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中途半端な者同士の授業

この回は、ヒカリ視点です。ヒカリにとっての初授業はどう映ったのか。

私ににとっては、本当の意味で授業を受けるのは、今日が初めて。


今までは1日ごとに一つのクラスについて、自分の姿を見ることができる人を探していた。クラスも学年も違ければ、日にちも違う。それぞれのクラスが受けている授業の内容がバラバラになるのは当然のこと。


だから、私は今まで教壇に立つ大人の話なんて、右から左へ抜けていた。


翼を見つけた時、自分を見つけてもらった時、彼のことを出来うる限り知りたいと思った。だから彼の自宅にお世話になったし、椅子に座っている翼の隣で、自分も授業を聞いてみたいと申し出た。


彼と同じものを見ていれば、彼のことがわかるだろうという願いをもって。



「それでは、今日からは新しい範囲に入っていくことになります。だだ、まずはその範囲に関わる、今まで学習してきた基本的な部分からおさらいしていきましょう。」


翼のクラスの1時限目は数学。見た限り30歳前後の若めの男の先生が説明と共に黒板に書き込んでいく。残念ながら、自分は物に触れることができないので、何かにメモを取る事はできない。授業を理解するには翼が開いている教科書とノート、黒板の板書が頼り。


「・・・・・・。」


その翼といえば、黒板とその先生の説明を、さらに噛み砕いてノートに書き込んでいた。解説をそのまま写すだけでも十分なはずなのに、翼はそれをさらにわかりやすくしているようだ。


それだけでも、翼がいかに勉強熱心なのかがわかる。朝、家を発つ前に交わした約束の意味が、少しだけ理解できた。


翼と交わした約束の三つの約束、その一つ目が『授業中は、基本的には話しかけてこないこと』だ。


それを聞いた時、もちろん最初はそれについて異議を唱えた。しかし、


「話し声は他の人の授業の妨げになるのでダメです。」


と、もっともな理由を言われてしまった。


でも、今ならこの約束の本当の意味は別なところにあったのだとわかる。


初めて出会ってから今までで、翼がとても真面目な性格であることは、十分過ぎるほど理解できた。だから、翼は話しかけられて授業への集中を切らされる事を嫌がったのだと思う。


それは今、話されたことをさらに噛み砕いてノートに取っているということを鑑みても。それが、ものすごく集中力のいる作業だということは、初めて授業を受ける私にも分かった。


実際、翼のまとめたノートはとても分かりやすかった。これを見るだけでも先生の説明、黒板に書かれた内容、そして今先生が解いている例題のことがすぐに理解できる。


「それじゃあ、今から黒板に書く三問を、解いてみてください。」


そう言って、先生が黒板に問題を書いていく。クラスにいる人たちは、それを一通りノートに書いて、問題を解き始める。もちろん、それは翼も同じ。


出題された問題は三問。翼が二問目を解き終えそうなところで翼に話しかける。


「ねぇ、翼。」


それを聞いた翼は、ほんのちょっとだけ横を向いて、すぐノートに顔を戻す。そしてノートに字を書いていく。『どうかしましたか?』と。


これが、翼との約束の二つ目。『授業内で会話する時、翼は筆談で行う』という事だ。これについても、


「授業中に僕が話し声を上げるのは、やはり他の皆さんの妨げになりますし、それに他の人にヒカリさんが見えてないのですから、変に思われてしまいます。」


というのが主な理由であった。でも、


「先生が話していない時なら、別に話しかけてきても構いませんよ。」


と、会話する事を禁止するわけではなく、そう譲歩してくれているのは、翼の優しさが現れているのだと思った。


だから、基本的には静かにしているようと思いつつも、その優しさに甘えようと思うのだった。


「次の問題、私が解いてみたい。」


「えっ・・・?」


そのお願いを聞いた翼は、一瞬固まって、シャープペンシルを落としてしまう。それを慌てて拾い上げて、ノートに再びメッセージを書き込む。


『それは構いませんが、解けるのですか?』


「ちゃんと先生の話は聞いてたし、それに翼のノートがわかりやすいから、多分大丈夫。」


『いえ、そこは疑ってませんが、ヒカリさんはどこでどうやって問題を解くのですか?』


「それはこうすれば。」


そう言って、シャーペンを持つ右手に手を伸ばす。翼の持っている物になら、自分も触れられる。それを利用すれば、翼の手の上から、シャープペンシルが握れて、ノートに字を書くことができる。


