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第十八話 柳刃家

 今でも夢で良く見る。

 可愛らしくてずっと鏡を眺めた。

 可愛らしくてとても気分が良かった。

 可愛らしくてこの格好を目に焼き付ける。

 初めてのワンピース。

 男の子として育てられて来た、いつも厳しいお父様は道場で嫌と言うほどに剣道をボクに叩き込んだ。

 上手く出来ないと鬼の様に怒った。

『誠十郎、お前はこの柳刃家の次期当主となるのだ。この土地、道場、技。すべては先祖代々から伝わって来た神聖なものだ。それを継承するお前は一日でも早く剣を極めなくてはならない。分かったか?』

 はいと言うしかなかった。生まれてからそう教えられて来たからそれが当たり前だと思っていた。

 でも、それはあの時までだ。友達になってくれた彼女、坂本鈴。彼女は初めて会った時、本当に可愛らしかった。身体は女、心も女、でもお父様は男として生きろと言う。

 本当に可愛らしい彼女を見て、同じ女の子なのにこうも違うなんて。

 うらやましいと思った。

 だからあの日、彼女が着てみると訊いて来た時、本当に嬉しかった。自分も彼女と同じ様に女の子に成れる、可愛い格好が出来るんだと。

 高鳴る胸、激しく動く心。興奮しながら彼女の後をついて行く。

 そして着させてもらった。青色のワンピースを。

 下が開いているから少し違和感を感じてしまったが、女の子に取ってこれが当たり前なんだと思うと、この違和感を気に入る。

 鏡に映る自分はまるで別の世界の自分だった。

 そこには女の子、柳刃誠十郎がいた。

 彼女がお母様に見せたらどうかと尋ねた、いつも自分の味方に成ってくれるお母様。いつもごめんなさいと謝って来るお母様。

 自分の事でお母様は自分自身を責めて苦しんでいる。

 だから喜んで欲しかった。女の子らしい格好を見て欲しかった。

 だから見せようと彼女の提案に乗ることを決意した。

 走る。高鳴る鼓動を感じながらお母様が待つ家へ。お父様に見つからない様に。

 自分の可愛らしい格好を見て? きっと今までの自分を変えてくれる気がするから。

 お母様は驚いていた。でも、すぐに優しい笑顔。嬉しそうにずっと見ていてくれた。

 クルクルと身体を回して見せた。そうしたら可愛いと言ってくれた。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……。

 でも、それはすぐに終わりを迎えた。

 お父様に見つかってしまう、激怒しながら手に持っていた真っ黒な木刀を振り落とす。

 一瞬頭が真っ白に。そして頭に激痛が。

 痛い、凄く痛い。

 せっかくのワンピースが赤く染まる。

 お父様を見る事が出来なかった。震える身体、恐怖を感じてただ地面を眺めるだけ。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 ボクはもう女の子らしい格好しませんから、だから許してください。

 何度もそう繰り返して震える。


 



「……なさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……嫌あ! はぁ、はぁ、はぁ……あれ?」

 覚醒する意識。悪夢から解放されて周りを見回す。

 そこはいつも見慣れた自分の部屋、和室で勉強机と本棚くらいしか家具は無い。なんて殺風景な部屋だ。

「ゆ、夢? ボクは夢を見ていたんですね」

 枕横にある目覚時計を見ると朝の5時30分、いつも起きる時間より一時間早かった。

「夢……夢です、夢……」

 身体が震える。またあの夢見てしまった。お父様に叩かれた事以来ずっと見る夢。

 何年も見続けて来た悪夢。

「怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない……」

 自分に言い聞かせる様に何度も呟く。

 この悪夢を見る度にやっているおまじないの様なものだ。

「……良し、大丈夫、大丈夫です」

 起き上がって着替えなきゃ。 

 服を着替え部屋を後にする。長い廊下を歩き、洗面台までやっつ来て顔を洗い歯を磨く。それを済ませてそのまま道場へと向かった、いつもの日課で朝早く起きて道場で木刀の素振りを行っている。

