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創作ブラック落語 「執刀員制度」

作者: 南まんもす


「えー、皆様、こんにちは、練馬大学付属病院、外科部長の財前といいます。

今回皆さんは「執刀員制度」に基づく手術のためにお集まりいただいたわけですが、資料にはもう目を通しましたか? 」

「御存じのとおり「執刀員制度」は、閉鎖的と言われる医学界に、国民の皆様の「庶民感覚」や「常識」をとりいれるために、厚生労働省の指導で去年から始まりました。今回の手術は、当院で初めて執刀員制度のもとに行われる手術になります。なにぶん実際の患者様を相手にすることですので、十分な注意をお願いします」

「あのー、もらった資料なんですが、わからないところがだいぶあったんですがね」

「竹井さん、もちろん、最初から資料を全部理解することなんて、できません。手術は外科部長である私と我々第三外科の篠原と木田がサポートしますから安心してください」

「は、はあ、そうですか」

「患者様の個人情報に関しては、くれぐれも他人に漏らしたりしないように。インターネットの掲示板やツイッター・ブログなどにも書かないようお願いします。今日の第一執刀員は、えーと、竹井さんですね」

「わ、わしですか? なんか、心配ですがね。よろしくおねげえします」

「今日の手術の患者様は、山田健太郎さん六十八才、病名は膵癌。術式は、膵島十二指腸切除術、チャイルド法再建です。皆さん、術式の確認をお願いします。竹井さん以外の三人は見学と補佐にまわります。それでは手術室に向かいましょう」

   *

「それでは現在時刻午前十時四十分。山田健太郎さんの手術を開始いたします。竹井さん、印のある場所の皮膚を正中切開してください」

「せ、せいちゅう?」

「真ん中をまっすぐに切るということです」

「本当に麻酔かかってるんですよね、これ。それじゃあ、いきますよ」

(竹井の手が激しく震えている)

