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中途半端な者同士の夕食

平均15分。


それが、学校から僕の家までの所要時間だ。平均と言ったのは、途中にいくつかある信号の機嫌次第で10分にも20分にもなるから。


今回の帰宅時間は16分ほど。概ね平均通り、信号にいくつか捕まったくらいでの到着。


その間、僕たちの間にはほとんど会話はなかった。いや、出来なかったと言うべきだろう。


自転車を漕いでいる時に会話するのは、前方不注意になりかねないからと僕が申し出たことがその理由である。いくつか細く街灯が少ない道や、人や車が多く走る大通りを通るため、単純に危険であると考えたからだ。


加えて、自転車を漕いでいる間は風や車の音がうるさく、大声を出さなければ彼女に聞こえない。しかし、周りからは彼女の姿は見えないため、自分だけが叫んでいるように見られるのは恥ずかしいなんてものじゃない。また、夜なのだから近所迷惑でもある。


それになによりも、彼女に聞きたいことをあらかじめ整理する時間が欲しかったから。帰宅してからする質問を、一つ一つ脳内で厳選していった。


1番近くの駅から徒歩で30分、自転車で15分ほど離れた距離にある住宅街、そこに僕の住む一軒家はある。周辺にある家と比較してもだいたい同じくらいの大きさ、特筆することない普通の、一般的な住宅だ。


自転車を置き、鞄を持って玄関へ。鍵を取り出して自宅に入る。そこまでは僕にとっていつもと変わらない、いつも通りの日常だ。


「どうぞ、中に入ってください。散らかっていますが。」


いつもと違うのはこの自宅に、しかもこんな時間にお客さんを招くことだろうか。それも人ではなく、幽霊の。


「お、おじゃましま〜す・・・。」


遠慮した声をあげて入ってくるヒカリさん。学校での態度とは打って変わって静かである。それを裏付けるかのように、行動でもそれを示す。居心地が悪そうにして、玄関から一歩も動かない。


その様子にクエスチョンマークが浮かんだけれど、すぐにその疑問は氷解する。


「大丈夫ですよ。この家には僕たち以外誰もいませんから。遠慮せずにどうぞ。」


「そうなの・・・?ご両親は?」


「父は学者なんです。民俗学だったか考古学だったか、あまりよく覚えていませんが。ただ、フィールドワークが大好きなので、世界中をあっちこっち飛び回っているんです。ですから、家にはほとんど帰ってきません。」


「そうなんだ・・・。お母さんは?」


「母は、僕がまだ物心つく前に、亡くなったそうです。」


「そっか・・・。ごめんね・・・。」


「いえ、謝らなくていいですよ。僕にとって、母がいないことは当たり前の事ですから。むしろ今のヒカリさんみたいに同情される方があまり・・・。」


「そっか・・・、うん。わかった。それじゃあこれっきりってことで、ごめんね。」


そう言って再度謝るヒカリ。ただ、先ほどとは違い僕たちの間にはちゃんとした笑顔が戻っていた。


「はい。玄関で立ち話もなんですから、上がってください。あぁ、でも一応家の中なので、ローファーは脱いでいただけると・・・。」


幽霊なのになんで足があるのか疑問だが、流石に靴のままはちょっと。


「あっ、そうだよね。わかった。ちょっと待ってね。」


目を瞑るヒカリさん。すると、彼女の足元から、魔法のように靴が消えていき、靴下だけになる。


「それ、どうやってるんですか・・・?」


その光景に驚きを隠すことができなかった。


「えーっと、目を瞑って、『靴よ脱げろ〜!』って思うと自然に脱げるよ。」


「そ、そうですか・・・。」


なんと曖昧で適当な説明なのだろうか。とは言え、それだけ聞いても実に便利な能力だと思う。そのファンタジーな能力で、着替えとかを一瞬でできたらなぁなんて事を思うのだった。



二人で玄関からリビングへ移動していく。電気をつけて、リモコンでテレビの電源を入れて、ニュース番組を映し出す。鞄を適当に置き、洗面所で手洗いうがい。ここまでは、帰宅時におけるルーティン。


「さてと、いつもより遅くなっちゃたけど、まず最初に夕飯の準備からかな。」


キッチンへ移動し、冷蔵庫から必要な具材を取り出す。今日のメニューは、朝のうちに仕込んでいたハンバーグ。小さめの物をいくつか作るのが我が家流。これは、父親から聞かされ、受け継いだ数少ない母の料理法の一つだった。フライパンに油をしき、ハンバーグを焼いていく。


その間に、小松菜と油揚げの味噌汁を用意。ご飯は朝のうちに炊飯器をセットしてあるのですでに炊けている。焼きあがったハンバーグたちを盛り付けて、レタスを添えれば完成だ。あまり多くないレパートリーの中で、僕が得意とする料理の1つだ。


「さて、これで完成、と。」


「おぉ〜。」


パチパチパチと、手を叩くヒカリ。この間ずっと、僕の料理姿を眺めていたのだった。


「それじゃあいただきます。」


先ほどの一式を食卓に並べて食べ始める。それを恨めしそうに見つめる隣の幽霊。


「・・・食べますか?」


「いいのっ!」


目をキラキラさせるヒカリ。


(犬かな?)