 朝の道場は寒くて眠気を吹き飛ばしてくれる。

 今日は休日だが、平日でもやっている。

 無心になって木刀を降るう。今朝の悪夢を断ち切る様にただ無心に。

 数分行い、やり終える頃には汗だくだ。

「はぁ、はぁ……お風呂に入りましょう」

 汗を流すために朝風呂へ。これも日課だ。

 すべてを終えてようやく朝ご飯、食卓へ向かう。

「おはようございます、お母様」

「おはよう誠ちゃん、今朝も良い天気ね~」

 朝の挨拶を交わしてちゃぶ台の横にしかれている座布団へ正座。ボクの家は朝は必ず和食だ。ご飯に味噌汁、焼き魚に卵焼きに海苔と、日本人理想の朝食。

「さ、食べましょう~、いただきます~」

「いただきます」

 お母様の作るご飯はいつ食べても美味しい。

「誠ちゃん、今日は何か予定はあるの?」

「今日ですか? 今日はかなめさんのお家に行きます」

「かなめさんって誠ちゃんの大事な人ね~、今度家に遊びに来てもらったら~? まだ来た事無いでしょ~?」

 一度生徒会の皆さんと来た事を伝える。

 そうなのと言って卵焼きを一口。

「誠ちゃんの大事な人はどんな人?」

「えっとですね……優しくて、家族を大切にしている人です。自分が決めた事をやり切る人です。……強い意思を持った人」

「まぁ、誠ちゃんは本当にその人が好きなのね。ますます会いたくなっちゃったな~」

 喋っていたらなんだか恥ずかしくなって来た。急いでご飯を食べた。

 今日はかなめさんに会える、きっと楽しい時間が流れるはず。そうしたら、あの悪夢を打ち払ってくれる様な気がするから。

 食べ終えて食器を台所へと運ぶ、自分が使ったものは自分で片付ける、これはお母様の教えだ。だから自分の食器は自分で洗っている。他にも洗濯物だって自分で。

 本当は料理も自分でしたいのだけれど、何度練習しようと美味しい物が作れなかった。お母様に教えてもらうのだけど、呆れたお母様はボクにそれは料理が出来ない才能と言われてしまった。

 話が脱線したけど、とにかく自分の事は自分でする。

「誠ちゃん、良かったら今日の夕食に大事な人をお誘いしたら~? この前向こうでご馳走になったでしょ~? お返しをしなきゃ~」

「良いんですか?」

「ええ~、わたし、腕によりをかけちゃうから~!」

 遊びに行ったらかなめさんに言わなきゃ。きっと楽しいはず。

 出発の時間まで部屋に戻りまだ途中だった読み掛けの小説を開く、今読んでいるのは推理物、いつも探偵気分で犯人は誰なのか推理しながら読むのが楽しい。

 ある程度読み終えて時計を見ると9時ちょうど。そろそろ出よう。本当は可愛い格好していくのが当たり前だけど、ボクは着れない。着るだけであの日の光景を思い出して吐き気がする。

 だから学校の制服を着て行く。



 着替えを済ませ家を後に。かなめさんといると本当に楽しい。ボクの嫌な事をすべて忘れさせてくれる。

 かなめさんの側にいるだけで悪夢を思い出さない。かなめさんの笑顔がボクに勇気をくれる。

 だから、もし彼にボクの秘密を知られたら嫌だな。

 それだけでボクの世界が壊れる様に思うから。

 いろいろと考えていると、もう着いてしまった。早くかなめさんに会いたい。

 今朝見た悪夢を忘れたい。急ぐ心が玄関のチャイムを押させる、しばらくするとドアが開く。

「はい? あ! 柳刃ちゃん!」

「かなめさんのお姉様、おはようございます」

 出て来たのはかなめさんのお姉様、後藤まりあさんだ。驚いた様にボクを見ていた。来るのを知らなくてびっくりしたのかな?

「えっと、かなめちゃんに会いに来たの?」

「はい、かなめさんとお約束してましたから!」

「そう……どうぞ、かなめちゃんを呼んで来るからね」

「お邪魔します」

 中に入るとかなめさんのお姉様は奥に走って行く。そのすぐにかなめさんが現れた、いつもの様に優しく笑うかなめさんの笑顔。

 これを見るだけでボクも笑顔に成れる。

「いらっしゃい、先に部屋に行っててくれ、お茶持って来るから」

「はい。あ、ボク緑茶を希望します」

「分かった」

 廊下を進みかなめさんの部屋に入る。いつ来ても部屋は綺麗だ。ボクが来るから掃除をしているのか、はたまた元々綺麗なのか。どっちだろう。

 いつもの様にベッドに腰掛けかなめさんを待つ。何回来ただろうか、どこに何があるのか大体分かる様に成った。

 ただそれだけなのに何故か嬉しい。

「お待たせ!」

 かなめさんがお茶とお菓子を持って来てくれた。

 たったそれだけでも嬉しい。かなめさんがしてくれる事すべてが嬉しい。

「はい緑茶、熱いから気をつけろよ?」

「ありがとうございます」

 テーブルに飲み物とお菓子が置かれて行く。その中に、ボクが大好きなものが混ざっていた。

 大好物の苺大福、あの甘酸っぱい苺が入っている大福、それを考えただけで嬉しい。堪らない!

