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九つの光の棘

「ごめんごめん、ボクのほうが明るすぎて、キミの光が見えなかったよ」


 先ほどまで一等星だったはずのフランツの炉心の光が、さらに光度を上げている。


「……グ、グランド…ゼロっ」

「さあ、早くザフィーアにかけた術、解いてよ」


 錬成反応など全くなかった。


 首を斬られた機械人形が、一瞬にして木端(こっぱ)微塵(みじん)になり、その場に落ち、瓦礫(がれき)の山となった。


 それを見て、ヤンは腰を抜かし、尻を強かに打った。

 打った臀部は痛いが、そんなことを気にしている余裕などない。

 一刻も早くここから逃げなければ――目の前のバケモノの前から消え失せなければ殺される。


 だが、恐怖で逃げることが叶わない。

 膝は震え、腰には力が入らず。あまつさえ、失禁した。

 その瞬間、ザフィーアにかけてる術は解けた。

 それを知ってか知らずか、フランツは止まらない。


「何をそんなに怖がっているの?」


 一歩、一歩とヤンに近づく彼は子供のように素直に問う。いや、フランツはその通り、子供のはずだ。

 立ち居振る舞いもそれのはずなのに、言い知れぬ恐怖がそこにある。


「そうだ、一つお話をしてあげるね」


 パンと、フランツは両手を合わせる。


「でももう知ってるのかな? キミと一緒に研究していたロルフはローゼンクロイツの出だからね。

イースクリートの伝承だよ。あの国でもさ、白い髪の子って珍しいんだってさ。そういう子は、運命からこぼれ落ちた子、運命と繋がってるってね」


 彼が足を一歩踏み出すたび、純白の髪は宙を舞い、茶色かった部分は光を放ち、白い色に変わっていく。


「なんで髪の色が白いのかって、それはこの世界の中心に存在する内なる太陽の光を浴びたせいなんだってさ。ボクにはそんな記憶も、自覚も全くないんだけどさ、まったく――」


 青い目が細く、ヤンを見下す。


「迷惑な話だよね」


 銀色がヤンに飛びかかる。

 質量の法則を捻り壊して無限増殖したメルクリウスがヤンの全身を拘束する。


「ねぇ、どうやって死にたい? どんなふうに殺されたい? もうさ、ボクの中でやってみたい殺し方ってあらかたやりつくしちゃってさ」


 手を、後ろで組み、フランツはヤンに微笑みかける。


「ば、ばけものっ!」


 首を絞められた状態で、ヤンは言い放つ。

 だが、フランツは動揺などしない。


「押しつぶしてペチャンコとか? それとも、たくさんの針で串刺し? こういう時、ボキャブラリーって大事だと思うんだよね」


 彼はその場でクルリと一回転し、恐怖で精神がおかしくなりかけているヤンを流し見る。


「ボクの言葉、まだ理解できてる? 簡単に壊れないでよね。キミはボクの大事なものを傷つけたんだからさ」


 笑った口の端から八重歯が見えた。

 まるで、肉食動物のように鋭くとがって、輝いていた。


「――人間らしく殺すつもりわないから、誇りに思っていいよ」


 その場が、純白の光で満たされた。


   *


 外で待機していたヘルマンは感じていた。


 炉心の輝きを。

 一等星以上の、グランド・ゼロの輝きを。


 誰かが、彼を怒らせてしまったのだろうと、浅くため息をつく。


 まだまだ子供の身体で負担が大きいということを理解しておきながら、炉心の制御がままならない。まあ、「子供だから」仕方がない、とも言えるが。


 トリスメギストス。


 その意味は「三偉大」。


 賢人会議の紋章である、リヒトノインシュテルンは九つの光の棘を持つ。

 賢人会議の前身、その名もリヒトノインシュテルンは戦前から存在していた。

 トリスメギストスが錬金術師たちを管理するために創設した組織だ。それがそのまま、名前を変えて賢人会議となった。


 錬金術の大願は、人間を創りだすことだ。

 母胎を用いるのではなく、新たに、一から生み出すこと。


 そして新世界を作りだし、その世界の神となる。


 だがそれは、隣国のイースクリートでは大罪だ。


 この世界の外側にはたくさんの世界が無数に存在する。

 この世界はそのうちの一つにすぎない。

 その一つが、内側に新たな世界を生み出す。それはあってはならないことだと。


 ホーエンハイムは新世界を造ろうとするトリスメギストスを監視、もしくは滅ぼす力を持っていた。いや、そのために錬金術の力を与えられたとも言われている。


 なのに、現トリスメギストス当主と、本家ホーエンハイムの弟子が出会ってしまった。

 先のことなど誰も予想しえない。

 錬金術師がこれから先、大願を成就できるかどうかなんて誰もわからない。


 イレギュラーも存在する。


 それがフランツ・トリスメギストスだ。


 どういう因果なのだろう。

 彼の国でいうところの、神に愛され、運命の干渉者としての白い髪を持って生まれてきてしまった。そして、スマラクト・ホーエンハイムという存在。


 身体を持たない、魂だけの存在。


 それは、賢人会議でも限られた人間にしか明かされていない。

 あのベルンシュタイン・ホーエンハイムは隠し通そうとしたようだが、今の時代、誰もが密偵を持っている。


 ただ平和に暮らしたいだけなのだろうが、世界はそれを許してくれるだろうか?

 許されないというのならば、たぶん、滅ぼすのはフランツの役目だろう。


 ――なぜ出会ってしまったのだろうか。


 ヘルマンは再び、ため息を付く。



   *



 光で目が覚めた。


 馬車の窓から朝日が差し込んでいる。

 オレンジ色の光だ。ちょうど、陽が昇り始めたところだ。

 窓から見えるのは林だ。工場も民家も見えない。木々の間から光が射している。


 柔らかい毛が、頬をくすぐる。

 フランツが僕の隣に座って眠っていた。

 油断した顔で。僕の左手を握っている。いつのまにか、僕もフランツも手袋を外していて。きっと、彼がそうしたのだろう。


 ――暖かい。


 全身に与えられた痛み。全身の痛覚を刺激されたせいか怠くて仕方がない。

 まだ感覚が正常ではないのだろう。いまだ微かに痛みは残っている。


 幻覚の痛み。

 だけど、フランツの手の温もりに意識を集中していると自然と痛みが癒えていく。

 それに、頬にあたる髪の毛がくすぐったくて気持ちいい。


「何度も、君に助けられたね」


 起こさないように、柔らかい髪の先に触れる。


 この国に来てからずっと。

 一人で不安だったけど、いろいろ大変だったけど、楽しかった。

 もうこんなドタバタはこりごりだけどさ。


「ありがとう」


 そっと囁く。




主人公だからといって活躍するとは限らない。

主人公だからといって全能とは限らない。

主人公だからといって強いとは限らない。

弱くてもいいだろう、活躍しなくてもいいだろう、その存在が揺らいでいても構わないだろう。

この物語の神は、未完成な主人公を生み出した。

未熟な主人公を語り部とした。

主人公のあずかり知らぬ部分は神が語った。

さて、この神は完全か? 未完全か?

男か? 女か?

そもそも、関係あるだろうか?

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