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アフターストーリー 柳刃誠十郎編

 

 閃光の如く放たれた攻撃はまるで空間を切り裂いて進む様だ。

 軌道を読め。冷静に、冷静に。意識を集中して感覚を鋭くしろ。

 そうしなければ負けは確実に首を絞める。

「もらった!」

「させません!」

 頭上に落下してくるものを竹刀で防ぐ。反動で手が痛む。さすがと言うべきか重い一撃だ。

 だからと言ってこっちも負けられないのだ、負けられない理由がある。

「ああもう! 後少しだったのに! 生意気よ!」

「今度はこちらから行かせてもらいます!」

「良いわよ、来なさいよ! 絶対に後悔させてあげるわ!」

 絶対に負けられない。その理由をちらりと見た。

 縄で体をグルグル巻きにされた男が一人、この道場にいるのだ。

 彼の名前は後藤かなめ、美しいフェイスを持った人。

 彼はボク、柳刃誠十郎の恋人なのだ。

 えへへ、恋人なのだ。

「あんた何ニヤついてるのよ。かなめ様が大変な時に……」

「はぅ! な、なんでもありません! は、果たし合いに集中です!」

「むぐぅ、むぐ!」

 猿轡(さるぐつわ)をされ、身動きが取れないかなめさん。ジタバタと暴れている。可哀相に。必ず助けてみせる。

 時は正午、決戦場所は学校の剣道場。ボクの対戦相手は同じ剣道部で一緒に汗を流した彼女、川上春菜である。ただ今、彼女と剣道で試合の真っ直中、ルールは無しでとにかく面に打ち込んだら勝ち。

 周りには同じ剣道部の仲間達が野次馬化して試合を見つめている。男子剣道部と女子剣道部の両方が固唾を飲む。

 ここまでで試合をしているのは分かると思うけど、疑問が残ってしまう。

 何故かなめさんがあんな惨めな姿になっているのか。

「柳刃誠十郎、もう一度確認ね? 春菜が勝ったらかなめ様とのデートとキスをもらうわ!」

「な! キスはダメです! 最初の条件にキスは無かったはずです!」

「え~何? 勝つ自信が無いんだぁ~」

「カッチーンです! おつむに来ちゃいました! 良いですよ、キスくらいなんですか! ボクが勝っちゃうから心配無用です!」

 こんな経緯になった始まりは今日の午前中の事だった。

 夏休みの真っ直中、朝早くから部活に出ていたボクは春菜さんと練習をしていたのだが、妙な事を彼女が言って来たのが最初。

『柳刃誠十郎、かなめ様を賭けて勝負だ! 勝ったらデートしちゃうんだから!』

 こんな感じでいつも戦うのは日常茶飯だ。しかし今日はちょっと違う。同じ剣道部の仲間が面白そうな戦いが見れそうだと騒ぐ。

 今日の部活は午前中だけだったので、かなめさんが丁度良く迎えに来てくれたのが火に油、男子剣道部員に捕まり、グルグル巻きに。

「むぐぅ! むがぁああ!(離せ! なんだこれは!)」

「待ってて下さいかなめさん、ボクがすぐに助けます!」

「かなめ様、春菜がお助けします!」

 対戦相手を睨み、竹刀を構える。絶対に負けない。

 他の女とキスしているかなめさんなんか見たくない!

「ちくしょう、なんでこの男はこんなにモテやがる?」

「川上も柳刃も。許せないでござる」

「可愛い顔のくせに……足を踏んでやれ、それ!」

「むぐぅーー!(痛ってぇーー!)」

 男子剣道部員達がかなめさんの回りで何か話しているみたいだが、良く聞き取れない。

 悶え、叫ぶかなめさん。そっか、きっとボクを応援してくれてるんだ、頑張らなくては。

「かなめさん、必ず勝ちますから!」

「むぐひゅう、むぐぅう、むぎぃいーー!(姫ちゃん、助け、痛いーー!)」

 かなめさんの声援(?)がボクに力を与えてくれる。負けない、絶対に。

 突風の如く春菜さんが動いた。一瞬の間に接近を許してしまう。

「春菜の必殺必中、ミラクルサンダーアタック!」

 と言って面を狙って来た。長たらしい名前だな。

 するりと攻撃を横に移動して避けるが、一直線だった竹刀の軌道が真横に折れ、牙を向く。凄まじい勢いを帯びた竹刀の軌道修正するとは。さすが春菜さんだと感心するが油断しない。

 それをしゃがんで通過を待つ。予想通り空を裂きながら頭上を疾走す。

 今だ。無防備になった頭に鋭い一撃を落とした。

「痛!」

「面です! 勝負ありです!」

「そ、そんなぁ~、かなめ様と夜景が見えるレストランでのディナーがぁ」

 やった、勝った。嬉しさが爆発し、一目散にかなめさん目掛けて駆ける。嫌、突進の言葉が似合うだろう。

 男子剣道部員が目の前に居ようと突き飛ばしながらかなめさん一直線だ。

 余談でボクは知らない事なのだが、突き飛ばした男子達はボクを恨まず、何故かかなめさんを更に恨んだとか。

 何故だろう?

 直ちに猿轡とロープを解き救出して抱き付く。うん、かなめさんの良い匂いがする。ふと彼の顔を見ると何故か涙を流していた。そんなに助けてもらったのが嬉しいのかな?

「助かった、もう足を踏まれずに済む! ……でもなんでこんな目に?」

「かなめさん! ボク頑張りましたよ! ね? 頑張りましたよね!」

「えっと、うん、良く頑張ったな!」

 クシャクシャと頭を撫でてくれた。もうそれだけで上気分だった。

 そのまま号泣する春菜さんと、何故か殺気に満ちた視線を放つ男子達と、キャー、キャー騒ぐ女子達をよそに道場を後にする。

 その後はシャワーを浴び、着替えてから帰路に。名残惜しかったけどかなめさんと分かれて家を目指した。

 本当はこのままデートをしたかったのだが、用事がある。

 午後、ボクのお家にお客様が来るのだ。

 季節は夏、高校生になってから2回目の夏が訪れる。そう、ボクは2年生となり大切な彼と共に毎日を謳歌している。

 元会長さんの宝条院聖羅さんと元副会長の高崎政史さんは卒業して大学に行ってるとの事。時々商店街や街などでぱったりと出会ったりしている。うん、元気そうにしているから良かった。

 ちなみに二人が手を繋ぎながらデートしていたのが驚いたけど、幸せそうだったな。

 ボクもかなめさんとずっと……えへへ。

 おっと、考え込んでいたら家に着いてしまった。

 今日は大切なお客様が来る。その人達はボクにとって本当に本当に大切な人達だ。久し振りに会うから嬉しい。

 そんな思いで家へと入る。

「ただいまです!」

「むむ?」

 開け放った玄関先には若い女性と女の子の背中が見えた。

 見覚えのある長い黒髪、この人はボクの大切な人、この人は……。

「おお! 誠じゃな! 久し振りよの、またかわゆくなったのう!」

「か、霞……お姉様!」

「うむ、ただいま帰って来たぞ。それにしても美人になったの~、むむ、さすが儂の妹じゃ!」

 にこやかに特徴的な口調で話すのはボクのお姉様だ。

 名前を月魅霞(つきみかすみ)、柳刃家の長女でもう結婚しているため姓が違う。

 頭が良く、剣道の腕前もぴか一。だけど霞お姉様は子供に間違われる程に身長が小さい。150cmあるかないか。これは一番気にしている事で、禁句となっている。

 そしてその横にいるのはお姉様の子供、月魅想樹(つきみそうじゅ)、小さなツインテールと真っ赤なホッペが特徴の女の子だ。

「想樹さんもお久し振りですね、ボクの事覚えていますか?」

「う~、わかんない」

「二年ぶりで想樹は当時二歳だったからのう、覚えてないのは無理は無い。想樹、こやつが儂の一番下の妹じゃ。じゃから誠おばちゃんと呼ぶが良い」

 おばちゃん。ボクはまだ高校生なのにおばちゃん。

 そう聞いただけで急に年老いた気分になるのは何故だろう。

「う~、わかった。せいおばちゃん!」

「はぅ、お、お姉さんです!」

「う~? ままうえ、おばちゃんとおねえさん、どっちでよぶの?」

「くくくくっ! 儂が悪かったわ。お姉さんが良いらしいぞ?」

 などと楽しい時間が過ぎる。霞お姉様はボクより七つも年が上だ(そうは見えないけど)。

 あの妙な口調は聞いた話によると、小さい頃お姉様は時代劇が大好きで、その中に出て来た黄色い着物を纏い、白髭のお爺さんがお供を連れて全国を旅する有名な某番組。

 そのお爺さんの口調が大変気に入ったらしく、真似をしていたらそのまま大きくなってしまったのだ。

 プラス時々妙な口調も混じる事もある。

 優しくて、大好きなお姉様だ。お盆の時期なので帰省して来た。二年顔を出さなかったのは嫁いだ先でいろいろとごたごたがあったためらしい。

 本当に久し振りの帰省。今回、お姉様の旦那さんはお仕事が忙しいらしく、一人残ったとの事。

「時に誠よ、母上は何処じゃ? インターホンを鳴らしても出て来ぬのだが。仕方なく今大声で呼んでいたところじゃった」

「え? おかしいです、お母様は今日お姉様が来る事を知ってますから何処かに出掛ける事はないのですけど……とにかく上がって下さい、大荷物だから疲れたでしょうから」

「そうじゃな。想樹、靴は綺麗に揃えるのだぞ?」

「わかりました!」

 よちよちと歩き、玄関に座って靴を脱ぎ出す。その姿が可愛らしくて表情が緩んでしまう。

 脱ぎ終えた靴を綺麗に揃えている姿もまた可愛らしい。

「あは、想樹さんは良い子さんですね!」

「くくくくっ、儂の娘なのだ、当たり前じゃ!」

 大きな旅行鞄をボクが持ってあげて中へと通す。久し振りの我が家な訳で、「変わってないのう」と辺りをキョロキョロ。

 想樹さんは前に来たのが2歳だったため、珍しげにキョロキョロ。

 うん、そんな姿を見ていたら親子なんだなと柔らかな気持ちになって心地良い。

 降り掛かる紫外線に帯びた昼足らしめる物質が家を明るくし、ついでに温度も上昇させて汗が。しばらく雑談しながら廊下を進むと目的の人物が現れる。

 現れると言うよりずっとそこにいたらしい。行儀良く敷かれた座布団に正座をし頭がコクリコクリ。

 膝上に日向ぼっこしている我が家のもう1人(?)の住人もスヤスヤ。去年ボクが元会長さんの別荘に行った時に仲良くなったにゃんこさんのポチだ。どうもこっちに付いて来たらしく、いつの間にか我が家の一員に。

