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第三章:空中の攻防

 隼は走った。雨はさらに強さを増し、空には無数の白い光がところどころで落ちていった。服は水を吸収し、だんだん走りづらくなってくる。


 「ったく、ほんとついてねーよな……」

隼は疲れた様子で呟いた。


 空を見上げると、どす黒い雲がどっしりと構えており、さっきの晴天が嘘のようにその面影さえも失くしてしまっていた。


 そのときだった。片手に持っていた石版が赤く光り始め、五つの星も浮き出るかのように輝きを増した。そしてそれと同時に、ヒュっと風を切る音とともに何かが彼を横切る。彼は立ち止まった。


 「っ!?」

あまりに突然の出来事だったために、頭が混乱してしまった。いや、たとえ急でなくても混乱したかもしれない。彼の眼前には、どこから現れたのかも定かではない黒いローブの男が行く手を遮り、じっとこちらを見つめていた。彼は驚いて後ずさる。

「な、なんだよお前」

「その手に持っているものをこちらへよこせ」

寒気が走るほどに冷たい声。恐ろしく凍てついた、地の底から聞こえてくるうめき声のようだ。

「ん、こ、これのことか?」

隼はローブの男と石版を交互に見遣った。そして噛み付くように答える。

「これは俺が見つけたんだ。タダでは渡せないね」


 隼の返答とともに、男のローブが風を纏った。そして彼に一歩近づく。隼はどうすればいいかわからなくなり、ただそこで立ちすくんでしまった。男はさらに一歩詰め寄った。また一歩、また一歩と徐々に距離を縮め、やがて男が隼の目前にきたとき、男は黒いローブから細い幹のような腕を出した。


 そのとたん、一対の雷鳴とともに何かが男の腕に直撃した。まるで空気の波動である。男はその勢いで並木まで吹っ飛ばされ、地面にうつ伏せになってしまった。隼は混乱と驚きに目を丸くして、倒れた男の背中を見つめていた。


 男が手を押さえて立ち上がろうとしたとき、隼は何者かに強く背中を押されたかと思うと、厚い衣を纏ったふところの中へともぐりこんでいた。脚は地面から離れ、木の枝の間をすり抜き、街を見下ろすほど高い空中へと浮上した。


 彼はパニックの連続だった。頭の中で何かが蠢いているような感覚にとらわれた。モヤモヤと困惑の中、彼は無意識に口を開いた。


 「あんた一体誰だよ……ってうおお!?」

ふところの中では気づかなかったが、隼は今ものすごくとんでもない場所にいることに気付いた。そこは天高い雲のすぐ下で、自分の家や美術館などを遥か下に見下ろす空の上であった。


 高所恐怖症ではないにしても人間にとってこの高さは恐怖そのもの。自分を支える何者かの腕が力を抜けば、噴水広場に真っ逆さま、確実に死ねる。気絶しそうになりながら隼は恐怖で震える口を開いた。

「な、なんで俺こんなとこに……なああんた、教えてくれよ!」

「少しの間だけ我慢してて!わけは後で話す。まずはあの連中から……」

「あの連中って?」

隼が聞き返した瞬間、彼らの目の前にさきほどの黒いローブの者たちが数人現れた。あの連中とはそいつらのことだ。それらももちろん、空中で浮遊している。


 隼が乗っているのは、どうやら木の棒か何かのようだった。まるで御伽噺に登場する魔女の箒に乗っているような、そんな気分である。それにしてもこんな棒に飛行機能が搭載されているのか?疑問な点はいくつもあった。


 しかしたとえ最新の飛行機能が搭載されているにしても、眼前にいる黒いローブの者たちは何もなしに浮遊している。この棒が飛行機能があると説明できてもローブの者たちはどう説明する?ただボロボロに破れた黒いローブ一枚を纏っただけで、何かに乗っている様子もないし、それ以前に何故こんなどうでもいい街の空中を飛んでいるのかが不思議でしかたなかった。


