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賢人会議の操り人形

 フランツは自室の窓辺から、ザフィーアを乗せて遠ざかっていく黒い馬車を見送った。

 彼は結局黒いワンピースを着ていった。


 スーツ姿もいいと思う。


 そもそも、彼は男にも女にもなれるのだ。

 だけど女装にこだわるというのは何かしら理由がある、とフランツは考えた。


「フランツ様」


 ノックと共にゲルトが部屋の扉を開ける。

 彼の向こうに、一人の男の姿が見える。

 漆黒のスーツ。

 こげ茶色の短すぎる髪に細いフレームの眼鏡。

 レンズの向こうにある緑色の瞳は細く、フランツをまるで睨みつけているようにも見える。

 ゲルトは礼をして、二人の間から消える。


 賢人会議のバッジを胸に付けた男が、静かに部屋に入る。

 扉は閉じて、部屋はしばし沈黙に包まれる。

 男は慣れた様子で着てきた外套を部屋の中央に置かれた応接セットのソファーの背に置く。


「あなたが、まともな服を纏っている姿を見たことがないな」


 男の言葉の通り、フランツはいまだ寝起き姿のまま。ワンピースの寝間着に生成り色のカーディガン。長い髪は適当にくくってあるだけで、顔は洗っているかも怪しい。


「なにをいまさら」


 フランツは窓から離れ、自分の机の椅子に腰かける。

 机は、フランツの身体の大きさには似つかわしくないが、椅子に座った瞬間、彼から放たれるオーラが一変する。

 表情もだ。

 好奇心に満ちていた大きな瞳は細くなり、ソファに座った男を軽蔑(けいべつ)しているかのようにも見える。

 男の来訪をお世辞にも歓迎しているようには見えない。


「ヘルマン、キミはボクに世間一般的な常識を求めているのかい?」


 ヘルマンと呼ばれた男は、淡々と革鞄から書類を取り出しながら答える。


「いいえ、我々があなたに求めているのは知恵だけです」

「だろう? だったら、それ以上のことをボクに求めるな」


 ヘルマン・レーゲンナーゲル・ユンガーニヒツ・クライスクラフト。

 賢人会議からの使者に対し、フランツはほくそ笑む。

 ヘルマンは自分より、一回り以上年下の少年の言葉に対し、反論はしない。

 相手は少年でも、れっきとしたトリスメギストス当主であり、稀代の天才だ。

 その頭脳を借りている賢人会議は彼よりも知能的に下ということになる。

 だが相手の見た目を気にする者は多い。

 いくらフランツが天才であっても、子供じみた言動や行動に耐えられない者は多く、ヘルマンの前に何人もの賢人会議の役員たちが彼の世話を投げた。たった一度の面会で。


 一年近くフランツとの関係を保っているヘルマンはおかしいというような揶揄(やゆ)を言う人間もいたが、ヘルマン自身は気にしていない。

 ただ言われるがまま、淡々と仕事をこなすだけ。それだけだ。

 そしてフランツは賢人会議の招集に応じない、出席しない代わりに、会議からの命令には逆らわない。逆らえないのだ。


 言葉は多いが、最終的にフランツは賢人会議の求める「解答」を導き出す。それまで言葉遊びに付き合ってやるだけだ。

 そこにリスクはない。ただ戯言に付き合ってやればいい。そうすればハイリターンが見込める。

 ヘルマンより上の人間、議長クラスの人間はそれを知っているが、末端の人間はそれが理解できない短慮な人間、ただそれだけのことだ。


「昨夜、目標は予告通りの場所に現れたそうですね」

「現れたといっても、人形だけ。操ってる人間を辿(たど)ろうと思ったけど、感知されて人形ドカーンってね」


 フランツは背にした壁に、昨日一時的に捕えた人形のスケッチ画をピンで貼りつける。


「頭部ではなく、胸部に動力源を置いたフラメル系列の工場で造られたタイプの人形、っていうのは、昨日残骸を回収したキミたちならもうわかってるだろ?」

「ええ、ですがまだこちらに資料を提出していない、試作段階のものだったので、急遽(きゅうきょ)技師たちに問い合わせましたよ」

