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20/30

ピアスホールから覗いて

 馬車の外にはなじみ深い風景が広がっていた。

 僕が暮らしているリーフレアの村なんかよりも民家が密集しているけれど、こじんまりとした家の作りは変わらず、なんだか居心地がいい。

 積雪を見越して床は高め。玄関の前には二、三段程度の階段。

 その階段を登って、ヘルマンが扉をノックする。

 中から、真っ赤な色が現れた。


 それは髪の毛だった。先生みたいに真っ赤だけど、短い。

 寒さで赤く染まった鼻先。それとニキビを潰した後。

 横に立っているフランツを盗み見る。


 ――本当に同い年?


「賢人会議の者です」


 ヘルマンはコートの中から正規の手帳を少年に見せる。

 手帳を見せたところで、少年の僕らに対する警戒心は消えない。


「賢人会議が、何の用? もう親父は死んで、この家に錬金術師はいないんだけど」

「亡くなったロルフ氏についてもう一度再調査することになった。ご協力を願いたい」

「今更調査したってなにも出てこないと思うっすけどね」


 少年は不承不承というかんじに、扉を開け放ち、僕らを家に招き入れる。

 家の中は見た目に反せず、こじんまりとしていて、意外と天井が低かった。

 たぶん、暖気を天井に逃がさないためだ。

 室内は少し暖かい程度で、吐く息は白い。

 さっき帰宅したって言ってたから、火を入れて間もないのだろう。

 家の主である少年と僕ら三人が入って、身動きが取れないくらい。

 これなら、体温で部屋が温まりそうだ。


「遺体があったのはそこです」


 と、ヘルマンが指差してきたのは僕の足元で、びっくりして慌てて壁際に避ける。


「家に入ったのと同時に後ろから何者かに襲われたようです。そして、体勢を崩し、前に倒れて顔を打ったと」


 ヘルマンはメモを手にしているわけでもない。

 完全に頭の中に記録しているようだ。


「普通、前に倒れそうになったら、手を前に出すとかして、受け身を取るものだけどねえ」

「それが、何かを抱えていたために咄嗟(とっさ)に受け身がとれなかったのではないかと」

「たぶんそうだね。大事なものか。もしくは、手を離したらバラバラになりそうなものとか」

「でも、それは直接の死因じゃないですよね?」

「ええ。死因は大量出血によるショック死です」


 大量出血と言われて、床を見れば不自然なシミがあるような……。


「気味が悪かったんで、少し床板を削って色つきのニスを塗って隠しましたよ。もう誰も、調べにこないと思ってたから」


 いくら父親の血とはいえ、殺人となると、やっぱりちょっと居心地が悪いよなあ。


「凶器はこの家の暖炉の火かき棒、だったかな?」

「ええ、二本あるうちの一本が使用されました」

「親父を殺すのに使われた道具なんて気持ち悪くて、親父の棺桶に入れたけど、いいんだよな?」

「指紋等の調べは済んでいたので、いっこうに構いません」


 ヘルマンは淡々と答える。


「ところで、息子クンは父親の研究について何か知らないの?」


 フランツに突然質問されて、少年は、少し不機嫌そうに眉根を寄せる。


「俺の名前はクルト。息子とか、呼ばれたくないっす」

「ありゃ、君は自分の父親が嫌いなタイプなのかな?」

「嫌いに決まってるだろ」


 クルトがフランツから顔をそらす――と、左耳に銀の、たくさんのピアスがリベットのようにつけられているのが見えた。

 ファッションというより、無作為に穴を開けたような感じ。

 フランツもピアスを付けてるけど、見比べると、やっぱりなにか違和感がある。


「あの、クルト君。質問してもいいかな?」

「なんすか?」

「そのピアスって、自分で開けたの?」


 正確にはピアスホールだけど。


「これっすか?」

 耳たぶに付けた丸いモチーフを指で撫でる。「親父に、勝手に開けられたんす。じゃなきゃ、こんなかっこ悪いつけ方、してないっす」

「父親が勝手にねぇ。それって、虐待に入るのかなあ?」


 フランツはヘルマンに問いかける。


「受けた本人が虐待だと認めれば。見たところ、普通に殴られるのよりも痛いかと」


 右耳にも同様に、ピアスが施されていた。

 子を殴る親は聞いたことがあるけれど、虐待でピアスを付ける親って聞いたことがないなあ。


「でもさあ、クルト。君はなんで今もそのピアスを付けているんだい?」

「特に、理由はないっす」

「それつけられた時、すっごい痛かったんじゃない? ボクも自分で開けてからすっごい後悔したもん。でも外しちゃうとすぐ塞がっちゃうじゃん。せっかく開けたのにすぐに塞がるとかボクの苦労返せよって。それで仕方なく付け続けてるんだけどね」

「へ、へぇ……」

「でもそれはキミの意志で付けたモノじゃないんだ。痛いと思って外しても、怒る人はもういないんじゃないの?」

「……親父が、外すなって」

「遺言かなにか?」

「いや、親父は、帰ってきたらもう死んでた。遺言なんてなかった。ただ銀行じゃなく、家にいっぱいお金を貯め込んでて、それが俺の手元に転がり込んできただけで、他にはなにも、残さなかった」


 クルトは再び、指でピアスに触れる。


「これだけっすよ。親父が残したものと言えば。痛みだけっすよ。俺が錬金術師になりたいって言っても、あんなに金を溜め込んでたのに、錬金術に関することは何一つ教えてくれなかった」


 そう言われてみれば、錬金術に関する本が見当たらない。

 無垢木で造られた階段。

 二階があるのだろう、そっちのほうに置いているのだろうか?


