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最終話 生徒会執行部の剣姫

 

 天外は何処までも遠く、果てしない。そんな空の彼方を見つめていると、吸い込まれそうになってしまう。

 実際は錯覚なのだけど。

 窓を開けて飛び込んで来る空が綺麗で見入ってしまった。

 はは、俺は乙女か。

 入院生活が終わってもう二か月。季節は冬、寒さが日を増すごとに厳しくなって大変だ。

 傷は大体治っているが時々少し痛みがするが大した事じゃ無い。

 普通に生活出来るし、運動も適度にできる。

 今朝は早く目が覚めてしまった。今日は日曜日、姫ちゃんと会う事になっているのだが、姫ちゃんが妙な事を言っていたな。

『かなめさん、明日ちょっとびっくりさせてみせます。覚悟しちゃって下さいね!』

 びっくりさせるってなんなのだろう? 気になるが行けば分かるんだ。焦る必要は無い。

 さてと、顔を洗いに行くか。そう思い窓を閉めた時だ、入口のドアが勝手に開く。

 そこから出て来たのは我が姉、後藤まりあだった。

 コソコソと入って来て怪しい。

「ふふっ、かなめちゃ~ん、まりあが一緒に添い寝してあげるからね~? そして~、優しく起こすの。そうしたらかなめちゃんがまりあに感動して、まりあを押し倒して~……ふにぃ~い! かなめちゃんだめだよそこは、そこはまりあの大切な……いやんえっちぃ~!」

「あ~、姉貴、妄想を口走らない様に。気持ち悪いぞ?」

「ふに~! か、かか、かなめちゃん!? お、起きてたの~? ふに、残念」

 何が残念なんだか。ま、姉貴の考えはお見通しだが。

 また布団に潜り込む気だったな? もしかして今まであんな妄想を口走ってたんじゃ無いだろうな?

「ふに! やだ、かなめちゃんの熱いまなざし~。これはきっとまりあの魅力に気が付いてメロメロに」

「アホか」

「ふに~、かなめちゃんとのラブラブな朝がパァだよ~。でも、今からすれば良いんだ!」

「うっ、なんだよ姉貴、手を気持ち悪くワキワキ動かしてさ。ち、近寄るな!」

「かなめちゃん! アイラブユー!」

 大ジャンプする我が姉。まっすぐ俺に落下し、部屋中に爆音が響く。

 淫らな笑顔で俺の上に馬乗りして、嫌な予感が。

「何するんだよ!」

「ふふ、ふふふっ。か、な、め、ちゃん! まりあが気持ち良くしてあげる~!」

 目を瞑り、ゆっくりと姉貴の顔が俺の顔に近付いて来る。

 やばい、これはやばい。いつもよりがっちりと束縛されて抜け出せない。

「わ、兄さんやらしい。等々姉さんにすべてを捧げるんだね」

 いつの間にか妹のめいが横に。こいつ本当に気がつかないうちに来るからな。忍者かよ。

 毎度お馴染みのパターンだが、めいに助けを求めよう。はぁ、自分が情けない。

 助けを求めようとしたのだが、その前に姉貴が先手を打つ。

 めいの方を向き、話しかけ始める。

「めいちゃん、一緒にかなめちゃんを弄ばない? 今ならかなめちゃんは動けないし~、好き放題出来るんだよ~?」

「好き……放題……」

「そうだよ~、そうなんだよ~? さ、一緒にかなめちゃんを楽しもう」

 あ、あれ? ちょっと待ってくれよ、なんでめいはじーっと俺を見つめているんだ?

 まさか、姉貴の言葉を真に受けた?

「えっと、めいさん? まさかとは思うが姉貴の言葉を真に受けた訳じゃ……」

「兄さんを好き放題って、なんだか良い響き。ごめんね兄さん。今日は姉さんに味方しちゃおっかな。姉さん、まずは何をするの?」

「ふふっ、えっとね~、まずは上着を脱がせてからね……」

 これは本当にピンチだ。まさかめいが姉貴の味方になるなんて。

 誰か助けてくれ!

「何してるのよあんた達」

 と言って現れたのは母さんだった。呆れ顔でこっちを見ている。無論、下着姿で。

「ふに~、お母さん、まりあはかなめちゃんを好き放題にしたいの! だから……一緒にしない?」

「かなを好き放題……」

 えっと、どうして母さんは俺をじーっと見ている?