「か、かか、かなめさん! これ、た、食べても良いんですか!」

「ああ、それは姫ちゃんの為に買って来た奴だ。姫ちゃんのなんだから食べて良いのは当たり前だ。召し上がれ」

「わ! わ! ありがとうです! いただきます!」

 美味しい。何度食べても飽きない味。

「……なぁ、どうしてそんなに苺大福が好きなんだ?」

「え? う~ん……内緒です。秘密を持つ女は謎めいててかっこいいんですよ? だから今ボクはかっこいいんです! えっへん!」

 とは言ったものの、そう最初に言ったのは鈴ちゃんだ。

 ただ真似をしてみただけなんだけど。

「内緒か、それは残念だな」

「かなめさんだって秘密があるじゃないですか。ほら、机の引出し三段目の奥にある……」

「うわあああ! あれはダメだ! ダメ、ダメ、ダメだぁ!」

 動揺しまくる彼がなんだか可愛らしい。ふふ、少し困らせて遊んでしまった。

 やっぱりこの一時は楽しい。

「かなめさん、その……き、巨乳さんが好きなんですよね? えっと……ボクはどの部類に入りますか? いつもボクは胸にサラシを巻いています。今日は外してます、今のボクはどうですか?」

「へ? い! あ! え、えっと……」

 ボクは何を馬鹿な事を言ってるのだろうか。

 でも、かなめさんが喜んでくれるならなんだってする。少しは胸に自信があるから。

 かなめさん、顔がゆでだこみたい。

「ひ、姫ちゃん、えっと、……お、おおお、大きい部類だと……思、う」

「じゃあ、ボクの事好きなんですよね?」

「す、好きなのは当たり前だ。どんな姫ちゃんだって俺……」

「言ってて恥ずかしくない兄さん?」

 かなめさんが声無き叫びをする。びっくりした、いつの間にかかなめさんの妹さん、後藤めいさんが部屋に。

 いつの間に入って来たんだろう。

「柳刃さんこんにちは」

「はい、こんにちはです。妹さん」

「もう、あたしの事はめいで良いんだよ? いつまでも妹さんだと他人行儀だよ」

 それはそうだ。いつまでも妹さんなんて呼んでたら失礼だ。

 良し、名前で呼ぼう。

「め、めい……さん」

「ん~まぁいいか、それでOK!」

「ふに~、ならまりあも名前で呼んで良いよ」

「……いつの間に来やがった姉貴」

 こんな感じで楽しい時間が過ぎた。かなめさんの家族は楽しい人ばかりだ。

 かなめさん達を見ていたら不意に二人のボクお姉様を思い出すな。

「そう言えば姫ちゃんにお姉さんがいるって言ってたな、どんな人?」

「ボクのお姉様ですか? えっとですね、一番上の(かすみ)お姉様と、次女の蓮華(れんげ)お姉様の二人います」

「へぇ、お姉さんが二人いるんだ」

「はい。霞お姉様は優しくて、料理が上手で……とにかく完璧な人です。小さい頃はいつも可愛がってもらってました。今は結婚していますけど、幸せに暮らしてるみたいです。次は蓮華お姉様ですね、蓮華お姉様はとにかく意地悪さんです。いつもからかわれていました。でも、ボクの事大切に思ってくれていました。誕生日とかはちゃんと誕生日プレゼントしてくれましたし。ゲームとか漫画が大好きな人だったです。今は仕事で家を出て一人暮らしです……話してたら会いたくなっちゃったです」

