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第二十一話 あなたが眠る世界で

 

 こんなにも寂しくて、悲しい思いは始めてかもしれない。

 かなめさんが手術を終えて数日、容体は安定しているらしいのだが、未だ目覚めていない。

「……かなめさん」

 教室の窓から空を眺めて小声で彼の名を呼ぶ。

 午後の授業中、ボクは勉強に身が入らなかった。

 手術に立ち会ってからずっとかなめさんに会えていない。本当は今すぐにでも授業を抜け出して彼の元へ行きたいのに面会の許可がまだ病院側から降りない。

 なんでこんな事になってしまったんだろう。ボクを励まし、助けてくれた彼が何故こんな目に合わなければならないのか。

 そんな事ばかりが頭を駆け抜けている。

 そこでようやく気が付く、いつの間にか授業が終わっていた事に。

「せい、授業終わったよ?」

 いつまでも窓を眺めているボクに声を掛けたのは大切な友達、坂本鈴ちゃんだった。心配そうに見つめていた。

「え? ……ああ、終わったんですか。教えてくれてありがとうございます」

「うん……せい、大丈夫? 顔色悪いし、あんまり寝て無いんじゃない?」

「だ、大丈夫ですよ、ボクは元気です!」

 無理矢理笑ってみたのだけれど、無理している事は見抜かれていた。心配させない様に笑ったのだけど、逆効果だったかもしれない。

 そう、眠れない夜が続いていた。大切な人が危ない状態で、ボクが何を呑気に眠れるのか。

 なんてネガティブな事ばかり考えている。

「せい、何かあたしに出来る事があったらなんでも言ってよ。あたし達親友でしょ? 苦しんでいるせいは見たくないよ……」

「ありがとうです鈴ちゃん。その気持ちだけで嬉しいです」

 こんな時に友達の優しい言葉が嬉しい。

 弱気になっちゃダメだ。

 あふれ出る弱さを押さえ込み、ホームルームを過ごし放課後。今から生徒会が始まる、かなめさんがいない生徒会が。

 机の中にある教科書を鞄に入れ、席を立つのと同じタイミングで教室のドアが勢い良く開く。入って来たのは見慣れた金色の長い髪。生徒会会長、宝条院聖羅だった。

「会長さん! どうしたんですかボクのクラスに来るなんて珍しいです」

「柳刃、今後藤の妹から電話をもらってな、後藤の面会が出来る様になったらしい。お前はすぐに行け。わたくしは生徒会の仕事を終わらせてから行く。……後藤に会って来い」

「会長さん……あ、ありがとうです!」

 すぐ教室を飛び出す。ようやくかなめさんに会える、会えるんだ。もう、頭の中は彼でいっぱいだ。彼の事しか考えられない。

 病院まで休まずに走り続けた。早く、もっと早く走れ。かなめさんのところへ出来るだけ早く。

 病院が見えて来た。中へ入り受付でかなめさんの面会に来た事を伝え、病室へ。

 眠れない夜が続き、その状態で走り続けたからもう息が続かない。病室を目指す途中、廊下の壁に片手で寄り掛かり息を整える。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……かなめさん……ん……」

 良し、もう大丈夫。さぁ行こう。かなめさんの病室へ。

 廊下を進みかなめさんの病室へ辿り着く。

 ノックをして中へ。そこはまりあさんとめいさんがいた。

「あ、柳刃さん」

「こんにちはです……」

「柳刃ちゃん、かなめちゃん、まだ眠ったままなんだよ」

 まりあさんにそう言われベッドに眠る彼を視界に納めた、頭は包帯で巻かれ、至る所にガーゼで傷を塞がれていた。

 腕には点滴をされ、ベッドの横にある機械の画面には何やら波線のグラフが。これは確か心電図だったかな?

「かなめさん……」

 めいさんとまりあさんはかなめさんを挟む様に座り、片手づつ彼の手を握り締めていた。

 まだ目覚めていないなんて。

 もしかしたらかなめさんが起きていて、ボクに笑いかけくれる、そう言う期待をしていた。

 まりあさんがイスを用意してくれて、彼のすぐ隣りに座る。

「……かなめさん、まだ眠っているんですね。ボク、お父様と向き合う事が出来たんですよ?女の子の服だって着れる様になったんです。……全部、全部かなめさんのおかげなんです。かなめさんに感謝と謝罪をしたいんです……酷い事を言ってごめんなさい。ボクを助けてくれてありがとうって、言いたいんです」

 どうしてこんな事に。かなめさんは何も悪い事して無いじゃないか。

 かなめさんをこんな目に合わせた奴が……許せない。

 それから一時間後、病室に会長さんがやって来た。息を荒くしているところを見ると、急いで来てくれた事が分かる。

「遅くなった。……後藤の様子はどうなんだ?」

「まだ、目覚めないんです」

 力無く、そう言うしかない。

 会長さんはかなめさんの顔を見つめている、悲しそうに。

 そんな時だ、めいさんが会長さんに話しかけた。

「聖羅会長、秋津光一って人を知ってますか? そいつ、兄さんをこんな目に合わせた奴です。あたし、許せないよ、許せない……」

「めいちゃん……」

「秋津光一……秋津……ああ、奴か。秋津光一はうちの学校では有名な不良だ。暴力的な奴だと聞いている。たしか二年で、学校は休みがち。……そうか、そいつが後藤をこんな目に」

