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オルゴール人形

   *


 低い天井、狭い部屋。

 暖炉には小さな炎。


 冬はいつまで続くのかはっきりしていない。暖かくなってきたかと思えば突然雪が降ることもある。なので、一日に使える薪の数は限られている。

 それも、日中外で働くようになってからは消費量が減ったのでもう少し贅沢に使っていいのだが、昔からの習慣が身について、少し鼻が冷えるくらいでちょうどいいと机に向かいながら思った。


 一階のその部屋には、作業机の他、壁には細々とした工具が立てかけられ、床には本が積み上げられていた。

 一目で職人の部屋だとわかる。


 暖炉は竈も兼ねており、置きっぱなしの薬缶からはユラユラと細い蒸気が立ち上る。

 窓は一つ。出入り口も一つ。

 二階はあるが、屋根裏のようなもので、寝るためだけのスペースになっている。


 少年――暖炉の小さな火とは対照的に燃え盛る大きな炎のような赤毛はクセっ毛で、あちらこちら、自由に毛先を跳ねらせている。

 そして、左右の耳には装飾品とは思えないピアス。合せて五つくらい穴が開いているだろう。


 身につけているものは質素で、一見して下流階級の人間、貧民のように見えるが、クレモネスでは珍しい赤毛と両耳のピアスの存在感が、そんな階級を打ち消すように存在をはっきりと主張している。


 彼が今、右目にルーペをはめ、熱心に手入れしているのは一体の人形だ。

 身長は七十センチほど。一メートルには満たない。

 うっすら開いた瞼の奥に仕込まれたガラスの瞳が、蝋燭の火を反射して輝いている。ガラスの青と、部屋の光が混じり合って、芸術工芸品にも似た輝きを放っている。


 顔の表面は紙石膏で造られたもので、まつ毛や眉毛は人の手で描かれたもの――少年が描いたものだ。

 髪は人毛だろうか? ダークブラウンで、艶の消えたボブカット。


 一か月ほど前、とある事件でこの人形は壊れてしまった。


 それを今直しているところなのだ。

 ボディはおおよそ、人間としての模造を成していない。

 というのも、胸にオルゴールが四つ仕込まれているからだ。


 喜、怒、哀、楽。


 四つのオルゴールはそれぞれ、感情に合わせた四つの音楽を奏でる仕組みになっている。

 この人形が、何に反応して音楽を突然奏でだすのかは不明だった。

 動力はゼンマイ式。

 一度回しきれば二十四時間は稼働し続ける。


 といっても、歩行などはたどたどしく、二、三歩進むことができればいいほうだ。

 元々、歩くことは念頭に置かずに造ったのかもしれない。

 あくまでも感情を現すことができるかどうか。


 ――人に造られた機械人形が人の心を持つことができるか。


 その実験のために造られたのだと思う。

 作ったのは少年の父親だが、今はもうなく、その答えを知ることはできない。

 壊れてしまったのが胴体部でなく、顔と足部分でよかったと彼は思う。

 胴体部が一体どんな仕組みで動いているのか、日中機械工場で細かな部品を造っている彼にとって、この人形はたくさんの魅力的な秘密を隠し持つブラックボックスだ。


 分解して解明したいと思うのだが、一度分解して元に戻せる自信がなかった。

 だから、いつかもっと知識を得てから、試してみようと思っている。


「よし、これでいいはずだ」


 胴体部を隠すワンピースの服を着せ、脇腹付近にゼンマイを差し込み、回す。

 これには結構力が必要だった。

 この人形は物心ついた頃には家にあった。

 昔はこんなふうにオルゴールなんてついていなかったが、ある日気づいたら音楽を奏でるようになっていた。


 父は何でも造った。

 こんな穴蔵のような家にそぐわない美しい人形も、あのいかめしい面構えの父が造ったところを想像すると、少し笑いがこみあげてくる。


 父親は錬金術師だった。

 機械人形の製造にかかわっており、高い地位にあると、近所の住人達は言っていたが、物心ついた頃からこの小さな家で質素な生活をしている彼には到底、信じられないことだった。

 住まいはともかくとして、食べ物には不自由したことはなかったので、そこそこの収入はあったのだろう。


 昔は純粋に父親の「錬金術師」という仕事にあこがれを抱いていたが、些細なことがきっかけで、父との関係は崩壊した。


 崩壊したまま、父は一か月前に他界した。

 残されたのは、隠し持っていた多額の財産と、この家と、彼の作品である人形だけ。


 父は錬金術師としての研究成果も教えも何一つ息子には残さなかった。

 錬金術師といってもピンキリで、自分には素質がなかったのだと、父の死後、彼は少し落胆した。


 ゼンマイを回し終え、しばらくすると胴体部から耳慣れた音楽が流れ出した。


 「哀」の音楽だ。


 他のオルゴールにも異常はないか確認したかったが、人形は気まぐれで、聞きたい曲を流してくれるわけではない。

 いつ、どんなタイミングで、どんな「意志」をもってその曲を流すのか、ずっと考えているがわからないままだ。


「どうせなら、話せる人形を造ってくれればよかったのに」


 彼は独白する。


 ただ、その技術はいまだ確立されていないということを、彼自身、重々承知しているのだが。

 人形は、「哀」の曲を、雪の止んだ夜に奏で続けた。


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