 お母様の膝の上が一番のお気に入りらしい。ちなみにボクの頭の上もポチのお気に入りだ。

「むむ、こんなところでお昼寝をしていたのか。母上、儂じゃ、霞じゃぞ?」

「……う~ん、誠ちゃんたら甘えん坊さんね~……すう~」

 夢の中でボクはどんな風に甘えているのだろうか。

「目の前でかなめくんとイチャイチャしちゃって~……すう~」

「ひゃあ! お母様がエロっちい夢を見てます! エロっちいのは二十歳からです! って、お母様はもう二十歳はとっくに過ぎてました」

「くくくくっ、相も変わらず誠は面白いのう。どれ、幸せそうな夢の途中じゃが、起こそう。想樹、おばあちゃんを起こすぞ?」

「う~、おこす! おきろねぼすけ!」

 二人で肩をさすると深い底から這い上がるかの如く意識が覚醒した。

 大きな欠伸をして背伸び。するとポチも起きて背伸び。お母様は昔にゃんこさんだったのだろうか。

「あら~? 誠ちゃんちっちゃくなったね~」

「お母様、そっちはお姉様ですよ」

「ほぇ? ……まぁまぁ! 霞ちゃんだわ! 良く来たわね!」

「むむ、お久し振りです母上」

 霞お姉様の顔が少し引きつっている。小さいと言われたのが嫌だったらしい。

「あら? もしかして想樹ちゃんかしら~? おばあちゃんですよ~」

「う~、おばあちゃん?」

「そうです。想樹ちゃんの母の母です」

「う~……ままうえのままうえ……ちょうままうえ!」

 どうやら呼び方が決まって嬉しかったらしい。ピョンピョンと飛び跳ねておばあちゃん、もとい、超ママ上に抱き付いていた。可愛い。

 それにしても柳刃家の女は成長しても見た目が若いままだ。お母様は30代前半くらいに見えるし、お姉様は下手をすれば小中学生くらいに見えてしまう。

 ボクもそうなるのだろうか。柳刃家の不思議だ。

「遠かったでしょう、部屋に荷物を置いてゆっくりしてね、霞ちゃんの部屋はそのままだから」

「うむ、そうさせてもらいます。想樹、こっちが儂の部屋じゃ」

「う~、ままうえのへや~」

 荷物を部屋に運び、居間でくつろぐ事になった。

 奇跡的に転ばずに運んで来たお母様のお茶をみんなで飲む。

「そうじゃ、これは土産じゃ、母上には大福、誠には苺大福じゃ。儂の住んどる街で一番美味しいと評判の菓子屋のじゃ」

「まぁまぁ! 大好物の大福! 霞ちゃんありがとう」

「わわ! 苺大福さんです! ありがとうございます霞お姉様!」

 ボクの家族全員実は大福が大好物なのだ。ボクは苺大福、お母様は普通の大福、霞お姉様は豆大福。ここに居ない蓮華お姉様は塩大福。とこんな感じに大福が大好きだ。ちなみにお父様はおはぎが好きだった。

「そうだわ、お昼ご飯は?」

「嫌、まだ食べて無いのじゃ。誠もじゃろ?」

「はい、お腹ペコペコです」

「すぐに準備しますね。誠ちゃんは着替えてらっしゃい」

 あ、そう言えば制服のままだった。

「じゃ着替えて来ますね」

「うむ、ゆっくりとで良いからな」

「う~、ゆっくり!」

 居間を出て自分の部屋を目的に歩き出した。やはり大好きな人と会うと気分が良い。

 その幸福感を抱きながら寂寞な我が家に色が付いて行く。

 就寝し、大半を過ごす愛着深い部屋の襖を開け放った瞬間、妙な感触が胸部に発生する。

 ぞわりと全身をただれて行くかの様に嫌な感覚、何度も形を変えさせられる胸、そこを見るとボクのじゃない手が見えた。

 誰かがボクの胸をもてあそんでいる。

「きゃあああああああああああああ!」

「へっへっへ、お嬢さん良いもの持ってますな~」

「ひゃう、だ、誰ですか! エロっちいのは二十歳からです!」

「なんだよ十、おれの声を忘れたのか?」

 突然過ぎて動転していたが、冷静に今の声を耳が収集し、脳が解析を開始。

 結果、ボクはある人物に心当たりがあると分かった。

「あ……まさか、れ、蓮華お姉様?」

「よしよし、正解だ。柳刃家の次女、蓮華ちゃんただ今帰って来たぜ! 正解だった十には賞品としておれのナイスなテクニックを楽しめ。ほれ」

「ひゃん! れ、蓮華お姉様やめて……んん!」

 男っぽい口調で今の様に悪戯が好きな人物がボクの2人目のお姉様だ。

 柳刃蓮華(やなぎばれんげ)、ボクより3つも上でショートの黒髪で背が高く、スポーツ万能な方だ。蓮華お姉様はカメラマンで仕事の為に家を出て今は一人暮らし。

 撮る写真はなかなか評判が良いらしい。いつかは写真集を出す、これがお姉様の夢だ。

「しっかし本当に大きくなったな十。身長もここも、美人になりやがって。ほれ」

「ひゃうん! お、お姉様、もう止めて下さい」

「そうじゃぞ蓮華、誠を離さぬか」

「あれ、霞姉さんも帰って来てたんだな、久し振り!」

 多分ボクの悲鳴を聞きつけて霞お姉様がやって来た。

 これで三姉妹が揃った。

「しっかし霞姉さん全然変わらないな、嫁ぐ前とあんまを変わってない」

「……蓮華よ、それは儂に対する宣戦布告と取っても良いのか?」

「あ~、ごめんなさい」

 霞お姉様が本気で怒りそうだった。もし怒らせてしまったら道場の方に飾ってあるご先祖様の真剣を振り回して後を追いかけて来てしまう。

 あれは怖い。昔良く霞お姉様は蓮華お姉様を追いかけていたっけ。命の瀬戸際をほのぼのと回想出来るとは。

「謝れば良いのじゃ。時に、いつになったらその羞恥な手を退けるのだ?」

「分かったよ、久し振りの十が可愛かったのがいけないんだぜ、もう少し楽しみたかったけど止めるか」

 ようやく開放されて廊下にうずくまってしまう。霞お姉様が頭を撫でてくれた。

「よしよし、可哀相にのう。大丈夫じゃぞ、後で儂自らが誠を可愛がってやる」

「あ、ずるいぞ霞姉さん! おれが十を可愛がるんだ!」

 実は二人共重度のシスコンなのだ。ボクに対してのみだが。

 何はともあれこれで柳刃家が全員集合となった訳だ。久し振りに賑やかな家になるからきっと淋しがり屋のお母様は大喜びだろう。

 当然ボクも嬉しい。やっぱり家族みんなが一緒にいる事は喜ばしい。

 そこにお父様がいてくれたなら、ボクは今までの謝罪を詫びる事が出来るのに。きっとあの手紙に書いてあった様にお父様も謝るだろう。二人で謝り合って、これからを。

 それが出来たら嬉しいのだけど。

 死者は生き返らない、これは絶対の事だから。

 もう過ぎてしまった事は戻し様が無い。それでもボク達は明日を見続ける。前へ前へと。感じた痛みは癒されないかも知れない。でもそれが成長を手助けするのではないか。

 だから前を向いて歩こう。あの日、お父様の位牌の前で泣き終わった時にそう心に誓ったんだ。

「どうしたんだよ十、ボケッとしやがって。早く着替えてこいよ」

「居間で待っておるからのう」

「……はい、すぐに行きます」

 部屋に入り直ぐに着替えを始める。格好は白のワンピースを着る事にした。この前かなめさんが買ってくれたボクのお気に入りだ。

 手早く着替えてお姉様達が待つ居間へ向かう。

「お待たせしました、着替えて来たです」

「意外と早かったのう、もう少しゆっくりでも……」

「あ……じ、十、その格好……」

 信じられないものを見るかの様に二人の視線が絡み付いて来た。

 ああ、そうだった。お姉様達は知らなかったんだっけ。ボクが女の子の服を着られる様になった事を。

「ねぇ、ねぇ、お買い物するの忘れてたからお昼はお素麺で良いかしら~? ……って、どうしたの三人共、固まっちゃって?」

 丁度良くお母様が現れ、お姉様達は互いに顔を見合わせ、問うた。

「母上、誠の格好なのだが、その、えっと……むむ」

「霞姉さん、本人に訊いた方が早いって! 十、お前女ものの服が着られる様になったのか?」

「はい、かなめさんのおかげです!」

「「かなめさん?」」

 困惑する二人にお母様が詳しい説明を始めた。ボクに弱い自分と戦えと教えてくれたかなめさんの事を。

 そのおかげでお父様と向き合える様になった事、そして女の子の服が着られる様になった事を。

「むむ、儂がいない間にそんな事があったとは驚きじゃ」

「……そっか、十、お前女の服が着られる様になったのか……」

「はい。ボクはかなめさんに手を引っ張ってもらったんです。過去から逃げて、弱い自分に背を向けたボクに勇気の手を差し出してくれました。だからかなめさんに感謝しています。弱いボクを救ってくれて有り難いです」

「……儂は誠が可愛くて可愛くて仕方が無い。それなのに儂はどうしたら助けられるのか分からなかった。傷に触れて、誠に嫌われるのが嫌だったのじゃ。すまぬ、本当にすまなかった。無力な儂を許してくれ」

 深々と頭を下げる霞お姉様。続いて蓮華お姉様も下げた。

「おれも霞姉さんと同じだった。十に拒絶されるのが怖かったんだ……だからごめん、助けてやれずにごめん!」

「あ、あの、頭を上げて下さい!」

 しばらく頭は下がったまま時が過ぎて行き、ボクは困惑していた。二人を恨んだ事など無い。もう過ぎた事だから頭を上げてと懇願し、二人の顔が見える。

「もう過去の話です。ボクはお父様の苦しみを理解してようやく前を向く事が出来ました。お姉様達が謝る事なんて無いんです、だって苦しい時は支えになっていてくれたじゃないですか。ボクは二人の笑った顔が好きです」