 ギリリと奥歯を噛み締める会長さんの顔が怖い。

「確か犯人はまだ捕まっていないんだったな。なら、わたくしが捕まえてやる、必ずだ」

「ボ、ボクも手伝います! かなめさんをこんな風にした奴が許せません!」

「柳刃、お前は来るな」

 え? どうして? だって、かなめさんに酷い事をした奴なのに。そいつを捕まえたいのに、どうしてそんな事を。

「柳刃、お前は後藤の側にいなきゃダメだ。もし目を覚まして目の前にお前が居なきゃ後藤が悲しむし、それに……今からやる事は危険だ。お前に怪我をさせてしまっては後藤に怒られる。捕まえたい気持ちは分かるが、側に居てやれ、良いな? 危険な事は会長のわたくしがやるから」

 そう言われたら何も出来ない。会長さんがかなめさんの事を本当に心配してくれてるのが伝わるから。

 でも、会長さんだけじゃ危険だ。

「ん? どうしたんだ心配そうな顔をして。大丈夫だ、わたくし一人でやるわけでは無い。政史にも手伝わせるからな、大丈夫、心配いらない。だから待っていろ柳刃、それに後藤の姉さんに後藤めい。わたくしが必ず奴を捕まえてやる」

「ふに、無茶したらだめだよ。かなめちゃんの為にあなたが傷ついたら、それこそかなめちゃんが悲しむからね」

「分かってる、大丈夫だ。わたくしは会長だ、生徒会のメンバーを悲しませはしない」

 そう言いながらかなめさんをちらりと見て、会長さんは部屋を後にした。

 やっぱり会長さんは偉大だ。生徒会メンバー、一人一人を大切にしてくれてる。

 かなめさんを信じて待つのは大切だ。でも、会長さんが大変な事をしようとしている時にただ待つだけなんて。

 そんな不安を胸に、ボクは再びかなめさんの顔を見つめる。




 

 

 ベッドで眠る後藤をただ見るだけで何も出来ないわたくしにイライラする。

 わたくし、宝条院聖羅は自分の無力に腹が立つ。

 秋津光一、こいつをわたくしは決して許しはしない。

 大切な生徒会のメンバーを傷つけた。わたくしの手で奴を捕まえないと気が済まない。

 でもまさか、なんの因果で後藤は兄と同じ病院に来るなんて。

 兄はこの病院に入院している。

 後藤の病室を後にしてから兄がいる病室に足を向けていた。

 病室に着き、扉を開けた。

「お兄ちゃん、また来たよ」

 兄の前でしかしない口調で話しかけた。でも、兄も眠ったままだ。返事は返してくれない。

「お兄ちゃん、わたくし無力なんだ。生徒会のメンバーが意識不明で同じ病院で眠ってるんだよ……」

 わたくしに出来るのは犯人を捕まえる事だけだ。

 わたくし達は防衛生徒会だったはず、なのに後藤があんな目に。

 こんな事態が起こる前に処理するのが防衛生徒会なのに。

「無駄な事をして来たのかな? 大切な仲間が傷ついてしまった。もしかしたら事前に防げたかもしれないのに……お兄ちゃん、もし起きていたならわたくしになんて言ってくれるのかな? お兄ちゃん……」

 優しい兄の笑顔を思い出す。甘えるな、甘えるんじゃない。

 わたくしがしっかりしないでどうするんだ。

「……ごめんなさい、弱気になってた。もう行くね? 大切な生徒会の仲間の為に奴を捕まえる」

 兄の手をギュッと握り締めてから立ち上がった。こうしたら、兄が力をくれる様な気がするから。

 さぁ、弱気になるのはこれまでだ宝条院聖羅! 今からわたくしは秋津光一を捕まえに行くのだから。

 力強く大地を踏み締めながら病室から外へ。

 そのまま学校へ戻り、生徒会室へ。中に入るとみんなが待っていてくれた。

 後藤の事が気になるのだろう。本当はみんなで行きたかったが、大勢で押しかけては迷惑だからわたくしが代表で行った訳だ。戻ったわたくしに最初に話しかけたのは皆川だった。

「あ、会長! 後藤くんどうでしたか?」

「まだ目覚めていない。……だが、後藤をあんな目に合わせた奴が分かった。名前を秋津光一、この学校の二年だ」

「秋津光一? あれ? 私なんか聞いた事ある様な気がする……そうだ、確か凄い不良だとかどうとか……」

 皆川は二年だったな、知っていてもおかしくない。

 皆川と話している時、政史が話しかけて来る。

「会長、まさかとは思いますが、捕まえようとしてませんか?」

「さすが政史だな、わたくしの考えはお見通しか」

「反対です。相手は凶悪ですよ、会長が……聖羅が危険な目にあったらどうするんです!?」

「心配してくれているのか政史?」

「当たり前です!」

 素直に嬉しかった。こんなにも真剣に言ってくれるのはこいつだけだ。一番信頼している。

 でも、こんな事恥ずかしくて本人には言えないが。

「だったらお前がわたくしを守れ! わたくしの後ろを任せる」

「……いつもながら聖羅は勝手すぎます。どうせ何を言っても聞きはしないでしょう。だから私が守ります。聖羅は私が守ります」

「ああ、頼むぞ」

 頼もしい。こいつがいると何故か力が沸いて来る。

 お前が居てくれるなら、わたくしは怖く無い。

「あの~、私を置いてけぼりにしたまま話さないで下さいよ~。寂しい。私だって手伝います! 後藤くんは私の後輩だからね」

「……皆川、お前分かっているのか? 相手は凶悪なんだぞ? 必ず喧嘩沙汰になりかねないんだぞ?」

「そんなの分かってますよ。私はか弱女の子ですからしゅーとか、スミスちゃんに頼んで手伝ってもらうから大丈夫! ……それに、私の周りにいる人に不幸にだけはなって欲しくない」

