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18/30

消費活動

 馬車はユルユルと道を進んだ。

 曇りでも日中は温度が上がるため、路面の雪が溶けて、滑りやすい上に馬のほうも走りにくくなる。横転なんてことも珍しいことじゃない。だからゆっくり、トロトロと。

 林を抜け、民家が多くなってきたと思ったところで馬車は止まった。


 外からノックされ、扉が開かれる。

 黒いコートに身を包んだ、背の高い男が経っていた。

 コートの生地と同じ黒いベレー帽に、細いフレームの眼鏡。

 緑色の瞳が僕を一瞥して、すぐに目を閉じ、腕を組んだフランツに視線が移される。

 少し怖いな、というのが第一印象。

 ふと、帽子に付けられた金色のバッジが見えた。


 星――九つの光を放つ星。


「トリスメギストス卿、こちらは?」


 こちらって言うのは僕のことだろう。

 フランツは片目で男を見ると、機嫌が悪そうに眉根を寄せる。


「いいから。中が冷えるだろ。話があるなら入ってきて早く扉を閉めて」


 彼の言葉に、その男の人はあきれたようにため息を一つ。そして馬車の中に。

 馬車は狭い路地に止められている。

 男は、フランツの隣に腰を下ろし、帽子をとる。

 ダークブラウンの短い髪。

 帽子がなかったらすごく寒そうだ。


「で、なぜ無関係なザフィーア・ホーエンハイムを連れて来たんです?」


 なんで僕の名前を? と思っていたけれど、賢人会議の人間なら名前くらい知ってて当然か。

 帽子に付いていたバッジに記された星は、賢人会議の紋章だ。

 僕、というか先生を会議に召集したのは賢人会議だし、代理で僕が出席することも手紙で事前に伝えていた。だから、知られていても不思議ではないんだけど、よく見た目でわかったなあ。


「謎解きに付き合ってもらおうと思っただけだよ」

「このことはクレモネス国内のことで――」


 そこまで言って、男は口を閉ざす。

 何かに気づいたようで、目を軽く見開く。


「はめましたね」

「さーて、なんのことかな?」

 フランツのほうは両手を頭の後ろで組んで笑って見せる。「そういうキミたちこそ、色々と臭いものを事件で蓋をして見えないようにがんばってたみたいだけど、トリスメギストスの伝家の宝刀を忘れた、なんてことはないよねぇ?」


 何を話しているのかよそ者の僕にはさっぱりなんだけど。

 よそ者はよそ者らしく大人しくすることにした。


「この国は無駄に面積がありすぎる。物事の伝達に時間がかかることから何代も前のトリスメギストス当主は伝達網を張った。だから、ボクが屋敷から一歩も出なくとも欲しい情報はすぐに手に入る。キミたちだって、ミュンツェの恩恵にあやかってるんだから、持ちつもたれつだろ? いまさら熱くならないでよね」

「賢人会議にいたスパイはすべて排除したはずです」


 その言葉にフランツは声を出して笑う。


「ミュンツェの意味は知ってるだろ? 硬貨だよ。人から人へ、勝手に渡っていて、いつの間にか手元に戻ってくる。密偵にその名を付けたのは情報の重要性を示唆(しさ)してのことかもしれないけれど」


 フランツは脚を組み直し、まるで獲物をしとめた獣のような目で男を見て笑う。


「ボクは情報に対していくらでも金を積む」

「買収した、ということですか」

「ただの消費活動だよ。で、これはキミたちにとってはただの殺人事件じゃないんだろ? いや、どのように殺されたかに関しては興味がない。ただ、殺された人間のしていた研究には目を付けていた。キミたちはその研究成果を横からかすめ取ろうとしていたけれど、先を越された。そんなところかな」


 ギチっと音がした。

 見れば、目の前の男が、革手袋をした手を強く握りしめていた。

 フランツの言っていることは正解なのだろう。

 だとすれば、男――賢人会議の目的はその「研究成果」を取り戻すこと。もしくはその在処を探すこと?

