第四章:魔法世界 前編
「ん……うーん……」
耳元でカタッという音がする。目がぼやけている。
「う……はっ!」
隼は布団を突き飛ばしてしまうかと思うほどの勢いで起き上がった。
「こ、ここは!?」
赤い絨毯、様々に彩られた壁の模様、ベッド、机、どうやらここはどこかの個室のようだ。煙草のにおいがちらついていて、窓がないため煙が篭っていた。
彼はしばらく俯き、冷静になって考えた。
「えっと、俺は夢を見ていて……」
そして一つの答えを導き出した。顔を上げてにやっと笑う。
「はぁ……やっとあんなバカらしい夢から覚めたんだ」
そして一息つき、またベッドに寝転がった。しかしそのときだ。
「やっと目覚めたか、坊主」
「……」
隼はシーンと固まってしまった。
「おやすみ!」
そして素早く布団を被って眠りに入る。
「おい!いつまで寝る気だ!もう丸々三日も寝てるんだぞ?」
「黙れ、俺は夢が覚めるまで寝るんだよ!」
これもどうせ夢だ。というかこんなものが現実にあってたまるものか。喋るデカイカタツムリがいるなんて。
カタツムリは想像を絶するほど大きいものである。フライパンでやっと収まるくらいだろうか。しかも巨大な目や細長い口があり、その上人語を理解しベラベラと口達者に喋る姿もまたなんともいえないものだ。
カタツムリは隼にずるずると近づいた。その鳥肌が立つような音を聞いて、隼は布団を蹴飛ばして後ずさった。
「近寄ってくんなよ、このナメクジの進化系が!お前らどれだけ人間に嫌われてるのか知ってんのか!?」
「失礼なガキだな。科学世界に住んでるくせにカタツムリの素晴らしささえも理解できてないのか」
隼はカタツムリからきっちり距離を置きながらも、引っかかる言葉を返した。
「ん……科学世界?どういうことだ?」
「お前らの住んでる世界のことだ、無能なお前らのな」
「ていうかそれだけじゃさっぱりわからねえよ」
隼はさっきの前言撤回するかのようにカタツムリに顔を近づけ、詰め寄るように聞いた。
「な、教えてくれ」
「ああ、つまりだな。この世界はお前らの住む世界とは違うわけだ」
「それはわかってる。夢の世界なんだろ?」
「は?何言ってんのお前」
そのときカタツムリはゴミ箱につばを吐き捨てた。それが隼に対する嫌味にしか思えなくて腹が立った。カタツムリは続けた。
「あのな、お前らは科学世界で科学技術に頼って生きてきたからわからないかもしれないが、この世には何百種類もの世界があるんだ。ガキの絵本かアニメかなんかで見たことあるだろ?海底都市だとか、天空の世界だとか、魔法の世界だとか」
「ああ……」
「そのうち、お前らの世界は科学によって進化を遂げ、科学によって世界を治めてきたから{科学世界}、俺らの世界は魔法によって進化を遂げ、魔法によって世界を治めてきたから{魔法世界}だ。どうだ、これでも理解できないか?」
隼は理解したかのように二回頷き、呆れたように一言呟いた。
「やっぱ夢だ。俺目覚ますまで寝ます」
「違うって言っとろうに。そのほっぺた引っ張ってやろうか?」
カタツムリはまたじりじりと隼に近づく。
「いくら夢でもそれだけはやめてくれ!寄生虫が移る」
「ったく……」
隼が信じきれないのも無理がなかった。今まで理論的に生きてきた自分たちにとって、人語を理解するカタツムリや、ジェット機無しに空中浮遊する人間、大雨にも関わらず濡れるどころか乾いている服を着る女性などは夢としか言えないのだ。仮にもしこれが真実だとすれば、何故今までたった一度も世界が接触しなかったのか説明できないではないか。以前の空中戦みたいに、空を飛ぶ人間が存在するという目撃情報がこれっぽちも入ってこないのはおかしくないか。
隼は頑固として信じる気にはなれなかった。しかし、これからの壮大な物語の中で、彼は徐々に世界の成り立ちについて理解していくのである。