 真剣なまなざしでわたくしを見つめて来る皆川、直感なんだが、こいつ昔何かあったんじゃないのか? いつもの皆川じゃ無いみたいに真剣な顔だ。

「……後悔しないな?」

「はい! それじゃ私しゅーやスミスちゃんを呼んで来ますから」

 そう言って部屋を飛び出した。過去に何があったかは知らんが、不幸になって欲しくない、そう叫んでいる様に見えた。

 しばらくして佐波とスミスがやって来る。ま、人数が多い方が良いか。

「聖羅、どうやって探し出しますか?」

「そんなのは簡単だ。相手は凶悪でもまだ高校生だ。遠くに逃げる金は無いだろう。あったとしても高が知れている。つまり、わたくしの勘だが奴はまだこの町にいると思う。そしてな、奴の悪仲間を頼る可能性だってあるんだ……ま、この学校で奴とつるんでいる生徒を当たろう。きっと無駄では無いはずだ。政史、頼むぞ」

「分かりました。なら、しばらくお待ち下さい」

 政史に秋津光一とつるんでいた生徒を探させに行かせた。

 あいつは調べ物が得意だ、何かしら情報を持って来るだろう。

 数分後、政史が帰還する。さて、良い結果を期待するぞ。

「分かったか政史?」

「秋津は二年一組だったのでそこを調べたら数人ほど仲間を見つけました。そいつらは今屋上です」

「良し、でかした! 行くぞお前達!」

 そうして全員で屋上へ。

 案の定秋津の悪仲間達が屋上にたむろっていた。見るからに目付きが悪く、一目で不良だと証明している様だ。

 不良達はわたくし達に気が付き、ギロリと睨んで威嚇。

「お前達、秋津光一の仲間だな? この際回りくどい話は抜きにするぞ? 秋津光一は今何処にいる?」

「……はっ、いきなり現れたと思ったらそんな事を訊きに来たのかよ。さぁなぁ~、おれらはしらないぜ?」

「嘘だな、お前達は秋津と仲が良かったんだ、何かしら知っているだろう? 隠すと為にならないぞ?」

 そう言ってやるとわたくしから目を逸らし、なんの事だととぼけ出す。何も知らなかったらわたくしの視線を逸らす事はしないだろう。

 逸らすと言う事は何か隠し事がある証拠だ。

「うぜぇ、殺すぞこら」

「やれるものならばやってみろ。ま、返り討ちにあってピーピー泣いてママのところに飛んで帰るのがお前の未来だ」

「なんだとテメェ!」

 奴等が全員で殴りかかって来た。良し、やってやる。

 乱闘勃発、不良共のへなちょこパンチなど当たるはずも無く、それらを避け殴り付けて行く。

 政史や佐波も加勢しこちらが圧倒的に優勢。そのトドメとでも言うか、留学生で馬鹿力のスミスが不良一人を軽々持ち上げ、不良の束に投げ付けた。

「ば、馬鹿野郎! 手加減しろよ!」

「うるさいな佐波。そんなのオレの勝手だ」

 佐波とスミスが何やら揉めているがどうでも良かった。

 さて、秋津光一の居場所を訊き出すとするか。

「これで分かっただろう。実力が違うんだよ。さ、秋津光一は何処にいる?」

「くっ、だ、誰が教えるか!」

「ほぅ、教えるかと言う事は居場所を知っているなお前」

 しまったと顔を歪めるがもう遅い。わたくし流のやり方で聞き出してやる。

 指をゴキゴキと鳴らし軽く睨んでやると「ヒィィ!」と悲鳴を上げる。

「選ばせてやる。腕と足、どっちが良い?」

「え?」

「だから、腕と足、“いらないのはどっちだ?”」

 それを言った瞬間にまた手をゴキっと鳴らし、睨み付けてやる。ま、小物ならこれで根を上げる。

「わ、分かったから、言うから勘弁してくれ!」

「良し、良い子だ。命拾いしたな。さ、教えてもらおうか?」

 震えながら秋津の居場所をばらして行く小物。話によれば秋津は商店街から少し行ったところにある廃墟のビルがある。もう何年前か倒産した会社でいろいろと商売をするには場所が悪いらしい。そのせいで未だ廃墟のままだ。

 そこに隠れて居ると言う。秋津の仲間が良く集まるところでもあるらしい。

「良し、居場所は分かった。行くぞお前達、後藤の敵討ちだ」

「会長、秋津を殺しては駄目ですよ?」

「そんな事分かっているぞ政史。秋津を捕まえて警察に突き出す。……ま、多少わたくしの鉄拳制裁を食らわせるが」

 空が紅から闇に塗りつぶされ始める頃、廃墟のビルを目指しふと見上げ深海の様な天を見つめた。わたくしが始めた防衛生徒会、そのメンバー達は一人一人個性的で見ていて飽きの来ない連中だ。

 そこに後藤かなめが居たんだ。あいつはわたくしが言う事にいちいち突っ込みを入れて来る。それが楽しかったと言ったらあいつは信じるだろうか?

