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前途多難の入国

 もの珍しそうに眼を丸める者もいれば、何が面白いのか笑いを浮かべる人もいた。


 気がつけば、今の身体だったから、僕は特に気にしたことはないけれど、やっぱり、本来あるべきものがないっていうのは、「異常」なんだろうな。

 それでいて、「普通」の人間から笑いものにされる。

 笑いたければ笑えばいい。どうせ、それくらいしかできないだろ。


「こりゃ、本当に玉無しだぜ、おい!」


 憲兵は僕の股間に顔を近づけ、後ろの仲間たちに向かって言う。

 わざわざ言わなくても後ろの憲兵たちにも見えてるよ。顔を見ればわかる。

 検問所で見た目と通行許可書に書かれた性別が合致(がっち)しない。そう言われて足止めをくらった。


 右目はエメラルド、左目はゴールド。腰まで伸ばされたオフゴールドの長い髪。

 ヘテロクロミアなんて特殊なんだからそこさえ書類と一緒なら本人と認めてもいいようなものだが、性別のほうが大事だという。


 通行許可書に書かれた性別は男。


 だけど、黒いワンピースに身を包んだ僕はどこからどう見たって女だ。

 それくらい、指摘されなくたってわかるよ。

 こちらが何度主張を繰り返したところで堂々巡り。だから仕方なく、検問所の小屋の中でスカートをめくり、下着を下ろして「証拠」を見せた途端にこれだ。

 まるで見世物だ。


 ――まあ、昔は本当に見世物だったんだけど。本当の意味で。


「これで男だって理解してもらえましたよね」


 僕はそそくさと下着を上げて、スカートを整える。

 こんなところ、早く立ち去りたい。


「錬金術師って本当に変態ばっかりだな」


 誰かがそう口にした。

 僕は俯いてたから、その場の誰が口にしたか知らない。興味もない。

 自分たちと見た目の異なる人に対して、「普通」の人はすぐに「変態」、「変人」と言って騒ぎ立てる。

 騒ぐほどのことか?

 僕が玉無し――睾丸(こうがん)がないのは、先生に拾ってもらった時、機能していなかったから。生きていなかったから。そして、本来外に出ていなければならないのが、体内に収まった状態だったため、医療処置として切除された。それだけだ。


「その身体で、このクレモネスで一儲けしようってか?」


 笑い声が上がる。だけど、それを(いさ)める声もある。


「おい、リーフレアの王宮付き錬金術師だぞ。こっちの国でいえば賢人会議のお偉いさんと同じ立場だ。後で罰せられたらどうする」

「思ったことを口に出して禁固刑ってか? そんな国はとっくに亡びちまうよ。俺なら他の国に亡命するね」


 憲兵クラスとなれば、王に忠誠を誓っていて、彼の主に対して畏怖の念を抱きそうなものだが、こうも国土が広いとなると、御威光(ごいこう)も届かず、民の性根は腐る、そんなところか。