「誠……むむ、なら謝るのはこの時だけじゃ、誠がそう望むなら」

「たく、たくましく成りやがって。分かったよ十、もう何も言わない」

 三人で笑い合う。そんななか仲間外れにされたと思ったお母様も笑う。

 家族は笑顔でいるのが一番だ。それが幸せなんだ。

「さ、ご飯にしましょう。……あれ、何か忘れているような……ああ! お素麺火にかけっ放し~!」

 飛び出て行くお母様がおかしくて三人でまた笑い合って笑顔。

 伸び切った素麺を啜りながら柳刃家の昼食が進む。その中で、お姉様達の事やボクの学校生活の話で盛り上がり、楽しい一時だったのだが。

「時に誠、お前の恋人、えっと……」

「かなめさんです、後藤かなめ」

「むむ、その後藤かなめと申す男に会ってみたいぞ、良いか?」

「あ、おれもおれも! おれの可愛い十を奪いやがった野郎の顔を拝まないとな。へなちょこならぶん殴って……あ、嫌、とにかく会ってみたいぜ。明日でも良いから連れて来い!」

 となってしまったのだ。かなめさんを二人に会わせるのは大歓迎なのに、何故か嫌な予感も渦巻いていた。

 もしもお姉様達が彼を気に入らなかったら……うう、考えたくも無い。

「まぁまぁ、蓮華ちゃんは元気いっぱいなのはいつも通りね。でも、かなめくんは良い子よ~?」

「むむ、母上がそう言うならそうかもしれんが、儂は自分の目で見た者しか信用できんのじゃ」

「う~、せいおばあちゃんのおとこみる~!」

 いつの間にか想樹さんがボクをおばちゃん呼びが肯定していたのでお姉さんだと抗議。だがそんな事は無駄だった様で、霞お姉様に感化されてかなめさんに会わせろと口を揃えていた。さすがは親子、息がぴったりだ。

「良いな十、明日おれらの目の前にお前の男を差し出せ! 品定めといくか、なぁ霞姉さん!」

「うむ。儂の眼力でそやつを見てくれようぞ。ふむ、明日が楽しみじゃ!」

「う~、たのしみだ!」

 騒がしい食後、ボクは急いで部屋に戻り携帯電話を取り出してボタンを操作し、かなめさんを呼び出す。

 しばらくして出たかなめさんだったが、どう説明したものか悩んでしまう。

『どうしたんだ姫ちゃん、何かあったのか?』

「えっとですね、実は……」

 お姉様達がかなめさんに会いたがっている事を伝えると、やはり驚いていた。

 でも、会いたいなら会わないと失礼と言って明日、来てくれる事になったのだ。

 明日、嫌な事が無ければ良いけど。



 

 意識が火を灯し始める時間帯、どうやら青天らしい。鳥の鳴き声が心地良く聴覚を撫でた。

 布団の中でまどろみからなんとか抜けだし瞼を開けた時、二つの影が映る。

「うむうむ、誠の寝顔は国宝級じゃな。でじたるかめらにいっぱい納める事が出来て満足じゃ」

「姉さん良いデジカメ持ってんな。でもカメラは昔ながらのが一番だぜ! へっへっへ、おれもいっぱい撮ったから満足だ!」

「……はぅ? お姉様達?」

 寝ぼけていると「むむ! 財宝級の寝ぼけ顔じゃ!」とか「やばいレアな顔だぜ!」などと良いながらカメラのフラッシュが。

「おはようございます。あの、何をしてるんですか?」

「うむ、実は小一時間足らず誠の愛くるしい寝顔を楽しませてもらっておったわ。可愛かったぞ」

「この写真はおれの宝にする、もう憎らしいほど可愛いんだからな十は!」

「……え? 寝顔です、か?」

 ようやく寝ぼけていた頭が仕事を開始し、今のお姉様達の行動、意味を提示した。

 つまり眠っている間に寝顔をじっと見られてカメラに納められた訳だ。恥ずかしさがまどろみから生還した瞬間、顔が真っ赤に噴火して焦がす。

「ひゃう! と、撮らないで下さい! 恥ずかしいです!」

「むむ、恥ずかしむ顔も埋蔵金的に素晴らしい! ういやつよの!」

「やっばい、その顔ならご飯三杯はいける!」

 止めようとしないので布団から起き上がり洗面所に逃走を開始。顔を洗い、歯を磨く。

「むむ、歯を磨く姿も……」

「い、いい加減にして下さい!」

 ようやく平和が訪れたが、どんな写真を撮られたのだろうか。

 去年学校であった盗撮事件を思い出してしまう。

 お姉様達って、一歩間違えれば犯罪者なのでは?

 部屋に戻ってから剣道着に着替えて道場に向かう。朝食前の鍛練だ。

 毎朝の日課で欠かした事は一度だって無い。そんなボクにお姉様達は後ろから付いて来た。

「ふむ、誠は何処まで腕を上げたか、儂が見てやろう。どうじゃ? 久し振りに儂と手合わせは?」

「はい、喜んで! お姉様、ご指導お願いします!」

「うむ、任せよ。蓮華もどうじゃ? 久し振りに」

「おれはパス。竹刀なんて何年も握って無いからさ。今なら軽く十に負ける」

 ボク達三姉妹は幼い頃から剣道をやってきた。柳刃家が剣道の家柄だった影響だ。霞お姉様はそれはそれは強かった。結婚してしばらくやってなかった様だが、それでも今のボクが勝てるかどうか。

 蓮華お姉様もやっていた当時は強かった、今は仕事一筋だから手のマメは無いだろう。

 道場へ到着し、久し振りに霞お姉様と汗を流した。その間蓮華お姉様は眠そうに隅で眺めるだけ。竹刀を振るう度に足の動きが悪いと指摘をされ、基礎からやり直した。

「ふむ、基礎は大切な物じゃ。これからも基礎を忘れずに励むがよい。そうすればもっと良い動きとなろう」

「はい、ありがとうございました! やっぱりお姉様はお強いです」

「久方振りに竹刀を握ったからの、だいぶ腕が落ちてしもうた。これをきっかけに儂もこれから汗を流すかのう」

 それは言い事だ。人間、体が怠けてしまっては不健康だから。

 と話をしていると蓮華お姉様が眠そうに話しかけて来た。

「ふぁ~、飯にしようぜ二人共。おれ腹減ったよ」

「そうじゃな。想樹も起こしてやらねば」

「じゃあ二人は先に行ってて下さい。ボクはお風呂で汗を流して来ます」

「なんとお風呂とな! それはいかん、またでじたるかめらの出番じゃ!」

「十のあらわもない姿……良いね、カメラマンとして腕がなるぜ!」

 まさかボクの恥ずかしい姿を撮る気なのでは?

 そう思ったら次の行動は早かった。二人からカメラを奪い取り、犯罪じみた行為の抑圧に成功したのだ。

「絶対ダメです! お風呂が終わるまでこれは没収です!」

「むむ! 儂とした事が油断したわ!」

「ちくしょう、良いじゃないかよ減るものでもないしよ~、十の意地悪」

 睨み付けると「ご飯にするかの!」「そうだね姉さん!」なんて言いながら去って行った。

 それから無事にお風呂は終了したが、今日はかなめさんが来る、何事も無いように願いたいが、果たして無事に一日が終わるかは疑問だった。




 数時間後、家中にチャイムが鳴り響き来客があったと知らせてくれた。

 真っ先に動いたのはボクだ。きっとかなめさんが来たに違いない。玄関を開けると案の定彼が現れたが顔が不安げだった。

「いらっしゃいです、かなめさん」

「あ、ああ、こんちには。えっと、お姉さん達が会いたいとかどうとか……正直不安なんだけどな」

「だ、大丈夫です、ボクがかなめさんを守ります!」

 そうは言ったが果たしてあの二人から守れるだろうか。

 かなめさんは素晴らしい人だ、きっと気に入ると思うけど、もし霞お姉様の機嫌を損ねたら……。

「かなめさんは足速いですか?」

「へ? えっと、普通かな」

「そうですか。……かなめさんは刃物を避けた経験はありますか?」

「は?」

 真剣で追い回されたらボクでも止められるか心配だ。

 とにかく客間に通さなくては。

 客間に通しお茶を出す。するとお母様が入って来てかなめさんと話をし始めるが、チラチラとお母様と視線が触れる。多分『二人を呼んでおいで』と言っているのだろう。嫌な予感は消えないが、呼びに行く事にする。

 二人は何故かボクの部屋いた。何をしているのやら。

「霞お姉様、蓮華お姉様、何をして……」

「くくくくっ、見よ蓮華、誠は可愛い下着を持っておるのう!」

「うへ、青と白の縞パンか。こりゃあ萌えるな~」

「な、何してるんですかぁ!」

 よもやボクのタンスを勝手に開けて下着をあさっているとは誰が想像出来ようか。

 素早く下着を奪い返し、タンスに荒々しく突っ込んで閉じる。真っ赤な顔で。

「へ、変態さんです! お姉様達は変態さんです!」

「だって十が可愛いのが悪いんだ!」

「うむ、そうじゃぞ。可愛い服が着られる様になったなら、可愛い下着を穿くのも当然の摂理……どんなものかを見たいと思うのは必然ではないか!」

 なんだろう、呆れて気が抜けて行く。どうしてこんな風になってしまったのか。

「はぁ。とにかくもう開けちゃダメです! 開けたらお姉様達を無視しちゃいます!」

「むむ! す、済まぬ、許せ!」

「わ、悪かったよ十」

「まったくもうです。……かなめさんが来ましたよ、今客間です」

「むむ、ついに来たのか。良し、行くぞ蓮華! 儂に続くのじゃ!」

「OK霞姉さん! 軟弱野郎だったら殴り……あ、嫌、とにかく見てやる!」

 発狂したみたいに二人が廊下を走る。それを追いかけて行くが足が速い。

 あっという間に客間に突撃(?)した。一歩遅れてボクも中へ。

「おほん、儂は長女の霞じゃ」

「おれは次女の蓮華だ」

「は、初めまして。後藤かなめと言います」

 ちょうど自己紹介を始めていたのだが、お姉様二人は睨む様に(本当は睨んでる)かなめさんを見つめる。

 それに萎縮して、かなめさんが困り果てていたのだ。

「むむ、蓮華、どう思う?」

「……可愛い……じゃなくて、お前、えっとかなめだっけ? 一つ訊きたい。お前は男か?」

「うう、はい、男です」

 悲しそうにそう答えるかなめさん。男か? なんて訊かれたら傷付いてしまう。後で謝っておこう。

「むむ、美しい顔じゃの。おほん、後藤殿、お主はどれほどの腕前なんじゃ?」

「え? 腕前……ですか? えっと、なんの事でしょうか?」

「むむ? それは剣に決まっておろう。誠が惚れ込む男なのだ、弱い訳が無いじゃろ? どうじゃ、どれほどなのじゃ?」

「えっと、その……剣道はやった事がありません」

 一瞬でこの場が寒くなった様に感じる。霞お姉様が目を丸くして固まっていた。

 ちなみにお母様はニコニコとこの場にそぐわない感じだった。

「な、なんと……じ、じゃあ一体何をしておる! 空手か? 柔道か? それともボクシングか?」

 霞お姉様は男は強く無くてはならないとの理念があるらしく、それをボクに当てはめて考えているのだ。

 きっとかなめさんが凄い達人で、ボクはそれに惚れたと思っていたのだろう。

「えっと、ですね、格闘技は……未経験です」

「な、なんと! ……な、なら一体何をやっておるのだ!」

 ギロリと厳しい視線がかなめさんを焼く。いけない、このまま行けば予想だと『この様な軟弱者に妹はやれん! 今直ぐ誠と別れよ! そして二度とこの敷地を跨ぐでは無い!』と言って真剣で追い回すのは目に見えている。どうしよう、かなめさんと別れたくない!

