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第三話 潜入捜査

 巨大なグラウンドは静寂に包まれて辺りには高いフェンスが建ち並んでいる。白いユニフォームに白い帽子、そんな格好の人達がボクの目の前にいる。

 足に履いているスパイクが黒く、とても印象的だった。

 ボクはその人達が横にずらりと並ぶ前に立って自己紹介を口にする前だ。

 緊張するけど、頑張って言わないといけない。ボクは精一杯の笑顔で話始める。

「今日から“野球部のマネージャー”になりました、柳刃誠十郎です! よろしくお願いします!」

 お辞儀をして彼等を一瞥した。すると野球部員達の歓喜の声が辺りに響く。

『むさ苦しい男の園にようこそ!』

 ボク、柳刃誠十郎は野球部のマネージャーとなっていた。

 なぜボクがこんな状態になったのか、それは数日前に逆上る……。



 数日前、生徒会室でそれは聞こえた。

「……はい?」

 きょとんとした言葉を放ったのはかなめさんだった。

 これは会長さんに向けられた言葉。

「ん? 聞こえなかったのか後藤。まったく、わたくしに二度手間をさせるな。もう一度言うぞ? 防衛生徒会に“依頼”が来たのだ」

 会長専用のイスに座り、当然とそう言う。依頼ってなんなのだろうか?

「会長、ハショリ過ぎです」

 副会長が会長の真横に立っていて、そう語りかける。

 確かにボクにもちょっと分からなかったな。

「ん? そうか政史? 仕方ない、分かりやすい様に説明してやる。有り難いと思え!」

 説明では、生徒一人一人から解決して欲しい事件を依頼と呼び、防衛生徒会はその依頼を解決する。と言う訳らしい。

 事件を捜すより、生徒から依頼と言う形で解決するべき事件が向こうから来る、との事。

「と、言う訳だ。分かったか? 後藤」

「また勝手に決めて……」

「わたくしに何か言ったか?」

「言ってません! 素晴らしいです! 会長!」

 かなめさんがそう言うと会長さんは嬉しそうに「そうだろう、そうだろう」とご満悦。

 やっぱり会長さんはすごい、尊敬するな。

 そう思っていると、皆川先輩が質問をする。

「あの、誰が依頼を出して来たんですか?」

「ああ、依頼者本人を呼んだ方がいろいろと楽だな。おい、入って来い」

 会長さんはドアに向かって叫んだ。すると、ドアが開き、依頼者が部屋に入って来る。

 そこに立っていたのは男子生徒、その人が入った途端、かなめさんが叫び声をあげた。

「あーー! た、太一! なんでお前が!」

「おっす、かなめ、世話になるぞ!」

 どうやらかなめさんの知り合いみたい。一体どんな依頼なんだろう。

 ボクはドキドキしながらその答えを待つ。

 太一さんはソファーに座り、ボク達が見つめる中、依頼を話始める。

 それは野球部で活躍する上原太一さんが、あるものを部室で見つけたことから始まった。タバコの吸い殻、誰かが野球部の部室でタバコを吸ったらしい。

 その犯人を見つけて欲しいという依頼だ。

「今年の俺達はなかなか強くて、県大会の優勝候補なんです。もし、野球部の誰かがタバコなんて吸ってたら大会に出られなくなる……だから犯人を見つけて欲しいんです」

 そう言うと会長さんが野球部の事を詳しく話始める。

「わたくし達の学校の野球部は数十年前に甲子園に出ている。今年は数十年ぶりに甲子園も夢ではない。もし、タバコを部員が吸っていたら我が校の恥だ。故に秘密裏に調査し、野球部の誰かが吸ったのか、それとも別の誰かか。調べなければならない」