 もう嫌だ、俺が何をしたと言うんだ。

「かなを好き放題にしちゃおうかな。よし、それじゃ……」

「三人とも、馬鹿な事をして無いでご飯を食べなさい」

 救世主が現れた。父さんが仁王立ちしながら睨んでる。

「ふに、お父さん……あのね、まりあはね」

「ご飯を食べなさい。冷めてしまうだろ?」

 いつもは優しい父さんが怒ると本当に怖い。母さんだって頭が上がらない。

 こうして我が家の女達から解放された。あのままだったらどうなっていた事やら。

 いつもの日常を過ごせるのが本当に嬉しくて有り難い。

 頭を殴られ、意識不明に陥ってしまった時は家族に心配をかけてしまった。生きてまた大切な人達に会えた事は感謝をしなければ。もう二度と無茶はしない。でも、誰かが困っていたなら助けたい。

 秋津光一は警察に捕まった。なんでも麻薬を使用していたらしく、正常な状態では無かったらしい。あいつがどうなるのかは分からないが、俺みたいな被害者がもう出ない事は喜ばしい。

 さてと、朝食も終えたし、もう家を出るかな。

 姫ちゃんと会う約束の時間までまだだいぶあるのだが、その前に話がしたいと言って来た奴がいる。

 そいつに会うために早めに出た。きっと大事な話と思うから会わない訳にはいかなかったんだ。

「それじゃ行って来るから」

「かなめちゃん、早く帰って来てね~! 早く帰って来たら、ご褒美にお姉ちゃんの熱いキッスを……」

 いつも通りの姉貴だ、まったく懲りないよな。弟べったりな姉貴がこれからどうなるか心配だ。

「兄さん、行ってらっしゃい。帰ってこなくても良いけど」

「なんだよそれ。そうだめい、もうお兄ちゃんって呼んでくれないのか?」

「な! なな、な! い、言う分けないでしょ馬鹿ぁーー!」

 真っ赤になって怒ってるよ。病院でお兄ちゃんなんて久し振りに呼ばれたから懐かしくて、ちょっと嬉しかったんだがな。

 おっと、もう出ないとな。

「とにかく行って来るから。晩飯はいらないぞ」

「ふに~、柳刃ちゃんと食べるんだ~。良いな~。なるべく早く帰って来てね、お姉ちゃんかなめちゃんのベッドで待ってるから」

「そんなところで待たなくていい!」

 と言っても本当に待ってそうな気がする。

「早く行っちゃえ馬鹿兄さん! ……お土産よろしく、あたし寿司とか寿司とか寿司とかがいい」

「そんなもん買ってくるか!」

 ま、何かお菓子くらいは買って来てやるか。

「「行ってらっしゃい」」

「ああ、行って来る」

 姉妹に見送られ家を後にした。

 向かうのは近所の公園だ。それにしてもあいつが俺に話があるなんて一体どんな話なのだろう。

 まぁ多分あの事件の事だとは思うんだが。

 公園に到着するとあいつが待っていた。ツンツンの金髪に片耳にピアス。霧島零がそこにいた。俺に気がついたらしくこっちに歩いて来る。

 霧島とはあの事件以来話した事はない。姉貴やめいが言うには、俺の手術中に家族に泣いて謝ったと言う話だ。

 俺が勝手に助けに入ったんだが、霧島は謝った。

「よ、よお、かなめ。傷は大丈夫か?」

「ああ、もうそんなに痛くない。……それで話って?」

 そう言うと無言でベンチを親指で指す。座って話そうと言う訳か。

 互いがベンチに座ると少しの間沈黙が流れてしまう。

 今まで喧嘩相手と言うか、犬猿の仲だったんだ。緊張するのも無理ない。

「……謝ろうと思ってな」

「謝る? 俺が入院中に謝ったじゃないか。それに俺が勝手に割って入ったんだ、もう気にしなくて良いぞ?」

「いや、そっちの話じゃない。オレが謝りたいのは……今までお前を忌み嫌っていた事をだ」

 小学生の頃、俺達は良く遊んだ仲だった。なのにどうして中学ではいがみ合っていたのだろう。いつも不思議に思っていた、霧島に嫌な事をしたのかとずっと考えていたんだ。

 考えても、考えても分からなくて、そのまま時が無情に流れてしまう。

 霧島は謝ると言った、何があったのだろうか。

「俺は何かしたかな? ずっと考えていたんだ。どうしてこうも仲が悪くなったのか。理由が分からなくてずっと悩んでいたんだ」

「お前は何も悪くない。悪いのは……オレなんだよ」

 悪いのは霧島だって? どう言う事だ?