尻尾と耳が生えて、パタパタさせているのが眼に浮かぶ。


「あっ。でも、ヒカリさんは食べられるんですしょうか?」


「う〜ん、分かんないなぁ・・・。ちょっと失礼して・・・。」


そう言って手を伸ばすヒカリさん。だが、ハンバーグはおろか食卓に置かれた皿にさえ触れることはできなかった。


「やっぱり触れない〜・・・。」


予想通り、彼女はものに触れることができない。その辺りはやはり幽霊なのだった。


「う〜ん、それではどうしようもないですね・・・。」


「そんなぁ〜・・・。」


途端に尻尾が垂れ下がるヒカリさん。ガッカリしているのがよく分かる。


「いや、もしかして・・・。」


出会ったときのことを思い出して、1つの仮説を作り上げる。


「ちょっと実験してみましょう、ヒカリさん。」


「ふぇ?」


と、泣き顔でしゃがんでいたヒカリさんを呼ぶ。


「ヒカリさんは、僕には触れましたよね。」


「う、うん。そういえば・・・」


学校で初めて話した時、ヒカリさんは泣きながら抱きついてきた。そして、自己紹介の後、僕たちは握手を交わした。


「どうして僕に触れるかの理由は後で聞きますが、それで思いつきました。もしかしたら、僕が触っている物なら、ヒカリも触れるんじゃないかなと。」


「なるほど〜っ!じゃあ今やろう!すぐやろうっ!」


再び目を光らせて詰め寄ってくる。まさに犬ですね、この幽霊は。


仮説を立証するべく、皿の上のハンバーグを一口サイズに切り分けて、箸で掴む。


「はい、どうぞ。」


「あ〜んっ!」


結果は、予想通り。箸の先と掴んでいたハンバーグは、彼女の口の中に消えた。


「おいしい〜っ!」


と、ハンバーグの味を堪能しているヒカリさん。


「やっぱり、僕が触っているものになら、ヒカリさんも触ることができる・・・。ますますわからないなこの幽霊。」


反対に、僕はこの結果を冷静に分析する。このヒカリさんという幽霊、幽霊としては、本当に中途半端な存在である。やはり彼女が言っていた通り、本当に幽霊ではないのかもしれない。


「翼! 翼! もう一口!」


そんな僕の思考をつゆ知らず、再度ねだってくるヒカリさん。完全に味をしめたようだ。


「はいはい、待っててください。」


別に無下にする必要もないので、それに応える。


「あ〜んっ! ん〜、やっぱりおいしい〜!」


と、ゆっくり味わっている。


(・・・ちょっと待って。これっていわゆる『あ〜んっ!』ってやつだよね!?)


仮説の実証実験のためとはいえ、自分がどれだけ恥ずかしいことをやっているのかをようやく自覚した。


「? どうかしたの?」


「い、いえ。別に・・・。」


多分この能天気幽霊は気づいてないでしょう。それなら、自分もあまり意識するべきではないのだろう。今使っている箸が、間接キスになってしまっているということも。



そんなハプニング(?)じみた夕食も、皿の上のものがなくなれば終わりを告げる。


「「ごちそうさまでした。」」


2人で合掌。僕は調理器具と一緒にそれらの皿を洗い場へ。


『明日からの金土日は、あいにくの雨となるでしょう。次に太陽が観れるのは、来週の月曜日以降になりそうです。』


つけっぱなしにしていたテレビはちょうど天気予報を流し始める。家事の全てをこなさなければならない僕にとって、天気予報はかなり重要なものになる。一度水を流す手を止めで、気象予報士に集中する。


「明日から雨か・・・、買い物は明日に済ませなきゃ。」

「明日から雨・・・、それじゃあ大丈夫かな・・・。」


予報に対してそれぞれ同時にコメントする僕とヒカリさん。どちらも小声だったために、お互いそれが耳に入ることはなかった。


週間予報まで放送し終えたチャンネルは、バラエティ番組を流し始める。


それを見たあとは洗い物を再開する。ここからは、いつも行なっている家事のターンだ。洗い物を済ませ、翌朝のために米を研いで炊飯器をセット。味噌汁用の出汁を取るためにに鍋に水を入れて昆布を投入。これは少しでも美味しいものをという僕なりのこだわりだ。


それを済ますと二階に上がり、ベランダへ。干していた洗濯物を取り込んで畳む。それを自身の洋服ダンスや、一階のタオル置き場などにしまう。


「いつもやっているの?」


一通りの作業を見ていたヒカリさんが訊ねる。


「そうですよ。僕が中学生になってから、父は家を空けることが多くなったので。もちろん最初のうちは戸惑ってばかりでしたが、もう慣れました。」


「そうなんだ〜。偉いね、翼って。」


「偉いなんて、そんなことはありません。自分が生活するためのことなんですから。」


そんな会話を挟みつつ、リビングに戻ってくる2人。テレビを消して、ソファーの前に置かれたテーブルを挟んで、向かい合う。


「さて、それじゃあ話し合いましょう。」

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