「竹井さんあまり緊張しないで……」

「き、緊張してるわけじゃあねえんですが、手がふるえちゃって、冷や汗がでるんです」

「あっあっ、ずれてます、ずれてます、切開するところ。竹井さん、聞いてますか」

「勝手に手がうごくんでさァ。この日のために二日前から好きな酒もやめたのに……」

「ちょ、ちょっと休憩しましょう。相当飲む方なんですか。竹井さん」

「まあ、一日一本はいくね」

「ビールですか? 竹井さん」

「日本酒でさあ」

「お銚子で一本ですか?」

「いや、一日一升だよ。飲まない日はないね」

「アルコール離脱症状ですよ、竹井さん!  手が震えるのは。 緊張してるわけじゃありませんよ」

   *

「しょうがない。執刀員を交代します。第二候補は、えーと、加藤さんですね」

「私ですか? 光栄ですね」

「それでは、加藤さん、竹井さんと交代してください」

「それじゃあ先生、行きますよ。ここを切ればいいんですな」

「そうです、そこです。ああ、加藤さん手際がいいですね。そこは血管を傷つけないように注意深くやってください」

「先生、結構脂身が多いですなこの人」

「脂肪の部分は、メスはあまり使わずに進んでください」

「こういう小さい刃物は使い慣れてないんで、ちょっとやりにくいですな」

「加藤さんは、刃物を使うお仕事なんですか? 」

「駅前商店街の「加藤精肉店」でさあ」

「……ああ……あそこの精肉店。刃物は……確かに慣れていらっしゃいますね」

「先生、なんせプロですから。任せてくださいよ。あ……あれッ?  おかしいな」

「どうしました加藤さん」

「この人、胃が一つしかありませんよ」

「一つです、胃は一つです、人間は!」

「そういえば、そうですね先生。人間の胃は一つでしたな。名前はなんでいうんでしたか?」

「名前?」

「いや、あるでしょう「ミノ」とか「ハチノス」とか」

「ありません!  人間の胃は、胃です。焼き肉屋じゃないんですから!  ふざけないでください」

「どうもすいません」

「やれやれ、大変な手術になりそうだ。……ちょっと、 加藤さん何やってるんですか!」

「あっ、つい、やべえ……!」

「あーっ! 肝臓をこんなに薄くスライスしちゃって、どうするんですか! 」

「いやあ、レバ刺しが禁止されてから、だいぶたってるもんで。肝臓を見るとつい。いわゆる禁断症状ってやつですかな」

「まったく! 何が、禁断症状ですか。加藤さん、 交代です。篠原君、止血をしておいて」

   *

「執刀員の第三候補は、えーっと、内山さんですね」 

「僕ですか? へへ、僕、ずいぶん予習したんですよ。手術のこと」

「そうですか、勉強熱心ですね、内山さん。よろしくお願いします」

「ねえ先生、膵臓癌の五年生存率って、五十パーセントぐらいなんですよね」

「まあ統計によって差はあますが、だいたいそうです」

「じゃあ、手術してもあんまり意味ないですよね」

「膵癌は確かに他の癌に比べて、予後はよくありませんが、手術する意味はあります」

「運任せってことっすよね」

「治療の選択は、患者さんにあわせて最良のものを選択しています。運と言うわけではありません。内山さん、おしゃべりはもうよして、手術を続行しますよ」

「わかりました。えー、ここを切るんですか? 」

「そうです」

「……あれですよね、先生。先生は人間の体を切ってばかりいるわけですよね」

「まあ、私は外科医で、手術は体を切開しなければできませんから」

「実はね、先生。僕、このあいた「医者に殺されないための十か条」って本を読んだんですよ」

「手術をして、かえって命を短くする人ってたくさんいるらしいじゃないですか」

「内山さん、手術に集中してください」

「日本の医学界は手術に頼り過ぎてるって書いてありましたよ」

「我々は、医学的エビデンスと蓄積された臨床経験に基づいて治療をおこなっています。あの本に書かれているのは、一個人の極端な意見です」

「でも先生、手術しない方がいい患者も切っちゃうんでしょう?  外科医だから、先生は」

「内山さん、執刀に専念できないなら、執刀員を交代しますよ」

「僕もね、手術なんてやりたくないんですよ。本当は」

「内山さん、やる気がないなら交代です。最後は……有栖川さんですね」

   *

「わ、わたしの番ですか? 」

「そうですよ、残っているのは有栖川さんだけですから、頑張ってください」

「私、手術とか、血が見えるとか、そういうのは、怖くって本当は苦手なんです。

お魚をお料理するときも、下ごしらえは、お手伝いさんの後藤さんにやってもらうんです。後藤さんはとっても上手なんですよ。執刀員制度のお手紙が来た時、私は辞退するつもりだったんだけど、夫が言ったんです。こういう機会はめったにないから、美咲ちゃん、がんばってみたらって。これからの美咲の人生にプラスになるかもしれないから経験することも大事だよって、夫が。それで、私、決心したんです。美咲、がんばってみようって」

「そうですか、よろしくお願いします。やり方は私が指導しますから。それでは、膵臓の切除を行いましょうか。ここですよ、有栖川さん」

「えいっ!」

「そ、そこじゃないですよッ! 有栖川さん! 目をあけてください。有栖川さん!」

「だって、目を開けたら怖いじゃないですかっ、えいっ! えいっ!」

「そこ、大動脈ッ! 有栖川さん、ストップ、ストップ!」

「えいっ、えいっ! えいっ、えいっ!」

「有栖川さーーん!」

   *

「財前先生、どうしてこんなことにィ……」

(泣き崩れる)

「奥さん、いろいろ不幸なことが重なったとしか……」

「先生、手術の成功率は高いから大丈夫だって言ってたじゃないですか」

「我々も力をつくしたのですが……」

「うわああああぁぁぁー!」

「ところで奥さん。山田さんの死因についてなのですが……」

「うっ、うっうっ。死因がどうかしたんですか?」

「通常ですと、膵癌および多臓器不全ということになるのですが」

「どうでもいいです、死因なんて……」

「執刀員制度のもとで行われた場合の死亡では、死因を「事故死」とすることができるのです」

「どういうことですか? 」

「死因を「事故死」としますと、厚生労働省から最大三千万円の保障が受けられるんです」

「そんなこと……そんなことしても、夫は帰ってこないですよ。ううううっ……」

「お気持ちは察します」

「……あの……先生……是非とも「事故死」でお願いいたします」


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