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エピローグ

「うっあぁああああ! 報告書とか面倒くさい!」


 フランツは机に向かったものの、筆が進まず、先ほどから筆を回したり、椅子をクルクル回したり。頭の中も空まわっている。

 機械人形推進派であったヤンが行方不明になり、同時に人形騒動も一段落した。

 結局、問題先送りだ。


 とにもかくにも、環境汚染問題を解決しないことには開発もなにもできないだろうとのことだ。

 結局のところ、人間の健康が大事だと。

 頬杖をついて、何か楽しいことでもないかなあと現実逃避していると、扉がノックされた。


「ただいま仕事中ー」

「たいがいそう言う時は仕事が進んでいない時ですよね」


 ティーセットを持ったゲルトが扉を開けて言う。


「フランツ様、お客様がお見えなんですが」

「えー?」


 フランツは顔を上げて、扉に顔を向ける。

 ゲルトの向こうに真っ赤な髪が見えた。

 誰だかすぐにわかってフランツはクスっと笑う。


「いいよいいよ。全然筆が進まないから、入っておいでよ」


 ゲルトに促され、クルトが部屋の中に入ってくる。

 こんなに豪華な屋敷を訪れるのは初めてなのだろう。

 彼はそわそわしながら部屋に入り、フランツの顔を見るなり、深く、勢いよく頭を下げて言う。


「お、俺を弟子にしてください!」

 ――あはは、ボクでいいのかな?

「あの、フランツ様の弟子で構わないんですか?」


 クルトの申し出に、なぜかゲルトが聞き返す。


「ゲルト、そんな野暮なこと聞いちゃダメだよ」


 フランツは机の椅子から立ち上がりながら言う。


「ともかく、四方山(よもやま)話でもしようじゃないか。座って座って」


 クルトは多少動揺しながらも、おずおずとソファに腰かける。

 その日は天気が良く、木からは新芽が顔をだしていた。

 もうすぐ、この国に遅い春がやってくる。


   *


 昼ごはん用にベーコンとパンを焼いていると、ようやく目を覚ましたルビンが二階から降りてきた。


「あー、腰が痛い」

「机に座ったまま寝るからだろ」


 何度注意しても、何度同じ目にあっても、ルビンは机で寝落ちする。

 眠たくなったらベッドに入ればいいのに。寝室と書斎が分かれてるわけじゃないんだし。振り返ればすぐベッドがあるんだから。

 そのくせちゃんとパジャマは着てて、なぜか髪はグシャグシャ。一体どんな寝相をしているんだ?


「お昼なに?」

「ホットサンドと昨日の余りのスープ。あのさ、いつも僕が作ると思わないでよ」


 口を尖らせながらも、ルビンの前に出来立てのホットサンドを乗せたプレートを差し出す。


「ホント、ザフィがいないあいだ酷くてさ、ありがたみが身に染みた」


 まず、何がどこにあるかわからない。

 ちゃんとストックを考えて料理しない。

 ゴミも手紙も貯まる一方。

 おばさんにルビンの世話頼んでなかったら本当にヤバかった。

 自分のぶんのプレートを持ってテーブルに着く。


「次はルビンの番だからね」

「え、何が?」


 ホットサンドを頬張ろうとしていたルビンが顔を上げて聞いてくる。

 僕は気づかぬふりをしてホットサンドにかぶりつく。

 うん、まあまあかな。


「なあ、ザフィってば」

〈手紙だよ手紙〉


 僕の代わりにスマラクトがしゃべる。


「手紙って?」

〈ベルン宛ての手紙だよ〉

「研究協力で来てほしいってさ」


 僕とスマラクトの言葉に、ルビンはポカーンとしている。


「え、僕一人で?」

「僕も一人で行ったんだから、おあいこ」

〈そうそう、ザフィみたいに出会いがあるかもしれないんだから、一人で行った方がいいぜ〉

「そうなの?」


 聞かれたけど無視。

 僕みたいに大変なことに巻き込まれればいいんだ。

 案外、良いこと、あるかもしれないしさ。

 左耳に付けた小さいサファイアが付いたピアスをいじりながら、少しだけ微笑む。

 もうすぐ春がくる。


最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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