「その中に、主犯らしき人間は……いたら今日ここにはこないよねぇ」

「おっしゃる通りです」


 ヘルマンは目の前のテーブルの上に、事情聴取した技師たちに関する書類を並べる。


「人形がフラメル型だとしても、操っているのはフラメルの人間ではない。あなたはそのようにお考えでしたね」

「今の機械人形の単純な構造なら、黄色か緑、その程度の錬金術師でも簡単に操れるからね。本当に推進派の犯行であるかも怪しい」

「推進派を潰すための、反対派の犯行もありうると」

「疑いだしたら全員が怪しすぎて容疑者を絞り込むのも難しいんだけど」


 フランツは机の上に置いたフクロウの置物を指先で弄びながら口を尖らせる。


「そのことで」


 ヘルマンはフランツが座る机に近い位置に、一つの紙封筒を置く。


「一か月ほど前、ローゼンクロイツ側の技師の一人が殺されています」

「へー、犯人は?」

「いまだ捕まってはいません。物取りの犯行とみているのですが、少々腑に落ちない点が多いです」

「それは君の意見?」

「書類を見ていただければ、あなたでも不審な点に気づきますよ」

「もったいぶるなあ。そこまで言うなら話せばいいじゃん」


 フランツは身を乗り出し、不満を漏らす。

 対するヘルマンは、なんのために書類にまとめたのかと軽くため息を付く。


「被害者はロルフ・ローゼンクロイツ・フルスアイゼン。歳は四十二歳。殺害現場はツヴァイトパオム郊外の彼の自宅です」

「物取りの犯行にしては現場が綺麗だとか、加害者と争った跡がないとか、そういうかんじなんだろ?」

「ええ、まったくその通りです」

「この国の憲兵、大丈夫なの?」

「それは、元老院か貴族院側の議員に言ってください。賢人会議がどうこう言える問題ではありません」


 賢者――錬金術師は国政に参加してはいけない。


 これがクレモネスにおける法律で重要な部分だ。

 過去の戦争において、錬金術師は大量虐殺兵器を造った。

 実際、それで人を殺すことはなかったが、山が一つ消し飛んだ。

 対戦国であったイースクリートはその威力に、国を守るため、殺戮兵器の製造の中止と、錬金術師の国政への参加禁止を求め、代わりにクレモネスが欲する食糧の提供に応じることで停戦条約が結ばれた。

 それ以来、錬金術の研究もだいぶ大人しいものになった。

 ヘルマンは続ける。


「争った形跡がないことから顔見知りの犯行と考えました。ですが動機がなんであるかが見つかりませんでした」

「殺されるような人間ではなかったと」

「そもそも、周りとの交流がなかったようです。研究も、一人で黙々とこなすタイプだったようで」

「ルサンチマンで誰かを殺す錬金術師も多いこのご時世で、珍しいんじゃない」


 ヘルマンはフランツの言葉を無視する。


「殺害の動機は盗まれたものにあると思うのですが、それがなんであるのかがわからないのです」

「何が盗まれたかわからないのに、よく盗みだってわかったね」

「一応、不審死ということで解剖はしましたし、現場検証もまともに行ったようです」


 ツヴァイトパオムは首都のエアストパオムの北に位置する街だ。

 首都に近ければ近いだけ、憲兵は真面目に働くということだ。


「死後硬直の違和感、かな」

「ええ。殺害現場である自宅が低温だったため、殺害時刻の正確な割り出しはできませんでしたが」

「その分だと、遺体はすでに埋葬されてるよね」

「一か月以上前の事件ですから、さすがに」


 フランツは「そっか」と軽く呟いて、壁に無作為に張ったたくさんの書類を見つめる。


「キミは、今のこの国に、機械人形は必要だと思うかい?」

「それは、本日の賢人会議の議題です」


 ヘルマンは、書類を出し終えた革鞄を閉じる。


「私は、会議の決定に従うだけです」


 その言葉に、フランツはふーっと長い溜息をつく。


「キミって本当に人に従うだけの人形みたいだよね」


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