第六話 魔の帰宅
疲労、これは今の俺を表す言葉だ。今日は土曜日、せっかくの休日にたった一人で生徒会室に籠っている。その理由は、会長の無理な事を言われたり、誰かの依頼なんかで会計の仕事が溜りに溜ってしまい、休日返上でそれを終わらせたところだ。
生徒会室のソファーで疲れて横になり、リラックス。なんだか本当に疲れてしまったな、少し寝るか。しばし眠る事にした。深く眠気に飲み込まれて行く。
それから記憶がない。相当疲れていたみたいだ。瞼が重い、まだ眠い。
「あ、起きたみたい!」
誰かが話声を放つ。俺以外に誰かがいるみたいだ。この声って、俺はゆっくりと瞼を開く。
「おはよう兄さん。よく眠っていたね」
そこに居たのは我が妹、後藤めいだった。あれ? この場所になんでめいがいるんだ?
「へ? めい?」
「そうだよ、可愛い妹のめいちゃんだよ、兄さん!」
「……あれ? 何でお前がこんなところに居るんだ?」
訳が分からない。どうしてめいが生徒会室に居るんだよ。
確かに休みの日だから居ても不思議は無いだろうが、それでもおかしい。
「それはわたくしが説明してやろう」
突然の声、それを起こしたのは我らが会長の宝条院聖羅だった。颯爽と部屋に入り俺の前で仁王立ち。
「この前行なった家庭訪問で、後藤の妹と仲良くなった。可愛い妹ではないか」
「そうですか……仲良くなった?」
からかう事が大好きなめいと、とんでもない事を思い付く会長が仲良くなっただと?
全身を嫌な予感が走り回る。何かが起こりそうで不安だ。
「そうだよ。会長さんは頭が良くて、美人で、面白い人。あたしと気が合うの……それで、兄さん、気が付いてないの?」
気が付いてない? 訳が分からない俺にめいがヒントをくれた。それは鏡を見る事、部屋にある鏡を覗く事にした。
鏡に映るもの、それを見るなり訳が分からなくなった。鏡に映り込んでいたのはセーラー服の女子生徒。その女子生徒は俺と同じ動きをする。右手をあげれば鏡に映る女子も真似をする。
て、違う!
鏡に映っているのは俺だ。黒くて長い髪のかつら、セーラー服、少し化粧された俺の顔! 女装した後藤かなめがそこに映っていたんだ。
「な、なんじゃこりゃあああぁあああ!」
「あははは! やっぱり可愛いよ“姉さん”」
「まさかこんなに可愛くなるとは。わたくしの想像以上だ。ちなみにそのセーラー服はわたくしの予備だ。洗って返せよ?」
会長とめいは俺を見て爆笑している。指差して。
「なんでこんな事をしたんだ!」
「後藤、旧校舎では大変わたくしは傷付いた。その責任を取って、今日はその格好で家に帰れ!」
なんだと! 旧校舎での出来事をまだ引きずってるのか。
大体あれは会長の自業自得だろ?
「“姉さん”の服はあたしが持って帰るからね! バイバイ!」
めいはニヤニヤしながら走って逃げた。
「待てめい! 俺の服を置いて行けーー! ……くそ、逃げ切ったか。あいつ足は速いんだよな、ちくしょうめ」
どうしよう。この格好のまま醜態を晒して帰れと言うのか?
