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推理テスト

 夕食の席にフランツの姿はなかった。

 大きな、十数人は座れるであろう長テーブルに僕一人で少し緊張したけれど、ご飯食べる間は給仕の人も席を外してくれて、少しリラックスして食べられた。


 程よく油を飛ばし、香草と塩でくるんだ鴨の肉は見事に臭みが飛んでて、それでいて柔らかく、舌の上でとろける。

 サラダは室内で育てているのか、季節外れの葉野菜の入ったもので、酸味の効いたドレッシングとの相性が抜群。

 スープはクリームが入っているのにさっぱりした味で、お好みで芋を入れて食べるものだった。

 芋はたぶん長芋だろう。完全に火を通しきっておらず、シャキシャキした歯ごたえがたまらない。

 もちろん、パンにつけて食べても美味しかった。


 昨日の夜も軽食を作ってもらったり、朝ご飯もたっぷり用意してもらったり、至れり尽くせりなんだけど、僕はフランツの気まぐれでこの屋敷に泊まらせてもらっているだけで、客人、というのもちょっと違う。だからこんなに贅沢なご飯を用意してもらって申し訳ないと、食後にお茶を用意してくれたゲルトに告げたら、「こういう時でもないと、料理人は腕を振るえないんですよ」と苦笑いを浮かべた。


 なんでも、フランツは好き嫌いはもちろんなのだが、食も細く、献立を考えるのが大変だとか。僕がこうして食事している間も、何やら仕事があって、部屋でパンをかじっていたとか。


 錬金術師で当主となれば、貴族と呼んでもいい。

 それなのにフランツは少し痩せているような気がした。

 そういう体質な人もいるけれど、原因は偏食なのだと知って合点がいった。しかも彼らしすぎて、苦笑してしまった。




 給仕に礼を言い、食堂を後にし、与えられた客室に戻った。

 ご飯は美味しいし、みんな優しい。

 だけど豪華なのは少し苦手。


 僕らが普段住んでる家は丸太をくみ上げて造った、段差も物もやたらと多くて狭い家だけど、十年近く住んでるとそれが当たり前になって、屋敷の広さに慣れない。

 客室はとても広いけれど、荷物は散らかさずトランクに仕舞ったまま。

 その中から櫛を取り出して姿見の前で長い髪をとかしながら、自分の顔を見た。首を傾けたりして、いろんな角度から見てみた。

 家にはこんなに大きい鏡はないけれど、ルビンに隠れてこっそり、自分の顔を見るのが日課になっていた。


 ナルシストとかそういうんじゃない。


 男のようなひげが生えていないか、喉仏が出ていないかを確認しているのだ。


 ――どこからどう見ても女。


 背は少し高い気がするけれど、女に見えるよね?

 自分自身に問いかける。

 今日の会議で、僕が女装した男だって、わかった人がいたかな?

 クリストス先生は僕の執刀医だから知ってるけど、ほとんどの人はわからなかったはずだ。

 眉をひそめる人もいれば、優しく挨拶してくれる人もいた。

 それはきっと、僕のことを女性だと勘違いしたからだ。


 一通り櫛を通した後、指先で前髪を整える。

 化粧はしたことない。少し興味はあるけれど。


 ――僕って、本当に男なのかなあ?


 鏡の中の自分に問いかける。

 身体は男だけど、心は?


