第六章:系統と階級
「いらっしゃい」
明りは蝋燭一つで、少し暗い家。カウンターの店員の後ろには、ガラス越しに数本の杖が置かれていた。杖にも色々なデザインがあって、単なる棒のものもあれば、赤い炎のようなものが這いずり回る杖もある。そのほかにも、棚に飾られた様々な種類の杖が至るところに置かれていた。
「おやおや、もしや君は新米さんだね」
「は、はい」
もじゃもじゃの黒い髪と髭が特徴の店員が身を乗り出して聞いた。
「もう系統は決まっているのかね?」
「いや、それがまだなんだ。だから先に階級石を」
隼の代わりにエンディが答えた。店員は小さく頷く。
店員はカウンターの棚の中を探り始めた。
「今年は新米魔法使いが例年に無く多くてね。初心者用の杖が売れる売れる。ああ、安心してくれよ。いくら売れても尽きることはないからな。おっとと、あったあった」
世間話を呟いていると、どうやら目的のものが見つかったらしい。
「これだよ、さあ、受け取りなさい」
隼はその石に見覚えがあった。そう、先日魔法使いに襲われたとき、噴水にかけられていた石版のことである。形状も装飾も全く同じで、星形の石が五つ、石版の上に填め込められていた。しかし一つ違うのが、その星が一つたりとも光を帯びていないことだろう。
隼は不思議そうにそれを受け取った。と、同時に、その石版全体が黄色く光り始めた。また、一番左の星がキラキラと淡い光を帯びた。なんだろう、と眉をひそめて見つめていると、エンディが解説するように言った。
「石版には色があって、それぞれの系統を示しているんだ。色は石版の所有者によって色を変える」
そして店員も二人のそばに近寄り、エンディの言葉の続きを言う。
「系統は、魔術・呪術・妖術と、大きく分けて三つある。魔術師は魔法弾という杖から飛び出す魔法を使って攻撃・防御・治療を行うバランスのとれた術だ。呪術師は占いや予知、テレパシーなど、科学世界でも一般的に使用されている、極身近な術だ。まあ、科学世界の呪術など極一部の者しか扱えていないのが現実だがな。そして妖術師、これは想像したものを召喚・具現化する技巧の術だ。最初は半端じゃない想像力が要されるため、扱いにくい術だが、一度極めると、龍を召喚したりなど、この上ない実力を発揮することが期待される。まあ龍の召喚など並の術師では不可能だから、これはみな諦めるところだが……。とまあ、系統というのはこういう感じだ。どうだ、ちょっとは理解できたかい?」
「まあ、なんとなく……」
隼は整理ができないまま、曖昧な返事を返した。
「ちなみに石版の色が黄色に変わるということは、妖術の系統に属しているという証だ。また、赤は魔術、青は呪術に変化することも覚えておくといい」
隼はそのとき、先日拾った石版が急に赤色に光りだしたのを思い出した。
「ねえエンディ、石版の色の濃度は何か関係あるの?」
あの光は今自分の持っているものとは比べものにならないほど光を放出していた。
「ああ、色が濃いほど、その系統を極め、様々な能力を発揮できることを示しているんだよ。でもなぜ?」
「いや、なんとなく聞いてみただけ」
ならばあの石版の所有者は強大な力を持つ魔術師だといえる。強くなれば、あそこまで色は濃くなるのか。
「次に星が示す階級のことについてだが、実際に見たほうがわかりやすいかもしれぬ」
「じゃ俺のライセンスストーンを見せるよ。解説は任せる」
そういうとエンディは、ローブの中から自分のライセンスストーンを取り出し、二人の前に差し出した。エンディのライセンスストーンは、色が赤く、ちょっと濃いくらいで、星は左から四つ目まで綺麗に全て光り輝いていた。
「それぞれの階級は星の光の数によって決まる。一つだと初心、二つだと魔法使い、三つだと魔道士、四つだと賢者、そして五つだと、神賢だ。この者の階級は賢者だな。君はまだ初めだから初心。ちなみに階級を上げる方法は、この世界で善悪問わず大きな功績を残すことだ」
「俺はドラゴンを倒したときに、初めて賢者へ進級したよ」
「……」
「はっはっは、あまりにいきなり詰め込みすぎて、頭が混乱したか」
そういわれながらも、隼はある程度のことは理解できていた。魔道士や賢者云々ではなく、星の数によって階級が上がっていくことが重要だ。また、自分が妖術の系統に属しているということも重要である。
隼は大きく二回頷くと、顔を上げて店員に杖をくれるように言った。
「魔法使いになるには杖が必要らしいから、杖がほしいんだけど」
店員は少し驚いたようだった。
「ああ……しかしな、お前さんにとっては残念かもしれんが、妖術師は杖など必要ないんだよ」
「え?」
「杖はもともと、魔力増幅機のようなものでな。魔法弾を大きくしたり、治療速度を促進したり。そういう意味で魔術師に幅広く使用されているものなのだよ。召喚や具現化を得意とする妖術にとっては杖を使ったところで召喚されたものが強くなったりするわけでもない」
「……」
少し残念そうに俯く隼に、店員は目を見開いて言った。
「残念だが買わないほうがいい」
「ああ、別にいいや!」
隼は顔を上げた。
「俺もともと金とか持ってないし。それに杖とか持ってると不便だろ?失くしたらまたこんなとこ来なくちゃいけないんだぜ?」
「おお、そうか。まあ何事もポジティブにだな!」
「なら俺たちはまだ寄るとこけっこうあるんで、そろそろ失礼するよ」
エンディが店員に小さくお辞儀する。
「ああ、お前さんも杖壊れたらいつでもおいで」
そして二人は店員に背を向け、WAND SHOPを後にした。