 二人の事、本当に大好きだったな。いつも優しい霞お姉様。意地悪だけど大好きだった蓮華お姉様。会いたいな。

「かなめさん達が仲良しさんで良かったです。やっぱり仲が良いのは良い事です」

「ありがとう」

 話が楽しくて時間が経つのが早い。気がつけばもう四時。

 そうだ、かなめさんを夕食にお誘いしないと。

「かなめさん、あの、良かったらボクの家で夕食をどうですか? お母様が是非と言ってましたし……ダメですか?」

「本当に良いのか?」

「はい! かなめさんが来てくれると嬉しいです」

「分かった、じゃあご馳走になろうかな。それじゃ今から行こう」

 こうしてかなめさんがボクの家で一緒に夕食をとることに。

「良いな兄さんだけ」

「ふに~! お姉ちゃんも行きたい!」

「ダメに決まってるだろ? 大勢で行ったら迷惑だ。おとなしく家にいろ!」

 ぷくりとまりあさんが頬を膨らませてむくれてる。

 ちょっと失礼だけど、その姿が可愛らしい。

「たく。じゃ行こうか姫ちゃん」

「はい、行きましょう」

「あ、兄さんお土産よろしく」

「そんなもんあるか!」




 恋人同士に成ってから初めてボクの家に上げる。お母様の料理がお口に合えば良いのだけど。でも、自分で料理が出来たなら良かったのにな。

 道中おしゃべりしながら歩いていると気付けば家の前だった。

 大きな木で出来た門を潜るとかなめさんが周りをキョロキョロと見ている。何かあったのかな?