「さぁ潔く述べよ、お主は一体何をしておるのじゃ! 返答次第ではただじゃおかぬ!」

 更に厳しい視線がかなめさんの喉をがっしりと握り締めて行く。

 この状況でお母様はクスクス笑っているなんて。無神経な。

「ひぃ! え、えっと、俺はですね、が、学校で、その、せ、生徒会で会計をしてます!」

「むむ! 生徒会とな?」

 無言。怖いくらいに無言を貫いている。視線は強めたまま、黙ってかなめさんを見つめていた。

 沈黙が痛い。かなめさんは冷や汗を流し、震えていた。

 長い沈黙を霞お姉様はようやく破った。

「なんと生徒会とは。つまりは学校のトップな訳じゃな? ふむ、トップに立つとは生半可なものでは無い。その荒波にも負けず、堂々と生徒会を名乗った。……どうやら資格はあるらしい。軟弱者では無い事は分かったぞ」

 少しだけ認めてくれたらしい。良かった、一時はどうなるかと思った。

 だが油断は出来ない。何故ならまだ蓮華お姉様がいるからだ。

「ふ~ん、だがよ、まだ認めた訳じゃ無いんだぜ? 生徒会って言ってもよ、お前自身を知らないと十は任せられねーぜ?」

「蓮華お姉様、どうすれば認めてくれますか?」

「へっへっへ、十が欲しかったらおれと勝負しろ!」

「はぅ? 勝負ですか?」

「ああ、ジャンルはなんでも良いぜ? なんなら、後藤かなめだっけ? お前の得意なものでも良いぜ?」

 蓮華お姉様はスポーツ万能な方だ。あらゆるジャンルのスポーツをやり、すべて高成績。

 素晴らしい身体能力だ。ただ、霞お姉様が言うには「ただの体力馬鹿」らしい。

「面白そうじゃな、どれ儂もその決闘に混ぜさせて貰うぞ!」

「ええ! 霞お姉様もですか!」

「うむ、儂らを倒せば誠との交際を認めてやる! 負けたなら別れるのじゃ!」

 どうしよう、とんでもない事になって来た。かなめさんも顔が真っ青だった。

 ニヤリと笑い合う柳刃家の長女と次女、これは本気だ。本気でかなめさんを試すつもりだ。

「まぁまぁ、それじゃあ炎の三番勝負ね!」

「三番勝負ですか? お母様、それは一体……」

「うふふ、わたしも参加します。なんだか面白そうなものを二人だけ楽しむなんてお母さんつまらない~!」

 と、そんな訳で急遽お母様も参戦し、かなめさんに勝負を申し込んで来たのだった。

 三人の視線がかなめさんの口をパクパクさせる。

「と、とにかくかなめさん、頑張って下さい! お願いです!」

「……ど、努力してみる」

「へっへっへ、面白くなって来やがったぜ! さっそくどうするよ」

「そうじゃのう……まずはどのような事をするかはともかく、勝負には審判が必要じゃ! 公平に審判出来る奴はおらぬか?」

 審判? あ、そうだ、あの人に頼んでみよう。きっと公平な審判をしてくれるに違いない。

 こうして炎の三番勝負(お母様名称)が始まろうとしていた。どうなる事やら。




 時間は翌日に進む。昨日提案された炎の三番勝負、それを始めるには審判がいる。

 ボクはある方にそれを依頼した、するとそのある方はプールに行く事になっており、それに乗っかる形で柳刃家はプールに遊びに来ていた。

 ここのプールはなかなか面白い遊具が揃っている。グニャグニャに曲がったパイプ状のウォーター滑り台、遥か彼方を思わせる飛び込み台などいろいろとあり、飽きさせない。

 この町で夏に行きたい場所の上位に入るところらしい。

「むむ、水着など久方振りじゃのう。おお、誠の水着姿はやはり冴えるのう!」

 ボクの水着はちょっと恥ずかしいけどビキニタイプのもので、青と白の縞模様だ。下は紐で結ぶタイプ、結んだ後がリボンの様になり、可愛らしい。

 でも、こんな大胆な水着は始めてだから恥ずかしいけど。

「まぁまぁ、プールなんて何年ぶりかしら~」

 お母様の水着は真っ黒のビキニタイプだが、上から大きなTシャツを着ている為、それがワンピースみたいだ。

 ちなみに今日は泳ぐ気は無く、勝負を見守るらしい。

「う~、プール! ままうえ、おっきいよ!」

「うむ、想樹は水遊びが大好きじゃから嬉しいじゃろう」

「ちょうかんげき~!」

 霞お姉様と想樹さんは親子揃ってシンプルな真っ白のワンピースタイプの水着でおそろいだった。

 うん、姉妹しか見えない。親子なのに。

「そう言えば蓮華お姉様は何処ですか?」

「蓮華ちゃんならどんな遊具があるのか調べて来るって~。ねぇ誠ちゃん、かなめくんはまだなのかな~?」

 実は今日のかなめさんは一人では無く、まりあさんとめいさんを連れて来ていたのだ。

 本当は二人が勝手に付いて来たらしいけど。

 その二人が着替えて来るのを一人で待っている訳だ。

 ボクも一緒に待とうかと声を掛ける前に霞お姉様と蓮華お姉様に引っ張られて来て今に至る。

「あ! かなめさんです!」

「悪い遅れて。二人が凄く遅かったから遅れたよ」

「ふに~! かなめちゃんは分かって無いんだよ。女の子はね、いろいろと大変なの!」

 真っ赤なチャイナ服を短くした様な水着は上下で分かれていておへそが丸見え。

 そんな水着を纏ったまりあさんがかなめさんの腕に抱き付きながら現れた。むむ、羨ましいなかなめさんの腕。

「何よ、邪魔者みたいに言ってくれるわね兄さん。あたし傷付いちゃったよ」

「みたいじゃなくて、邪魔なんだよ」

「兄さん何か言った?」

「いえ、別に……」

 次に妹のめいさんだ。黄色で上下に分かれた水着で、下がショートパンツの様になっている奴だ。

 二人とも可愛らしい水着だ。

 かなめさんと視線が重なり、ボクの水着をまじまじと見つめて来た。

 そうだ、学校指定の水着しか見せたことがなかったんだ、ボクのこの水着姿を初めて見せるんだ。

「あ、その、かなめさん、ど、どうですか? 変じゃないですか?」

「……め、目茶苦茶似合ってるし……その、可愛い、凄く可愛い」

「はぅ、ありがとうございます。嬉しいです」

 良かった、かなめさんが気に入ってくれた様だ。

 でもやっぱり恥ずかしいな、かなめさんだから見られても平気だけど、他のお客さんの視線が気になる。

「ぶは! もじもじする十は可愛すぎだぜ!」

 と、大声を上げてプールの奥から走って来る影が一つ。

 それは蓮華お姉様だった。ブンブンと大きく手を振りながら近付いて来る。

「お姉様、恥ずかしいからやめて……って、な、なんですかその格好!」

 お姉様の水着姿に驚いてしまった。

 簡単に言おう、蓮華お姉様が着ている水着はなんとスクール水着だったのだ。

 マニアが泣いて喜ぶ旧式、あんな物を堂々と着て来るとは、とかなめさんが暑く語っていた、良く分からない話だな。

 胸の辺りには『れんげ』と名前まで書いてあっな。小学校の頃を思い出すな。

「どうだよこれ、炎の三番勝負、トップバッターはおれだからな、この姿を見たあいつは見とれておれの圧勝だぜ!」

「……兄さん、スク水が趣味だったの? やらしい」

「ふに~! しくじったぁ! お姉ちゃんがあれを着ればよかったんだ! そうしたらかなめちゃんがお姉ちゃんを抱き締めて~、プールの中でお姉ちゃんに悪戯して来て~、ダメだよかなめちゃん、そこはまりあの大切な……」

「妄想止め! 俺にあんな趣味は無い!」

 不意に思った。蓮華お姉様とまりあさんて思考が同じなのでは? と。

「まぁまぁ、みんな落ち着いて~。早速始めましょうよ。誠ちゃん、審判をしてくれる方は来ているの?」

「えっと、もう来ているはずですけど……あ! 来ました!」

 更衣室から出て来たその人は周りをキョロキョロとし、ボクらを見つけて走って来る。

 だけどプールで走ったら危ない。案の定途中でこけたのだが、何事もなかったかの様に起き上がってやって来た。

「誠よ、どちら様なのじゃこの女子(おなご)は?」

「紹介します、ボクが一年生の時に生徒会をまとめあげていた尊敬する元会長、宝条院聖羅さんです!」

「久し振りだな柳刃、それに後藤、相変わらず姉妹に悩まされている様だな」

 そう、元会長の宝条院聖羅さんに審判を頼んだのだ。

 彼女は面白そうだと言って二言返事で了承した。

 元会長さんの水着はブラックのビキニだった。胸元のリボンが可愛らしく、凛々しい姿と可愛らしい中身をした彼女に似合っている様な気がする。

 一歩遅れて後ろから高崎政史元副会長がやって来る。久し振りだな。

「やあ皆さん、こんちには。柳刃くんも後藤くんも元気そうで。特に後藤くんにはご愁傷……じゃなくて頑張って下さい」

「あははは……や、やれるだけなんとかしますよ」

「だ、ダメです! かなめさんは頑張るんです!」

 自信無さげだが大丈夫だろうか。ボクはかなめさんと離れ離れになんかなりたくない。

 だから頑張って貰うしかない。今のボクに出来るのは応援だけだ。

「さっそく始めよう。わたくしだって早く遊びたいからな。で、柳刃、どんな勝負を……」

「ちょっと待って下さい聖羅、約束忘れていませんか?」

「ん? 約束? なんの事だ政史」

 神妙な顔をして元会長さんは元副会長さんを見つめていた。

 覚えて無さそうな彼女に溜め息混じりで元会長さんが言う。

「昨日約束したじゃないですか、今日一日ずっと手を繋いで遊ぶと。忘れたとは言わせません」

「……あ、そう言えば。だ、だがな政史、今から審判をしなければならないのだわたくしは。それが終わってからでも……」

「それは困りましたね昨日のベッ……」

「うわああああああああああああああああ!」

 次の瞬間彼女の蹴りが彼の顔面にヒットし、まるで重力が無いかの様にプールに吹き飛んで行く。

 でも、何故笑顔なんだろうか、元副会長さんは。

 あ、落ちた。

「あ、あの馬鹿者め! 余計な事を……な、なんだお前達! そんな目でわたくしを見るんじゃない! そこ! ニヤニヤするな! そこもだぁ! あ、あ、あああああああああああああああ! 今見たのは忘れろぉーー!」

