自由に生きる、孤独
冬の朝は暗い。日の出が遅いからだ。
それでも今日は雪が降っていないため明るい方だ。
寝る前に暖炉の火は消して寝たのに、目が覚めた時には小さいが火が灯っていた。
誰かが点けてくれたのか。それとも勝手に点くような仕掛けを施しているとか。何度以下を下回った場合に点火するとか。
火はいくら火種や酸素があっても周りの温度が低ければなかなか点かない。なので、点けっぱなしが一番なのだがやっぱり、燃料――薪の問題は大きい。
薪は雪が降る前に樹を切ったり、買ったりして確保するけれど、みんながみんな自由に森の木を伐ってたら、二、三年いや、一年でクレモネスの木はすべて刈りつくされてしまうだろう。
そうならないために、伐ったら植えるを繰り返し、一年で伐採できる木の量を国で管理しているのだが、やっぱり、個人で林を持っている貴族なんかは暖にも食うにも困らない。
こういうのを弱肉強食っていうのかな? いや、ちょっと違うような気がするなあ。
顔を洗って、トランクから服を二着取り出し、一人で寝るには広すぎるベッドの上に並べる。
一着は昨日着てたのと違いがわからないような、普段着ているオーソドックスなロング丈の黒いワンピース。
もう一着はスリーピースのスーツ。男物の。
先生が使っていたもののお下がり。それでもちょっと大きかったから、チクチクと丈を詰めた。
錬成院にはいつも通り、女装で行くけれど、賢人会議に呼ばれたのは初めてなので、ちゃんと男モノの服を用意した。
ちゃんと、男モノ……。
――僕って、どっちなんだろう。
「変な気遣いはしなくていいと思うよ」
その声にバッと振り返ると、寝間着に厚手のカーディガンを羽織ったフランツが部屋の入口に立っていた。
「い、いつからそこに!?」
「たった今だよ。キミもう少し警戒心持った方がいいよ」
そう言って、彼は大きな欠伸をする。
そりゃ、ここは君の家だから好き勝手してるだけなんだろうけど、一応客室なんだからノックくらいしてほしいんだけど。
僕も警戒してなかったのが悪いけれど、四六時中気を張ってるなんて難しいよ。
「君を見た目で判断するようなやつは所詮、君より下位の錬金術師どもだから、選別する意味でもいつも通りの格好でいいと思う」
「で、でも……」
「男は女の服を着ちゃいけないなんて法律、ここにはないよ。そっちの国だってそうでしょ?」
「うん」
「礼儀とか、首洗うとかその程度でいいんだよ。話しあいに服装なんて関係ないだろ?」
首洗うって、使い方間違ってない? 最低限顔は洗えってことでいいんだよね?
「……君って、なんでそんなに自由なの?」
「えー?」
フランツは腕を組んで首をかしげて見せる。
「自由そうに見える?」
「うん」
人を振り回しても迷惑とも感じないような。そんな「自由」があると思う。
「たぶんそれは、諦めてるからだよ」
「諦めてるって?」
予想もしていなかった返答に、思わず聞き返す。
「そう。諦めてるっていうか、期待していない。誰に対しても。誰かの力を借りようとも思わない。全部一人でこなす。もしくは、全部人に任せちゃう。それだけだよ」
「それだけって……」
いわゆる個人プレーじゃないか。
そりゃ、期待して誰かに裏切られるよりは、期待しないで自分ですべてこなしたほうが気持ちが楽だけどさ。特に家のこととか。先生もルビンも何もやらないって、期待を切り捨てたらかなり楽になったよ。うん。
「だけどそれって」
あ、誰かが遠くで何か言ってる。スマラクトじゃない。誰だろう。
「寂しくないの?」
孤独は嫌だから、寂しいのも嫌だから、僕は誰かと繋がっていたくて、こうして先生の代わりにこの国にきて、誰かに、褒めてもらおうって。先生もルビンも褒めてくれないってわかってるけど。ただ、「お疲れ様」って言ってくれるだけの存在でしかないってわかってるけど。
「寂しくないよ。寂しくなったら街に出て、勝手にどこかのパーティに紛れ込めばいい。誰も知ってる人がいなくても、何となく気が紛れるよ」
期待しちゃうんだ。
僕を一人にしない誰かが現れるんじゃないかって。そんな出会いがあるんじゃないかって。
ずっとずっと、待ち続けて、そのうち雪で全身覆われて、誰からも見向きもされない。見つけてもらえない。もう埋もれちゃってるから。いた痕跡さえわからなない。
でもしょうがないんだ。こんな身体だもん。
結局、同じ身体のルビンやそれを理解してくれる人としか、わかりあえない。
本来の姿でふるいにかけるって、正しいかも。
「強いんだね、君って」
「まさか」
彼は鼻先で笑い飛ばす。
「強いなら賢人会議からの依頼なんかも受けないでここで一人、屋敷から一歩も出ずに隠居生活してると思うよ」
そう言い残し、彼は部屋を出て行ってしまった。
本当に自由だ。自由すぎる。
だけど――
「うらやましいなあ」