「どうかしましたか?」

「いや、姫ちゃんの家ってさ、前に来た時も思ったんだけど立派な家だなって思っただけだ」

「立派ですか? あ、そっか、ボクはいつも見慣れていたから気がつかなかったんですね。かなめさん、ボクの家を褒めてくれてありがとうです」

 中を進んで玄関まで来た。それを開けてただいまと叫ぶとお母様が顔を出す。

「まあ~いらっしゃい、あなたが誠ちゃんの……きゃあ!」

 お母様が何も無いところで頭なら転んだ。

「大丈夫ですかお母様!」

「くゅ~、誠ちゃん痛い、起こしてぇ~」

 何故かお母様は何も無いところで転ぶのが特技(?)だ。

 気をつけないとご飯を運ぶ時に転んでしまう。いつも食事時はハラハラドキドキする。

「ありがとう~誠ちゃん。改めまして、わたしが母の絹江です~」

「えっと俺は後藤かなめと言います!」

「あの、玄関で話すのもなんですから上がってください。お母様もですよ」

「まあ~そうだわね。ではどうぞかなめくん」

 奥へかなめさんを案内する。来客部屋へと招き、座布団に座らせた。

 周りは障子で掛け軸などを飾ってある完全に和風の部屋。障子を開けると中庭が見えてこの光景はボクもお母様も好きだ。

「うわぁ……凄く良い眺めだな。立派な部屋だし、俺場違いみたいだ」

「そんな事無いです。かなめさんだって素敵ですから!」

「まあ~、ラブラブなのね~」

 お茶と和菓子をお盆に載せたお母様がやって来た。

 と思ったら足がふらふらしている。

「せ、誠ちゃん、た、助けて!」

「……あれ? これと同じ事が前にもあった気が……」

「足が縺れ……あ~れ~!」

 お菓子と熱いお茶が宙に。それはそのままかなめさんへ。

 咄嗟にかなめさんを突き飛ばす、廊下へと身体が吹き飛び、お茶とお菓子は座布団へ。

「誠ちゃん痛いよ~!」

「お母様大丈夫ですか?」

「わたしは平気~。そうだわ、かなめくんは?」

 それは大丈夫、ボクがちゃんと助けて……いたんだけど。

 かなめさんを見ると、廊下にあった柱に顔面から突っ込んでいて、ピクピク動いていた。

「ひゃあ! か、かか、かなめさん! ごめんなさいです! 咄嗟だったからつい全力で押しちゃいました……あ、もしかして痛くないとかじゃ?」

「痛い」

「ひゃあ! ……ごめんなさい」

「ワザとじゃないって知ってるし、助けてくれたからな、怒って無い」

 柱に顔を付けたままモゴモゴとそう口にしている。

 でも本当は痛いのだろう。まだ身体がピクピク。

「えっと、取りあえず手当てします」

「頼む。痛くて泣きそうなんだ」

「まあ~大変、救急箱を持って来るから~」

 かなめさんを起こして見ると鼻が赤くなっている。折れては無い様だ。

 お母様が救急箱を持って走って来た。

「ひ、姫ちゃん……俺、この後の展開が読めるんだけど……多分このままじゃ」

「早く手当てを……あら? あ、足が縺れて~誠ちゃん助け……」

 舞う救急箱。コケるお母様。予言したかなめさん。その予言が当たって感心しながら救急箱を見つめるボク。

 そのまま何故か決まっていた様にかなめさんの顔面に救急箱が直撃。

「ぎゃあああああ!」

「ひゃあ! かなめさん! 大丈夫ですか!」

「ぐをおおお……ひ、姫ちゃん、あのさ、姫ちゃんのお母さんって……俺に恨みとかある?」

 多分お母様の特技(?)のせいです。

 ごめんなさい。

 大変な事があったけど、かなめさんの手当てを済ませてお母様がかなめさんに謝罪してからようやく夕食に。

 テーブルに様々な料理が並ぶ。ほとんど和食で、炊き込みご飯やお刺身。豚汁に野菜炒めなど良い匂いを漂わせて食欲をそそる。

「旨そう。姫ちゃんのお母さんって料理得意なんだな」

「はい、お母様の料理は天下一品です!」

「まあ~、お世辞でも嬉しい~。ささ、食べて下さい~かなめくん」

 かなめさんが炊き込みご飯を一口。どうだろう、口に合うだろうか。

「う、旨い……旨いですよ!」

「まあ~、良かったわ~、お代わりもありますからね~?」

「はい、いただきます」

 良かった、お母様の料理を美味しいと言ってくれて。

 でも、やっぱりボクが作った料理を食べて欲しかったな。どうして何回作っても不味いのだろう。

「ふふ、かなめくんって本当に可愛いわね~。誠ちゃんが羨ましいな……そうだわ、誠ちゃんからかなめくんを取っちゃおうかな~」

「え! お、お母様?」

 突然変な事を言ったかと思ったら急に立ち上がって、かなめさんの隣りに座った。

 箸で料理を掴み、かなめさんの口へ。

「はい、あ~んして~?」

「へ? あ、あの、絹江さん?」

「顔が真っ赤ぁ~、うぶなんですね~」

 あ、ああ、あああ! お母様にかなめさんを取られる!

「だ、ダメです! いくらお母様でも許しません!」

「ふふ、誠ちゃん、冗談よ~。確かにかなめくんは可愛いけど、誠ちゃんの大事な人を取る様な真似はしないよ~」

 笑いながら元の席へ。驚いた。冗談だったんだ。

 安堵の中、かなめさんを見ると顔を真っ赤にしてお母様を見つめてる。

 少し腹立たしいかったのでかなめさんの頬を抓る事に。

「痛ててて!」

「浮気者のかなめさんに罰です! ボク、おつむに来ちゃいましたんですから!」

「ふふ、誠ちゃん可愛い~。そうだわかなめくん、誠ちゃんとはもうしたの?」

「したってなんですか?」

「それはアレよ~、夜の営み~!」

 ニヤリとお母様が笑う。するとかなめさんが顔を真っ赤にして困った表情。

 一体なんの話をしているのだろうか? 本当に分からなかった。

「なんの話ですか? かなめさん」

「へ! え、えっと、その……お、俺達にはまだ早い話だよ」

「まだ早い? 意地悪しないで教えて下さい! ボクだけ知らないなんて仲間外れです!」

 ずいっと顔を近付けかなめさんに説明を求めた。

 すると更に顔を赤くして困っている。

「えっと、なんて言おうか、えっと」

「ふふっ、誠ちゃんわたしが教えてあげるわ~。夜の営みはとても大切な事よ~? 意外とね、女性が男性にしてあげると男性は大喜びなの~ふふっ!」

「そうなんですか? なら、ボクが夜の営みをかなめさんにしてあげます! 今すぐここで!」

「えええええ! ひ、姫ちゃん、それはマズい!」

「どうしてですか? かなめさんは夜の営みをしたら大喜びなんですよね?」

「そ、そりゃあ嬉しいけど……うう……」

 段々と声が小さくなる。どうしたのだろう? 夜の営みの意味は分からないけど、かなめさんが喜んでくれるならやるのに。

 とその時、お母様が大笑いを始めた。どうして笑っているの?