 元会長さんは真っ赤な顔になりながらいろんな言い訳を放つのだが、効果は薄い様だ。

 そんな時復活してきた元副会長さんは元会長さんと何やら話し込んで、手を繋いだ。

 どうやらあのまま審判をするみたいだ。

「政史、さっきの話忘れるなよ?」

「はい、明日は聖羅の好きな場所でデートです」

「よし、なら今日は勘弁してやる。……おほん、とにかく最初の勝負をしよう」

 取りあえず勝負にもつれ込んだ。さて、ここからが問題なのだ。蓮華お姉様は一体どのような勝負をしようと言うのか。

「へっへっへ、勝負はあれだ!」

 指差す方角にあったもの、それは飛び込み台だった。

 ここの飛び込み台は異常に高い。天井スレスレまでの高さがある。あれはさすがに怖い。

「どっちがより高い場所から飛べるか勝負だ! へっへっへ、どうだ後藤かなめ、びびったか?」

「……高いな。でもなんとか出来そうだ」

「何? 強がり言いやがって。早速勝負だ! 一番手はおれだあ!」

 飛び込み台は十段階になっている。一番てっぺんは人間がミニチュアの様に小さく見える。

 と言うか、あんなもの作って危なく無いのだろうか? ミニチュアみたいな蓮華お姉様が見えた。

「へっへっへ、一番てっぺんから飛び込めば勝利は確定なんだよ! ……って、ありゃ? 高過ぎないかこれ? プールが手の平サイズに見えるぞ……」

 さすがに高過ぎた。お姉様の顔がみるみる青く。

「ふ、ふんだ、この柳刃蓮華ちゃんを舐めるんじゃねーぜ? こんなもの、障害になると思うなよぉーー!」

「蓮華ーー! さっさと飛ばぬかーー!」

「ちっ、うるさいな。言われなくても飛んでやるぜ! でりゃああああ!」

 そしてお姉様は最上階より飛んだ。ほんの数秒でプールにドボン。水渋きが辺りに散る。

「ぶはぁ! はぁ、はぁ、高過ぎだろこれ……と、とにかく飛んだぜ! へっへっへ、どんなもんだい!」

「わわわ、お姉様が飛んでしまいました。か、かなめさん……」

「大丈夫だ。俺がなんとかする!」

 そう言って飛び込み台を上がって行く。迷い無く一番てっぺんを目指す。

 お姉様がてっぺんから飛んだのなら、同じ場所から飛ばないと負けは確定する。しかし飛べば引き分けに持ち込める。

「ほぅ、後藤も逞しくなったものだな」

「ふに~、かなめちゃんはいつでもどこでも素敵なの!」

「……頑張れ兄さん」

 問題の最上階に辿り着いたたかなめさんは飛ぶ準備に差し掛かった。

 小さくて顔の表情が分かりにくいが、どうやら飛べそうな雰囲気だ。

「かなめさーーん! ファイトでーーす!」

 次の瞬間、かなめさんは高く飛んだ。真っ逆様にプールに落ちて行く。

 めり込む様に水に飲まれ、水渋きを撒き散らかす。

 直ぐに上がって来て、髪をかき上げる姿に胸がときめいてしまう。

「ふに~! かなめちゃん素敵~!」

「……デシカメ持って来れば良かった。兄さんの今の姿、収めたかったな」

「はぅ、かなめさんカッコいいです」

 美しい。といったらかなめさんが怒りそうなので黙っていよう。

「へっへっへ、引き分けか。ま、健闘したんじゃないか?」

「ちょっと待て、わたくしが審判のはずだ。結果を勝手に決めるな。……今の勝負、勝者は後藤かなめだ」

「は? な、なんでだよ! おれと同じところから飛んだだろうが!」

「柳刃の姉さん、貴女はこう言ったな? より高い場所から飛べば勝ちだと……」

「そうだぜ? 同じ場所から飛んだのだから……あっ、まさか!」

 悟ったらしいけど、一体何が分かったのだろうか?

 難しい顔を作る蓮華お姉様に不敵な笑みを送った元会長さん。

「同じ場所だったが、飛び込んだ高さが勝敗になる。柳刃の姉さん、貴女が飛び込み台でジャンプした高さより、後藤のジャンプが高かった。勝負の内容はより高い場所を飛べたら勝ち。……わたくしのジャッジに狂いは無いぞ?」

「……ちっ、しくじったかぁ。まぁ仕方ねぇ、負けは負けだ、潔く勝利はお前に譲る」

「という訳で後藤が一回戦勝利だ!」

 やったやった! かなめさんが蓮華お姉様に勝った。

 良かった、これは貴重な一勝だ。

「やるじゃないか後藤かなめ、お前何かしてたのか?」

「中学の時は水泳部でしたから。ここは何回も飛んだ場所なんで」

「そうか。度胸無さそうであるじゃないか、少しだけ気に入ったぜ?」

 さすがかなめさんだ、やっぱり素敵だな。

「ふに~! かなめちゃんカッコいい~! お姉さんが勝利のご褒美にキッスしてあげるーー!」

「わあ! 馬鹿姉貴が! 飛び付くなぁ!」

「兄さんやらしい」

 呆気にとられるお姉様達。かなめさんのお姉様はいろんな意味で凄いからなあ。

 さて、二回戦は誰が戦う事になるのだろうか?

「まぁまぁ、じゃあ次はわたしですねぇ、お母さん頑張っちゃうから! かなめくん勝負よ~!」

「ええ、次は絹江さんですか!」

「か、かなめさん頑張って下さい!」

 第二開戦の開幕だ、対戦相手はお母様だがどんな勝負かは分からない。ここで勝てば二勝目になって、炎の三番勝負に勝つ事になる。

 霞お姉様と対決なんて絶対に嫌な予感しかしない。もしかしたら真剣で勝負、と言って来るかもしれない。ここはなんとしても勝ってもらわなければ。

「絹江さん、勝負の方法はなんですか?」

「えっとね~、ん~……」

 どうやら決めて無い様だ。かなめさんをじっと見つめてから何かを閃いた。

「二回戦はここのお客さんに“どっちが可愛いか”訊いて回りましょう! 数が多い方が勝ち~」

「……はい? 可愛いって、俺は男……ってまさか嫌な予感が」

「かなめくんは水着の女の子に女装してね~! わたし負けないから!」

「二回戦はそれだな。誰か後藤に女装を! 確かここは水着の貸出があったはずだ!」

 元会長さんの号令で、ボクとまりあさんとめいさんで仕立てる事にした。

 かなめさんの水着姿、見てみたい……。

「ま、待て! 話せば分かる! だからこんな馬鹿な真似は!」

「ふに~! ごめんねかなめちゃん、決してかなめちゃんのオットセイが見たいわけじゃ無いんだよ! あくまで純粋に勝負に勝ってもらおうって……ふに~、かなめちゃんのオットセイ……」

「兄さんにどんなのを着せようかな、元が良いから何着ても似合うはず。……んーーマニアックに攻めてみるかな?」

「おとなしくして下さいかなめさん! 勝負の為です! ああっ、暴れないで下さい!」

 三人で押さえ込んでいたがさすがは男の子、引き離されそうだった。

 そんなボク達を見兼ねた元会長さんがゆっくりとかなめさんに近付いて……。

「さっさと着替えて来い、男だろうが!」

「男だから着られるわけが……」

「てりゃあ!」

 後ろの首に手刀を叩き込むと白目で泡を吹いた。

 おとなしくなったけど、かなめさん無事ですか?

 それからはこちらのもの、無抵抗なかなめさんに群がる様にボクやまりあさんとめいさんの手が伸びる。

 あれ、なんかこれってエロっちいのでは? と思っていたがかなめさんの着替えは終了してしまった。まあ細かい事は良いか。

 それにしてもかなめさん可愛くなったな。

「ふに~、かなめちゃんのオットセイ凄かったよ~」

「ね、姉さん、リアルにやらしい」

「ふに~、だってかなめちゃんなんだもん!」

「……意味分かんない。それよりも兄さんを起こそう……と、その前にデジカメに写してっと!」

 心行くまでかなめさんの姿をデジカメに収めてから起こした。

 つぶらな瞳がゆっくりと現世に現れた。

「あれ、俺は一体?」

「かなめさん、可愛いです」

「かなめちゃん最高だよ~!」

「兄さんエロい!」

 おもむろに起き上がり辺りをキョロキョロ。視線を下げた時、自分がどんな格好になっているのかを理解し、固まる。

 かなめさんは今黒の長いストレートのかつらをかぶらされてメイクを施した。これだけでも可愛いが、水着と合わされば最強だった。

 めいさんがプロデュースした水着はなんとスクール水着(旧式)だったのだが、普通のと違うところがあった。それは純白のスク水をまとったかなめさん、胸はパットでちゃんと膨らんでいるから何処から見ても可愛い女の子だ!

