飴と容疑者
「で、盗みを働いたやつの検討は付いてるんだろ? 誰なんだい?」
「まだ盗み出されたものが研究成果かどうかは判明していませんが、容疑者と上がっているのは、ヤン・フラメル・ヴォルケリート。機械人形開発推進派の人間です」
「結局、スタート地点に戻ったってわけか。ブラフでもなんでもなく、結局推進派の人間の犯行だと」
「まって」
フランツの言葉には違和感がある。
「今回殺された人も機械人形技師なんですよね?」
僕の言葉に、ヘルマンは押し黙り、フランツは彼とは逆方向に顔をそむけて適当に口笛を吹く。
「え? なにか?」
「トリスメギストス卿!」
「うわぁ、ザフィーアは本当に頭がいいね! よくそんなことまでわかったね」
「え、君が言ったんだよ?」
「この事は国家会議の連中にも情報共有してないんですよ!」
ヘルマンはフランツの肩をつかんで揺さぶる。
「へー、そうだったんだぁ、ボク知らなかったなあ」
「知らなかったじゃなくて! 察してください!」
ホント、それは同意するよ。
「あの、この事はもちろん、誰にも言いませんから。言う相手もいないですし」
「お気遣い、ありがとうございます」
居住まいを正したヘルマンが頭を垂れてくる。
全部フランツのせいなのに、可哀想だなあ。
「えーっと、殺人事件の概要はフランツから聞いていて、それで確か機械人形技師の方が殺されたって」
「ええ、その通りです。まったく嘘偽りなく真実です」
そう言いながら、ヘルマンはフランツを睥睨する。
「だとすると、おかしくないですか? 推進派の人間が技師を殺すって」
「でも今回殺された、えーっと」
「ロルフ・ローゼンクロイツ・フルスアイゼンです」
「そう、ロルフだ。彼が反対派の人間であるに関わらず、機械人形開発における重要な研究資料を持っていたら?」
「それが、殺人動機になる」
「そういうこと」
フランツが言い終わったところで、ヘルマンが口を挟む。
「ヤンとロルフは元々一緒に研究をしていたようですが、途中で仲違いをして、ロルフのほうが研究機関から抜けて、工場のほうに移動してます。ロルフはあくまでも中立派であって、機械人形開発における一長一短を同僚に語っています」
「仲違い……、それも殺害の動機になるでしょうか?」
「ロルフが研究機関から抜けたのは一年以上前ですが、全く可能性がないとは言い切れないですね」
「それで、ヤン氏の当日の――アリバイ? って言うんでしたっけ?」
「ええ、犯罪小説でよく使われてますね。ロルフの殺害日は研究者同士の会合でエアストパオムにいたと。裏も取れているので、完璧なアリバイがあります」
「そうですか」
研究資料を盗むだけだったら他の人にも頼めるのかな?
殺人を請け負う人もいるっていうし。
というか、フランツが静かなのが不穏すぎる。
視線を向ければ、ぼんやりと馬車の天井を見つめ、何か考えているようだけど。
「……フランツ、なにか思いついたの?」
「うーん、思いついたっていうか、思いだしたっていうか」
「それは、事件に関することですか?」
「全然、全く関係ないね」
フランツの言葉に、僕とヘルマンは同時にため息をついた。
それと同時に馬車の扉がノックされた。
ヘルマンがそれに応じる。
馬車の外にいたのは、ヘルマンと同じ格好、同じ歳くらいの男だ。
低い声でヘルマンに何かを伝え、そそくさと去っていった。
「どうやら、被害者の息子が帰宅したようです」
「現場検証っていうのをするんですか?」
「ええ」
「それって何か意味あるの?」
フランツはコートのポケットから飴の缶を取り出し、一粒口に放って言う。
「ヤンってヤツのところに行って、盗んだものを出せって言えばいいだけじゃん」
「ですから、彼はまだ容疑者なんです。それで犯人扱いしたら叩かれるのは賢人会議なんですよ?」
「うん、叩かれるのはボクじゃないから言ってみた」
「いいかげん怒りますよ」
「だーかーらー、ボクが個人的に動いたら賢人会議は叩かれることはないでしょって、そういうこと」
「トリスメギストス卿」
ヘルマンは、眼鏡の位置を正しながら言う。
「容疑者の中にはヒルデガルト嬢も含まれているんですが」
「んぅぐっ!?」
なんか、ヤバそうな音がフランツの口から発せられた。
当の本人は、目の端に涙を浮かべ、鎖骨の辺りを必死に叩いている。
僕は出発時にゲルトから渡されたお茶をカップに注いでフランツに渡した。
彼はそれを一気に飲み干し、やっと落ち着いたようだ。
「人が飴を舐めている時に不穏な名前をださないでよね! 死因飴玉とか恥ずかしくて何度でも死ぬよ!」
それって、何度も生き返るってことだよね。
「あの、その人って?」
「卿の愛人です」
「へぇ」
愛人なんていたんだ。十四歳で。
「ちなみにヒルデガルト嬢は既婚者です」
「それって、不倫?」
「まったくその通りです」
「言っておくけど! 全然ボクの好みじゃないんだからね! あっちから来たんだからね!」
「でも拒否はなさらなかったと」
「その場の雰囲気とかあるんだよ! 男ならわかれよ!」
「わからない」と僕とヘルマンは首を横に振る。
「とにかくだ、彼女は機械人形になんて興味ないじゃないか。研究だって生物学だろ」
どこかの貴族のご婦人かと思ったら同じ錬金術師だったのか。
僕の心の声を察したのか、ヘルマンが捕捉してくる。
「ヒルデガルト嬢は美容に関する研究をしていまして、ついでに化粧品なども販売していて、この国では少し有名な方なんですよ」
「そんな有名人と不倫してるの?」
「違うってば! 不可抗力! もうあれ以来寝てないから!」
うわぁ、自分から泥沼にはまってってるよ。
「とにかく、ボクと彼女のことはどうでもいいんだよ。それより事件のこと!
賢人会議はどういう理由でヒルデを容疑者にしたんだよ?」
「彼女の研究はつまるところ、不老不死ですから。それにローゼンクロイツ出身ですよ」
「ホント、ローゼンクロイツ出身じゃなかったらいい女なんだよ」
肩に立てかけていた杖のエメラルドが淡く光る。
〈男ってみんな馬鹿だね〉
(まあ、僕も男だけどね)
「ローゼンクロイツだったら、何なんです?」
「ローゼンクロイツは宗教も混じってるんだよ」
「宗教? 宗教って、イースクリートが聖始祖を崇めているとか、ああいう?」
「そう。始祖崇拝とか、神頼みとか、オカルトじみたことに手を出してるところなんだよ。だから、賢人会議が彼女に目を付けたっていうのは、魂を機械人形に定着させるとか、そういうオカルト思想も視野に入れてるってことなんだろ? バカバカしい」
「発想は馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、十分な動機になります」
「疑わしい連中は片っ端から洗い出したってこと? ホント、キミたちって暇だよね」
「作業効率がいいと言ってもらいたい」
「と、とにかく、現場に行ってみましょうよ。ね?」
この二人、黙っていたら夜が明けるまでずっと言い合いを続けそうだ。