「お邪魔していいかい?」


 ノックよりも先に声をかけられ、慌てて振り返る。

 朝と同じように、フランツが入口に立っていた。


「もしかして着替えるところだった?」

「ち、違うよ! なに?」


 慌てて櫛をトランクの中に戻す。

 フランツは部屋の中に踏み入ると扉を静かに閉じてベッドの上に腰かけた。


「キミも立ってないで座ったら?」

「う、うん」


 即されて、フランツの隣に座る。


「君、ご飯は?」

「部屋で食べたよ」

「一人で?」

「うん、ちょっと考え事しててね」

「そう……一人で食べて、寂しくないの?」

「別に。朝と同じ質問だね」

「そ、そうだった?」

「ま、別に気にしないけど、キミの用事はもう済んだの?」


 用事――賢人会議への出席。


「うん。明日には家に帰ろうと思ってるんだけど」

「早すぎない? せっかく来たのに」

「でも……」


 僕が家を空けている間、おばさんにたまに様子見を頼んだけれど、あまり長い間任せるのは気が引ける。

 午前中に書店や工具店を回って足りないものとか買って、そのまま帰るつもりだったんだけど。


「何か、用事でもあるの?」

「うーん、用事っていうか、知恵を貸してほしいんだ」

「知恵? 君のほうが僕より――」

「それは錬金術に関することだろ。そうじゃなくて、世間一般的な感覚っていうか、価値観とか、そういうのを知りたいんだ」

「そう言われても、僕は田舎者だから、この国の常識的なことはよくわからないよ」

「大丈夫大丈夫。僕と違う視点があれば十分さ」

「弁論、的な?」

「推理だよ」

「推理?」


 推理って、最近流行ってるとかっていう、犯罪小説のこと?

 フランツは左手の人差し指を立てて語り出す。


「とある機械人形技師が殺されました。その人は普段、誰かから恨みを買っていたというわけでもありませんでした」

「それだけじゃ、推理なんてできないよ」

「どうして?」

「被害者がいるなら加害者の存在必要不可欠だろ。彼を恨んでいる人はいなかった。ということは突発的な犯行かもしれない」

「それなんだけどね、争った形跡がないんだ」

「争う暇もなかったとか」

「それも考えられなくもない。被害者は顔面を強打して、その後で、目玉をグサッと、火かき棒で刺されたんだ。そして、同じ火かき棒で刺されたであろう傷が全身いたるところに。死んでもしばらく刺し続けたみたいだね」


 死んでも刺し続けた。

 話しだけ聞くと、その人をとても憎んでいた人の犯行のように思えるけど、恨みを買っていたようなことはない。

 でも完全に人の心を知ること、読み取ることは難しい。


「密かに憎んでいる人がいたとか?」

「いるとしたら、第一の容疑者としてあげられるのは被害者の息子」

「その子は、何歳くらいなの?」

「僕と同い年で十四歳」


 十四歳だったんだ。もっと幼く見えるけど。


「……相手が息子だったら、被害者が油断した隙にってことも考えられるかな」

「それがね、その息子クンは殺害予想時刻には家にいなかったんだ。彼は午前はセミスクール、午後からは機械工場で働いていて、完璧なアリバイがあったんだ」


 セミスクールというのは、生活をするうえで最低限の読み書きや計算を教えてくれる学校で、一日の授業時間は二、三時間で、いつ受けるかは自由に選ぶことができる。


「そういう情報は先に言ってくれないかなあ」

「キミとの会話を楽しみながら話してるんだから、これくらいいいだろ?」


 なんて言って笑いかけてくる。

 何だっけ、こういうのを「あざとい」っていうんだったか。


「じゃあ、先に質問するけれど、被害者は酔っていたとか、酷く疲れていたとか、持病を患っていたとか、そういうことはないの?」

「体内に関しては脳まで詳しく調べたけど、胃と食道に軽い炎症が見られた以外はいたって健康だったよ。たぶん、逆流性食道炎だろうね」

「もしかして、君が検死したの?」

「まさか、ボクは死亡診断書と解剖書類を読んだだけだよ」


 それを聞いて少し納得した。

 フランツの洞察力の良さは、会ってまだ一日しか経ってないけれど理解している。

 彼ならば不審な遺体を見るか解剖しただけで、死亡当時の状況を完全に把握できるはずだ。それができないということは、遺体を実際に見ていないからだ。


「遺体の発見者は?」

「息子だよ。工場から帰ってきて見つけた」

「その時、鍵は?」

「かかってなかった。被害者は外から帰ってきたところをグサッと刺されたらしい。ただ、扉は閉まっていた」


 じゃあ、遺体が見つかるまで間があったということか。


「誰か、遺体に細工をしたとか」

「そういうのはさーっぱりわからないんだあ」


 そう言ってフランツは、文字通りお手上げ状態でベッドに倒れ込む。


「それで実際現場に言ってみようってわけ」

「現場に……それが一番だろうね」


 直接見たほうが色々気づけるだろうし――って。


「それって、君ひとりで行くんだよね?」

「何言ってるの?」


 フランツは蠱惑(こわく)に微笑んでみせる。


「キミも一緒に来るんだよ」


 はいはい。それで僕に話したってことか。


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