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出会ってしまったのだから

 生まれてからしばらくの間、三人一緒にいたのに、いつのまにかみんなバラバラになってた。

 今までくっついてて見えなかったルビンの顔が見える。

 ずっと頭の中にいるだけの存在だったスマラクトは、その名の通り、エメラルドになって、キラキラ輝いてて綺麗。


 だけど、一人ぼっちになれるんだってわかって、寂しかった。

 胸が痛んだ。

 おじさんに連れられて、嫌な思いをした時、本当はわかってた。

 なんか少し変だって。

 このおじさんはいつもこんなに親切じゃない。

 危ないんじゃないかって。

 結局その予感は当たってた。

 僕は泣くほど嫌な目にあった。


 そして今の自分。


 わかってしまったんだ。

 僕は、自分が男であることに違和感を覚えているって。

 本当は女の子に憧れているんだって。

 だけど、こんな体じゃ、男でも女でもない。化け物だよ。


「そんなことないって」


 顔を上げると、もう一人の僕が立っていた。

 両目ともエメラルド色の瞳。

 スマラクトだ。

 僕たちの妹。

 最初に自我を持ったのはスマラクトだったから、「兄さん」って呼ぶけれど、真っ白なワンピースの胸元は少しふくらみを持っている。


 僕たちの脳がくっついちゃって、そこに生まれたもう一つの脳。

 だから肉体ができたのは一番最後。

 兄であり、妹でもある。だけど肉体を持たないスマラクト。

 こんな真っ暗闇の中でも輝いてる。


「僕は、スマラクトみたいになりたかった」

「それって、身体がないことを言ってる?」

「身体がなければ、僕はこんなに悩むこともなかったんだ! 嫌な思いをしなくても済んだんだ! だから――」

「だから、魂を入れ替える?」

「いいよ。この身体を、スマラクトにあげるよ」

「わがままだなあ、ザフィは」


 スマラクトは困ったように笑う。


「人間は、与えられた身体が気に入らないからって、簡単に交換なんてできないんだよ」

「それくらい、知ってるよ」

「それじゃあ、気に入らない、いらないって身体のことゴミだって言ってる自覚はある?」


 スマラクトの口調は変わらない。

 怒ってはいない。嘲笑うわけでもない。

 ただただ、淡々と言葉を紡ぐ。


「ザフィ、それは言っちゃダメだ。俺たちは不完全な形で生まれてきて、見世物小屋に入れられた。そのまま死ぬはずだったのを、ベルンシュタインが拾って、普通の形にしてくれた。みんなが頑張って、今の形があるんだ」

「そんなのわかってるよ! だけど、僕の心はどうするの!? 僕の心は『女の子』なんだよ!」


 花が好きだった。

 カラフルな物が好きだった。

 ヒラヒラ、フリフリしてるものが好きだった。

 可愛いものが好きだった。

 だけど、去勢されていてもこの身体は男だ。

 女の子にはなれない。


「こんな身体じゃ、誰からも愛されない……」

「そりゃ、自分のこと愛せないんじゃ、誰からも愛されないよ」

「だから、慰めなんていらないよ」

「俺は、慰める気なんてまったくないぜ。お前が、誰かから愛されようって努力してるならそりゃ話しぐらい聞いてやれるよ。だけどな、お前は周りの目ばっかり気にして、本心をさらけ出したことあるか?」

