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むかしのこと

 僕とルビンと先生。それと身体はないけどスマラクトの四人。

 手術が終わり、病院の外で暮らせるようになったのは五歳の頃だったと思う。


 クレモネスからリーフレアへの移住。

 先生にとっては帰還。


 リーフレアは山と河に挟まれた小さな国だ。

 特別肥えた土地というわけでもなく、目立った産業もない、普通の国。

 クレモネスの汚染問題が深刻化して、療養目的で来る人がいるくらいで、観光に来る人もほとんどいない。


 越してきた時すでに僕らは髪を伸ばし、女の子の服を着ていた。

 その頃はまだ、与えられるがまま、お揃いだったり、色違いの服を着ていた。

 右と左、どちらの瞳がエメラルドかで判断は付くけれど、そんなこと気にして見ている人なんていない。


 先生は僕らが火も扱えない小さい子供でも構わず置き去りにしてしょっちゅう旅に出た。

 クリストス先生の病院に預けられている時もそうだったから、先生がいなくても寂しいとは思わなかった。

 ルビンとスマラクトがそばにいたし、近所の人も優しかったし。


 その時は確か、いつもご飯の世話をしてくれていた隣の家に行く途中だった。

 春だった。

 隣といっても少し距離があった。子供の脚で五分くらい。

 ルビンは数式を解くのに夢中で、お菓子の時間だよ。一緒に行こうといっても、「一人で行ってきなよ」って。

 その頃から別々に行動することが多くなっていたから特に気にしなかった。

 先生から言われていたこと。


 ――いつでも家の鍵はちゃんとかけておくこと。


 それだけルビンに言って、僕は家を出た。

 道の脇には、なんのことはない、珍しくもない花が咲いていて。僕は綺麗だなあってしゃがみ込んで観察していた。

 植物に関する軽い知識は持っていた。

 花には雄しべと雌しべがあって、受粉すると実ができる。それが種となって地面に落ち、再び花を咲かせる。


 花の中には男の人と女の人が一緒に住んでる。


 僕かルビン、片方が女の子だったら花と一緒だねと言ったのを覚えている。

 突然、影がかかり、顔を上げると男の人が立っていた。

 知らない人じゃない。同じ村の人だ。

 だけど話したことはなかった。

 おばさんはこの赤ら顔のおじさんのことを良く思っていなかったようだった。


「お譲ちゃん、花は好きか?」


 聞かれて、僕は素直に頷いた。


「だったらもっといい場所があるぜ。おいで」


 手を差し伸べられたけど、そのゴツゴツした手はつかまなかった。

 一人で立ち上がり、おじさんを見上げた。

 おじさんはその様子に満足したのか、「良い子だ」と言って、僕の肩に手を置いて、歩きながらしきりに撫でた。

 気持ち悪いなって、少しだけ思った。


 連れて行かれたのは、そこから数十歩だけ行った、家と家の間の薄暗い場所。

 春だけど、日の光が当たらなくてすごく寒かったのを覚えている。


 僕は震えていた。

 寒かったのもある。

 だけど、それ以上に怖かったから。

 おじさんの手がスカートの中に入ってきて、足を撫でたり、お尻を触ったりしてきた。

 毛玉がたくさんできたタイツ越しでも、その手の熱が伝わってきた。

 それでも僕は寒かった。

 おじさんの手の熱がまるで僕の体温を奪って発熱しているようだった。

 彼の手が前のほうに触れて、動きが止まった。


 突然、スカートとタイツ、下着ごと膝まで下げられて、下半身を丸裸にされた。

 悲鳴なんて出なかった。

 これからどうなるのか、何が起きているのか、理解が追いつかず、混乱が口を塞いだ。


「女だと思ってたら男かよ。紛らわしい」


 そう言って彼は、唾を横に吐き出して、今度は自分のズボンを下げ、下着もおろし、ソレを見せつけてきた。


「ほら、あの学者先生にしてるようにしてみろよ」


 むき出しの股間を僕に向かって押しつけてくる。

 腰が抜けて、僕はその場に座り込んでしまった。


 ――やだ、嫌だ!


 右目が熱くなる。

 スマラクトの欠片が勝手に錬金術を発動させる。

 狭い範囲での気圧の急激な変化。それだけで十分だ。

 強い風が吹いて鳴く。


 強風が鳴いた後に、「ザフィーア!」と背後から耳慣れたおばさんの声が聞こえ、途端に涙があふれ出た。


 おばさんはすぐに僕を抱きしめ、おじさんから引き離すと大声で人を呼んだ。

 スマラクトが教えたのかわからないけれど、ルビンもやって来て、「大丈夫?」と声をかけてくれた。

 みんなに抱きしめされて、慰められても涙が止まらなかった。


 おじさんはすぐにやって来た駐在さん二人に連れられて行ってしまった。

 当時の僕には、おじさんのしたことが悪いことなのかわからなかった。

 ただ、性器を見せつけられたことがすごく怖かった。


 それからしばらくは一人で外を出歩くのが怖くなった。

 誰が知らせたのかわからないけれど、数日後、先生が家に戻ってきた。


 素直に僕は、あのおじさんがしたことは悪いことなのかと聞いた。

 あの人がしたことは、国によって罪の名前が違うこと、重さもそれぞれだと教えられた。

 ただ、そう言った罪の名前よりも、「人に不快な思いをさせること、それはいけないことだ」と。


 世の中には人を不愉快にすることで欲求を満たす人間もいる。

 特に、お前たちの身体はそういう阿呆な人間の餌食になりやすいから注意しろと言われた。

 言われた当時はわからなかったけれど、成長して、たくさんの理解を得ていくうちに知った。

 そして、あのおじさんが最後に言い放った言葉が、ふと頭の中で響く。


「男なら男らしくしてろ」


 僕って、本当に男なのかな。

 それだけは、今でもはっきりしてはいない。


   *


「まただ」


 ベッドの天蓋を虚ろに見つめながら呟く。

 会議が終わって、そのままトリスメギストスの馬車に乗ってとんぼ返り。

 まだ夕ご飯には早く、フランツも少し用事があるそうで、与えられた部屋で、会議での記録をまとめ、仮眠のつもりでベッドに倒れ込んだ。

 寝る前は外は確かに明るかったのに、目覚めたら室内は暖炉のオレンジ色の光に包まれていた。少し、暑苦しいくらいだった。


 着ていたブラウンのカーディガンを脱いで、もう一度、今度はベッドの上にうつ伏せになる。


 小さい頃の、あの事件のせいだろう。

 それから、男の人が怖くなった。

 かといって女性なら大丈夫かと言われればそうでもない。

 男も女も、誰かまわず怖くなった。


 人間は誰でも二面性を持っている。

 それが、普段人には見せていない面がどんなタイミングでどんなふうに自分を攻撃するのか怖かった。

 人には必ず裏がある。

 裏がない人だっている。そんなふうに思いたいけど、衝撃が強すぎた。


 ルビンに比べて印象が冷たいという人もいる。

 仕方のないことだ。

 打ち解けて、その人の別の姿とか見て、幻滅したくないから。

 ほどよい距離を保つために、自分をあまり表に出さなくなった。

 二面性を嫌っていくうちに、僕まで二つの顔を持つようになってしまった。


 ――本当の僕って、どっちなんだろうね?


 たいがい、僕だって人のことなんて言えないんだ。

 誰かに意見できるほど、僕は偉くないし、自分のこともほとんど理解できてないんだ。ホント。


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