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僕らの登校は順調ではない

初心者です。とりあえず試しに投稿してみます。

 お母さんは何にもわかっていない。

 僕を子供扱いするばかりで、何を聞いてもまともに答えてくれないんだ。

 今日だってそう。

「天気予報、雨だから傘持って行きなさい」

「いらない」

「風邪引くでしょ。いいから、持って行きなさいって」

「よくない」

「早く、持って」

「だって、僕」

「はいはい、急がなくっちゃ」

 時間がない、がお母さんの口癖。

 仕事に遅れちゃいけないからって、朝はいつもバタバタしてる。

 押し付けられた傘を持って玄関を出る。

 くやしい。

 僕は、雨が好きなんだ。

 ポツポツ降ってくる雨も、ザーザー降ってくる雨も、体じゅうに感じながら外を歩きたい。

 だから、傘なんかいらない。

 そりゃあ、そのせいで風邪を引いてひどい目にあったことも何度かあるけど、最近はわかってきた。雨にぬれるせいで風邪をひくとは限らないってこと。

 ぬれても、すぐにお風呂であったまって、体と頭をふいておけば、大丈夫だったりする。

 それに、今は晴れてるのに、傘を持って歩くなんてバカみたい。

 傘を持つと、手がふさがる。そうすると、気になるものを見つけても、確かめたり拾ったりできないんだ。

 前にそうやってお母さんに説明したこともあったんだけど、「どーせ、変なネジとか石ころとかでしょう。そんなもの拾ってこなくていいわよ」と言われておしまいだった。

 お母さんは、考えたこともないんだ。

 道端に落ちてる不思議な形の部品が、もしかしたら、地球を守るロボットの重要な部品で、それをとっておけば、いつか地球の危機を救うことになるかもしれないってこと。

 もしくは、地下の秘密組織の科学者が実験に使っているコンピュータの部品かもしれない。僕が拾ってしまったことがバレたら、秘密組織に狙われるかもしれないけれど、心配はいらない。そういった謎の部品は、誰にも見られないように集めて缶に隠してあるから。

 なんて、まぁ。

 そんなことはそうそうないってことくらい、僕だってわかってる。

 だけど、見てるだけでドキドキするものって、拾っておいて損はないと思うんだ。


「おはよ」

 集団登校の集合場所で、見慣れたボサボサ頭に声をかける。

「お、タイヤキ」

 タイヤキってのは、僕のこと。自己紹介のときに、うっかり「好きな食べ物はタイヤキ」と言ってしまったせいで、「大樹がタイヤキ!?」「共喰いだ!」ってんで、それからタイヤキと呼ばれている。

 タイヤキ。

 好きだから別にいいんだけど。

「ゆたか、傘持ってきた?」

「いや」

 答えるゆたかの髪に手を伸ばす。

 いつも以上にボサボサしている。

 これは、確かに、今日は雨が降りそうだ。

 気にしてるようだから本人には言わないけど、ゆたかの天パは雨の降る前にブワッと広がる。

 雨の気配を察知しているのか。空気中の水分を吸いとってふくらむのか。仕組みは謎だ。

「みんな集まったから出発ね」

 六年生で班長のトモが声をかけ、先頭を歩き出す。

 トモに手を引かれトコトコとついていくのは、一年生のみどりちゃん。

 そのあとを四年生の僕とゆたかが並び、うしろに五年生のトシちゃんと三年生のメイコ。

 見たところ、傘を持ってるのは、みどりちゃんと僕だけだ。

 確率六分の二。

 だけどまだわからない。ランドセルの中に折りたたみ傘を隠し持っている人がいる可能性もある。

 僕は傘をブンブン振り回して、トモに嫌な顔をされてやめた。

 振り回すと危ないってことは何度も言われてるから、周りを確認して振り回したつもりだったけど、ダメだったみたい。このやるせない気持ちを、傘を振り回す以外でどうしろって言うんだろうね。

 ゆたかは、途中ですばらしく蹴りやすそうな形の石を見つけ、誘惑に負けてほんのちょこっとだけ蹴っ飛ばした。そうしたら、前を歩くみどりちゃんの足に石が当たってしまって、トモに怒られた。