会長をチラッと見ると、何とも嫌らしい笑いを顔に出していやがる。
「ぷっ……後藤、ちゃんと帰るんだぞ? いいか、途中で……ぷぷっ、脱ぐなよ?」
着替えがないんだから脱げる分けないだろうが。そんな感情を知ってるのか疑問なまま会長は大爆笑を残して部屋を後にし帰宅。
ちくしょう、このまま行くしかないじゃないか。ま、幸運にも学校は休みだから生徒はあまり居ないはず、ゆっくりとドアを開け放ち、周囲を確認する。
「……よし、誰もいない。出発だ」
ビクビクしながら廊下を歩く。誰にも会いませんようにと頭の中で何度も繰り返しながら進む。
廊下の角を曲がった時にそれは起こった。ばったりと生徒会副会長の高崎政史に会ってしまった。
うそ、最悪だ。
「ん? 休みの日に貴女は何をしているのです?」
ど、どうする? 俺だってバレたら白い目で見られるのは明白なり。くそ、女子生徒に成り切るしかない。咄嗟に裏声で話す。
「俺……じゃない。わ、わたしは……えっと、忘れ物を取りに来ただけですよ」
「……そうですか。帰りは気をつけて下さい」
そう言って歩きさって行った。バレなかったんだよな? じゃないと困る。スカートって奴はスースーして変な感じだ。ミニスカートだから下着が見えそうで怖い。ちなみに下はいつも穿くトランクスだ。
どうにか誰にも会わずに校門を抜け出すことに成功、よかったと思ったが状況が変化した。校門を抜けた直ぐにある人物に出くわしたのだ。そいつは俺が大っ嫌いな奴、不良の霧島 零だ。
ヤバイ、バレたらピンチだ、学校中に変な噂を立てられそうで怖い。
霧島がどうしてこんなところにいるんだ。いつも通りの金髪のツンツン頭、耳には銀色のピアス。格好は私服だから、もしかしたらたまたまここを通っただけかもしれない。
霧島は俺の顔をじーっと見つめて固まっている訳だが。まさかバレてしまったのか? しかし様子が少し変だ。
なんだか霧島の頬が赤くない様な気が。どうしたんだ?
この時、俺は気がついていなかった。女装した俺に霧島が一目惚れしていたなんて思いもよらなかった。
「えっと、君はここの生徒……だよな、ここの制服着ているんだから……あ、オレは……じゃない、僕は霧島零っていいます。ここの生徒なんだ。き、君の名前は?」
大ピンチ、名前を教えろだと? どうする? 咄嗟にまた裏声にして名前を言ってしまった。
「お……わ、わたしはかな……あう、嫌、その……」
「かな? それが君の名前なんだね、なれなれしいと思ったかもしれないけど、オレはただ仲良くしたかったんだ!」
嫌だ、誰がお前なんかと!
気持ち悪い。ここから早く逃げ出さなければ。脱兎の如く走り出す。霧島は一瞬の事で、訳が分からなく、ただぼーっと俺の背中を見つめるばかりだった。
「……かなちゃんか、マジで可愛かったな。また会えるだろうか?」
こんなセリフを言っているなんて思いもよらなかった。息を切らしながらどうにか商店街まで辿り着く事に成功。
ヤバイ、人が多い。この人込みの中を進まなくては行けないのか? 自殺行為だ!
などと悩み、意を決する。危険だが人込みを進む事にする。
そうだよ副会長も霧島も分からなかったんだ、俺だってバレる事は無いだろう。ビクビクしているから逆に怪しまれるんだ、堂々と歩いてやるさ。
でも、なんで歩く度に男共は俺を見つめて来るんだ?
この時また気が付いてなかったが、女装した俺の格好は美少女。誰もが見入ってしまうほどの美少女。
こんな事、俺は知らない方が良い。だって、自分の理想は男らしい男がいいのだから。
そんな甘い考えが招いた結果なのかまさに唐突、商店街を歩いていたら目の前に会いたくない人物に出くわしてしまったのだ。
我が生徒会のエージェント剣姫こと、姫ちゃんだ。
「げ! やば……」
「……あれ?」
姫ちゃんは制服を着ているな、つまり学校に何か用事があるんだろう。動揺するな、副会長や霧島が分からなかったんだ、俺は女子生徒を演じて通り過ぎればいいのだ。
ゆっくりと確実に姫ちゃんの横を通過して行く。良し良し、大丈夫みたいだな。
「かなめさん、どうしてそんな格好してるんですか?」
罅だ、今心にピシリと罅が生まれた。まさか俺だって気が付くなんて。マジで? 嘘だ! 最悪だ!
「かなめさん?」
「……人違いです」
「え? 絶対にかなめさんです! ボクはそういうの得意なんです!」
そういうのって何? あ、変装を見破るって事かな?
あははは! って、笑い声じゃない! どうするよ俺。
「どうしてかなめさんがこんな格好を? ん~……」
本気で悩み始めた姫ちゃん。どうする? ちくしょう、こうなったらヤケだ! 適当な事を言って帰ってもらう他はない!