 わたくしが無茶を言っているのは重々承知の事。

 それに突っ込み、わたくしがお仕置と称していたずらを。この関係が楽しくて好きだった。それは後藤だけでは無く、他の奴等との絡みも好きだ。

 生徒会のみんなが大好きだ。笑い合い、ふざけ合い、共に時間を共有した。

 いつまでも続いて行くと思っていた、あの日まで。

 後藤を酷い目に合わせた秋津が許せない。他の誰かが同じ様になってもこの感情は生まれるだろう。わたくしは、未だ眠り続ける兄を待っている。謝りたいから。わがままを言ってごめんなさいと言いたくて。

 どうしてだろう、きっと誰かが不幸に合うと頭に眠ったままの兄が浮かぶ。

 ああ、こんなの嫌だ。同じ様にならないで欲しい。みんな笑っていて欲しい。

 ただそれだけがわたくしの望みだから。

「会長、ここです」

「……ここか」

 廃墟のビルが目の前に立つ。ここを見ていると、不気味な雰囲気を感じてしまう。

 夜がビル全体に塗られ割れた窓ガラスが怪しい様に見せ、悪魔の巣、そんな事を思わせる廃墟だ。

「何があるかは分からん。良いか、わたくしから離れるなよみんな」

 そう言い中へと進んで行く。内部は外より更に薄暗く不気味。

 外は街頭や車のライトなどで多少は明るかったが、廃墟のでは光が減少してしまう。

 だが、そんな暗闇の奥にぽつりと光があった。こんな廃墟だ、人がいるのはおかしい。だからその光が人がいる証拠を物語っているのだ。つまり、秋津が居ると言う事実。

「お! 奥に明かりが見えるぞ!」

「スミス静かにしろ、相手にばれるだろうが」

「なんだと佐波、オレに口答えする気か?」

「ち、ちょっと、スミスちゃんもしゅーも喧嘩しないの!」

 こんな緊張感漂う場所で良くあんな風になれるなこいつらは。

「緊張感が足りないぞ馬鹿者共め」

 さて、いよいよ突入するぞ。後藤をあんな目に合わせ、周りの人達を悲しませた。

 秋津光一、今から捕まえてやるから覚悟しろ。

 そう覚悟し、光が漏れる部屋へ突入する。中には数人の男がいた、多分十人くらいだろうか。

 その真ん中いたリーダーらしき男が。

「貴様が秋津光一だな?」

「……なんだお前は?」

「わたくしは生徒会会長、宝条院聖羅だ! 秋津光一! お前はやってはいけない事をした! わたくしの仲間を……貴様だけは決して許さない!」

「はっ、あははは! 何かと思って聞いていればそんな事で怒ってるのか。高がそれくらいで怒るのかよ。あの女……じゃないな、あの男は馬鹿だよ、霧島をかばうからあんな目に合うんだ。はは、馬鹿な奴、自分を犠牲にしてまで他人を助けるなんて馬鹿げているよ、あははは! いい気味だ!」

 プツリと、わたくしの堪忍袋が切れる。

「黙れ! 貴様に後藤を非難する権利は無い! 貴様に後藤を馬鹿にされてたまるか! あいつは他人の為に動く人間だ! それがどれほどすごいのかお前には分からないだろう! 今の時代に他人の為に動く人間が少なくなって来た。それは自分しか考えて無いからな……そんな悲しい時代にあいつは自分の信念を貫いていた、どんな状況でもだ。貴様には何か信念はあるのか? 後藤の様に信じた道をひたすらに行く信念が! わたくしは後藤を尊敬している。あんな男、探したって滅多にいない。

 後藤を生徒会にいる事を誇りに思う。秋津光一、貴様は男としても、人間としても後藤には敵わない。貴様は逃げて隠れるだけの臆病者、後藤は霧島を守った勇敢な男だ! だから、貴様に後藤を馬鹿にする資格は無い! 断じて! もしまだ馬鹿にするならわたくしが貴様を黙らせる、宝条院聖羅の名に賭けて!」

「今何て言った? 僕が臆病者だと?」

「そうだ。その証拠に今この場所で震えながら隠れているじゃないか、それを臆病者と言わずなんと言うのだ?」

「こ、このアマ~、僕を馬鹿にする奴は許さない! おい!」

 秋津の号令で周りの男達が鉄パイプを握り締めて近付いて来る。

 そう、決戦の始まりだ。

「皆川は下がっていろ。政史、佐波、スミス、行くぞ」

「は、はい。みんな頑張って!」

「聖羅、無茶は駄目ですよ」

「ああ、分かっている」

 鉄パイプにひるむ事無く突撃した。振り下ろされるがその前に顔面を殴り付けてやる。次々と迫りくる攻撃を紙一重で躱し攻撃。

 みんなも頑張っている。政史は旨く避けながら足をかけ相手を転ばす。転んだ相手を持って来ていた辞書で殴る。なかなかえぐい。

 佐波は運動能力が高い様で、一瞬で相手の懐に入り込み顎にアッパーを。

「おりゃあ! 弱いぞ、次!」

「きゃああ! しゅーカッコいい~!」

 皆川は安全な場所でみんなを応援。あいつは喧嘩出来る様な奴では無いからな、応援(自分の彼氏だけ)を頑張っていた。

 スミスは相手を一発で次々とノックアウト、さすがだ。

 それぞれが秋津の仲間を倒し、あっと言う間に秋津一人に。

「さぁ、もうお前だけだぞ」

「くそ、いい気になりやがって……はは、ははは! まだ終わって無いぜ?」

 そう言うと廊下からまた仲間が入って来た。数は15人以上か。隠れていたみたいだ、しかし一体何人仲間がいるんだ。

 秋津は仲間達と合流し、ニヤニヤと嫌な笑いを表情に表している。

「良い事考えたよ~、霧島をかばったあいつ……えっと後藤だっけ? 今からとどめをさしに行ってやるよ。はは、そうしたらお前らが大好きな後藤がいなくなって悲しいよな~? くくく、あははは!」

「な、なんだと!?」

 秋津が一人廊下へと出て高笑いをしながら走りさって行く。

 すぐに追いかけようとしたが秋津の仲間が立ちはだかる。

「どけ! 邪魔だ!」

 なんて事だ、後藤が危ない!



