純粋な欲望
「え……」
「キミの犠牲を喜ぶ人なんて誰もいない。それはただの君の自己満足だ。それで守られるのはキミの心だけ。そんなもの、ボクはいらない」
「あ……」
ごめん、と言おうとした。
でも、たぶん。フランツはそんな「ごめん」という言葉も求めてない。
っていうか、僕は、フランツのために話してる? 彼のための答えを口にしてる?
「時間の無駄だ。すぐに――」
僕の脇をすり抜けて部屋を出て行こうとするフランツを呼び止める。
彼は振り返らない。
「僕は……」
言え、ザフィーア・ホーエンハイム。
素直な、純粋な欲望を。
「僕は死にたくなんかない!」
怖い思いはもうしたくない。
「僕は強くなりたい! 強さが欲しい! 今の自分を変えたい……だから!」
振り返った彼の顔が微笑んでいた。
「だから、連れて行って。僕が、僕自身と、戦える場所に」
死ぬ覚悟なんて、あるはずないじゃないか。
幼い頃、ルビンと身体を切り離す手術で死ぬ可能性はあったけど、その頃はまだ死の価値なんてわかってなくて。
だから、そういう場面に遭遇しなきゃわからないよ。
本心は伝えたけど、いざその時になったら、逃げだすかもしれない。わからないよ。
「及第点ってところかな」
フランツは軽くため息を付く。
「さて、夜が明ける前にぶっ壊さなきゃいけない。すぐに準備して、玄関に来て」
そう言って、彼はその場を去る。
「ザフィーア様」
フランツが去って、ゲルトが控えめに声をかけてきて、その頭を下げる。
「え、ちょっ! ゲルトさん!?」
「フランツ様のこと、よろしくお願いします」
誰かを支えられるほど、僕は強くないよ。本当。
「彼が、僕を頼ってくれるなら。……はい」
本当は、ほのかな期待を抱いているんだ。
もしかしたら僕、少し変われるかなって。
酷いよね。人が死ぬような事件が起きてるのに。それを踏み台にしようとしてる。
だけど、生きるってことは、生き残るってことはきっとこういうことなんだろうね。
誰かの犠牲を糧にしてまで、貪欲に生きる。
僕は生きたいって、死にたくないって願ったから、そんなふうに生きるんだ。これから先。
ずっとかどうかはわからないけれど。
玄関前には四頭立ての馬車が用意されていた。
目的地はツヴァイトパオムのフラメル機械人形製造工場。
片道二時間だったと思うけれど、冷え固まった路面を滑るように走り抜ける。
「ロルフの家から研究記録を盗み出したのはヤンで間違いなかったってことだね」
フランツは手枷をいじりながら呟く。
「でも、ただの機械人形の暴走もありえるんじゃないのか?」
僕は肩に杖を立てかけている。
「だったら、死んでいった人間の行動が妙だと思わない?」
発狂からの自殺。
クルトの父親の研究は痛みで人形と意識をリンクさせること。
「人形とリンクした状態で、人形のほうに痛みを与えたら、つながっている人間のほうにも痛みが流れるとか?」
「それも考えられなくもないんだけど、遺体に関する情報が少ない。ボクは気にしているのは『突然発狂した』って部分だよ」
「何か、恐ろしいものでも見たってことかな?」
「自殺したくなるほど、恐ろしいもの、ね」