 みどりちゃんのふりふりの白い靴下が、ほんの少し汚れてしまって、ゆたかは心底申し訳なさそうにしていた。けれど、いつも以上にボサボサの髪のせいで、トモにはその反省した顔が見えなかったみたいで、けっこうネチネチ怒られているのがかわいそうだ。

 はじめは反省した様子だったゆたかも、辟易したのかこっそり僕にこぼす。

「まったく。わざとじゃねーし、悪かったって言ってんのになぁ」

「何か言った?」

 すかさずトモが振り返る。

「いーえ、何にも!」

 うしろの二人、トシちゃんとメイコはあまりしゃべらない。

 男と女だし、もともとしゃべらない二人が並ばされてるから、話題もないんだと思う。

 あんまり無口すぎて、たまに、信号で二人が切り離されても、しばらく誰も気づかなかったこともあった。

 トシちゃんは、いい人だけど、マジメだからイタズラの話とかはできない感じ。

 メイコは、よくうつむいて、カバンにつけたキーホルダーをいじっている。

 そんな二人が、今日は違った。


 アアアアアアアアアァーーーッ!


 メイコの死にそうな叫び声で、みんな振り返った。

 トシちゃんは、僕らよりけっこう後方で、道にしゃがみこんでいる。

「どうしたの!?」

 トモが叫んで駆け出した。その前に僕とゆたかも走って戻る。

 トシちゃんがしゃがみこんでいる場所の横には、《立ち入り禁止》の看板に囲まれて、大きな穴が空いていた。

「メイコは?」

「ここ……」

 トシちゃんが穴を指差す。

 まさか?

「落ちたの?」

「落ちたっていうか、入ってったっていうか」

「ちょっとどいて」

 トモが、トシちゃんを押しのけて、看板の上から穴をのぞき込む。

「メイコちゃーん!」

 返事は、聞こえない。

「どうしたらいいの。全然見えない」

 僕とゆたかは目配せして、ランドセルを下ろし、道路にはいつくばった。

 看板の下の隙間から、そっと顔を出し、のぞきこむ。

 そこは、深い穴だった。

「マンホールの穴かなぁ」

 ゆたかが言った。

「どうして蓋がしてないのかな」

 穴の奥は、真っ暗だった。

「深そうだな」

「うん」

「メイコ、生きてるかな」

「怖いこと言うなよ」

「ちょっと、あんたたち」

 頭上から、トモの声がした。

「私は、走って学校行って、先生呼んでくる。タイキとゆたかは、ここから動かないで。荷物置いてくから見といて。いい?余計なことすんじゃないよ。トシは、近くに大人がいたら助けを求めて。あと、みどりちゃんのことをよろしく。じゃあ、私行くから!」

 トモは一気にしゃべると、もう走り出していた。

「トモ、すごいね」

 僕は感心した。ただ上級生気取りで口うるさいだけかと思っていたのに、いざとなったら頼りになる。

「でも大丈夫かなぁ」

 ゆたかはまた穴をのぞいた。

「メイコォー?」

 やっぱり返事はない。

「何か落としてみる?」

「ゆたか、とんでもないこと考えるな。もし、下でメイコが気絶していたとして、おまえが落としたもので頭でも打って致命傷になったら、殺人になっちまうよ」

「そうだなぁ。それは嫌だ」

「君たち、余計なことするなって言われただろ」

 変な話をトシちゃんに聞かれていた。

「ちょっと思い出したんだけど、そこの道をしばらく行ったところに交番があったはずなんだ。僕が行ってみるから、みどりちゃんと荷物番を頼んでいいかい。トモちゃんは学校に知らせに行ったけど、学校まで走ってもそこそこかかるし、これは一刻を争う事態だと思うんだ」

「あ、はい」

「わかりました」

 それじゃあ、と、トシちゃんもランドセルを下ろして走り出す、その時。

「ネズミさん、いっぱい!」

 みどりちゃんがゆたかの手を掴んだまま、勢いよく穴をのぞき込む。

「あ、ちょっと、危なっ」

 ゆたかがバランスを崩して、隣にいた僕の傘に捕まる。

 傘の取っ手は、僕の給食袋に引っかかっている。

「ちょっと!君たち!」

 トシちゃんは僕たちを助けようとして、看板に引っかかって転ぶ。

 看板が、僕たちの上に倒れこんでくる。

 その一瞬が、スローモーションのように流れ込んできて、「これが噂の走馬灯ってやつかな」なんて考えながら、僕の視界は真っ暗になっていったんだ。

 ウワアアアアアアア!バッターン!

