人形とは
突然の質問。
先に質問したのはこちらなのに、なんかすごく意地悪だ。
「どうって……、完成したら、便利なんじゃないかな?」
「どんなふうに?」
「それは、人では危険な作業とか、任せられる」
「それって、人型じゃなくてもいいんじゃないかな?」
「それはそうだけど。だったらゴーレムも、ホムンクルスもヒト型じゃなくてもいいんじゃない?」
「そうなんだよねえ。結局、人間は人間に限りなく近い形の奴隷がほしいだけなんじゃないかなって思っちゃうんだよね、ボクは」
奴隷、確かに、今運用されているゴーレムやまだまだ課題が残るホムンクルス製造も、結局は「労働」のため。人が楽をするためだ。
フランツは続ける。
「さっきのはさ、賢人会議からの依頼。機械人形推進派の連中が、人形の可能性を示すためにテロを起こしているんだ。逆効果としか思えないけどね。何を言っても通じないなら力で押し通す。この国の人間って、本当に野蛮だよね」
「それって、犯人はほぼわかってるってことじゃないのか?」
「まだまだだよ」
彼は手を横に振ってみせる。
「推進派といっても一人、二人じゃない。どれだけの錬金術師や貴族が関わっているかわからない。ただ――」
ヴェヒターに視線を移す。
「群れるってことは、自分たちの弱さを露見してるようなものだよね。もしくは一人で責任を負いたくないか。だけど、リーダーがいないと足並みがそろわない。それが誰なのか、ボクはその見極めを任されているんだ」
なるほど。というか――
「そこまで、よそ者の僕に話してもいいの?」
「キミ、馬車から降りた時、ゲルトから代理で来たって言ってたよね。それって、賢人会議に呼ばれたからじゃないの?」
ちゃんと聞いてたんだ。
「そうだけど、まったく別の案件かもしれないじゃないか」
「アイツらの最近の関心事は、首都のエアストパオムから汚染度の高い工場を排除することと、機械人形の問題くらい。それくらいは知ってるよ」
「君は、機械人形の製造には反対なの?」
フランツは軽く笑う。
「え、なに?」
「ううん。やっぱり敬語とかじゃなく、普通に話すのがいいなあって」
――あ!?
いつから? え、ずっとため口だった?
「ごっ、す、すみません!」
「いいって。キミのほうが年上だろ?」
「そうかもしれないけど」
「ボクは相手が年上だろうと、尊敬できない相手には無礼講だし、気にくわないヤツに関してはガン無視だから」
それはそれでどうなんだ?
というか、うちの先生そのまんまじゃないかな。
フランツは笑みを浮かべながら言う。
「人形を造るってことはそういうことなんじゃないかなってこと。それだけだよ」
突然話が戻ったので、少し混乱してしまった。
ホント、この子は話があっちこっちに飛ぶんだけど。
「そういうことって?」
「人間関係は面倒くさいから、そんなコミュニケーションの必要ない人形に仕事を任せようってことなんじゃないかって。あくまでも推進派の一部だろうけど」
「そのために莫大な製作費を使うの?」
「錬金術師の金銭感覚っておかしいから。自分が楽するためならいくらでも使うんじゃない? あの世にはお金は持っていけないしさ。ボクも人間関係は煩わしいと思うことはあるから、そういう理由ならしょうがないかって思うんだけど、主張するにしても、方法が間違ってたら、反対せざるを得ないかなって」
「確かに」
事業推進のために良さをアピールするのはわかるけど、今夜みたいに爆発したり、はた迷惑だ。
「……なんで、あの人形は爆発したんだろう。君がなんかしたわけじゃないよね?」
「ボクはなにもしてないよ。ただ、現時点で機械人形の自立制御は難しいんだ。簡単な命令しか実行できない。ただ、自由に操る方法はある。人形の核となる部分にエリクシールを流し込んで、それに対して命令を下せばいい。そうすれば、操り人形程度には動ける」
「なるほど」
エリクシールというのは、錬金術によって生み出される伝達物質の一つ。「命の水」とも言われ、大昔には不老不死の薬とも言われていたそうだ。
そのエリクシールと金属の融合体がメルクリウスだ。
「じゃあ、あの爆発は、人形を操っていた誰かが?」
「そういうこと。生け捕りにすれば、エリクシールから遡って人形を操っているのが誰か特定することができたけれど、それをされてはこまるっていうので、自爆したんだよ。正しくは、させた。かな」
エリクシールは膨大な情報体であるのと同時にエネルギーも保有している。
だからあの時あれだけの強烈な爆破が起こったのだ。
「どうやらね、自動人形を使って反対派の人間を殺すとか、そんな物騒な手紙が来たとかなんとかで、ボクにどうにかしろって。それが事の顛末」
それって、「物騒」って一言で済ませられるレベルの話じゃないと思うんだけど。
「キミも、明日賢人会議に出るっていうなら、発言によっては標的にされるから、注意した方がいいよ。この国にいる間はうちにいたほうが守ってあげられる」
フランツは床に寝そべってこちらを見上げてくる。
「もしかして、そこまで読んで、僕をこの屋敷まで連れてきてくれたの?」
「始めはそこまで考えてなかったよ。今のは結果論」
そうだよね、そこまで考えてたら本当に頭が上がらないんだけど。
「ただ単にキミがボク好みだったから、ワンチャン何かあるかなって」
満面の笑みを浮かべているフランツには申し訳ないが、こちらは無表情で応える。
「僕、男だから。男の人に興味はないから」
フランツがたとえ女の子でも、たぶん同じ言葉を返したはずだ。
色恋沙汰には興味がないんだ。
*
僕は必至でしがみついていた。
離れないように? 連れて行かれないように? ううん、たぶん自分の姿を隠すためだったと思う。
先生がいない時、面倒を見てくれるおばさんは、やっぱり僕を強く抱きしめて「もう大丈夫、大丈夫」だからねと言ってくれた。
――本当に?
憲兵が来て、男を連れて行く。
本当に、あの男の人が連れて行かれたら、僕は大丈夫なの?
これからずっと、大丈夫なままなの?
男がこちらを振り向いて、僕らに向かって唾を吐く。
忘れない。
その言葉を絶対に忘れない。
忘れたいのに、頭は、身体は完全に覚えてしまった。
「ケッ、気色わりぃ、男なら男らしくしてろっての!」
ああ、呪われた。
自分じゃどうにもできない呪い。
先生なら何とかできる?
それ以前に、そんなこと言われたって、言いたくなかった。
口に出したくなかった。
だから、その呪いは今でも僕の心の中にある。