「ひ、姫ちゃん。実はね、これは……夢なんだ!」
「え? 夢ですか?」
「そうなんだよ! 今見ている俺は姫ちゃんが見ている夢なんだよ! 早く帰って布団に入ろう、そうすれば夢は覚めるさ!」
あははは、言っているうちに馬鹿らしくなって来た。これは夢? アホか俺は、そんなはったり、誰が信じるんだよ。
「はうぅ! ボクは夢を見ていたんですね! だからかなめさんがこんな格好を!」
居た、ここに居た。しまった、姫ちゃんは言われた事をそのまま信じてしまうんだった。なんだか可哀相な事をしたような気がする。
あ! 誓った事を忘れてた。もう姫ちゃんに嘘は言わないって決めたじゃないか! 早く訂正しなければ。
「ごめん、実は嘘なんだ」
「え? どこからが嘘なんで……」
「君達二人とも可愛いね~」
突然だった。変なちんぴらが二人、俺達に話しかけてきやがった。なんだよこいつら、今は説明に忙しいのにな。
「どうだい、俺らと遊ばない? 嫌らしい事なんかしないよ~」
する気満々だろうが! この変態どもめ、男の一人が姫ちゃんの肩に手をやる。こいつめ、汚い手で触るな、その手をたたき落とす。
「痛って~、ひどいな君、そんなに怒ったら可愛い顔が台無しだよ~」
可愛いだと? 俺の顔が可愛いだと! ふざけるな! 俺は男なんだー! と、叫びたくなったが何とか押さえた。こんな場所で俺が男だとばれたらやばいからな。
姫ちゃんを盗み見ると、ぽかんとしている。どうやら今の状況が飲み込めていない様だ。
「嫌らしい事ってなんですか?」
この質問にどう答えたら言いのやら? 嫌らしい事ってつまり……あんな事や、こんな事。ダメだ言える訳がない! 頭の中が葛藤している中、ちんぴらがご丁寧にも説明し出した。
「いいかい、嫌らしい事って言うのはね、×××××で、×××や、××××××なことだよ!」
それを言った途端に姫ちゃんの顔が沸騰、体をわなわなと震わせている。そしてギロリとちんぴら二人を睨んだ。
「ボ、ボク達にそんな事をしようとしていたんですね、エロっちいのは二十歳からです!」
二十歳ならいいんだ。ここにいる三人は同じ事を考えていた。
「うう~! 変態さんは嫌いです! ボク、おつむに来ちゃいました!」
姫ちゃんは木刀を取り出し、ちんぴら二人に向かって走り出す。そして一閃。線を描く様に木刀は二人をなぎ倒す。
「「うぎゃああああ!」」
「未成年は妄想だけにして下さい!」
え! じゃあ妄想しても良いの?
気絶している二人、こんなところを警察何かに見つかったらややこしくなる。咄嗟に姫ちゃんの手を取り、走り出した。
「はう? かなめさん?」
「人が来るといろいろとまずいよ、ここを離れよう」
しばらく走り、休めそうな公園があった。ここのベンチまで走り終える。
「はぁ、はぁ……ごめん、姫ちゃん」
「大丈夫です、ボクは走るのは得意です!」
いや、そっちじゃなくて、まぁいいか、とにかく一目がないところまでこれてよかった。ホッと安堵に包まれている時、俺は何かを忘れていた。その忘れていたものはすぐに思い出す事になる。
「かなめさん、もう一度聞いて良いですか? どうしてそんな格好を?」
しまった! 俺は今女子生徒の格好だったんだ! どうしよう。ここは正直に話そう。最初からそうしていればよかったんだよな。馬鹿だな俺。
「えっとね、これは会長の仕業なんだよ、これを着て帰れって言ったんだ!」
「そうだったんですか、ボクはてっきり……なんでもないです」
てっきり? 一体どんな事を思っていたんだ? 教えてと姫ちゃんに頼むが却下された。
顔が赤くなっているから、妙な事だけは明確だ。気になるが、どうしても教えてくれないんだろうな。あきらめるか。
「そう言えば姫ちゃんは何か学校に用意があるの?」
「えっと、実は会長さんに、今から来る様にと言われました。何やら面白いものが見れるって言ってました!」
面白いもの、まさか、いや、どう考えたって俺のことじゃん。会長め、とんでもない人だ! いつの日か仕返ししてやる!
弱点だって前回のオバケ騒動で分かっているんだからな!
と思っても、気が弱い俺は出来ないまま時が過ぎて行くんだろうな。情けない!