 藍色の裏地が縫い付けられたコートを纏い、軽くため息をつく。


「もう、行っても構いませんか? 先を急ぐものですから」

「ああ、構わねえぜ。珍しいものが見れたんだ。お見送りしねぇとな」


 今日はお城で舞踏会か? など、いまだに(はや)し立てる者もいるが、無視して外に出る。

 もう一時間もすれば完全に日が没する。

 その前にこのクレモネスの首都エアストパオムまで行きたかったが、難しい。


 馬車の中で待機していた御者に謝辞と通行許可が出たことを伝え、入れ違いに馬車の中へと乗り込む。

 外気は氷点下。馬車の中も豆炭を入れたアンカが置かれているだけで、風と雪が防げていてかろうじて少し暖が取れる程度。

 何もこんな時期にリーフレアからクレモネスへ入国しなくてもと思うのだが、お呼びがかかったのだから仕方がない。


 馬車が走りだし、暗くなっていく外を小さな窓から見つめながら膝を抱える。


「疲れた」

〈さすがのザフィーアも、あんな対応されたら機嫌悪くなるか〉


 頭に直接流れ込んでくる声。

 僕と同じ声だけど、少し粗っぽい。

 向かい側の椅子に置いた杖にはめ込まれたエメラルドが淡い光を放っている。


「僕じゃなくても怒るだろ、あんなの」

〈だからルビンと一緒に行けって言ったんだよ〉

「僕らがいない間、誰が先生の面倒を見るの?」

〈ガキじゃないんだからなんとかすんだろ。アイツだって、立派じゃねぇけど一応大人だぜ〉


 端から見れば、僕は杖に話しかけているように見えるだろう。


 事実だ。


 声は杖にはめられたエメラルドが発信源。

 正しくは人工エメラルドで、錬金術で造られたものだ。同じものが、僕の右目にはめられている。

 幼いうちに移植したので、神経ともだいぶなじみ、一見して義眼とは分からない。


 僕らは結合双生児として生まれ、そして捨てられた。

 本当に捨てられたのか、はたまた見世物小屋に直接買われたのか、売られたのか、そこらへんのことは覚えてないし知らない。


 ルビンというのは僕の片割れ。

 僕らは頭部が結合している状態だった。それでいて、錬成術を発動させるための炉心を胎内にもっていた。 

 双子の錬金術師というのは珍しいそうだ。大抵は、炉心がどちらか片方に生成され、両方にできることはまずない、と言われていた。


 結合双生児で、錬成炉心持ちの僕ら。

 それをたまたま見つけてくれたのが、僕らの育て親であり、錬金術の師である先生。

 そして、手術によって僕らを二つの身体に分けた。

 だけど、僕らは二人じゃなかった。


 三人だった。

 僕の右脳とルビンの左脳。その間に三つ目の小脳と中脳があり、そこにもう一つの魂が宿った。


 二つの身体に三つの脳、三つの魂。


 その三つ目の魂が、今杖を通して話をしている兄のスマラクトだ。

 兄の脳から錬成されたエメラルド。それを分けて、左右の義眼を作り、右目は僕に、左目はルビンに移植された。

 頭部結合のため、僕らには片方の瞳がなかったのだ。

 人工的に頭蓋骨を作り、移植し、定着したら今度は眼球を移植して。


 何年も前のことだけど、今だってこれだけの手術を行うことは難しいだろう。たった一つのミスで、どちらか、もしくはどちらも死んでいた。

 何もしなくても僕らは死ぬかもしれない状態だった。だから、今こんなふうに生きていけることを先生に感謝しなければならないんだけど、ホント、ダメ人間すぎて普段そんな感謝の念なんて湧いてこない。


 杖にはめられているエメラルドも、兄のスマラクトの脳から作られたもので、これは二つに分けられ、もう片方をルビンが同じく杖として持っている。

 この杖は、錬金術師として一人前の達人(アデプト)であることの証明でもある。

 高速で錬成を行うためのアルケミーツール。

 錬成を行うための補助器具と言ってもいい。


 ツールは人それぞれ、学んだ門派によって様々なタイプがあるそうだが、僕が学んだ師の門派は、代々杖を与えられてきたというので、僕もルビンも杖を選択した。

 いくらろくでなしの師でも、自分たちでは行えない技を使いこなす姿はやっぱりかっこよくて、憧れから師と同じ道具を持ちたいと思ったのだ。


 師の変人、奇人っぷりは、僕らが暮らすリーフレア国内では誰でも知っているようで、その影響で、僕ら双子は女装を強いられていると思われているみたいけど、いくら師でもそんなことは強要しない。


 睾丸を幼い頃に切除したので、男性ホルモンが生成されにくく、変声期は訪れない。成長ホルモンには異常はないので、そこそこ身長は伸びるけれど、女性特有の皮下脂肪がつきやすくなる。

 そう、見た目が女性らしくなってしまうのだ。声とか、頑張って潰す人もいるみたいだけど。


 そして、ルビンと出した結論が、女装することだ。


 胸は大きくならないけれど、さっき検問所で間違われるくらい「女」になれる。

 男装していると思われるよりは、普段女装していたほうがなんとなく楽なんじゃないかって。逆に、今回みたいなトラブルは初めてのことだった。

 初めて、一人で隣国のクレモネスにやって来た。

 もとはと言えば、仕事しない先生のせいなんだけど、いい機会だから勉強も兼ねて行動範囲を広げてみようかなって。

 始めからあんなハプニングに襲われて、もう帰りたいなって心の片隅では思ってるんだけどね。


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