「さらけ出したところで、気持ち悪いだけじゃないか!」

「だから、お前が気持ち悪いって自分を演じているうちは、全員がお前のことを気持ち悪いって、そういうことなんだよ!」


 スマラクトが腕を組む。

 これは説教をするときのお決まりのポーズだ。


「好かれるために自分を変えろとは俺は言わない」

「さっきと言ってること、違うんだけど」

「黙って聞け。ザフィは気にしすぎなんだって。身体と心が違う、これは世間一般的じゃなくとも、そういう症例があるって知ってんだろ」

「うん」

「だから、ザフィは世界にたった一人の存在でもないし、貴重な存在でもないんだよ」

「だから?」

「お前は、すごく、普通なんだよ」

「それじゃ納得できない!」

「納得できなくたって、心の痛みは収まったんじゃねえの?」

「え」


 言われてみれば、少し楽になったような気がする。


「お前、あの汚い糞親父に変なことされそうになった時、助けてくれって言ったか?」

「……怖くて言えなかった」

「その後、怖かったって打ち明けたか? 今でもトラウマになってるって」

「……言って、ないです」

「お前さぁ」


 スマラクトは大きくため息を付いて肩を落とす。


「ルビーもお前もさ、頭の中に俺がいるからって、自分のこと人に言わな過ぎなんだよ。何のために言葉があるか知ってるか?」

「……コミュニケーションをとるため?」

「そうだよ。まったくその通りだ。それは口にするとか、文字にするとかして外に出さなきゃだめなんだよ」

「じゃあ、僕は心は女の子なんだって、ルビンに言えばいいの?」

「その前に、言ってほしくてうずうずしてるやつがいるから、そいつに言ってやれよ」


 そんな人いるわけないじゃないかって、言い返そうと思ったら、すでに彼女の姿は消えていた。

 意識が、現実に戻っていく。


   *


「全く、こっちもメンタル強いってわけじゃないんだけどな!」


 フランツは増殖させたメルクリウスを矢に変形させ、四つん這いで迫ってくる機械人形の上に降らせる。

 足を貫かれ、動力源を串刺しにされ、流れ落ちたエリクシールが爆発を生み出す。

 五十体近くは倒しただろう。

 無限に湧いて出てくることはないと思っている。

 攻撃の手が薄くなったところで、背後で気を失っているザフィーアを抱きかかえる。


 初めて彼を見た時を思い出す。

 あの時は機械人形を追っていた。

 その最中に、見つけてしまった。


 まるで月の光みたいな優しい金色の長い髪が、歩みにあわせて揺れていた。

 歩む道に降り積もった雪は、月の光を反射してキラキラと輝いていた。

 相手が振り向き、目が合った時に思った。


 ――こんなクソな世界にも、女神様っているんだなって。


 少し重いが、出口まで運べないわけじゃない。

 外にいるヘルマンに任せて一人で戦おう、そう思った時だ。


「……フランツ?」


 腕の中で、ザフィーアが目を覚ました。


   *


 気がついたら目の前に人の肌があって――ギョッとして、一気に目が覚めた。


「え、あっ! ご、ごめん! 僕――」


 離れようとした。

 胸を押して離れようとするけれど、彼は構わず強く抱きしめてくる。


「よかった、気が付いてくれて」

「う、うん。気が付いたから放してくれないかな」

「少し疲れたから、休憩させて。お願い」


 肩越しに、多くの機械人形の残骸が見えた。

 僕を守って、一人で戦ったんだ。


「フランツ、君、大丈夫なの?」

「うん、こうやってキミからエネルギーわけてもらってるから大丈夫」

「え、わけてる気、しないんだけど」

「気持ちの問題だよ」

「そうなの?」

「うん」


 彼の白くて柔らかい髪が頬に触れてくすぐったい。


「フランツ、こんな時に申し訳ないんだけどさ」

「なあに?」

「僕、心は女の子だよ?」

「うん、知ってた」

「……は?」


 え、なんで? 僕のこの緊張感とか、ドキドキどうしたらいいの? まったくの無駄?


「だからさ、ボクは男でも女でも構わないっていっただろ」

「それって――」


 外見の問題じゃなかったってこと。

 外見と中身が違っても、あべこべでも、いいってこと?


「ボクもさ、こんな髪の色だしさ、色々言われるんだ。だけど、言われるたびに気にしてたら疲れるだろ、死ぬくらいさ」


 なんとなく、わかる。


「自分が見た目で苦労して来たからさ、それを周りの人に強要はしないよ。逆に、同じ境遇にあるなら……」


 ようやく、フランツは身体を離して、目を合わせてくる。


「優しくしたくなる。それが人間ってものじゃないの?」


 へらぁっとした、少し間違うとただ気持ち悪いとしか思えない笑顔だけど、なぜだか嬉しくて、顔が熱くなる。

 急いで俯いて隠す。


「と、とにかく! 僕はもう大丈夫だから、さ、先に行こうよ!」

「そうだね。仕事は速いに限るよね」


 ようやく彼の拘束から逃れられてホッと息をつく。

 こんなにドキドキしてるの、初めてかもしれない。


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