「どうかしましたか? さっきから何やら考え込んでいる様ですけど」
「な、何でもないよ」
「そうですか……それにしても学校のパトロール以外で二人っきりって、初めてですね」
そう言われるとそうだな、毎朝と放課後、この時以外二人っきりになる事はない。
姫ちゃんは俺の事をどう思っているんだろう。聞いてみたい気がするが、でも、何だか怖いな。もし、嫌な風に思われていたらどうしよう。
「あのさ、その……俺の……いや、生徒会に入ってどう思ってるのかな?」
聞けなかったな。別の話題にすり替えてしまう。はぁ、情けないかな俺。問い掛けに姫ちゃんは真剣なまなざしで答える。
「最初は何がなんなのか分からないばかりでした。でも、まだ三か月たらずですが、楽しいです。みんなが一日の半分ほどを過ごす大切な空間を守れる事に、誇りを感じます。そして、素敵な人達が同じ生徒会に居てくれる。ボクは嬉しいし、楽しい……」
誇りに思うか、そんな風に思ったことは一度もない。確かに会長は学校の事を本当に心配している。いい人なんだよな会長って、ただ、行き過ぎるところが短所だな。
「ボクは生徒会の皆さんが大好きです。かなめさん、もちろんあなたも大切な人ですよ? ボクに親切にしてくれるし、それに……」
「それに?」
「ボクに女の子らしいあだ名をつけてくれました。本当に嬉しかった。ボクは……女の子らしいものは一切持っていません。あ、制服は別ですけど」
どうして持っていないんだろう。フッと思い出す。家庭訪問の日、姫ちゃんはお父さんの部屋の前で震えていた。あの事と何か関係があるんじゃないのか?
「えっと、訊いてもいいかな? その……どうして女の子らしいものを一切持っていないのか」
「……ボクの……その……ごめんなさい、やっぱり言えないです。ごめんなさい!」
カタカタと手を震わせながら謝る姫ちゃん。無理をさせてしまった様だ。俺の馬鹿野郎! なんて事を聞いてしまったんだ!
「ごめん、変な事を訊いてしまって」
「大丈夫です。……謝るのはボクの方です。心配させる様な行動を取ってしまいました」
「気にする事ないよ。誰だって、言いたくない事はあるさ」
どんな悲しみを背負っているのかは分からないけど、少しでもその枷を軽く出来ないだろうか? いや、してあげたい、俺がいつか……。
「あ、もうこんな時間です。早く帰らないとお母様が心配します」
その声に俺は携帯を見る。午後六時を少し過ぎていた。もうこんな時間になっていたんだな。
「それではまた今度ですね、バイバイです、かなめさん」
「うん、またね」
くるりと後ろを向いた時に頭のポニーテールがフワリとなびく。そんなちょっとした事に俺は見とれていた。
段々と小さくなって行く姫ちゃんの背中を見つめ続けていた。さて、帰るかな……ん? 何か忘れている様な気がする。
今まで完全に俺が女装だと忘れていた。
到着した。誰にも会わずに家の前まで。だが、ここからが問題だ。家族の誰にも会わずに自分の部屋までたどり着けるだろうか?
こんな時に限って俺の部屋は一階の一番奥だ。
「やってやるさ、姫ちゃん以外は何とかなったんだ!」
意を決し、ドアノブに触れようとした瞬間、勝手にドアが開いた。いや、誰かが家から出て来るところだった。一体誰だ!
「……あら? お客さん?」
出て来たのは母さんだった。今から出かける様だな。どうする? 別人としてやり過ごすか?
