これでしばらくは舞踏会はお休みになっちゃうわね。あの宇宙船がいつまであそこに居座るつもりか知らないけど、さっさと消えてくれないもんかしら」
宇宙船は一度現れると、シルビンの言葉の通り、しばらく舞踏会の会場に留まって、星狩りをするのです。だから星たちは、その間は舞踏会の会場には近寄れず、できる限る輝きを潜めて宇宙船が帰還するのを待つしかないのでした。
その間は当然、舞踏会など開けようもありません。踊るのが何よりも大好きな星たちにとっては、それはとても苦痛な時間でした。
「本当残念だわ。ねぇ、あんたもそう思うでしょ?」
「え、ええ。そうね」
「アデュラリア?」
どこかおかしい親友の様子に気付いたのでしょう、心配そうにシルビンがアデュラリアの顔を覗き込ます。アデュラリアはなんとか笑みを浮かべました。
「大丈夫よ。少し疲れてしまっただけ」
「そう?ならいいんだけど」
無理はだめよ、と言い置いて、シルビンは自分の軌道へと戻っていきました。そんな親友を見送って、アデュラリアは自分の胸を押さえます。そうして、舞踏会の会場の方向、つまり、宇宙船が停船している方向へと視線を向けました。
アデュラリアの軌道からではその姿は見えません。けれど確実にあの宇宙船は、視線の先にいるのです。あの人間が、いるのです。
アデュラリアは胸を押さえる手をぎゅっと握り、睨みつけるように銀の瞳を細めました。