 分からないまま、一呼吸置いて、霧島は訳を語り始めた。

「小学生の頃は仲良かったよな。いつもお前は喧嘩の仲裁して、相手が殴りかかって来たら喧嘩が強いオレが止めていた。そんな関係をオレは気に入っていたんだ、お前といると本当は楽しかったからな……なんで中学からお前を忌み嫌っていたのか、それはな、お前覚えているか? 小学校の卒業式が終った後の事」

「確か……ああ、同じクラスの奴が中学生数人に絡まれていたあれか?」

「ああ。お前はたった一人で助けに入ってボコボコにやられたけど、教師達が来て助かったんだよな」

 懐かしいな。小学校を卒業式してその帰り道だ。父さんと母さんが卒業式に来てくれて三人で帰っている時、二人は急用が出来たらしくすぐに帰って行った。

 一人の帰り道、偶然見掛けてしまったんだ。同じクラスの奴が中学生に絡まれているところを。

 迷わず助けに入った。だけど相手は中学生で複数、結果は見えていた。すぐ近くに多分中学の教師達がいて止めてくれたから怪我は酷くならなくて済んだが。

 この事件が霧島とどう関係があるんだろうか?

「オレはさ、初めから物陰に隠れて見ていたんだ。数人の中学生に絡まれている同じクラスの奴をただ黙って見ていた。本当は助けに入るべきだったんだが……オレは怖かった。いくら喧嘩が強いと言っても相手は中学生数人、勝てるはず無くてずっと見ているしかなかった」

 グッと拳を握り締め、続きを話す。

「お前が助けに入ったのを見てオレは愕然とするしかなかったんだ。喧嘩が弱いのに、相手は年上で複数の相手にたった一人で立ち向かうお前が凄くて……オレは自分が情けなくなったんだ……だから、情けなくなって、腹立たしくて……八つ当たりしたんだお前に。自分勝手な理由だと思う。本当はすぐに仲直りを考えたけど、こんなつまらない理由でお前に八つ当たりしたと言い出せなくてずっとこのまま高校生になっちまった。馬鹿だろオレは? そのせいでお前は傷ついた。オレのせいなんだよ何もかも」

「そっか、そう言う事だったのか。……霧島、俺ずっと考えていた、お前を傷つけたのかなってずっと。もう昔の事を振り替えるのはやめよう。これからを大事にしていく事の方が大切だと俺は思うんだ。だからもう一度……お前と友達になりたい。これはずっと思って来た俺の気持ちだ」