「その格好は……ああ、かなめのお友達?」
「は、はい、そうです!」
「ごめんなさいね、かなめはまだ帰ってないのよ、そうだ、部屋で待ってていいわよ、いつ帰って来るか分からないけど」
チャンスだ。部屋に入れる! それにしても俺だって気がつかないなんて複雑な気分だが、取りあえず家に侵入成功。靴を脱ぎ、廊下を進むと妹のめいが姿を現した。その顔が何とも悪人顔、八重歯をむき出しながら笑っていやがる。こいつめ、拳骨だけじゃすまさないからな。
「お帰り“姉さん”、どうだった? 楽しい帰宅だった?」
「……めい、覚悟は出来ているのか? 今日は本気で怒るからな!」
「まぁまぁ、取りあえず部屋で着替えたら? 服はベッドの上に置いといたから、それともずっとそんな格好をしている気?」
ちくしょう、確かに早く着替えたい。くそ、説教は着替えた後だ。
「覚えてろよこの野郎!」
怒りをあらわにしながら部屋へと向かう。この時、めいは嫌らしい笑いを浮かべていた。ようやく自分の部屋が見えた。良かった、やっと元に戻れる。そう思い、ドアを開け放った。
「……げ!」
「……ふに~?」
固まった。体と思考が固まった。なぜこうなったかと言うと、俺の部屋に姉貴がいるんだ。鉢合わせだ。
「……あなた誰? ここはかなめちゃんのお部屋だよ? まさか、かなめちゃんの……」
何かを言いかけて俺を睨んで来やがった。今までに見たこともない姉貴の怖い顔、嫌な予感がする。
「誰かは知らないけど、かなめちゃんはまりあのものなの! 手を出したらタダじゃおかないんだから!」
誰が姉貴のものだ! と、つっこみたかったが出来なかった。俺だとばれたくなかったからだ。ちくしょう、つっこみも出来ないなんて、もどかしい。
「わ、私はそんなんじゃありません、かなめ君とはお友達です」
「嘘だ! きっとかなめちゃんを誘惑するめぎつねなんだ! 成敗しちゃうんだから!」
姉貴はジリジリとよって来る。なんだこの展開は、俺の部屋に入って着替えたら大丈夫だと思っていたのに! まさか最後に姉貴が邪魔をするとは。
「覚悟だよ! とう!」
掛け声と共に姉貴は地面を力強く蹴り、ジャンプした。天井ギリギリまで飛んでいる。なんてジャンプ力だ、関心していると姉貴が俺の頭上に落下。爆音と共に二人は床に倒れる。
「痛てて……捕まえたよ! かなめちゃんを誘惑するめぎつねめ!」
俺の上に馬乗りする姉貴、しまった、動きを封じられた! どうする? このままでは正体がバレる!
「かなめちゃん、今助けるからね、このめぎつねから! 食らえ! 必殺、まりあアタック!」
ネーミングセンスが無いな。そう思ったと同じ時、姉貴の両手が俺の脇にスルリと入り込み、そしてまりあアタックが発動する。簡単に言うとくすぐりだ。
会長と同じ事してるな、偶然だよな? って、こんな事思ってる場合じゃない!
「ほらほら! どうだ! コチョコチョ……」
「ううぅ!……やめ……ぷ! ……ぐぅ!」
我慢だ! 笑ったらバレる! 絶えてやる! 耐え抜いてやる!
駄目だ、これ以上されたら俺、死ぬ、声が出ちゃうよ! 助けて! 誰か助けてくれ! そんな事を思っている時だ、ピタリと動きが止まった。一体どうして?
「……ふに? か、かかか、かなめちゃん……なの?」
バレた。でもどうしてだ?
辺りを見回して、その理由がやっと分かった。カツラがずれて、俺の髪が飛び出ているんだ。
「かなめちゃん……あの……その……何でこんな格好してるの?」
「姉貴、これには深い事情と言うものがありまして」
「ふに~! かなめちゃんがグレたんだ!」
グレては無いけど、でも今の心境じゃ、グレたくなるよな。姉貴はワイワイ騒いでうるさい!
「……そうだよね、かなめちゃんも男の子だもんね」
「勝手に納得するな!」
「大丈夫だよ! お姉ちゃんの熱いラブなハートで更生してあげる!」
そう言って服を脱ぎ出した。馬鹿野郎! わけの分からない事をするな! そう叫んで廊下に追い出し、勢いよくドアを閉めた。
「かなめちゃん? どうしたの? 開けてよ~、ラブしようよ!」
「一生やってろ!」
今日はとんだ一日だったな。もう疲れた。
眠い、寝不足だ。今日も会計の仕事を終わらせるために登校中だ。その中で、あくびばかりがでる。何故かと言うとあの後、姉貴がドアをノックしながら、お姉ちゃんが更生させてあげるー! と、一晩中うめいていやがったからだ。
くそ、何回追いやってもうめいて来やがる。おかげで寝不足だ。めいの奴は拳骨食らわして成敗した。だが、めいのあの目はまた何かをやらかしそう。
学校の校門に差し掛かったその時、朝から会いたくない奴に出会った。
「げ、霧島!」
「あ? なんだかなめちゃんかよ、うぜぇ」
うぜぇのは俺の方だ。今日は日曜日、こいつは一体何してるんだこんな所で?
「何してるんだよこんな所で」
「人を探してんだよ、うぜぇな、さっさと行っちまえ! ま、お前には分かるまい、俺のときめきは」
「はぁ?」
霧島は女装した俺に恋をしていた。きっとそれは実らない恋なのだろう。
俺は霧島の気持ちを知らないまま校門をくぐった。