 男の様子など気にせず、フランツは続ける。


「もう隠し事なんてボクには通用しない。わかっただろ? ボクを利用するのは構わない。ボクも好きでキミたちに付き合ってるんだ。見返りもいらない。ボクが楽しめればそれで構わないって前から言ってるだろ? キミたちは一連の機械人形事件の犯人も動機もわかっている。ただ逮捕しないのは、技術進化のため。犯人が成果を出せれば、錬金術師、いや、賢者は星へと一歩近づける。だから一人二人、人が殺されたところで何とも思わない。その程度の犠牲で済んでよかったとホッと胸をなでおろす。全てはリヒトノインシュテルンに至る道のために。そうだろ」


 男は、観念した、という変わりに細い溜息をつく。


「まだまだ子供だと思っていた、我々が浅はかだったと、そういうことですか」

「子供だからこその発想力だよ」

「そうかもしれませんね」


 軽く頷き、男はこちらに向き直る。


「挨拶が遅れました。ザフィーア・ホーエンハイム。これからの話は、そちらの錬成院には報告しないと、約束してもらえますか?」

「ザフィーアと、呼び捨てで構いません。僕は、錬成院から言われてここに来たわけではなく、あくまでも先生の代わりで、個人的なんで。錬成院への報告義務もないので、秘密だというのであれば、誰にも言いません」

「ありがとうございます。ではザフィーア、改めてこちらの自己紹介を。私はヘルマン・レーゲンナーゲル・ユンガーニヒツ・クライスクラフト。賢人会議に籍を置く錬金術師です」

「ユンガーニヒツ?」


 誰の弟子でもない?


「ユンガーニヒツっていうのは、賢人会議独自の名前かもしれないね」

 フランツが先ほどの緊張感を散らすように言う。「四つの門派以外で学んだか、二門以上で学んだ者を現す名前だよ。ヘルマン、キミはホーエンハイムとフラメルで学んだんだっけ?」

「ええ、始めはフラメルで学んで達人(アデプト)になりました。その次にホーエンハイムで学び、昇級試験を受け、合格してからはユンガーニヒツを名乗っています。賢人会議に所属する人間には珍しくはない名前です」

「そうなんですか」


 錬成院直属の錬金術師もそうだけど、賢人会議もやっぱりそういうエリートで構成されてるってことか。


「で、ヘルマン。キミはボクに対して殺人動機はないっていってたけど、そこは『ある』と訂正してもいいってことかな?」

「ええ、ですが暫定です。殺人動機は被害者の研究成果を手に入れるためだったというのが我々の意見です」

「なるほどね、殺人動機としてはよくある話だ」

「え、よくある話、なの?」


 思わず僕は聞き返してしまった。

 僕の言葉に、フランツもだけど、ヘルマンもきょとんとしている。


「この国だとよくある話だよねぇ、ヘルマン?」

「ええ、お恥ずかしい話ですが」


 うわぁ、僕すごく平和な国で錬金術の研究やっててよかった。

 ヘルマンは補足する。


「達人になれば、国からの援助金がもらえます。それは色に応じて額が変わりますが、それはそちらの錬成院も同じでは?」

「そうですね。上限額は色に応じて変わってきますが、お金の引き出しにはまず、どのような研究をするのか、研究費をどのような目的で使うのか申告して、それが受理されるとお金をもらえる仕組みになっています」

「ヘルマン、うちの国もそうしたら? ろくに成果もあげてない連中にも無駄に金払ってないでさあ」

「そうですね。ちょっと、上に話してみます」


 この国、大丈夫なのか?


「その話はよしとして、国からの援助金は、研究内容と成果、実績に応じて変わってきます。ですから、自分の研究が(かんば)しくない場合、自分と似たような分野で実績を上げている人間を殺害して横取り、というのは珍しくないんです」

「だけど、その場合、研究成果を申告した場合、ばれますよね?」

「ええ、研究成果を盗んだのだとすぐにばれます。多少アレンジを加える人間もいますが」


 この国、本当に大丈夫なのかなあ?


「ただ、共同研究だった場合、事故か病気かわからないくらい巧妙(こうみょう)に殺す人間もいるので。錬金術師だけに」


 それ、洒落にならないくらい怖いんだけど。


「大丈夫、キミのことは僕が責任もって守るって」


 フランツは明るく言ってみせるけど、彼が賢人会議を出し抜いた現場を目の前で見せつけられて彼に対しても不安しかない。

 そもそも、フランツは何から何まで怪しすぎる。


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