「……後藤、すまない。……ありがとう」

 苦い過去を味わったところで苦いだけ。なら、今を味わうなら苦味も無くなってるかもしれない。

 過去に捕らわれず、今を進もう。そう思えた瞬間だった。

「朝早くから済まなかったな。どうしても話しておきたかったんだ」

「また家に遊びに来いよ、昔みたいに。家族の誰もお前を恨んで無いから、もちろん俺も」

「……気が向いたらな。それじゃオレはこれで。……本当にありがとうな、後藤。許してくれて」

 何か目に見えない重りが取れたみたいに清々しい顔だ。

 それは俺もだ。長年の謎が解けて安堵を感じている。

 あいつともう一度友達として、これからを。

「さてと、姫ちゃんとの約束の場所に向かうか」

 公園を出て目的地を目指す。場所は姫ちゃんの家だ。

 通学路を過ぎた先に姫ちゃんの家がある、だから学校に行っているみたいな感じだ。

 学校が見えて来ると、知人に出くわした。

「あれ? 後藤くんじゃない? どうしたのこんなところで?」

 目の前にいたのは皆川先輩だった、休みの日に何をしているんだろう。

「これから姫ちゃんと会うんですよ。先輩は……あ、そうか、もう先輩じゃ無いですよね? “皆川会長”」

 そう、新たな会長が皆川先輩に決まっていたんだ。

 これは前会長の差し金では無い。前会長が面白半分でやってみろと、選挙に出たところ圧倒的な差で会長に就任。

 皆川先輩は怒ると怖い。だが、怒った後は優しいお母さんの様に接する。怒られ、励まされた不良が何人もいて、その影響か会長になってしまったのだ。

 前会長もこんな結果になるとは思いも寄らなかったらしい。

「あはは、会長って言われるとちょっと恥ずかしいんだけどな。まさか私が会長になるなんて」

「自信持って下さいよね。俺も引き続き会計なんですから……ところで休みの日にどうして学校に?」

「実は、前会長が会長としての心構えを教えてやる! なんて燃え上がっちゃって」

「うえ、嫌な予感しかしないですねそれ」

 噂話をしていたら丁度良く前会長が校舎から出て来ていた。

 後ろには前副会長もいる。新しい副会長は選挙で決まった人だ。書記もそう。

 新たな生徒会でこれからどうなるのか期待と不安を感じる。

 でも、期待の方が大きいかもしれない、前会長の生徒会はむちゃくちゃだったが、楽しかった。

「ん? 後藤も来ていたのか。どうした、わたくしが会長では無くなって寂しくて会いに来たのか? 隠さなくても良いぞ?」

「違いますよ、今から姫ちゃんの家に行くところなんですよ」

「そうか、この皆川以来のバカップルめ! 惚気やがって」

 まったく、会長で無くなっても俺の知っている会長は会長のままだな。

 やられっぱなしでは腑甲斐無いので、ちょっと反撃だ。

「宝条院先輩、高崎先輩とはうまく行ってるんですか?」

「後藤くん良く訊いてくれました。聖羅は恥ずかしがって逃げてばかりなんですよ。わたしがこんなにも好きだとアピールしているのに」

「ま、政史! 何を言っているんだお前は! わ、わわ、わたくしがお前から逃げる分けないだろうが!」

「そうですか? なら、わたしと今ここでキスしましょう。すぐしましょう、良いですね?」

 と言って前会長に近付いて行く前副会長。なんかこのやり取りも見慣れたな。

 顔を噴火したマグマの様にして思い切り後退る前会長が可愛い。

「うう、ば、馬鹿者! 公衆の面前でそんな恥ずかしい事が出来る分けないだろうが! 後でしてやるから今は……」

 前副会長はニヤリと笑う。しまったと失言した前会長が青ざめていた。

「確かに聞きました。後で二人きりで熱いキスを……良いですね聖羅、嫌だと言わせません」

「ぐっ、ぐうううっ……」

 いや、面白いものが見れて満足だ。

「な、何をニヤついているんだ後藤! 貴様人間サンドバックの刑に決定だ! こっちに来い! 今すぐ!」

「後藤くん、逃げた方がいいかもよ?」

「そうします」

 皆川会長に言われ逃げる事に。くるりと後ろを向き、全力疾走。後ろから前会長の叫び声が聞こえる。と言うか、月曜には鉢合わせする確率が高い。

 逃げない方が良かったかもしれないがもう遅い。

 うう、このままずっと休みなら良いのにと本気で思ってしまう。そんな事を考えながら気が付くと姫ちゃんの家が見えてきた。

 何度見ても立派な家だな。明治から続く剣道の家柄だ、凄いのは当たり前か。巨大で立派な門を潜り、玄関へとやって来てチャイムのボタンを押す。すると中から絹江さんが出迎えてくれた。

「まぁ~、かなめくん! いらっしゃい、良く来てくれましたね~」

「こんにちは。お久し振りです絹江さん」

 この二か月いろいろと立て込んでいて忙しい日々を送っていたのだ。学校の行事、新たな生徒会を決める選挙活動やマラソン大会などで本当に忙しかった。

 休みの日も学校でいろいろと生徒会関係の仕事をしていたものだから姫ちゃんとデートも出来なく、絹江さんとも会うのは一か月ぶりくらいだ。

 久し振りに見る絹江さんはいつも通りで病気一つしてない様だ。

「姫ちゃんは?」

「ふふっ、誠ちゃんは自分の部屋ですよ。さっきからずっとかなめくんを待ってるんですから~。さ、上がって下さい」

「はい、お邪魔します」

 長い廊下を進み、直接姫ちゃんの部屋へ案内された。

「誠ちゃん、かなめくんですよ。開けていいかしら?」

「ひゃう! ち、ちょっと待ったです! 着替え中です!」

「そう。じゃあ私は部屋に戻っていますからかなめくんはちょっと待ってて下さいね?」

 絹江さんはそう言うと奥に消えて行く。

 しばらく暇な時間が出来てしまったのでここから見える庭を眺める事にする。本当に綺麗な庭だ。何処かの高級料亭を思わせる風景。植木や石の位置が絶妙なバランスで保たれ、美しい景色を形作っていた。

