望めばどんな色でも
次の日、行こうと言ったはずのフランツがなかなか起きず、半分寝ている状態の彼をなかば強引に馬車に押し込んで事件現場のツヴァイトパオムの街へと向かった。
「もしかして君も夜型の人間なの?」
欠伸を繰り返すフランツに向かって聞く。
別にそれが悪いとは思っていないけれど、それで寝坊して人を巻き込むのはやめてほしい。
「夜型だったり、昼型だったり、色々だよ」
「まだ子供なんだからちゃんと夜は寝たほうがいいよ」
「わぁ、心配してくれるの?」
へらぁっと、無邪気な笑みを向けられて、少しドキッとしてしまう。
本当に子供にしか見えなかったから。びっくりした。
「心配っていうか、将来的に影響があるからさ、成長ホルモンとか、いろいろ……」
ルビンもそうだ。
本人は人体の研究をしているくせに、夜型で。
今のところ僕らの体格に差は出てないけれど。
「女性の場合は特に大変っていうよねぇ。でも、ボクは男の子だから、せいぜい背が伸びないとか、子供が作れないとかそんなところじゃない?」
そう言って、首に付けた革ベルトのチョーカーをいじる。
まるで犬につける首輪だ。
下はボートネックの黒のセーター。一応、マフラーは持ってきてるけど、肌色の面積が広くて、見ているこっちが寒い。
外はくもり空で、少し雪が降ってきたと思ったらすぐ止んだり。はっきりしない天気だ。
「子供、欲しくないの?」
「そういうキミは――って、ごめん、イジワル言ったね」
「いや、別に……」
睾丸がない。それは精子が作られないということ。
いくら雄しべがあっても、受粉しなければ、その花は実を、種を残すことはできない。
「ボクは」
フランツは言う。
「親不孝な子供だからさ、子供ができたとして、こんなのが生まれてくるかと思うと、いらないって思っちゃう。相手が産みたいっていうなら、避妊とか中絶とか強制はしないよ」
これ、二十歳前の子供が話す内容か?
「昨日、ボクのパパは見たんでしょ? 話しした?」
「ううん、会議が終わったらすぐに帰ってしまったから。……君、本当にホーエンハイム卿の子供なの?」
「そうだよ。だから離れ離れなんだ」
「は?」
親子って、一緒に暮らすものじゃないのか?
フランツは、相変わらず手首にはめた手枷を弄びながら言う。
「普通の親子なら一緒に暮らせたかもしれないけれど、パパは世界一の錬金術師だから」
「まあ、錬金術師がこの大陸の北にしか存在しないっていうなら」
「他の大陸に錬金術師が存在していたとしても、パパが一番だよ」
あれ? もしかしてこの子、実のところすごい、とてつもなく、ファザコン?
「パパはこの国のためにたくさんの研究をしなきゃいけないから。だからボクはじゃまなんだよ。子育てしている暇なんてないんだ」
「それで、引き離されたってこと?」
「さあ、それはどうかな」
さっきとは違う、作り笑い。
これははぐらかしている。
会って数日だけど、なんとなくわかる。
「でも、君もその……天才だと思うよ」
誰かの事、簡単に「天才」って言わない。
近くに変人でクソだけど、「天才」の先生がいるから。自然と、先生と比べてしまう癖が付いてしまった。
――もしかして、天才ってすべからく変人? でもフランツの父親であるアウグストはそんな感じしなかったんだけど。
とにかく、目の前にいるフランツは明らかに天才と呼んでいいレベルだ。
出なければ十歳で達人試験を合格できるはずがない。
ただ――
「納得いかないのは君のその色だよ」
座席に広がった、フランツが袖を通したコートから見える青い裏地。
「僕より位が低いなんて考えられない」
「ザフィーアが達人になったのは、いくつの時?」
「十二の時」
「うーん、こっちの賢人会議の審査より、そっちの錬成院のほうが……いや、君の場合は双子で一等星炉心だからなあ」
僕の胸辺りを見ながら、フランツはブツブツと言う。
「炉心レベルは君だって、いや――」
「いやいや、ボクの場合は幼すぎるから、先のことはわからないって暫定的に青を与えられたんだ」
「じゃあ、この先、昇級もあるってこと」
「昇級試験受けるとか、推薦をもらえばね。だけど、ボクはこの色を変える気はないんだ」
「なんで?」
色なんて識別みたいなもので、深い意味はないと思うし、僕自身与えられた色――位を気にすることもないし、それで人を見ることもしないけど。
「なんでって、ボクは青色が好きだからだよ」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
これは本心だ。
フランツは青色が好きなだけなんだ。
好きだから、その色に留まってる。
望めばどんな色でも掴み取ることができる。
それはすごく贅沢で――
「やっぱり君、天才じゃないか」
普通じゃ考えつかないことだし、できることじゃないよ。