 かなめさんは鏡を見るなにまた固まった。

「うぎゃああああああああああああああ!」

「これなら勝てますよかなめさん! 頑張って下さい!」

「ふに~、初めて女装したかなめちゃんを見た時は驚いたけど、今じゃ病み付きだよ~、可愛い~」

「良いね、前屈みになってもじもじする“姉さん”は最高!」

 前屈みでもじもじ、それがちょっと可愛らしい。おっと見とれていたらダメだ、今から勝負があるのだから。

 連れて行こうとするがかなめさんが更衣室から出たがらない。

 仕方ないので三人で無理矢理引っ張る。

「や、止めろ! 鬼! 悪魔! 鬼畜!」

「かなめさんこれは勝負なんですよ、頑張って下さい!」

「ちくしょう! 俺は男なのにぃ!」

 こうしてお母様達の前にかなめさんを差し出した。

 するとお母様もお姉様達と元会長さん達がまじまじと見つめて……。

「「「か、可愛い!」」」

 と一斉に叫ぶのだった。

「まぁまぁ、かなめくんなのこれが? お母さん負けちゃいそう」

「む、むむ、女子(おなご)じゃ、まごうことなき女子じゃ! むむ、不思議じゃ……」

「う~、せかいのはちふしぎ!」

「七不思議だろ? ……しっかしすげーな、十の男は……本当に男か?」

 かなめさんの表情が暗くなって行き、もう何かを考える事を止めたらしい。ぼーっとしているだけだった。

 とにかく勝負だ、ボクがかなめさんの手を掴み移動させて行く。

「よし、始めるか。……後藤、シャキッとしろ! これから勝負だろうが! せっかくわたくしが審判をしてやると言うのに」

「かなめさん、お願いです、立ち上がって下さい! かなめさん!」

「……あ、ああ、あああああああああああああああ! もう自棄だぁ! どっからでもかかって来い!」

 自棄になった。可哀相な気がしてきたが勝負のためだ、ボクは鬼となろう。

 こうしてお母様VSかなめさんの対決が始まる。

「そうだな、取りあえず適当に訊いて回ろう。後藤が可愛いか、それとも柳刃の母親か、面白そうだ」

「聖羅が入ったら聖羅の圧勝ですね」

「は、恥ずかしい事を言うな政史! お前は勝負が終わるまで黙ってろ!」

 そんな訳でプールに来ているお客さんに訊いて回る事に。

 かなめさんのキュートな姿にメロメロになる人もいればお母様のナイスなプロポーションにドキドキ。

 良い勝負だ。

「おほ! 白スク水! 萌えるでござる!」

「うはぁ~、こっちの人グラマーだなぁ~、たまんね~」

「……写真撮って良い?」

「どっちか決めろだと、そんな……難しいぞこんちくしょう」

「僕の方が美しい」

 等々の意見が飛び交う。なんとここまで全くの互角、一歩も引かない戦いだった。

「むむ、さすがは母上、やるのう」

「う~、ちょうままうえすげぇ~!」

「母さんすげぇな、孫いるのに……」

「はぅ、さすがですお母様、でもかなめさんも負けてません!」

 どうにかして勝たせたい。何か良い方法はないだろうか?

「優勢でもなければ劣勢でもない、か。これは危ないな、兄さん勝てるかどうか」

「ふに! めいちゃん、かなめちゃんが負けちゃうかもって事? どうするの?」

「姉さん、なんの為に白スク水にしたと思ってんの? あたしに秘策ありだよ!」

「ふに~?」

 突然めいさんがかなめさんにそーっと近付いて行く。何やら企んだ顔をして。

 と、次の瞬間プールにかなめさんを突き飛ばした。

 水飛沫が宙を舞う。

「ぶはぁ! な、何をするんだめい!」

「兄さんかつらかつら」

 さっと脱げたかつらを装着する。そしてプールから上がって来たかなめさんがとんでもない事になっていた。

 本人はまだ気がついていない様だ。

「ん? なんだ? みんなの視線を感じる……」

「ひゃう! か、かなめさん! 下! 下です!」

「……下?」

 彼は下を眺めた。そして固まった。

 なんと白スク水が水に濡れた事によってスケスケになっているのだ。上半身だけ。

 パットとかは上手く見えないようになっていて、何処からどう見ても水着が透けている女の子だった。

「な、なんじゃこりゃあああああああああ!」

「あたしが特別に用意した水着だよ。やったね兄さんこれで圧勝だよ!」

「ふに~、かなめちゃんが、かなめちゃんが……」

「襲っちゃダメだよ姉さん」

「うう、何とか我慢する」

 お母様やお姉様達まで固まってしまっていた。あまりの美しさとエロっちさに。

「ま、まぁまぁ! 蓮華ちゃん写真写真!」

「任せろ!」

「むむ! これはめっちゃ良いのう!」

「う~、じゅうはちきん~!」

 一時勝負が止まり、エロっちかなめさんの撮影会に変貌してにぎわっていたが、さすがに可哀相だったので止めに入り場を静める。

「とにかく勝負を再開して下さい! かなめさんを辱めないで下さい!」

「……兄さんを着替えさせる時一番目がキラキラしていた人のセリフとは思えない」

「ふに~、良いんだよそんなの。かなめちゃんのむふふな姿が見られれば~!」

 外野がうるさいがとにかく再戦だ。それから次々と訊いて回る。

「ぶは! ス、スケスケぇえええ!」

「お嫁さんになって下さい!」

「どうして前屈み? ほら下見せろよ、ほらほら……へぶ!」

「はぁはぁ、その水着売って下さい、洗わないでそのまま……へぶ!」

 大半が変な人だったがかなめさんばかりに票が入る。これは勝てる、そう思ったのだが。

「まぁまぁ、わたしも秘策出すわよ~!」

 そう言ってとんでもない事をお母様がし始めた。上の水着を勢い良く脱ぎ捨て、腕だけで胸を隠した姿になった。

 な、なんて卑怯な!

「むむ、これは……下手したら18禁じゃな」

「か、母さんが……おれなんか恥ずかしい」

「う~、やらしい!」

「あ! あたしのセリフ!」

 これはやばい。嫌らしい格好になった二人だったが、やはり本物の女性には勝てないのだろうか、票がお母様に傾いて行く。

 あっと言う間に同票、これはやばい。

「ちょうど同じ票になったな、よし、次の奴で最後としよう。そいつが選んだ方が勝者だ!」

 審判の言葉に燃えるお母様だったが、かなめさんは先ほどからハイテンションは変わらない。

 ああ、人が壊れるってこんな風なのか、なんて思っていた。

 かなめさんが移動の為歩き始めると躓いてしまう。

 だが、前にいた人が受け止めた。あれ? この人どこかで見た事ある様な……。

 そこにいたのは皆川会長さんの彼氏、佐波先輩だった。きっと皆川会長さんとプールに遊びに来ていたのだろう。

 ぎょっと驚くかなめさんだったがどうやら佐波先輩はかなめさんだとは気がついて無い様子だ。

「大丈夫? 怪我は無い……」

 顔を真っ赤にしている。そりゃそうだ、かなめさんの格好は物凄くエロっちいのだから。

 じーっと濡れた白スクール水着から目を外さなかった。

「なんて格好だ……マニアックな……」

「鼻の下、伸びてるわよしゅー」

 佐波先輩の後ろに怒りゲージMAXの皆川会長さんが立っていたのだった。

 物凄く怖い顔で佐波先輩を睨み付けて、今にも爆発しそうな爆弾に見えたのはボクだけだろうか?

「ちょっとしゅー、彼女は誰?」

「へ? 誰って転びそうになったのを助けただけ……」

「そんな嘘が通ると思う?」

 修羅場が生まれた。佐波先輩のピンチだ。勘違いをした皆川会長さんがズンズンと佐波先輩に近寄って行く。

「ま、まこちゃんこれは誤解だ、俺はまこちゃん一筋だって!」

「ふーん、だったらその伸び切った鼻の下は何? 確かにエッチな格好だもんね、私なんかよりも……ふんだ、しゅーなんか、しゅーなんか、大っ嫌い!」

 顔面に食い込む鉄拳、次はみぞに入る蹴り、まるで嵐の様に佐波先輩は食われた。

 ああ怖い、皆川会長さんの怒りの表情がボク達を震え上がらせる。

「ち、ちょっと待って下さい! 皆川会長、俺です、後藤ですよ!」

「…………え?」

 あまりの恐ろしい光景にかなめさんが声を掛けたのだが、まさか可愛らしくてエロっちい姿の女の子が男の声を出すとは夢にまでも思わなかったに違いない。

 案の定皆川会長さんが固まっていた。

「……ご、後藤くん?」

「はい、俺です……」

「えっと……女装に目覚めちゃった? って事はしゅーは女の私より後藤くんとの禁断の……ひゃあああ! もう嫌ああああ! 後藤くんにしゅーを取られたぁ!」

「もう泣いても良いか俺……」

 本当にかなめさんが泣きそうになってたのでボク達が理由を説明し、佐波先輩とかなめさんはそんな関係でないとなんとか誤解を解いた。

 説明するだけなのにどうしてこんなに疲れるのだろうか。

「なんだ、しゅーはたまたまだったんだね! あははは、私ったらおっちょこちょいだな!」

 笑う皆川会長さんの横にいる顔が痣だらけの佐波先輩がなんだか侘しく見えてしまった。

 と、とにかくかなめさんとお母様の勝負の為に、可哀相な佐波先輩にジャッジをしてもらおう。

「俺が決めるのか? この二人のどっちが良いのか」

「はい、かなめさんは男だと言う事は忘れて真剣に選んで下さい!」

「……良く分からんがやってみよう。さてと……むむむ」

 かなめさんとお母様を交互に品定め。さて、彼はどちらを選ぶのか。

「良し決めたぞ、圧倒的な差で決めた!」

「良し、ようやくジャッジが出来る。さて佐波、お前はどっちが良かったんだ?」

 さあ、元会長が言った様に、どちらが良かったのかを訊こうじゃないか。

 佐波先輩は二人を交互に見つめてから、指を差す。

 人差し指の先にいたのは……。

「勝者、柳刃の母さんだ!」

「まぁまぁ! わたしの勝ちですね!」

「そ、そんなです……さ、佐波先輩、どうしてお母様を選んだんですか!」

「……お、俺は、人妻が好きだから……」

 沈黙。たったそれだけで決めた?

