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機械人形

〈錬成反応だ〉


 スマラクトがいつになく冷静な口調で言う。


「さっきの子が、錬金術師ってこと?」

〈それよか、妙なことに巻き込まれないうちに逃げたほうがいいんじゃないか?〉

「それは……」


 兄さんの言う通りなんだけど――


「どこに逃げたらいいんだろう」

〈……お前も、案外馬鹿だよな〉

「うるさいなあ!」


 爆発はすぐ近くで起こり、木の破片が飛んでくるが、杖をかざし、足元の雪で壁を作って身を守る。

 炎は上がってない。

 何かが暴れている、そんな感じだ。

 何かって何?

 さっきの子?

 騒がしい方へ踏み出そうとすると、空から「そのまま」という声が降ってきた。


 先ほどの影が、目の前に降ってきた。

 雪の上、滑ることなく着地する。

 やっぱり、僕より少しだけ背が低い。


「なんで逃げてくれないのかなあ。怪我してもボクは知らないよ」


 そう言って見上げてくる、フードから覗く青い瞳は笑っている。


〈また錬成反応だぞ〉

「後ろ!」


 思わず叫んだ。

 だけど、目の前の彼は動じた様子もなく、マントの下から両手を左右に突きだす。

 軽い金属音。

 革の黒い手袋に銀の手枷(てかせ)

 鉄製……いや、違う。

 両手の手枷は、水に雪を入れた時のように瞬時に液体へと変化していく。

 そして――


「勝ち目はないっていうのになあ」


 影の少年は不敵に笑う。

 同時に、液体化した金属――メルクリウスが後方へ向かって走る。

 メルクリウスとは使用者の意志によって自由に形を変える、錬金術の産物だ。

 それを操れるのも錬金術師だ。

 メルクリウス自体は見たことはあったが、このような高速変化は初めて目にした。


 影が振り返り、見上げた先には、歪に交差した鉄の塊があった。

 右手を左に、左手を右に。

 右足を左に、左足を右に。


 メルクリウスで拘束されているのは人型だ。

 今は、文字の「X」のような形になっている。ねじれた状態で。

 まだ抵抗する気はあるようで、首がぎこちなく震えている。


「……機械、人形?」


 これも、ここまで人に近い形のものを見たのは初めてだ。

 ただ、金属フレームはむき出しで、骸骨みたいだ。


「頭が小さい。炉心を胸に抱えたタイプとなると、フラメルの系列工場のものか」


 影の少年は自分が取り押さえた獲物を見上げながら呟く。


 ――フラメル。

 始まりの四賢者の一人の名だ。

 クレモネスにとっては始まりの三賢者。

 この地を根城とし、賢者の国を作ろうと、そのリーダー格となったのが、フラメル、トリスメギストス、ローゼンクロイツの三賢者だ。


 もっとも、ローゼンクロイツは後世の名で、始めの名がなんであったか知る者はいない。

 賢者は始めは四人で、そこにホーエンハイムが加わっていたのだが、国造りには興味がないと、一つ山を越えた東の土地へと一人で移り住んだ。


 それが、僕の先生、ベルンシュタイン・ホーエンハイムのご先祖様。

 何年も経った後、ホーエンハイムで学んだ者がクレモネスに渡り、今、クレモネスを支える門派の一つとなっている。


 始祖の血というものはすでに途絶えていて、今は当主が選出した者が、次の当主となり、錬金術の研究に各々励んでいるという。


 現在、フラメル一門は医学に重点を置いているが、その過程で人体学や人間工学といった分野にも手を伸ばし、機械人形を作っていると先生から教えてもらったけど、見るのは初めてだ。


「動きを止めるためには動力炉を壊せばいいんだけど、そうすると今操ってる人間にたどり着くことはできないなあ」


 影がブツブツと呟いている。

 それに呼応するかのように、人形の赤い目が点滅を繰り返し、突然、動きを止めた。


 同時に、僕は天を仰ぐ。


 突然抱き着かれ、押し倒されたのだ。

 革手袋が視界を遮る。

 刹那、耳を裂くような爆音と光を感じた。視界を塞がれていてもそれはわかった。

 驚いた様子もなく、一定のリズムで繰り返される呼吸が耳に届いたのは、爆発から少し経ってからだ。そして、ゆっくりと離れていく。


「やっぱり、生け捕りは難しい、か」


 僕の体から離れた影の子の腕に、銀色の液体が自然と集まってくる。そして、元の手枷の形へと戻る。

 視線を上げると、人形が吊るされていたところにその姿はなく、その真下付近で火の手が上がっていた。それほど大きな火ではないが、爆音で少しずつ人が集まって来ていた。

 それと同時に、建物の影から、目の前にいる影の子のように、真っ黒なコートに身を包んだ男たちが出てくる。

 そのうちの一人が、影の子に耳打ちする。

 何を言っているのかは聞き取れなかった。


「……うん、とりあえずこの場はよろしく」


 そう言って、影の子は僕を置いてその場を去ろうとしたので、思わずマントの裾をつかんでしまった。


 ――今のは何? あの人たちは何? 君は誰?


 様々な疑問が頭を駆け巡る。

 だけど、聞きたいことが多すぎるのか、口は開くけれど声は出てきてくれない。

 もしかして混乱してる? 僕が?


〈ザフィ、落ち着いて〉


 スマラクトが脳内で囁く。


「とりあえず、ゆっくり深呼吸したら?」


 影の子も、僕に向かって微笑みながらそう言った。


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