そして厄災へ
「人形の殺人動機って、なんだったんだろう?」
「なんなんだろうねぇ」
屋敷への帰りの馬車の中、フランツはやる気なさげに答える。
「ねえ、実は知ってるんじゃないの?」
「何を?」
「動機だよ」
「そんなに知りたい?」
「……興味は、あるかな」
「動機なんて、知らない方がいいんだよ」
「え?」
フランツは窓の外を見つめている。
遠くに、沈む夕日が見える。
「動機って、殺人の理由だろ。殺人に理由なんてあっちゃダメなんだよ。事件が起きると、みんな動機を気にするけど、なんでだろうね。理由があったら、その犯罪を許すのかな? 意味がなかったら、怒るのかな?」
「それは……」
「ボクは、もう知ってるだろうけど、何人も殺してる」
その言葉に、肩が飛び上がりそうになる。
まさかフランツのほうから告白してくるとは思ってなかったし、どうリアクションしたらいいかわからないし。
彼はこちらの様子など気にせずに続ける。
「もう、何人殺したかなんて覚えていないよ。特に理由なんて、なかったと思う。うん、理由なんてない」
「本当に?」
――僕を襲った、あの男の人には理由がなかったの? 特に、何の理由もなく、僕を傷つけたの?
「理由があれば、キミは安心する?」
フランツの青い瞳が僕を見つめている。
「……わからない」
理由がわかったところで、許せるとは思えないし、傷が癒えるとも思わない。
もう過ぎたことなんだから、気にしちゃいけないんだ。忘れなきゃいけないんだけど、簡単に忘れられない。
「どうしたら、僕は安心できるのか、わからない」
この世から誰もかもいなくなって、一人ぼっちになったら、たぶん安心するかな。
だけど、きっと寂しい。
凍えるほど、死にたくなるほど。
*
ヘルマンとはクルトの家の前で別れた。
人形は賢人会議の研究所で精密検査が行われることになった。
その検査に、クルトも同行することになった。
賢人会議が彼に対して酷いことをしないと思うけれど、それよりも、今にも崩れてしまいそうな彼の身を、責任もって預かると言ってくれたヘルマンの言葉が心強かった。
大切にしていた人形が、父親を殺したなんて、信じられないし、信じたくない。
彼は、今後、あの人形をどうするのだろう?
賢人会議に預けたままにするのだろうか?
ああ、これは僕には関係のない話だ。
また別の物語。
*
夜の完全なる闇の中、男が男を背負って建物の中から出てくる。
纏う黒いコートによって完全に闇に紛れているように見えるが、腰に引っ掛けたカンテラがまるで夜空に輝く星のように、自らの位置を示している。
肩を貸されている方の男はすでに歩くのを止めている。
降り積もり、固まった雪の上をズルズルと引きずられているだけだ。
石造りの簡素な門を出たところで、その二人に一人の男が駆け寄る。
三人とも、同じデザインのコート。
それは賢人会議に籍を置いていることを現している。
「おい! 大丈夫か!?」
外で待機していた仲間の呼びかけに、中から仲間を背負って出てきた男は声を荒げる。
「大丈夫なわけあるか!」
雪の上に投げ出した仲間はすでに息をしていない。
突然頭を抱え、奇声を発したかと思うと、次の瞬間、駆け寄った男の耳に生々しい音が届いた。
勘付き、急いで口を開かせようとするが、振りほどかれると同時に、噛み切られた舌が宙を舞った。
自ら舌を噛み切った男は、同時に耳から血を垂れ流し、その場に倒れ込んだ。
処置をと思い、外に連れ出そうとしたが、その途中で男は息絶えた。
外で待機していた仲間が、息絶えた同僚の亡骸を観察し、恐怖に震え、生き残ったもう一人の男に視線を移す。
「汚染の可能性は、なかったんだよな?」
「ああ! 臭いも何も感じなかった。何かヤバいもんに触れた覚えもない」
「とにかく、上に報告しないと」
「そうだ、すぐにでもこの工場の正式な閉鎖手続を――」
話している最中だった。
生き残った二人もまた、耳を塞ぎ、言葉にならない叫び声を上げ、喉を裂き、各々、自由に死んだ。
自らの手で。