 それに自分を支えるこの女性の衣、これだけ強い雨が降っているのに濡れていない。そればかりか、乾いているようにも思える。奇怪と不思議が織り交じってもはや何が何だか考えるのが嫌になりそうだった。しかし冷静になって考えてみれば、一つの答えに辿り着く。


 (そうか、これは夢なんだ。ていうか光る石版を拾った時点で夢なんだ。もういい、こんな臨場感たっぷりの恐い夢はさっさと過ぎ去ってくれ―――)

これは夢なのだ。隼はそう確信した。そして同時に隼は心の中で「夢よ、覚めよ」と何度も呟き、下を見るのも恐いので目を閉じて心の念仏だけに集中しようとした。しかし次の瞬間、彼らが乗っていた木の棒は角度を地上と垂直になるように向きを変え、地表めがけて急降下を始めた。


 「あああああああああああ!」

絶叫マシーンよりも遥かに恐かった。もはや念仏どころではない。生ぬるい風が二人を煽る。それがなんともいえない感触で、心臓がギュっと締め付けられたような苦しみが身体に走った。


 「しっかり掴まってて!離すと死ぬわよ」

女性は冷静沈着、いや、むしろこの状況を妙に楽しんでいるかのような口調で囁いた。急降下に対する恐怖心は微塵も無い。それよりも黒いローブへの警戒心が強いようだった。


 女性の急降下と同時に、黒いローブの者たちも頭を地表へ向けてその後を追ってきた。二人の急降下よりも遥かに速く、すぐにローブの者たちは複数で二人を囲み、両手を向けて何かを唱え始めた。


 「エアーブルム!」

確かにそう聞こえた。そのとたん黒いローブの者たちの両手のひらから白い空気の波動が放出された。


 女性は巧みにそれを交わし、着地寸前になると一気に走路を変えて並木道を直進した。そのときの隼はもはや意識が飛んでいた。意識が遠のく中での方向転換のため、その勢いで手に持っていた石版を落としてしまった。

「くっ!まずいわ!」

女性の声がかすかに聞こえる。どうやら耳もおかしくなってきたようだ。

「フレアー……」

めまいと頭痛がする。そしてまもなく、彼は女性のふところの中で意識を失ってしまった。



 「フレアー!」

しゃがれた声の老人がそう叫んだ。すると老人の杖の先から巨大な赤い火の玉が現れ、黒いローブの者たちに直進していった。

「ランドルパーム先生!」

女性は安心したように叫び、ランドルパームと呼んだ老人のもとで着地した。老人は長く白い顎鬚と白髪が特徴的な、一風変わった赤白のローブを着た大柄の男性だ。


 ランドルパームは黒いローブを蹴散らしたのを確認した後、杖を直して女性と気絶した少年に向き直った。

「カイカネディア先生、あれほど無茶してはいかんといっておいたじゃろう」

優しくちょっと気さくな声色である。しかし、ランドルパームの青い目は真剣だった。

「はい、申し訳ありませんでした。しかし……」

「ああ。この子はおそらく、例の子じゃろう」

ランドルパームはカイカネディアの手元で眠っている少年の髪に触れた。そのときだ。


 「ククク、確かに頂いたぞランドルパーム」

二人は声のするほうに目を向けた。そこには、さきほど女性が吹っ飛ばした冷たい声の男が、石版を左手に掲げるように持って嬉々していた。

「な、それは……」

「ハハハハハハハハハ―――」

油断したのが間違いだった、とカイカネディアは思った。少年が気絶した際に一番大事なものを落としてしまっていたのだ。

「ま、待て!貴様!」

慌ててそう叫ぶが、もはや手遅れだった。男はさっさと石版を懐にしまいこむと、時空の壁を切って急いでその場を去ってしまった。






まだ不明な言葉が多いと思いますが、長い目で見てくださると嬉しいです。

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