 最後に聞こえたのは、みんなの悲鳴におおいかぶさる、大きな看板の倒れる音だった。


「タイヤキぃ、生きてるかぁ」

 ゆたかに揺すられて目が覚めた。

「あれ、僕たち」

「うん、落ちたよな。あの穴ぼこに」

「だよね。ここは?」

「さあ」

 二人して、辺りを見渡す。

 下は、ふかふかのじゅうたん。高級そうだ。

 じゅうたんのおかげか、体はどこも痛くない。

 天井は、ドームみたいになっている。けっこう広くて、学校の体育館くらいはある。

「マジで?地下組織の秘密基地だったりして?」

「タイヤキって、そういうの好きだよなぁ。でも、ホント、ここ何なんだろうな」

 照明のせいなのか、全体的に薄暗く、ゆたかの不安そうな顔がほんのりと青っぽく見える。

「あれ、みどりちゃん」

 ピンクのランドセルが、ひょこひょことドームの端っこの方で揺れている。

「あの後ろ姿は、みどりちゃんだよ」

「何か、洞穴がある?入って行こうとしてないか?」

「そうみたいだね」

「追いかけるか」

「うん」

「みどりちゃん!待ってー!」

 先に追いかけたゆたかが、さっそく何かにつまづいたのか、大きく転ぶ。

「いてっ!」

「うわっ!」

 じゅうたんに埋まって見えなかったけれど、そこにトシちゃんが倒れていたのだった。

「君たち……あれ。ここは?」

「あ、それ、もういいんで。早くみどりちゃん捕まえましょう」

 ゆたかは、けっこうトシちゃんの扱いがぞんざいな時がある。

 仕方がないので、僕が手を貸して、混乱した様子のトシちゃんと一緒に、ゆたかの後を追う。

「何だか妙なことになりましたね」

「夢?これは夢かな?」

「うーん、どうでしょう」

 僕は今までのところ、「これは夢かな?」と夢の中で考える夢を見たことはない。

 世の中にはそういう夢を見る人もいて、「これは夢だな」ってわかった上で夢の中で好きなことをできたりするらしい、と夢について書かれた本に書いてあったけど、今のところ僕には経験がない。

 どちらかというと、「どうか夢であってくれ!」と強く願うのは、それがどうしようもなく現実のときが多い。

 寝坊して学校に遅刻する夢をよく見るけど、本当に寝坊したときは、「夢じゃないかな?」って、ほっぺつねってる暇があったら、顔洗って着替えて一秒でも早く家を出た方がマシだ。

 だから、今まさに、ほっぺをつねって首をかしげているトシちゃんに言う。

「とりあえず、みどりちゃんと合流しましょう。一人でどこか迷子になったら大変だし。あと、先に落ちたメイコも無事だといいですね」

「あ、そのメイコちゃんなんだけどね」

 トシちゃんはまだ納得がいかないという顔をしている。

「メイコちゃん、僕の見間違えでなければ、自分から飛び込んだように見えたんだよね」

「自分から?」

「そう。うっかり落ちたのではないかもしれない」

「どうして?」

「さぁ……。よく見てなかったし、一瞬のことだったから、絶対とは言えないけれど」

「でも、すごく怖そうな声で叫んでましたよね」

「うん。僕もつい叫んじゃったけど、メイコちゃんがあんなに大きな声を出せるとは知らなかった」

「そうですね」

 自殺、ってことはないよな。

 ふと浮かんだ言葉を飲み込んで、頭の中で否定する。

 今朝のニュースで、隣町の中学生がいじめを苦に自殺を図って、病院に運ばれたって言ってた。

 メイコはなんかいつも暗かったし、元気にはしゃぐところなんて見たこともない。でも、ニヤニヤと楽しそうにしているときもあったし、まぁ、登校班が同じだけの僕に、メイコがいじめられてたかどうかなんて、わかりっこないんだけど。