「まぁまぁ、じゃあわたしといけない関係になります?」

「マジですか!」

「しゅー……」

「じ、冗談だよまこちゃん! だははははは!」

 一瞬本当に良いのかって顔してた。絶対にしていた。うん、お母様を彼に近付けてはダメだ、絶対。

 これで一勝一敗、等々霞お姉様との対決になってしまった。

 そのまま佐波先輩は耳を皆川会長さんに掴まれて何処かへ連れて行かれたまま帰って来なかった。

 死んでない事を祈ります。さて、一勝一敗な訳で霞お姉様との勝負だ。

 今までの戦いなんてお遊びだ。霞お姉様は剣道の達人、ボクよりも強い。そんなお姉様が一体どんな勝負を仕掛けて来るのか、予想が出来ない。

「むむ、遂に儂の番じゃな? どれ、楽しむとするかの」

「う~、がんばれままうえ!」

「うむ、見ておるが良い想樹、儂が勝利する姿をな!」

 ギロリとかなめさんを睨む霞お姉様。息を飲む彼は不安で一杯だろう。

 でもその前に。

「かなめさん、着替えたらどうですか?」

「へ? ……ぎゃあ! しまった、女装のままだった!」

 自分でも忘れるくらい自棄になっていたのか。

 あっという間に走り去り、やっぱりあっという間に戻って来た。

「あ~あ、もう少し兄さんのあの姿見ていたかったのに」

「ふに~、残念無念……」

「それで? 次はどんな勝負をするんだ?」

 審判の問い掛けにニヤリと笑い出すお姉様。

 嫌な予感が量産され辺りに生め尽くされて行くのを感じた。

「簡単じゃ、儂と剣で勝負じゃ!」

「ええ! か、霞お姉様! かなめさんは剣を握った事もない素人ですよ! そんな勝負卑怯です!」

「まあ待つのだ誠よ。そのような事は百も承知、だからハンデをやるのだ」

 ハンデか、それなら勝てる……とは思えない。例え腕一本しか使わないと言ったって勝てるか分からない。

 腕一本のお姉様だったらボクはなんとか互角に戦えるが、かなめさんが戦えるとは思えない。

「そのハンデってどんなのですか?」

「うむ。まず戦いのフィールドはプールの中じゃ。後藤かなめ殿は水泳が得意なのだろ? そして次は儂に一撃を与えられたら勝ち、かなめ殿は何回儂の攻撃を浮けても負けではない。気絶するか自分で参ったと申すまで戦いは終わらん」

 一撃を与える事が出来ればかなめさんの勝利となる。けど、難しい。お姉様に一撃を与えるなんて、霞お姉様は見切りが上手い。ボクよりもだ。

 あらゆる攻撃を見抜き、避け、反撃を。この異常なまでのディフェンスセンスが霞お姉様の強さの秘密だ。水中の中ではどうなのかは知らないけど、一撃を与えるなんて無茶に思えてしまう。

「誠、まだ話は終わっておらぬ。良いか、特別にもう一つのハンデを与える事にしておるのじゃ」

「もう一つのハンデですか?」

「うむ。そのハンデとは……誠、かなめ殿の助太刀を許す、儂を二人して倒してみよ。じゃが、誠がもし一撃を儂に与えても無効じゃ、かなめ殿が一撃を与えなくてはならぬ。そこを忘れるでは無いぞ?」

 ボクとかなめさんが霞お姉様に戦いを挑む。

 水中では水泳部だったかなめさんが優勢だ。そしてボクが加われば。なんとかなるかもしれない。

「分かりました、全身全霊を持って霞お姉様に挑戦します!」

「よう言った、それでこそ儂の妹ぞ。かなめ殿も良いな?」

「は、はい!」

 こうして水中でのバトルが始まろうとしていた。

 予備で使っている竹刀をかなめさんに渡す。ボクも竹刀を。

 霞お姉様は竹刀を使うみたいだ。もし木刀を使われたら一撃で気絶させられてしまう。

「かなめさん、頑張りましょう。……ボク、かなめさんとお別れなんて真っ平です」

「それは俺もだ。なんだか分からない内に勝負になって、……お、男としてのプライドが傷付けられたが、俺は姫ちゃんとずっといる事を望んでいる。だから俺に力を貸してくれ」

「はい! 喜んで!」

 大きな意思がメラメラとボクの中で燃え盛る。

 必ずかなめさんを勝たせてみせる、例え相手が霞お姉様だったとしても。

「それじゃあ準備といくかのう」

 プールへと向かい中へと入って行くのだが、霞お姉様は身長が低いため首から上しか水面に出ないのだ。

 こんな状態で戦えるのだろうか? だがあのお姉様だ、きっと難なく戦うのだろう。

 水中ならかなめさんが優勢だがボクの場合はどうだろうか。下半身はすべて漬かっているため動きにくい。

 しまった、ここではボクも不利だ。しかしもうすぐ勝負が始まるのだ、弱気な事は言えない。

 かなめさんは初めて握る竹刀に少し戸惑いを醸し出していたがなんとかしてみると表情に力が入った。

 頭だけしか見えない霞お姉様。しかし異様なオーラと言おうか、そんなものが渦巻いている様に錯覚する。

「よし三人共位置に着いたな。それでは第三開戦を始めるぞ? 準備は良いな?」

 審判の言葉に肯定を示す。

 元会長さんの掛け声とともに勝負が始まった。負ける訳にはいかない、これに勝って堂々とかなめさんをお姉様達に認めさせるんだ。

 その焦りからか一番先にボクが動く。無論霞お姉様を塞き止める為。

 ボクがお姉様の相手をしている内に一撃を与えて下さいと言っておいた、だから少しでも注意をこちらに向わせねば。

 水の抵抗に苦戦しながらどうにかお姉様に辿り着く。

「ふむ、やはり誠が真っ先に来たか。良かろう相手になるぞ」

「覚悟です!」

 頭上から竹刀を重力に任せて落とす。狂い無く捕らえていたのだがお姉様は水中に潜り姿を眩ます。

 落下する暫撃は水面にぶつかり飛沫を飛び散らせ埋もれて行く。まるで押し返される様な感覚、スピードが液体に食われそのままプールの底を小突く。

「ううっ、重いです」

 瞬時、水中から何かが飛び出て顔面に迫る。咄嗟に避けようとしたが足はすべて水中、思う様に動かない。

 仕方ないのでしゃがんでそれを回避、どうにか成功した。

 飛び出たものは竹刀だった。お姉様は水中からボクに狙いを定め突きを撃ったのだ。

 避けたがそれは追尾を始め、刀身が頭に牙を向く。その頃には水中に食われていた竹刀を引き抜き、それで防御を。

 すっと水面にお姉様の顔が生えた。

「良い一撃であったぞ。しかし水中ならそんな大降りは避けてくれと言っているものぞ。抵抗が少ない突きがふさわしいじゃろう」

「……確かにそうですね。でも、ボクの役割は終わりました」

「何?」

 水が爆ぜ、中から彼が現れた。今の間に潜水でお姉様の背後に回り込んだのだ。

「だああああああ!」

 水中から現れたかなめさんは真っ直ぐに竹刀を振り落とす。

 だが遅い、お姉様の片手がそれを掴み、止めた。

「むむ、やはり素人じゃな、遅過ぎる。一撃とはこうするのじゃ」

 ぐるんとかなめさんの竹刀を回し彼の手から奪い取り、そのまま鋭い一撃を頭に与えた。

「痛!」

「手加減の一振りじゃ、さて誠にもプレゼントじゃ!」

 閃光の如くボクは脇腹を叩かれた。その勢いでバランスを崩し、お姉様は見逃さなかった。

 ボクを塞き止めていた竹刀を離し、それを水中に突く。狙いはプールの底、そこにぶつかり反動とお姉様の脚力が空中へと運ぶ。

「飛んだ!」

 蓮華お姉様の叫び通り霞お姉様は空中に飛び出したのだ。

 そのままボクの後ろに着水。

 反応が遅れた、あまりにも鮮やかで予想外な行動だったため不本意だが見とれた。それが隙となる。後頭部に痛みが、お姉様の一撃が牙を向いた。そのまま水中にドボン。

「ぷはぁ! うう、痛いです……」

「くくくくっ、まだまだ詰めが甘いのう誠、慣れない場所で判断力が半減しおったな? 良いか、どんな場所でも冷静に……それが柳刃流の剣の極意よ!」

「ほぅ、柳刃の姉さんはひと味違う様だな」

「聖羅と戦ったらどうなりますか?」

「む……勝てるか分からんな」

 なんて遠い、お姉様の強さにまだボクは届かないなんて。

 勝ちたい、かなめさんとの事もだけどボク自身がお姉様に勝ちたいと闘志がメラメラと燃え上がる。

「う~、ままうえすげぇ~! がんばれ~!」

「うむ、応援かたじけないないぞ想樹、さて、続きを始めようか」

 奪い取った竹刀をかなめさんに投げて渡す。まだ始まったばかり、これからなんだ。

 両者一歩も引かない互角の戦い、とは無縁だっただろう。お姉様の狂い無き猛攻は幾度とかなめさんに刻まれ、ボクを軽くあしらう。

 慣れない水中、それはお互い様なのだが明らかにお姉様が優勢だ。経験の差と言うものだろうか?

 お姉様は昔山を駆け、川を越え、樹を貫く如く己を高めたと聞く。ボクなんか剣道の練習、鍛練だったがお姉様は修行だったのだ。

 レベルが違う。

「どうしたのじゃ、最初の元気はどうしたのだ? 来ぬのならこちらから行くぞ?」

「はぁはぁ……ま、まだまだです!」

「ぐっ……一撃なんて本当に打てるのかよ」

 自然とかなめさんの隣りにいた。このままでは勝てない。自分の未熟さが恨めしいが、それを埋める術は無い。

 このまま負けてしまうのだろうか。そして……かなめさんとお別れになってしまうのか。

「もう……駄目かも知れません。ボクが未熟だからかなめさんを勝たせてあげられない。……ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ」

「……え?」

「まだ勝負は終わって無いだろ? まだまだ体は動く、腕は疲れているけどなんとか上がる。俺が水中部だった頃こんな勝てない様な相手がいた、でも諦めなかった、そうしたらさ、同着になったんだよ。本当は高校になって見返してやろうと思ったけど、生徒会になっちまったからな。決着は今も付いてない。でも俺は生徒会に入った事を今は後悔して無い、姫ちゃんにも会えたし、仲間も一杯できたから。話が脱線したな、とにかく最後まであきらめるな。そうすれば活路は見えて来るさ!」

 ああ、やっぱり彼は素敵だ。真っ直ぐに自分が信じた信念を貫ける人。

 だからボクはかなめさんが好きだ、真っ直ぐな気持ちが心地良くて一緒に同じ道を走りたくなる。

 実力の差だって? そんなものどうにかしてやる、まだあらゆる手を打って無い。

 あきらめるのはまだ早い、早いのだ。かなめさんに教えられたな。

「誠ちゃん、霞ちゃん、かなめくん頑張って~!」

「母さんはどっちの味方だよ。ま、いっか。頑張りやがれ十!」

「う~、ままうえガッツだぜ~!」

 声援が聞こえて来る。

「ふに! こっちも応援頑張らなきゃ! かなめちゃんファイトだよーー! 勝ったらお姉ちゃんのあっつ~いキッスをあげるよう!」

「大声で何言ってるのよ姉さん。もう、仕方ないな、兄さん男見せてよね!」

 声は束になってボク達に降り掛かる。意欲を上げて戦意を高めて行く。

「後藤! 柳刃! あきらめるな!」

「聖羅、審判は公平にしなければならないのでは? まあ良いですけど。……ふぅ~!」

「ひにゃあああん! ま、政史! 耳に息を掛ける……ひにゃあああん!」

 最後のは聞かなかった事にして、とにかくかなめさんと周りの人達の声が体を熱くさせた。

 お姉様に勝つ、絶対に!