「なるほどね、それがキミと父親の唯一の接点ってところかな。ところで、キミはなんで錬金術師になりたいんだい?」


 その問いに対し、クルトは少し言いよどむ。


「そ、それは……単純な憧れもあるし、造りたいものが、あるんだ。造りたいっていうか、完成させたいっていうか……」


 少し顔をうつむかせ、僕らの間を縫うように部屋の奥へ。

 そこには工具や細かいパーツ用の箱がたくさん置かれた作業机があった。

 上には、その場に似つかわしくない。いや、この家自体に似つかわしくない人形が寝かされていた。

 クルトはその人形を、机の上に座らせる。

 今流行りの陶器人形かと思ったが、(うわぐすり)特有のテカリがない。紙粘土か、石膏か。材料はともかくとして、優しい表情をしている。

 軽く閉じた瞳は眠っているようにも、笑っているようにも見える。

 身長は一メートルはないだろう。

 それでも子供向けの人形ではない。

 この国に来てからとにかく人形に縁がある。


「キミ、人形職人になりたいのかい?」

「ううん、そうじゃなくて」


 言いながら、クルトは人形が纏う簡素な白いワンピースをめくり上げてボディ部分を見せる。

 それがワンピースの下から現れた瞬間、フランツが我先にと、人形に近づいた。


「へー、こんな人形は見たことがないね」


 その意見に同意だ。

 機械人形は図版なんかで見ているけれど、骨格だけ、というものが多い。

 クレモネスに着いた最初の晩に見たものもそうだ。

 だけど、目の前の人形は、顔は一般的な人形で、ダークブラウンの髪の毛が付けられている。

 頭部の造形は完璧なのに、そのボディは頭部とは異なる鉄製。

 アルミニウムだろうか? 胸部の部分は艶の消えた銀色の金属で覆われていて中身は見えない。


 腹部と骨盤部分は分かれていて、この作りは世間一般的な球体関節人形と一緒だが、鉄製。そこから伸びる足は材料が足りなかったか、制作途中だったのか、骨格だけの脚が二本伸びている。


「そういえば、これも親父が残したものってことになるっすね」

「顔部分も?」


 フランツの問いに、クルトは首を横に振る。


「顔部分は……、この人形、元々は母親の嫁入り道具だったらしいっす。そうと知らず、俺が小さい時に結構乱暴に扱ってしまって。それを親父が直したんす」

「そうだ、キミ、母親は?」

「興味なくて、母親の名前も、生きているかどうかも知らないんす。物心ついた時には近くのおばちゃんとかが面倒見てくれたし、親父は無口なほうだったけど、おもちゃとか作ってくれて、それでずっと遊んでたし。ここいらで、片親なんて珍しいことじゃないし」


 そうなのかと、さりげなくヘルマンに顔を向けると、「公害病の影響です」と教えてくれた。


「じゃあ、この修理痕って、キミが遊んでて壊した部分ってこと?」


 人形の顔を指差しながらフランツは問う。


「いや、それは、親父が死んだ時、人形も壊れてたんです。いつも階段の一番下の段に座らせているんだけど、なんか、高いところから落とされたみたいで。頭もだし、脚もちょっと壊れて」

「キミ、手先は器用なんだね」


 フランツの言葉に、クルトは「普段、それで自分の食い扶持は稼いでるんで」とそっぽを向く。素直に褒められたのがうれしかったのだろう。


「落とされたって、こう、叩きつけられたとか、そんなんじゃなく?」

「だったらもっと粉々に砕け散ると思うんすよ。木の床だし。顔の一部が割れて、脚の部品が外れるくらいだから、少し高い位置から落ちたんじゃないかって」

「高い位置、ねぇ」


 フランツは顎に手を当てて、人形をしばらく凝視すると、部屋の中を見渡しながら歩き始めた。

 猫みたいな瞳で、キョロキョロと周りを観察し、結局、人形の前に戻ってきた。


「ねぇ、この人形って、簡単な動作ならできるんじゃない?」

「簡単って?」

「歩くとか、物を持つとか」

「その程度ならできるっすよ。でも、また倒れて顔が割れたりすると修繕が大変なんでやらせたくないっすけど」


 クルトの父、ロルフが死んだのは約一か月前。

 そこから直して今の状態に仕上げたことを考えると、修理には結構時間がかかったのだろう。それに、たくさん試行錯誤を繰り返したはずだ。


「ヘルマン」

「なにか、わかりましたか」

「うん、ボクならこの人形を盗むね。今後の技術躍進のためならね」

「は?」


 ヘルマンはあからさまに眉をひそめる。

 クルトのほうは顔を強張らせている。


「まって、フランツ。その人形は歩くとか、物を持つ程度しかできないんだよ?」

「うん、火吹くとかガスで何万馬力って力を生成するわけじゃないただの人形だけど、この人形すごいよ」


 そう言って、フランツは人形の頭を撫でる。


「だって、この子は人を殺したんだからね」


 彼の発言に、その場にいた誰もが息を飲んだ。


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