 そこでボク、柳刃誠十郎は野球部のマネージャーとして、潜入捜査をする事になったんだ。野球部のキャプテンと太一さんはボクの正体を知っている。

 頑張って犯人を探さなくちゃ。

 野球部顧問の先生には会長さんが自ら言ってくれるらしい。やっぱり会長さんは頼りになるな。

 部活が始まり今ボクがやっているのは使ったボールを磨く仕事、汚れたボールを丁寧に綺麗にしていく。

 とその時、ボクの携帯がなり、出てみたら会長さんだった。

『剣姫、こちら本部だ、どうだ? なにか分かったか?』

「あの、その……まだなにも」

 そう言うと電話の向こうでかなめさんが「そんなに早く見つかるかよ」と言うとその後に悲鳴が聞こえた。

『んん、すまない、馬鹿を相手にしていた。引き続き何かあったら本部に連絡する様に』

「は、はい! 頑張ります!」

 わぁ、本当にスパイをしてるんだなボク。不謹慎だけどなんだか楽しくなって来た。

 ここはグラウンドから見えない場所。野球部のみんなはグラウンドを走っている。これはチャンスだとタバコの吸い殻があった場所に行ってみる事にした。

 現場に向かうとそこは野球道具をしまっている物置場所、ここの扉は最近壊れているらしい。

 念の為扉を調べると、案の定壊れている。

「つまり、誰でも入れるんだ」

 どうしようかな、よし、夜まで待ってみよう。待ち伏せして現行犯にして捕まえるんだ。

 その時、突然ボクの後ろから野球部員の一人が語りかけて来た。

「柳刃さん、そんな所でなにしてるの?」

「わぁ! な、なんでもありません! ボクはエージェントなんかじゃないです!」

「エージェント?」

 しまった、どうしよう。エージェントだってバレたらいけないんだった。ど、どうしよう。

「あ、あああ、あの、ボク、その……」

「あ、綺麗にしたボール、どこにしまうか分からないの?」

「え? あ、そ、そうです! 分かりません」

 よかった、なんとか誤魔化せた様だ。

 いけない、いけない。もっと気を引き締めて行かないと。



 それから時間が経ち、野球部の部活も終わり、ボクは会長さんに連絡をいれる事にする。

『ふむ、そうか待ち伏せをするのか。お前一人じゃ大変だろうから、皆川を補助として送る』

 電話の向こうから皆川先輩が「何で私なんですか! 今日は彼氏とデートなのに!」と言った後、叫び声が聞こえた。

『んん、すまない、阿呆が駄々をこねてな、間違いなく向かわせる。頼むぞ』

「分かりました。任せてください!」

 皆川先輩が来るのか。本当は一人じゃ心細かったから助かるな。

 空がオレンジ色から黒くなり始める頃、皆川先輩が元気無くやって来た、なんだか可哀相。

「はぁ、柳刃さんお疲れ様。はいこれ」

 皆川先輩はお茶を買って来てくれた。ちょうど喉が渇いていたから嬉しい。

「ありがとうございます」

「いいよそれくらい。で、どう? 誰か来たの?」

「まだ誰も来ていません」

 ボク達は建物の影から様子を見る事にする。

 よし、頑張るぞ。ボクがやる気を出している時、不意に皆川先輩が話出す。

「あのさ、今思ったんだけど、潜入捜査なんてしないで最初から見張っていればよかったんじゃない?」

「え? ……はう! 今気付きました。ボクはアホです。バカです。間抜けです!」

「そこまで言わなくても……でも、一生懸命頑張ろうとしたんだよね? それはすごい事だよ。さ、元気出して見張ろう。ね?」

 皆川先輩が優しい言葉をかけてくれた。皆川先輩は優しくて常識的な人。

 彼氏の事になったらわがままだけど、いい人だ。



 時間だけがボク達を置いて行き、段々と肌寒さが強くなって来る。まだ5月の半ばで夜は寒い。

「うう~寒いわね、柳刃さん大丈夫?」

「だ、大丈夫です、寒くないです」

 身体を手でさすりながら、倉庫を見つめている時だった。誰かが歩いて来る音を耳が感知。

「皆川先輩! 誰か来ます!」

「しっ、声が大きいよ、静かに見ていよう」

 そこに現れたのは男子二人。耳にピアスやズボンを腰まで下げていて、見るからに不良だ。

 どう見ても野球部ではなさそう。不良達は辺りを見回してから倉庫に入って行く。

「柳刃さん、静かにドアまで近付くよ?」