 


 

 病室の窓から見える景色はもうすっかりと真っ黒になっていた。空に輝く星と月が綺麗なのに、ボクはその美しい景色を堪能する余裕がない。

 ベッドに眠るかなめさんの手を握り、早く目覚めて欲しいと思いながら、会長達を心配していた。

 秋津光一を捕まえるのだと言っていたけど大丈夫だろうか。怪我なんかしてないだろうか。

「みんなが心配なんでしょ柳刃ちゃん」

 隣りにいたまりあさんがボクの元気のない顔に、みんなが心配だと思っている事を見抜かれた。

 そんなに元気のない顔をしていたのかな?

「きっと大丈夫だよ、えっと、会長って人は空手が出来て強いってかなめちゃんが言ってたんだよ? だからきっときっと大丈夫だよ、だから落ち込まないで」

「ありがとうございます、励ましてくれて。……そうですよね、みんな大丈夫ですよね……きっと大丈夫」

「うん、大丈夫だよ。……あ、そうだ。めいちゃん、柳刃ちゃん、お腹空いてない? 良ければさっき売店で買ったパン持ってるの! お腹いっぱいになれば少しは不安な気持ちが薄れるかもしれないよ」

 きっとこれはまりあさんなりの励ましなのだろう。確かにお腹は空いている。かなめさんが心配だったからお昼だってあんまり喉を通らなかったから。

 せっかくのご好意だ、無駄にしない方がいい。

「お言葉に甘えます。実はお腹ペコペコだったんです。めいさんはどうですか?」

 ずっと反対側でかなめさんの手を力強く握り締めてうつむいていためいさんが顔を上げる。

 目が少し充血していて、ずっと泣いていた事を物語っていた。

「いらない。お兄ちゃんがこんな時にあたしだけが食べるなんて……」

「めいちゃん、それ違うよ。こんな時だからこそ食べなきゃ。めいちゃん朝からろくに食べてないでしょ? もし倒れたりしたらきっとかなめちゃんが悲しむ。ね? 悲しませたくないでしょ?」

 しばらくじっとかなめさんの顔を見つめてから小さな声で「食べる」と言ってくれた。

 めいさんは本当にかなめさんが大好きなんだと思えた。

「じゃあ飲み物がいるね、買って来てあげる。何がいい?」

「……ミルクティー」

「めいちゃんはミルクティーね。柳刃ちゃんは?」

「ボクは緑茶をお願いします」

 と言うとまりあさんは「え? パンに緑茶? えっと、まいっか」と言って飲み物を買いに。

 あれ? 変な事言ったかな?

「めいさん、ボク変な事を言いましたか?」

「……パンに緑茶は合わないと思う」

「ええ! だ、だってアンパンなら合いそうな気がしますよ」

 あそっか。とちょっと納得した様子のめいさん。

「お兄ちゃ……あっ、に、兄さんは焼きそばパンが大好物なんだけどなんで好きなのか知ってる? 大した理由じゃなんだけど」

「えっと、う~ん……焼きそばが好きだからですか?」

「答えは単純なんだ。兄さんが生まれてから初めて食べたパンが焼きそばパンだった、そんな理由なんだよ。兄さんって結構単純なところあるから。巨乳好きだって初めて見たエロ本で出て来た人が巨乳だったから、兄さん馬鹿でしょ?」

 ほんの少しだけど、めいさんが笑っていた。少しでも笑ってくれて嬉しい。

 元気な姿が似合っている彼女は笑っている方が良いのだから。

 かなめさん、早く起きて欲しい。これはみんなが願っている事だから。こんなにも悲しんでくれる人がいるって事は、かなめさんが本当に素晴らしい人間なんだって証明している。