「トシちゃんは、メイコが何か悩んでたとか、聞いてますか」

「いいや」

「そうですか」

「あの時のメイコちゃん、ニヤッて笑って飛び込んだように見えたんだけど、そんなに学校に行きたくなかったのかなぁ。ここで死ねば学校に行かなくて済むって、それが嬉しくて笑ってたのかなぁ」

「え、そんな」

 トシちゃんも、僕と同じことを考えてしまったみたいだ。

「僕、毎日メイコちゃんの隣で歩いていたけど、何もしてあげられなかった……」

 僕だって、メイコの前を歩いていたし、年も近かったのにほとんど話もしなかった。

「でも、僕たち、落ちても死んでないですよね。ってことは、メイコもまだ生きてるんじゃないですかね」

「そうか!」

 トシちゃんが、ハッとした顔をして、ブルブル震えだした。

「ここはもう死後の国なのか!僕たちはみんな死んでしまったのか!あぁ!お母さんにもう会えないなんて!」

「まさか……」

 僕がもう死んでいる?

 信じられない。

 お母さんとの最後の会話は、傘のこと。

 無理やり傘を持たせられて、「行ってきます」も言わないで出てきたのが悔やまれる。

 こんなことなら、もっとちゃんと……。

「タイヤキー!トシちゃーん!二人ともおせーよ!」

 ゆたかが、みどりちゃんの手を握りながら、こっちに手を振っている。

 トシちゃんは、泣きそうな顔をしながら、僕に言う。

「このことは、僕たちがもう死んでるのかもしれないってことは、あの二人には言わないでおこう。ショックが大きすぎるよ」

「そうですね」

 僕も、十分ショックを受けた。

 しかし、どうにもピンとこない。

 死んだことないから、なんとも言えないけど。

「ゆたかー!今行くー!」

 まずは、合流だ。


「ネズミさんがね、いっぱいいたの。みどりに、おいでってしてたの」

 ゆたかは、みどりちゃんから、落ちた時の話を聞いていた。

 みどりちゃんも、どこにも怪我はないようだ。

「ネズミって、あのネズミ?」

「チューチューのネズミさんだよ」

「ドブネズミってこと?」

「ゆたか、その言い方は」

「だって、マンホールの下のネズミって言ったらよ」

「マンホールじゃないんじゃない。だって下水道流れてないし」

「そうか?」

 みどりちゃんが入ろうとしていたところには、ぽっかりと、僕らがギリギリ通れるくらいの洞窟があった。

「どうしてここに行こうとしたの?」

「ふわふわのじゅうたんが、こっちだよって言ったから」

「おいおい、じゅうたんはしゃべんねーよ」

「ゆたか」

「でも、よく一人で怖くなかったね」

 みどりちゃんは、かばってくれるトシちゃんのうしろに隠れた。

「じゅうたんが大丈夫って。大丈夫なの」

 ゆたかは、やれやれというポーズをする。

 僕にも、みどりちゃんが言っていることはよくわからない。

「で、どうする?」

 この洞窟に、入ってみるのかどうか。

「行ってみて、ヤバそうだったら引き返せばいいんじゃねぇの」

 と、ゆたか。

「そうだね。他に行ける場所もなさそうだし、メイコも行ったかもしれないよね」

 正直、ちょっと見てみたいという好奇心も、ウズウズしてる僕。

「トモが助けを呼びに行ってくれているし、誰か来たときにすぐわかるように、ここから動かない方がいいよ。遭難したときは、歩き回らないことが鉄則って、テレビで言っていた」

 と、トシちゃん。

 ドームの天井の真ん中には、小さなお月さまくらいの穴が見える。

 きっと僕たちはあそこから落ちてきたんだ。

 だけど、ドームの天井は高すぎて、助けが来たとしても、みんな落ちちゃうだけなんじゃないかな?

「きっと、消防士の人とか、救助の人がどうにかしてくれる」

 そう主張するトシちゃんの服のすそを、みどりちゃんが引っ張る。

「いこ、ね」

「あ、うん」

 みどりちゃんと、引っ張られたトシちゃんが、洞窟の入り口をくぐった。

 ゆたかと僕も、負けじとついていく。

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