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第九話

「逃がすかっ!」


 透明化インビジビリティか、いや詠唱が聞こえなかった所から見て、あらかじめステルスフィールドを形成していたのか、小屋の屋根から飛び降りる途中で姿を消したメルギナを追おうとするコルネ。

 だが、その肩をレダは掴んで止めていた。発動していた"隠形ハイディング"によりコルネごと光学迷彩の中に隠れながら、音もなく着地したレダは溜め息を吐いてみせる。


「待ちなって。あんたはあたしと一緒に<異形>と鬼ごっこをする役だったろう。全く、作戦も何もあったもんじゃないね」

「そんな事言ったって……」


 不満げな顔を向けるコルネ。それに苦笑を返しながら、レダは続ける。


「まあ、ね。あんたが飛び出していった後とは言え、保護対象がこっちに攻撃魔法をぶっ放してくるんじゃ前提からして狂ってる。救出なんてのはのっけからご破産だ……が、連中は待っちゃくれないからね」


 <異形>はじりじりと距離を詰めていた。包囲されれば、冗談ではなくここで全滅しかねない。本来ならば即座に逃亡を選びたいところだが、身を隠した妖術師がそれを許すまい。"隠形"を解除したレダは、<異形>の気を惹くように矢を放ちながら駆けた。同時に、思い出したように問いを発する。


「メルギナ……あんた、まさか呪葬のメルギナかい?」

『ほう、知っている者もいるものだね』


 発信源を悟られぬためか、辺り一面に反響する声が答える。並走するコルネは、レダを見る目に奴は何者なのかという問いを乗せていた。


「最悪――と言っていい呪殺請負人さ。と言っても直接は知らないがね。十年以上も前に隠居して、今ではほぼ死んだと思われてる過去の大物だよ。死体が確認出来ないんで賞金首リストには未だに名前が載ったまま、だからあたしにも聞き覚えがあった。……そのあんたが、賞金稼ぎですらないただの野盗に殺されるとはね」

『ああ、間抜けな話さね。連中はこの首を筆頭に、価値あるものにゃ何一つ気付きもしなかった。不覚を取ったのがそんな奴らだと知った時には情けないやら悔しいやらでね。老いってのは怖いもんだ』

「……それで、化けて出たって訳かい」

『ふふ……いいや。化けて出た後さ、そんなものを知れたのは。幾らあたしだって、死んだ後になってまで意識を維持出来る訳じゃない……』


 ちらりと、レダはカティアに目配せを送る。黙々と術札を設置し続けていたカティアはうなずくと、そのうちの一枚に起動を指示した。瞬時に展開した術札は魔力文字を束ねた螺旋槍を形成し、風切り音を立てて射出されてゆく。

 攻撃魔法ではなかった。槍状にすることで弾速と干渉力を高め、攻撃魔法の相殺も可能なように調整された解呪ディスペル・マジックだ。それは設置されたステルスフィールドの一つを撃ち抜き、隠れていたメルギナの姿を暴き出す。


「ふん、探っていやがったかい。だが……仕込みの時間はこっちも同じだ」


 言って、メルギナも周囲に浮かべた紋章を叩く。火炎槍ファイアランスが次々と射出され、迎撃するカティアの解呪とぶつかって砕け散ってゆく。

 魔術師同士の戦いとはこのようなものだ。解析を走らせながら数々のトラップ魔法と攻撃魔法、対魔法障壁を設置し、ぶつけ合わせる。魔術の一つ一つはあまり大きな効果を持つ訳ではなく、その防御も容易いため、手数とその組み立てこそが重要であり一度押され始めれば覆し難い。

 見る限りカティアが劣勢だった。解呪を抜けた火炎槍がカティアに迫り、斜めに構えた障壁に流されて爆炎をぶちまける。これがたとえ直撃していたとしても即、致命傷とはならないのが神兵アイオーンの強みだが、至近弾を食らうプレッシャーはカティアの顔に焦りを刻んでいた。

 だが、メルギナも深追いを避けるかのように新たに設置したステルスフィールドへと駆け込む。その姿が掻き消え、足音も、詠唱の声すらも聞こえなくなる。1対1の戦いではないのだ、たかだか人間の野盗程度に刺し殺されたように、コルネ辺りに覚悟を決めて接近されれば勝敗は決してしまう。

 メルギナの方に、はなからまともな戦いをする気などなかった。ほどほどに動きを封じ、<異形>のアシストが出来ればそれで良いという事だろう。


「さて――」


 どうするか、とレダは呟き、ルークに視線を送る。作戦は既に破綻してしまっているが、新たな指示はまだない。ルークは唇を引き結んだまま立ち尽くしていた。


 ※


 頭の中でぐるぐると回っているのは、ただ一言。『また、自分は判断を誤ったのか』ということだ。

 ルークが神兵アイオーンとなってから下した判断に信念と呼べるようなものはなかった。しかしただ一つ、基準と言える傾向はある。


 それは、可能な限り安全と思える選択をする、というものである。


 任務を遂行する上で最も優先されるべきことが、一兵も損じないことであるならばそうなるしかない。手の届く範囲内にあるものを慎重に拾い集める。飽くまで余裕をもって、無理をしなければ届かないものであるならば容赦なく見捨てる。