「本当綺麗な庭だよな」

「そうですか? ボクは見慣れているから分からないんですけど……でも、この景色が好きです。見慣れた景色だけど、何か温かなものを感じてしまいます」

 襖ごしに姫ちゃんの少しフィルターがかかった様な声が聞こえて来た。見慣れた景色って言うのは何故か見ると落ち着くんだよな。

 自分の知る世界があると言うのは幸せな事だろう。

 見知らない景色はなんだか別の世界みたいに見えて、少し不安が生まれる。そのためか、知る世界を見ると自分の世界に帰って来たみたいで……気分が良い。

「お待たせしました! 着替え終わったです」

 風景に飲まれていたら姫ちゃんの声で現実へと帰って来れた。

 さてと、今日は何処へ行こうかなと思考を巡らせていたのだが、姫ちゃんが一向に部屋から出て来ない。

「姫ちゃん? どうかしたのか?」

「……えっと、その、かなめさんのおかげでボクはお父様と向き合えました。それと同時に……女の子の服も着られる様に成りました。この二か月忙しくて、まだ制服以外で女の子らしい服、見せて無かったですよね?だから見て欲しいんです。かなめさんに女の子としてのボクを……」

「姫ちゃん……うん、見たい、姫ちゃんの女の子の姿が見たい」

 ゆっくりと襖が動く。ドクン、ドクンと胸の鼓動音がしている。この向こうに女の子としての姫ちゃんがいるんだ。そう思うだけで胸が騒ぐ。

 襖が開き終わり、姫ちゃんが姿を現す。

 一瞬で彼女に見入ってしまう。想像させるのは何処までも果てしなく続く青空。頬を紅葉させて見慣れたポニーテールがいつもと違って見える錯覚に捕らわれる。

 水色のワンピースに身を通した、女の子が目の前に。

 制服以外の女の子としての格好に、ハンマーで殴られたかの様な衝撃が心に生まれた。

 ショックでは無い。彼女の姿があまりにも綺麗で、可愛くて、美しくて。いわゆる惚れ直した。そう思う自分が恥ずかしく思うが、本当に水色のワンピースがとても似合っていた。