「ちょっと、ヒカリさん?」


小声で話しかけてきた翼を無視して、手を動かす。翼は、最初は握られる事に抵抗があったようだが、すぐに諦めて私の動きに任せる。


紙に字を書いたことはなく、繊細な動きもできないため、大きな字になってしまうが、構わず数式を書き込んでいく。


そうして、その一問を解き終わるタイミングで、先生から答え合わせの号令がかかった。


「どちらの問題も、基本に則っていれば解ける問題です。計算ミスだけには気をつけるように。では、この問題の答えですが・・・。」


先に翼が解いた二問。翼が間違えることはないと思ったけど、やはりどちらも正解。問題は三問目、自分が解いた問題。


「三問目は、2/5になります。この辺りは皆さん大丈夫でしょう。」


ノートに書いたものと一致する。


「やった・・・っ!」


つい、そんな声が漏れる。


「やった、やったよ! 翼!!」


隣にいる翼も、微笑みで応えてくれる。


それと一緒に、手に持っていた赤ペンで、私の解答の上に大きな花マルを描く。


『初正解、おめでとうございます。』そんなコメントを添えて。


1限目はそんな風に、楽しく過ごすことができた。


ただ、それは数学の授業が偶然にも今日から新規範囲だったから。2限目からの地理、政治経済、古典の授業はそうはいかず、私にはちんぷんかんぷんであった。


「〜〜〜・・・・・・。」


4限目が終わる頃には、私からは生気が失われていたと思う。干された洗濯物のように、のっぺりしながら浮かんでいる。頭からプシューと、煙を吐きだしながら。


「大丈夫ですか、ヒカリさん?」


「だいじょーぶー。ちょっとつかれただけだからー。(ぷすぷす)」


その様子を見たの翼も、流石にコメントをしづらい状況のようだ。


「特にあの古典ってなんなの!? あんなの日本語じゃないじゃん! 暗号だよ暗号!」


「まぁ、気持ちはわかります。僕も最初はそうでしたから・・・。」


あはは・・・と、愛想笑いする翼であった。


「おーい、羽場〜。食堂行こうぜ〜。」


「はい、今行きます。」


ドアの外から翼を呼ぶ声。朝翼と話していた宮木昌也くんと、あと2人。確か、お昼を一緒にする約束をしていたな。


翼はいくつかの荷物を持って椅子から立ち上がる。


「あれ、羽場? その荷物は?」


「5限目の英語の荷物ですよ。次の授業は食堂と同じS棟ですから。それに四階と一階を行き来するのは大変ですからね。」


「なるほどな〜。羽場ってその辺はほんと抜かりないよな〜。」


そんな会話を黙って聞きながら、歩いていくみんなについていく。


一階まで階段を降りて、渡り廊下を通ると、翼の言っていたS棟につく。右に曲がった奥に、目的地の食堂があった。


「流石に行列だなぁ。」


「いつも通りですし、こればかりは仕方ないですね。」


「俺達は先に席を確保しに言ってくるな〜。」


「よろしくお願いします。」


「おう、頼むわ。」


行列を並んで、食券を買って(もちろん翼以外の三人の奢りで)、確保した席について食事を取る。その間にも、翼は他の3人と楽しそうに会話している。


そんな様子を見ていても、やはり翼にはちゃんとした交友があるのだとわかる。朝言ったことは、やはり失言であったと反省。


「さて、そろそろ戻るか。羽場は直接5限の教室に向かうんだよな?」


「そうなりますね。みなさん、ごちそうさまでした。」


「いやいや〜、良いってことよ〜。今日分の指名を全部肩代わりしてくれたんだしな〜。」


「じゃあまた後でな。」


「はい、また後ほど。」


そう言って、一緒にいた3人は教室へ戻っていった。


私にとってはようやく、そして久しぶりに2人きりになる。


「ごめんなさい、ヒカリさん。お昼ご飯食べさせてあげられませんでしたね。それにあまり話しかけられなくてごめんなさい。」


今度は翼の方から話しかけてきた。


翼との約束の三つ目。『2人きりになるか、話し声が周りに聞こえない時には会話OK』。


これまでは、翼から私に話しかけるタイミングがほぼなかった。そのことを気にしてるようだ。


「ううん、大丈夫だよ。それは約束だから仕方ないよ。あと、もともと私は、なにも食べなくても良いんだから。でも・・・。」


「?」


「夕ご飯はちゃんと食べたいなっ!」


「はい、わかりました。」


ようやくできた会話と共に、2人で食堂を出る。


「そういえば、こっち側の建物はすごく綺麗だね。なんて言うか、新しいのかな?」


授業中にいた翼の教室を含め、先ほどまでいたN棟は、扉や棚が木製であったり、荷物を入れておくロッカーもかなり使い古されている感じがする。


それに対して今いるS棟は、床はかなり綺麗で、色々な部屋の扉や壁などを見ても、まだまだ新しさを感じる。


私自身、他のクラスについていた時にも何度かS棟に来る機会があった。その度に翼たちのいるN棟と、ここのS棟との違いに驚かされるばかりだった。そして同時に、そのあまりの差に疑問を感じざるを得なかった。


「それはそうでしょう。S棟は、まだできてから10年程度ですから。対して僕たちのクラスがあるN棟は、確か30・・・? 正確な数字はわかりませんが、とにかく、それなりに古い建物なのは確かですね。」


「10年なら確かに新しいね。それに、N棟がとっても古いのも納得。」


それだけ建築年数に差があれば、この新旧の差も理解できる。


「でも、こっちの棟はあんまり授業で使ってないの?」


一番の疑問点はそこにあった。他のクラスについていた時も、こちら側を授業で利用する機会はあまり多くなかった。ほとんどの授業は、自分たちクラスで、N棟で行われていた。


「そうですね、僕のクラスだと、この後ある英語、その他だと物理と生物の授業でしかS棟は使わないですね。あとは、先ほどみたいに食堂を使うくらいでしょうか。」


「そうなの? それじゃあものすごく勿体無くない?」


この新しい建物も、その様子では宝の持ち腐れではないのか。


「理科学部とか、書道部とか、コンピューター部などは部活動でS棟を使ってますが、確かに勿体無いと感じるかもしれませんね。ですか、それは仕方ないことですから。」


「仕方ないこと? どうして?」


「それは、この階段を上がればわかりますよ。」


翼は、その答えを知っている様子だった。


食堂からすぐ行った先に階段がある。翼についていき、二階に上がる。


すると、目の前には教室があった。そして、その中には多くの子供たち。お昼はすでに済ませているようで、今は各々のがゆっくりと時間を過ごしているようだった。


「あえてこういう言い方をしましょう。ようこそ、大浦野高校(おおうらのこうこう)のS棟へ。そして、大浦野中学校、僕の出身校へ。」

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