 どうでも良い人に涙を流すはずは無いのだから。

「それにしてもまりあさん遅いですね。そろそろ帰って来ても良いのにです」

「そうだね。きっと迷子になってるのかも。姉さんって実は方向音痴だから。あたし探しに行ってくるよ」

 立上がり歩き出す。ボクが行こうかと言うと大丈夫と答えて来た。

「悲しんでばかりだったから、だからちょっと気分転換。兄さんが起きた時に真っ赤な目なんてかっこわるくて見せられないから」

 そう言い、部屋を後にする。悲しい顔をかなめさんに見せたくない。それはめいさんなりの優しさだ。

 悲しい顔をかなめさんが見たのならきっと心配する。心配させない様にしたかったんだ。

 二人が出て行ってしまったので病室にかなめさんと二人きりになってしまった。もしかなめさんが起きていたのならきっと楽しい空間だったはずだ。

 やっぱり、大切な人が眠ったままなんて苦しいだけ。

「かなめさん、早く起きて欲しいです」

 そう言葉を生んだ時だ、勢い良く病室のドアが開く。

 そこには血相を変えた会長さんの姿が。酷く呼吸をみだし、思い切り走って来たのだろう。

「会長さん! 一体どうしたんですか!? 汗まみれですよ」

「はぁ、はぁ、や、柳刃……ここに秋津が来なかったか?」

「え? 秋津ってかなめさんを意識不明にした奴ですよね? 来てませんけど……」

 どう言う事なのだろうか。こんなに慌てている彼女を見るのは、初めてかもしれない。

「ただごとじゃないみたいですね。一体何があったんですか? 教えて下さい」

「あ、ああ、実は秋津が後藤に……とどめをさすと言って逃げたんだ。……他の者を見ないが大丈夫なのか?」

「まりあさんは飲み物を買いに行ってます。帰りが遅いからめいさんが探しに……」

 ドクンと鼓動が強く鳴いた。まりあさんの帰りが遅い? めいさんが迎えに行った?

 これだけで何で嫌な感じに。まさか、もしボクが思ったとおりなら、秋津は二人を……。

「会長さん! まりあさんとめいさんが危ないかもしれないです!」

「くっ、嫌な予感がする。政史や皆川達に秋津を病院中探させているんだがもしかしたら……柳刃、お前はここで後藤を守っているんだ! わたくしは二人を探しに行く!」

 一気に高まる緊張感。また誰かが傷ついてしまうのだろうか。またボクは何も出来なくて悲しむ惨めを体感してしまう?

 そんなのは嫌だ。会長を信じて二人を任せる代わりボクはかなめさんを守ろう。

 かなめさんを狙うなら今度こそ守ってみせる。

 必ず。ボクのすべてを賭けて。

 ただならぬ雰囲気の中、会長は二人を探しに行こうとドアを開けようとした。

 だが、会長が触れる前にドアが動く。

「ふに~! まりあったら道に迷っちゃった。あ、かなめちゃんの学校の会長さんだね……あれ? どうかしたの?」

「ま、まりあさん! 無事だったんですか!」

「ふ、ふに? 無事って何?」

 どうやら本当に道に迷った様だ。事情を説明すると険しい表情へと変わる。また大切な弟が狙われていると知って、呑気に出来る方がおかしい。

「またかなめちゃんを狙ってる? ……そんなの許せない。まりあ守る、かなめちゃんを守る」

「ボクも守ります!」

「後藤の姉さん、後藤めいを知らないか? 確かあなたを探しに行ったままなんだよな柳刃」

 そうだった、めいさんがまだ戻って無い。早く探しに行かないと危ない。

「ふに! 入れ違いになっちゃったんだ。まりあ探してくる!」

「待った! わたくしが探しに行く。二人は後藤かなめを守ってくれ」

「わ、分かりました。会長さん、気をつけて下さい」

「ああ、分かって……」

 突然ドアがまた一人でに開く。そこにめいさんが立っていた。

 良かった、無事だったんだ。

「良かった無事だったんですねめいさ……」

 目の前の光景が理解出来ない。一瞬にしてこの空間が凍り付いた。全員青ざめる。

 考えたくない事態だ。めいさんの首を鷲掴みし、嫌らしく笑う奴が後ろに。

 秋津光一がめいさんを捕まえていた。

「秋津!」

「おっと動くなよ会長、動いたらこのガキがどうなるか分かるな?」

 鋭く光るナイフがめいさんの顔に突き付けていた。

 恐怖の顔をするめいさん。なんて事だ。

「めいちゃんを離して!」

「くくく、人質を放せと言って放した奴っているのかぁ? いないだろ? あははは!」

「貴様ぁ! 本気でわたくしを怒らせたな!」

「あははは! 良いね~その顔。あ、そうだ会長にお礼を言ってなかったな、ありがとう会長」

「何? 一体なんの話をしているんだ!」

 ニヤリと歪に曲がる秋津の唇。何て嫌な笑いだ、見ているだけで不快感が全身をかきむしる。

 不快な唇が訳を話し出す。

「会長、不思議に思わなかったのか? こいつを殴り、すぐに逃げて隠れた僕がどうしてこいつが入院している場所がわかったのか。答えは簡単だ。会長、あんたに道案内させたんだよ……意味分かるか?」

「……ちっ、そう言い事か。わたくしとした事がなんてざまだ。要するに廃墟のビルで後藤にとどめをさすと言ってすぐ何処かに隠れていたな? 血相を変えてわたくし達は病院に。後は付いてくるだけか」

「あははは、正解。こんな簡単な事に気付かないほど焦っていたんだなぁ~。ま、おかげで迷う事無く来れたが」

 ギリリと歯奥を噛む会長さんは自分の腑甲斐無さを感じているみたいだ。その姿が秋津にとって滑稽だったのだろう。甲高い笑い声を部屋中に染み込ませていた。

「さてと、そこを退け。公言した通りそいつにとどめをしてやるよ。お前らはそこで指でも加えていろ! あははは!」

「かなめさんに指一本足りとも触れさせないです!」

「おいおい、これが見えないのかよ?」

 ナイフをちらつかせ、めいさんの顔に近付けて行く。

 くそ、なんて卑怯な奴なんだ。

「めいさんを放して下さい。ボクが代わりになりますから」

「ああ? 代わるだとぉ? ……ん? お前何処かで見た事があるな。確か……ああ、思い出した、一年前の剣道大会で優勝した奴だな? 僕はいたんだよ会場に、これでも一応剣道部だったからな。あははは、確かお前剣姫なんて呼ばれてたよな~、可愛かったから覚えてるよ、お姫様?」