「話は終わったのか? 儂を倒す算段を巡らせておった様だが……果たして勝てるかのう」

「もうあきらめません! 勝利を信じてこの身が動かなくなる最後まで、ボクは竹刀を離さないです!」

「俺もあきらめない。姫ちゃんとの日常を勝ち取る!」

 しかし今までの手は無効化されてしまうだろう。ならもっと別の策を、意表を突ける策を!

 辺りを見回し、それが目に入った。もしかしたらあれは使えるかもしれない。

「かなめさん、ちょっと耳を拝借します!」

「……な、何! それは本気か姫ちゃん!」

「そうでもしないと一本は取れないです! ……お願いできますか、かなめさん?」

「……そうだよ、な。うん、なんとかしてみよう。良し、行くぞ姫ちゃん!」

「はい!」

 二人の意欲に満ちた眼が霞お姉様に向けられる。

 さあ、この一手で状況をひっくり返してやる!

 かなめさんは潜水を開始して水中へと潜る。ある策を行う為霞お姉様をボクが引きつけなければ。

 一度大きく息を吸い込み、深く吐いた。よし、行くぞ。

「むむ、真正面から来るか。良かろう相手になるぞ誠よ!」

「覚悟です!」

 鋭い突きを発動し狙う。大気を駆け抜けすべてを切り裂くかの如く進撃を止めない。

 それを緩やかに回避し、お姉様の攻撃が迫る。

 すかさず水中に屈み頭上に竹刀が見えた。お姉様が水中を盾とすりのならこちらだって盾となるのだ。

 そのまま竹刀を振り落とせば水の抵抗で威力、スピードは食われてしまう。持ち替え突きをしようと構えればボクに有利な時間をくれてやる事になるのだ。

「むむ、水中を利用し始めたか。さすがじゃな誠!」

 狙いを水中の体に絞り穿つ。突きなら確かに抵抗が少ないがやはりスピードは半減する。

 その隙にボクの攻撃の軌道上に竹刀を上から突き付け逸らされてしまう。

 息が続かずに水中から脱出し、直ぐに竹刀を構える。

 案の定容赦ない猛攻が水面にそって走り、飛沫を生む。どうにか竹刀で防御できたがやはり凄い、手が痺れた。

「剣術すべて実戦が教本と思え。我が柳刃家の家訓じゃ。経験は訓練よりも上達が早いと言う意味じゃ。今誠はそう言う状況じゃ、この戦いで成長しておる」

「そうなら嬉しいです。ボクは柳刃家を受け継ぎたいと思っています、そしていずれは道場の再興を果たしたいと思ってます! だからお姉様に勝ちたい、そうでなければ柳刃家を背負う資格が無くなりますから!」

「よう言うた! なら儂を超えて見よ誠!」

「柳刃流剣術、五月雨!」

「儂も……五月雨!」

 高速の連続攻撃、それが五月雨だ。柳刃家に代々伝わる剣技。

 まるで台風の中にいるような激しい打ち合い、やはり向こうが速い。

 段々と後ろに追いやられて行き、硬い感触が背中に。

 プールの端に追いやられてしまった。

「もう終わりだぞ誠よ。観念するがよい」

「まだあきらめません!」

 竹刀を水中に突き入れ底へぶつける。その反動で飛び上がりプールを脱出し、新たなプールへ。

「儂の真似か! じゃが逃げるだけでは勝てぬ!」

 やはり追いかけて来た、だがこのプールは……。

「むむ!」

 底は遥か彼方。足が全く届かないプールだ。

「この程度では儂に……」

「秘策は今からです! かなめさん!」

 小さな影が天涯に映る。段々と影は巨大化して行き加速を付けて行く。

 それはかなめさんだった。遥か上空……飛び込み台から飛んだのだ。

「な!」

「よそ見は命取りです!」

 この言葉で僕に注意を向けさせた。そしてそのままかなめさんは水中にダイブ。

 激しい振動を水が帯び、飛沫を爆発させた。

 全員水中へ飲まれてしまう。

「ぶはぁ!」

 水面から最初に顔を出したのはお姉様だった。噎せて苦しそうだったが、それが好機だ。

 お姉様の目の前に姿を晒し、頭上に竹刀を落とす。慌てたお姉様は竹刀でそれを受ける。

「ぬっ、ま、まだじゃ!」

「いえ、終わりです!」

 水中から竹刀が飛び出した。かなめさんのものだ。

 お姉様の後頭部を狙う。

 当たれ!

 願いはむなしく竹刀は空を突いた。お姉様に当たる寸前、紙一重でそれを避けたのだ。

 そのまま水中へ逃げ、遠くから大気へと上がる。そのままプールから這い出てボク達を見下ろす。

「あぅ、もう少しだったのにです。飛び込み台を使えば隙が出来ると思ったのにです」

「くそ、後少しだった。だが、まだだ、まだあきらめない!」

 次の手を考えなくては。えっと、えっと……。

「ふむ。……二人とも上がるがよい。もう続けても無意味じゃ」

「な! そ、そんなです! ボク達はまだ戦えます! かなめさんだって! 勝たないと、かなめさんと一緒にいられないです! ボクは、ボクは……かなめさんとずっとずっと一緒さんが良いです!」

 負けて無い、ボク達はまだ負けて無い。

「誠ちゃん……」

「十……お前そこまでこいつに惚れてんのかよ」

 僕を闇から引っ張り上げてくれた。負けるなと、自分に負けるなと言ってくれた。強い意思をかなめさんに教えられたんだ。

 本当に大切な人なんだ、かなめさんがいない世界なんてそんなの嫌だ。

「お願いします! もう一度チャンスを下さいです! ボクはボクは……かなめさんとずっと一緒にいたいんですよ!」

「……姫ちゃん」

「ふむ。よう分かった、誠が本当にかなめ殿を慕っておるのじゃな。そしてかなめ殿はあきらめない精神、そして勇気を持った方じゃ……儂は気に入ったぞかなめ殿を。誠を任せても良いとさえ思う……」

 それって……。

「お主達は何を勘違いしておるのだ」

「え? 勘違い……ですか?」

「そう勘違いじゃ。そうじゃろ審判?」

「ああ、柳刃、後藤、最後の突きでもう勝敗は決定しているんだぞ?」

 えっと、話が見えない。

「簡単な話だ、後藤の渾身の一撃は空を突いた……様に見えたがちゃんとヒットしていたんだぞ?」

「そうじゃ、儂の髪に触れた。髪も体の一部、紛れも無い一撃だった訳じゃ。のう? もう勝負の意味は無いじゃろ?」

 混乱していた頭が綺麗に整頓されて行き、一筋の道となる。

 ようやく理解が生まれかなめさんと顔を見合わせた。

「って事は……」

「ボク達の……」

「二人の勝利じゃ!」

「勝者、後藤柳刃のペア! 三番勝負で二勝を果たしたのでお前達の完全勝利だ!」

 一呼吸分間が空き、それから歓喜した。

「や、やったぁ! かなめさんやりましたよ!」

「ああ! やったな姫ちゃん!」

 二人で抱き合い勝利を噛み締め喜び合った。本当に嬉しい、これでずっとかなめさんと一緒だ。

 ずっとずっと……。

「まったく早とちりしおって。でも誠がかなめ殿をどれだけ思っているか、かなめ殿も誠をどれだけ大切にしてくれているか、よう分かった……だからのうかなめ殿、誠の事を頼むぞ? 泣かせたら切り刻んでくれる、良いな?」

「はい、泣かせる真似は絶対にしません」

「かなめさん……」

 泣かせないと言ったかなめさんの表情は今までで一番かっこよく見えた。

 女みたいな顔と言われるけどかなめさんはかっこいい、誰が何と言おうと……。

「十を頼むぞこの野郎……おれの可愛い妹なんだぜ? 傷付けたら……叩き潰す!」

「蓮華、かなめ殿はそんな男では無いぞ。目を見れば分かる」

「う~、ままうえのいうとおりだすかぽんたん!」

「想樹、すかぽんたんは悪口じゃ。もう言ってはダメじゃぞ?」

「う~、わかった! ままうえのいうとおりにする~!」

 一時はどうなる事かと思ったが慌ただしい炎の三番勝負は幕を閉じ、それからは時間いっぱいプールを楽しんだ。

 大切な人と一緒にいられる、そんな幸せを噛み締めながらかなめさんの横顔を見つめる。

 うん、幸せだ。

 悲しい過去は今、輝かしい未来で塗りつぶされて行く。

 でも過去を忘れる事は出来ない。しかし悲しみは反省を生み、こんな悲しみを繰り返すなと訴えるのだ。

 これから歩く世界の先に経験をどう生かすか、それが課題だろう。

 でも大丈夫、かなめさんと一緒ならどんな世界だって乗り越えて行ける。

 二人なら……。

「時に誠よ、かなめ殿の女装は怪物級にかわゆかったのう」

「そうだぜ、あれはやばかった。……なぁ十、もう一回見たいんだが良いかな?」

「う~、ぜっさんのあらし~!」

 かなめさんの女装……。

「ふに~! まりあも見たい!」

「右に同じ! と言うわけで兄さん!」

「ほぅ、後藤のあれか……良いじゃないか、なぁ政史?」

「はい。個人的に見せてもらったあの聖羅のやらしい姿には劣り……」

「うわああああああ!」

 ジリジリとにじり寄る皆様方、当然その中にはボクもいるのだった。

「……マジで言ってんのかあんたら?」

「大マジで言ってるんです! さぁかなめさん、覚悟です!」

「ま、待て、待って……うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」

 楽しい日常が過ぎて行く。相も変わらずの騒がしい日々が輝かしくて嬉しい。

 ボクはかなめさんが好きだ、大好きだ。

 そう思える相手がいて本当に……幸せだ。

 永遠って言葉を信じて笑顔を振りまいた……。




 END 

 この度は生徒会執行部の剣姫を読んでいただきありがとうございます。

 これは私の初めてのラブコメとなっております、数年前に別サイトで公開していたものに台詞修正などを加えた世に言うディレクターズカット版的なものです。

 微妙に他サイトで公開しているものと台詞が違ったりしていますがほぼ内容は同じです。

 昔の作品を見ると恥ずかしい部分もありますが今の自分より優れているものを確認できて改めてプラスとなったと思います。

 ここまでお付き合い下さいましたことを心より感謝致しまして締めとしたいと思います。

 もう一度読んでいただきありがとうございました。

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