「あ、あの、どうですか? 変じゃないですか?」

「へ、変な分けない! す、凄く似合っているし……可愛い」

「本当ですか? 本当なら嬉しいです。……本当に嬉しい」

 私服でこんなに可愛い格好を見られて、なんだか緊張してしまう。

 初めて出会った頃の緊張に酷似しているような感じだ。

「変だって言われたらどうしようかと思ってました。……あの、本当の本当に似合っていますか?」

「疑り深いな。元が良いんだから何着たって似合うよ」

「あぅ……かなめさん、今凄く恥ずかしい事言いました。聞いているこっちも恥ずかしいです」

 やってしまった。失言だったろうか? 嫌、本当の事じゃないか。などと開き直り。彼女と視線が混ざり合う。うう、恥ずかしさで耳まで真っ赤に。

「と、とにかくイコウカ~、今日はドコニイク?」

「かなめさん、どうして片言なんですか?」

「は、ははは。……でも良かったよ。これからいっぱいおしゃれが出来るな」

 そうだ、今日のデートは買い物にしよう。彼女に似合う服がきっとたくさんあるはず。

 今まで出来なかったおしゃれをさせてあげたい。

「今日は買い物に行かないか? 姫ちゃんの服を見にさ」

「……はい、行きます!」

 太陽の様に温かくて、嬉しさあふれる笑顔が咲いた。

 本当に嬉しそうな笑顔は尊くて、神々しいものに思えた。

「それではお母様、行って来ます!」

「はい、行ってらっしゃい~! 帰りは翌朝~?」

「な! 絹江さん!」

 なんて事を言うんだ。姫ちゃんを見ると、どうも今の意味が分かっていない様子。絹江さんに問いを出す。

「お母様、夜には帰りますよ?」

「ふふ、あのね……」

 耳打ち。すると姫ちゃんの顔が真っ赤に燃え上がる。

 俺を見つめてから更に真っ赤に。

「お、お母様はハレンチです! エロっちいのは二十歳からです! そうですよねかなめさん!」

「へ! え、えっと……」

 二人のやり取りを微笑ましく絹江さんが見ていた。

 とにかく外へと出る。姫ちゃんが何回も質問してくるがはぐらかす事しか出来ない。こんなやり取りを楽しいと感じている自分がいた。

 二人で商店街などを歩き回りながら服屋を探す。女の子の服がどこに売っているのか、二人とも知らなかったので彷徨うはめに。

 その甲斐あっておしゃれな服屋を見つける。

「うわぁ、可愛い服がいっぱいです……う~ん、かなめさん、一緒に見てくれますか?」

「ああ、もちろん」

 いろんな服を試着して、姫ちゃんのファッションショーが始まる。

 何を着ても似合う。恥ずかしそうにしながら、でも嬉しそうに着て見せる姿が微笑ましくて、ようやく普通の女の子になったと実感する。

「これ似合いますか?!」

「うん、可愛いよ」

 また笑顔を振りまく。この笑顔をずっと見ていたいと心から思う。

 あっと言う間に時間が過ぎた。姫ちゃんに似合う服を買ってプレゼント。

 服が入った袋を大事そうに両腕で抱き締める様に胸に納めている。笑顔で。

「かなめさん、ありがとうございます。今度のデート、これを着て来ます」

 上機嫌な姫ちゃん。そうだ、姫ちゃんの状況を教えておこう。

 実は姫ちゃんは生徒会を辞めた。現在は剣道部に入り川上春菜さんと一緒に汗を流している。

 どうして辞めて剣道部に入ったのか、それは彼女の夢のため。

 夢、それは柳刃家の道場を復興させる事。道場は父親が亡くなってから門下生が居なくなり、廃れていた。

 子供とか通っている人がいるのだが、父親がいた時は何十人もの門下生であふれ、活気に満ちていたと言う話だ。姫ちゃんは剣道部に入り、いつかは全国、世界と剣道の強さを見せつけ、道場を復興させる。

 これが彼女の夢。

「剣道部はどう?」

「毎日頑張っていますよ。春菜さんを練習相手にして汗を流してます。……あの、かなめさん、もし生徒会で何か困った事があったらボクを呼んで下さい。今は剣道部になりましたけど、ボクはずっと生徒会執行部のエージェントです! ずっとそうでありたい」

 今は生徒会にいなくても、心は生徒会のメンバーなんだ。

 姫ちゃんは何があろうと、生徒会執行部の剣姫だ。

 変わらない。これからだって。

「かなめさん、お父様の手紙には名前を変えても良いと書いてありました。でも、ボクは誠十郎を捨てる気はありません。昔は嫌で嫌だった名前だけど、今では誇らしいと思っています。柳刃家の未来を込めた名前だから……ボクはずっと誠十郎であり続けます。それに、かなめさんが姫と呼んでくれるから、それだけで良いんです!」

 過去と自分自信に挑み、克服した彼女の笑顔は宝石、それ以上の輝きを見せてくれている。

 この笑顔を近くで見られる幸せをかみ締めていた。

「姫ちゃん、今幸せ?」

「えへへ、はい。かなめさんといる今がとても貴重で、大切です。だから、幸せなのは当たり前です! かなめさんはどうですか?」

「俺も幸せだ。姫ちゃんと同じだよ」

 未来永劫、この幸せが続く事を願う。大切な人との、何気ない日々を。

 いつまでも。

「まだ遊ぼうぜ。何処に行くのかは決めてないけど、探しながら歩こう。さ、行こうか」

 彼女に手を差し延べる。

「はい! お供します!」

 二人の手が重なる。

 行こう、姫ちゃん。

 世界は常に流れている。自分達の意思とは関係なく。

 その流れの中に、こんなに楽しくて、幸せな二人がいるんだ。

 俺は彼女に出会えた事を感謝する。彼女といる今を大切にする。

 笑い合う二人は寄り添いながら道を進んで行った。

 無論、笑顔で……。


 

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