「うるさいです! 馴々しく姫と呼ばないで! ボクを、ボクを姫と呼んで良いのはたった一人だけ。ここにいるかなめさんだけなんです! だから姫とお前なんかに言われたくない!」

 大切な人が付けてくれた愛称、今まで女の子の物を拒んで来たけど、何故か『姫』と呼ばれるのは平気だった。

 どうしてだろうと何度も考えていた。今の今になっても分からない。

 でも、かなめさんだけにしか姫と呼ばれたくないと叫んだ時、何となく分かったかもしれない。

 大好きな人だから。大好きな人が付けてくれたから平気だったとボクは思う。単純な答えかもしれない。でも、それでもボクは『姫』を受け入れられた。

 もしかしたらあの日、かなめさんが姫と呼んでくれた日、ボクはかなめさんに恋をしていたのかもしれない。

 まだ知り合って間もないのに何故だろう。

 分からないけど、ボクは『姫』を気に入っている。

 かなめさん以外に呼ばれたくない。ましてや秋津光一なんかに呼ばれたらおぞましい。

「『姫』はかなめさんがくれたものです。お前なんかにそう呼ぶ資格は無いです! 『姫』は、かなめさんとボクの絆です! だから、ボク達の間に入って来ないで!」

「はっ、なんだよ惚気か? 聞いてるだけでイライラする。……そうだ、人質代わりたいと言ったよな? なら代わってやるよ。ほらこいよ、そうしたらこのガキを返してやる」

「……本当ですね?」

 本当だとヘラヘラ笑いながら、ボクの体を舐め回す様に見てから答える。

 怪しいけど、めいさんを助けるためだ、怪しいが今はこの提案を飲むしかない。

「分かりました。だから、めいさんを放して下さい」

「へへへ、まずはお前からだ。来いよ。可愛がってやるぜ?」

「ううっ……柳刃さん」

「大丈夫ですよめいさん。必ず助けますから」

 一歩ずつ近付いて行く。その度に悍ましい秋津のニヤけ顔が近くに。

 さっきからボクの胸や太股を見ている。気持ち悪い。もしかしたら何か嫌らしい事をされるかもしれない。

「ほら、急いでこいよ」

「調子に乗りやがって」

「なんだ会長、文句あるのかぁ?」

 ナイフをちらつかせる。またあんな事をして、めいさんが怖がってるのにまた。

 だけどめいさんは怖がっていない。まさかさっきのは演技?

「兄さんに酷い事して、なんとも思わないの?」

「あん? なんだよクソガキ、あんな雑魚に何かを思う分けないだろうが! あははは!」

「そう。こんな奴に兄さんが……許せない!」

 小さな口が秋津の腕に噛み付く。その激痛に秋津が叫び、めいさんを突き飛ばす。

「テメェ! このクソガキがぁ!」

 倒れためいさんに向かいナイフを掲げて今にも刺そうと睨む。

 咄嗟に危ないと思い駆け出し、包む様にめいさんの上に覆い被さる。

 ナイフが迫る。

「死ねぇ!」

 会長とまりあさんが止めようと駆け出すが多分間に合わないだろう。

 かなめさん、目が覚めたらボクいないかもしれません。

 本当はかなめさんに謝りたかったのに、酷い事を言ってごめんなさいって言いたかったのに。

「かなめさん……」

 瞼を強くつぶり、真っ暗な視界の中でその時を待った。

 だけど、いくら待てどナイフが落ちて来なかった。どうして?

 ゆっくりと瞼を開け、瞳を向ける。

「あ、ああ……」

 思わず声が出てしまう。だって、誰だってこれを見たらこうなるよ。

 ボクを、ボク達を守る背中が見えた。

「あ、ああ、あ……かなめ、さん」

 秋津のナイフを両手で止めるかなめさんの姿が。

「お兄ちゃん!」

「かなめちゃん!」

「後藤!」

 一生懸命にナイフを止めているのだが、今まで眠っていたんだ、顔が苦痛で歪んでる。直ぐに床に膝をつく。

「はっ! 起きたのかよテメェ! ずっと寝ていれば良かったのによ!」

「ぐっ……お、俺の大切な人達を傷つけるな……うう」

 ナイフがかなめさんの喉に迫る。頑張っているが力が弱々しくて今にも。

「だああ!」

 会長が秋津に蹴りを放ち、吹き飛ばす。

「大丈夫か後藤!」

「はぁ、はぁ……はい……痛っ」

 頭を押さえて痛みを堪えている。頭を殴られたんだ、いたいのは当たり前だ。

「殺してやる! テメェら殺してやる!」

 走り出す秋津に会長が前に出て止めようとする。

 その時だ。病室のドアがいきなり開き、誰かが入って来た。

 その誰かは二人、秋津目掛け飛び掛かり床に押さえ付けた。

 この二人に見覚えがある、確か警察の人だ。

「秋津光一、傷害及び、麻薬所持で逮捕する!」

「ぐっ、ちくしょうが! 放せ! ちくしょうーー!」

 女刑事が秋津を無理矢理立たせて連れて行く。その後を男刑事が慌ただしく追いかけて静けさが生まれた。

 それと引き換えの様に病室に生徒会のみんなが駆けてくる。

「聖羅、大丈夫ですか!」

「政史! まさか警察を呼んだのはお前か?」

「はい。もしもを考えて私が呼んでおきました。良かった、無事で」

 副会長は会長に歩み寄りギュッと抱き締めた。それは力強く。

 真っ赤な顔で戸惑っている会長が可愛らしく思える。

「ひゃ! ま、ままま、政史!?」

「もう無茶は止めて下さい。お願いですから」

 会長を心配する副会長の気持ちが見てるだけで分かって来た。大切な人が傷付くのは耐えられないから。

 そうだ、かなめさんは大丈夫だろうか?