 それを見極めることが"予知プレコグ"を持つ者として、ルークに期待された役割であると彼自身は思っていた。

 <異形>の能力はある程度その姿から類推されるものが多いとはいえ、それが全てではない。先にも言った通り似たような姿でも全く異なる能力を持つ場合があり、同じ<異形>は二度とは現れない。分類することも、名付ける事も出来ない存在だ。

 ただその大きさによって小型・中型・大型と呼ばれているだけに過ぎない、決して対処に慣れることも、解き明かされることもない"未知"の難敵。

 そのようなものを相手にしているのだから、臆病なくらいで丁度良い。そういった考えで選んだ先の展開に、本当に上手く行ったと思えるものなど何一つなかったが、今回だけは明らかな自分の失策である、自分の決めた基準すら騙した末の事態であるとルークは思っていた。

 これは対処を決める段階から、放置して逃げることを決断するべきだったのだ。

 周到に策を練った上で待ち構えての殲滅か、最初から相手にしないか。この二択しかなかったというのに。


 それが出来なかったのは――やはり、情に流されたのか。


 仕方がないじゃないか、とルークは奥歯を噛んだ。ただの数字じゃない、間近で顔を見て、その声を聞いてしまった人間を、まさに窮地へと追い込まれた時でもなく、ただ不利になりそうだから程度の理由で見捨てるだなんて、出来るわけがない。

 それを正当化し、即座に忘却出来るほどのエゴと狂信をルークは持ち合わせない。

 レダは気付いたのだろう。ルークが抱える負い目のために保護などという無駄なリスクに手を伸ばしてしまったことを。それで彼女は僅かに気を良くしたのだろうが、それがどうした。

 結果的に保護も、殲滅も、損害無くこの場を切り抜ける事すら、成し得なくなりつつある。コルネにあんな事を言っていながら、一番理解出来ていなかったのは自分だという馬鹿らしさだ。


「隊長。……ルーク! 聞こえてるかい? 攻撃指示をおくれ!」


 響いたレダの声に、一瞬にして苛立ちが膨れ上がる。続く轟音は加粒子槍の発射音。ウナがもう<異形>との交戦に入ったか。そちらは既存の作戦通り、であるならば求められる攻撃指示の内容はわかりきっている。

 メルギナを早々に始末してここを離脱。取れる手段はその程度だろうさ。だが、それを素直に選ぶのは腹立たしかった。ああもう、やってやる。ここまで状況が悪くなったのなら、好きにしてやる。

 ルークはレダの言葉を無視して、声を張り上げた。――僕にも喋らせろ。


「呪葬のメルギナ。貴女は……どうして出て来たんです?」


 問いながら、ルークはメルギナ・ドーラックについての評判を思い出す。

 "呪葬"という二つ名の通り、その老婆は病死と事故死、自殺の演出家だった筈だ。儀式魔法やマジックアイテムによって他者を操り殺害するという手口を用い、優秀な付呪師として名も顔も隠さぬままルーンガルフの貴族連中に多数のスポンサーを持っていた人間。

 それが権力争いの一環として正体を暴かれ、その後は異端として教会による執拗な追撃を受けた。


「貴女がこうして直接戦闘に出るというのは、どうにも腑に落ちない。更に、いきなりこちらに対してあからさまな敵対行動を取った理由が分からない。幾ら教会に恨みがあると言ったって、その姿を手に入れたのならば潜伏し続けた方が得でしょう」

『……だろうねえ。だが、残念なことにこいつはあまり長持ちしないんだ。万一の際、あたしの痕跡を消すために残しておいた仕掛けの一つだからね』


 会話には乗ってきた。長引くほどに不利になるのはこちらなのだから当たり前か。


「ついでに、偶然やって来た神殿騎士隊に一矢報いられるなら幸いと?」

『そういう事さ。まあ……本当に偶然なのか、というのは疑わしいが』


 それはそうだろう、<異形>の居る場所へ迷いなく2度現れたのだから。何らかの探知能力を持っていると推測されるのは当たり前ではある。これについては特に隠せとも言われてはいないことだが。

 それよりも気になるのは、メルギナが<異形>の存在を前提として――この場に居て当然のものと思っているのではないか、ということ。そんなことがあってはならないのだが。


「カティア、メルギナがどういった術式であの身体を操っているか、わかりますか?」


 小声で問いかけたルークに、カティアは魔導書グリモワールのページに指を添わせながら唸る。背に浮かび上がる魔法陣のうち最も左上のビナーが輝きを増した。


「"憑依"というほど高精度の魔術とは思えません。おそらく、小屋に戻ってから着替えたのだろうあの服を媒介にした"傀儡"。それを簡易な疑似人格によって動かしている」


 受け答えがスムーズなのは服にこびりついた血によって、死体からいくらかの霊的要素を継いでいるから。初手で使用した魔術が、コルネへの攻撃より小屋を燃やすことを優先したように思える事からも、実際にはかなり重い行動制限がかかっているのではないかとカティアは予想していた。

 かつて使っていた手口の延長線上ということだ。ならば、行ける。


「方針に変更無し! 作戦も大筋で変わりなし! 受け持ちの敵に意識を集中して下さい」


 ルークは叫ぶように言った。それを聞いたレダは、正気かと言うように目を見開いていた。

 構わずルークは腰に吊っている刃渡り30センチほどのショートソードを抜く。


「あれは、当初の予定通り、僕が処理する」

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