「はい、分かりました」

 足音がしない様にゆっくりと近付いて行く。倉庫のドアまで近付き、耳を澄まして中の会話を盗聴した。

「マジでさ、野球部の奴等って暑苦しいよな? 今年こそ甲子園? マジうぜっての」

「だな、熱血っていうの? 見てるだけでイライラするよな、タバコを吸い殻見つかって大会に出れなくなれば面白くね? ぎゃはははは!」

 この会話を聞いてボクは許せなくなった。野球部のみんなは一生懸命練習してるのに、手に豆を作りながらバットを振ってるのに、そんな彼らをバカにするなんて、許せない。

「ボク、おつむに来ちゃいました」

 小さい声でボクはそう言って、木刀を握り締め、突入する事に。

 でも、予想外な事が起きた。

「今なんて言った、あんた達!」

 そう叫んで倉庫のドアを激しい音と共に開けたのは皆川先輩だ。

「な、なんだお前!」

「やば、見つかったか!」

 不良達は驚きながら皆川先輩を見ている。私も先輩を見ると……。

「ひぃ! 皆川先輩が怖いです!」

 どうやら皆川先輩は怒ると怖いみたい。こんなに怒った先輩は初めて見た。

「今、あなた達は何て言ったの? 野球部が暑苦しい? ふざけるな! あんたらは何様よ!」

「うるさいな、誰だよおま……」

 皆川先輩が不良達を睨み付ける。その顔が怖くて、不良達が震え始めた。

 こ、怖い! ボクも身体が震えてくる。

「あんた達! そこに正座しなさい! 早く!」

「「は、はい!」」

 不良達がガタガタと震えながら素早く正座をする。

 そして、皆川先輩のお説教が始まった。

 不良達はその説教の中、震えて涙目になっていく。

 彼らは昔、部活を真面目にやっていたらしく、挫折して不良になった。野球部が頑張る姿を見て彼らは気に入らなかった様だ。

 自分達は挫折したから。

「また、頑張ればいいじゃない。ね?」

 説教も終わり、彼等がもう一度夢に挑戦する様に説得をしている。

 なんだか皆川先輩がお母さんって感じを受けるな。

 皆川先輩の話を聞いていた不良達は、ぼろぼろと涙をこぼしている。

「俺らが間違ってました!」

「俺、もう一度バスケがしたいです!」

「頑張れ! あなた達なら出来るよ! だからもうこんな悪い事しちゃダメだよ?」

「「はい!」」

 すごい、不良達が改心している、皆川先輩は怒ると怖いけど、やっぱり優しい人なんだ。

 こうして不良達は明日、野球部の人達に謝る事を約束して帰した。これで任務完了。

「あ、あの……皆川先輩、怒ると怖いんですね?」

「え? 私が怖いの? 家のママの方が怖いよ、お説教中にグーで顔面とか普通に殴るし……あ、でも殴るのは優しい方かな?」

 一体、どんなママなんだろう? これを聞くだけで怖くてたまらない。

 会いたい様な会いたくない様な、不思議な感じ。

 学校の校門に差し掛かった時、目の前に誰かが立っていた。

 そこに立っていたのは男子生徒。170以上はある身長に髪はやや短め、顔はイケメン。

 その男子を見た瞬間、皆川先輩が叫んだ。

「しゅー! 待っててくれたの? 嬉しい!」

 叫んだ後、その男子に先輩が飛び付く。もしかして、この人が皆川先輩の彼氏なのだろうか?

「まこちゃん、こっちの子がぽかんとしてるよ?」

「あ、ごめん、んん、しゅー、この子は柳刃さんって言って、生徒会で一緒なの。で、この人は私の彼氏の佐波 (さなみしゅん)! どう? カッコいいでしょ?」

 皆川先輩は顔をリンゴの様に赤くして紹介してくれた。

 その顔は幸せそうで、嬉しく輝いる。

「はい、カッコいいです、お似合いです!」

「な、なんか恥ずかしいな……さ、早く帰ろうか、えっと柳刃さんだったね、家まで送るよ。もう遅いからね」

「あ、大丈夫です。ボクの家はこの近くなんで、大丈夫です、それではまた明日。失礼します」

 ボクは歩き出した。先輩達も歩き出し、分かれていく。

 今日は疲れたから、帰ったらご飯食べて、お風呂に入ったらすぐに眠ろう。

 ボクの慌ただしい今日が終わろうとしていた。

 

 

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