「かなめちゃん大丈夫?!」

「お兄ちゃん!」

 頭を片手で押さえて痛そうにしている。急に動いたからだ。

 みんながかなめさんを心配しているのにボクは体が動かない。かなめさんに近付けない。

 だって酷い事を言ったんだ。まだ謝ってもいない。

 そんなボクが近付いて良いのだろうか?

 硬直したまま看護師が駆け付けてかなめさんを介抱し、ようやく痛みが引いたらしい。

 ただ見てるしかなかった。

「お兄ちゃん大丈夫? もう痛くない?」

「ああ、もう大丈夫だ。心配かけてごめん」

「うん。お兄ちゃ……んん、兄さん、いつから起きてたの?」

「秋津が部屋に入って来た頃かな。空ろに見てたけどめいが人質と分かってから一気に眠気が覚めた……無事でよかった」

 めいさんの頭を撫でるかなめさん。無事で良かったとの思いを込めて。

 頬が真っ赤になって泣き出すめいさん。

「ふぇぇぇ……お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 ギュッと兄に抱き付くめいさん、嬉し涙をいっぱい流して笑顔に。

 また頭を撫でてごめんと呟くかなめさんは優しい兄だった。

「かなめちゃん、ごめんなさい!」

 次の瞬間まりあさんがかなめさんの頬を平手打ち。

 だがそんなに威力は無い。頭の傷を配慮したのだろう。

「姉貴……」

「かなめちゃんの馬鹿ぁ! まりあ心配したんだからね! まりあだけじゃない、お父さんやお母さん、めいちゃんや柳刃ちゃんだって! 確かにかなめちゃんがやった事は良い事だったと思う。でもね、他の人の事も考えて。かなめちゃんが居なくなったら悲しむ人がたくさんいるんだから!」

「……うん、ごめん、ごめんなさい。姉貴の言うとおりだ。本当にごめんなさい」

 自分の事だけじゃない。他の人も考えなくてはならない。

 自分を大切に思う人達の為にこれを忘れてはいけないと二人を見て思った。

「うん。……かなめちゃんが目を覚ましてくれてお姉ちゃん嬉しい」

 まりあさんは目に涙を溜めて笑う。大切だからかなめさんを怒ったんだ。

「そうだ、会長やみんなはどうしたんだ?」

「聖羅会長達は警察に行ってるよ。事情聴取だって」

「そっか……」

 何をしているんだ。ボクはかなめさんに謝らなくてはならないのに。話しかけなきゃ。そのためにいつもお見舞いに来ていたんだから。

 でも、もしかなめさんがボクを嫌いになっていたらどうしようか。

 酷い事を言ったんだ。もしかしたら……。

「姫ちゃん」

 びくつくボクを見透かしたのか、かなめさんから話しかけて来た。

 ボクはびっくりするしか出来なかったんだ。

 びっくりしている場合じゃない。返事をしなきゃ。

「は、はい!」

「俺さ、さっき姫ちゃんが言ってくれた事が凄く嬉しかった。『姫』って愛称を大切に思っていてくれた。本当に嬉しい」

「えっと、ボクは本当に嬉しかったんです。素直な気持ちを言っただけなんです。……か、かなめさん、……ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい! 酷い事を言ってしまいました! 頬を叩いてしまいました! かなめさんはボクのためにしてくれてたのに。ごめんなさい、ごめんなさい!」

 深々と頭を下げた。手が震える。かなめさんはボクの事を許してくれるか怖くて。

 好きなんだ。ボクはかなめさんが好きなんだ。だから、もし拒絶されたら怖いよ。

「頭を上げてくれ。俺は無断で姫ちゃんの心に踏み入ったんだ。謝るのは俺の方だ。ごめん!」

「え? えっと、そんな。かなめさんはボクのためにしてくれたんですから、謝るのはボクです」

「いや、俺が謝るのが正しい」

「ボクが正しいです!」

 とこんな感じで言い合っていると、かなめさんと視線が絡まる。

 なんだろう、今の状況が滑稽でおかしさが込み上げて二人で笑ってしまった。

「二人を見てるとバカップルみたいだよ」

「うう~、柳刃ちゃんにまりあ負け無いもん!」

 後藤家の長女と次女が呆れたみたいに喋るが、笑顔で笑い合うボク達を見つめていた。

 また、かなめさんと一緒にいられる。

 また、かなめさんと笑い合える。

 また、かなめさんとの時間が始まる。

 待望んだ今が嬉しくて、一筋の涙が頬を落ち行く。

 時間は過ぎてもう面会時間が終わる。もっといたかったけど仕方が無い。

「かなめさん、また明日です」

「うん。また明日な」

 名残惜しいけど部屋を後にした。帰り道、闇夜にちりばめられた星を堪能しながら帰路へ。

 お母様に報告しなければ。後、お父様にも。

 かなめさん、ボクはあなたが好きです。大好きです。今回改めてそう思えた。

 後やる事は一つだ。かなめさんは喜んでくれるだろうか?

 期待と不安を抱えて、夜の道を進んで行った。


 

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