「あははは~! せ、誠ちゃん、こっちにいらっしゃい。意味を教えてあげるから~」

 と言われたのでお母様の隣りに。すると耳打ちをして夜の営みの意味を口答。ようやくすべてを理解する事が出来た。

「え? えええええ! ボ、ボク、とんでもない事を言ってたんですかぁ! お、お母様のお馬鹿さん! エ、エロっちいのは二十歳からです!」

「冗談よ~、そんなに怒らないで誠ちゃん~」

 知らなかったとは言え、なんて事を言ってしまったのだろう。

「あう……お母様は意地悪です」

「だからごめんって謝ってるのに~。でも、かなめくんはちょっと期待したでしょ~?」

「ええ! そんな事……あはは」

 あまりの恥ずかしさに無かった事の様にご飯を食べる。恥ずかしさのせいか味が分からない。

 食事を進めて行く中で、楽しい話で今の事は気にならなくなっていた。

 でも、いつかボクもかなめさんと……。

「姫ちゃん、顔赤いよ?」

「ひゃあ! ち、違います! ボクは変な事を考えて無いです! え、えっと……あ、そうです! かなめさん、そこの醤油取ってもらって良いですかぁ!?」

「え? ああ、これか」

 妙な想像中、急に声をかけるから驚いてしまった。

 咄嗟に醤油だなんて、変に思われなかったかな?

 慌てながら醤油をかなめさんから受け取ったのだが、手が滑って醤油が制服に落ちた。

「ああ! スカートが真っ黒です!」

「まあ~大変。すぐに染を落とさなきゃ~。……ついでだからお風呂に入って来ちゃいなさい。かなめくんは食事を続けてね?」

「かなめさん、申し訳ないですけど」

「俺は気にしないから。早く行ってこいよ」

 と言うわけでお風呂へ。

 脱衣所でお母様にスカートを渡し、ボクはお風呂へ。

 お風呂は昔懐かしい五右衛門風呂だ。周りは石で出来ていて、中に板を敷かないと熱くてとても入って入られない。

 大昔は薪を使っていたのだが、最近は湯沸かし機で沸かす。見た目だけの五右衛門風呂。

 髪と身体を洗い湯船へ。ちょうど良い温度で身体が温まる。いつもは長風呂だが、今日はかなめさんが来ている。だからもう上がらないと。

 すぐにお風呂を出て着替える。急いで戻ろうと小走りで向かう。部屋まで近付くと、お母様とかなめさんの話し声が聞こえて来た、なんとなく、こっそりと聞いてみる事に。

「……そう。かなめくんは知ってるの」

「はい。姫ちゃんのお父さんがやった事が姫ちゃんを苦しめていると」

 ……え?

 かなめさん?

「俺、何も知らなかったんです。姫ちゃんはいつも笑顔で、明るく振る舞って……でも、その裏では苦しんでいた、俺、気がついてあげられなくて」

 どうして。

「そう。誠ちゃんはあの事以来、夫を怖がっていたわ。夫の名前を聞いただけで身体が震えるほどに……夫はやり過ぎた、確かにこの柳刃の家は明治から続く家柄。男が当主と決まっていたから、だから夫は悩んだ挙句に誠ちゃんを男として……」

 やめて。それ以上話さないで。ボクの秘密をかなめさんに言わないで。

「や、やめて!」

「誠ちゃん!」

「姫……ちゃん」

「そんな話をしないで! かなめさんにそんな話なんかしないで!」

 感情が爆発する。これを知られたら、何かが壊れてしまう様な気がして怖いから。

 もしかしたら、かなめさんがボクから離れてしまう様な気がして怖い。

「違うんだ、俺が絹江さんに訊いたんだ、姫ちゃんのお父さんの事を」

 え?

「……どうしてそんな事を訊くんですか? かなめさんには関係ないじゃないですか」

「姫ちゃんを助けたいんだ。お父さんがやった事はやり過ぎだ、だから俺は……」

 嫌だ、お父様の事を思い出したくない。

「やめて! お父様の話をしないで! かなめさんなんかに何が分かるんですか! ボクの気持ちが!」

「姫ちゃ……」

「嫌い、かなめさんなんか大っ嫌いです!」

 そのまま自分の部屋へと走る。後ろからお母様が叫ぶ声が聞こえていたが止まる事無く走る。

 部屋に飛び込み障子を閉めた。

 真っ暗な部屋で膝を抱え震えた。

 しばらくそのまま。時間が経つにつれて冷静さを取り戻して行く。

「あ、ああ……ボク、かなめさんになんて事を……」

 かなめさんはボクの為にしてくれてたのに。

 ボクはきっと嫌われた。かなめさんに嫌われた。

「うっ……うぇ、ひぐっ、うう……」

 涙が止まらない。大切な人を傷つけて、嫌いだと怒鳴って、泣くばかり。

 かなめさんを思い、また涙を流していた。


 

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