第十六話 ダブルデート
学校が終わった放課後、生徒達は部活に汗を流していたり、他の生徒は下校と校舎にはあまり人がいない。
俺達、防衛生徒会は校内の秩序を守るとの精神のもとに見回りをしていたのだが本当に珍しく付いて来た会長が不審な生徒を発見していた。
「貴様ら、今煙草を吸っていただろうが! わたくしは見ていたぞ!」
場所は屋上、金髪やピヤスをしたあからさまに不良らしき生徒が二人たむろっていた。見回りのペアが運悪く会長となってしまい二人で屋上まで来た訳だ。
会長が最初に屋上に入ったため、不良が煙草を吸っていた姿を俺は見てはないが、会長がこう言ってるんだ吸っていたんだろう。
「あ? オレらが吸ってたってかぁ? だからなんだゴラ、犯すぞテメェ」
「げはは、いいね、やっちゃう?」
ば、馬鹿、会長になんて事を言ってるんだ、死ぬぞこいつら。
会長が二人に近付いて行きいやらしく指を動かして迫った、だが一瞬で倒してしまった。
「貴様らみたいな奴等は皆川説教地獄の刑だ!」
皆川説教地獄の刑とは文字通り皆川先輩がお説教すると言う単純なものなのだが、単純と言っては恐れ多い。皆川先輩は怒ると怖い、鬼の様……いや鬼より怖い。
会長は携帯を取り出し、先輩に連絡する。この人達可哀相に、今から地獄を見るのだから。
「これでよしだ、後藤、喉が渇いた」
「……自販は一階ですよ?」
「後藤、喉が渇いた、次同じ事を言わせたら人間サンドバッグだ」
ちくしょう、何も言い代えせないじゃないか。
会長を怒らせたくないのでジュースを買いに行く事に。
「レモンティーな?」
「……はい」
走って一階に行ってジュースを買って戻ると皆川先輩がもう来ていて不良達に説教中。
「煙草は二十歳から、分かってるの!」
「「ひぃいい、す、すいません!」」
不良達はがたがたと震えながら怖がっている。皆川先輩の説教は凄い迫力、見ているだけの俺でも怖い。
会長が戻った俺に気が付いて手を突き出して無言でジュースを要求。
「はぁ、はい、お待ちどうさま」
「ご苦労だ、……うん、旨い」
そりゃあ旨いだろうさ、人の金で飲んでいるんだから。
「……と、ところで後藤、ちょっと頼みがあるんだが」
「な、なんですか? 次はご飯をおごれなんて言わないですよね?」
「違う、その、なんだ、えっと、わ、わたくしと……くれないか?」
最後が聞き取りにくい。
「今なんて?」
「わたくしとデートをしてくれと言っているんだ!」
「……は?」
「だから、わたくしとデートをしろと言っている!」
「あ、なんだデートか、会長とデートを……ん? 俺が会長とデートォ!?」
パニックだ。頭の中がパニックになっている。会長が俺をデートに誘っているだと? 有り得ない、とは言っても今申し込まれたけど。
俺がテンパっていると、後ろでカランと何かが落ちる音が聞こえて来る。振り替えるとそこにいたのは姫ちゃんだった。
地面に木刀が転がっている。
「な、ななな! か、会長さんがかなめさんを誘惑してます! だ、駄目です!」
「ん? 何を慌てているんだ柳刃、それくらい良いだろ?」
「駄目です! 駄目! 駄目! 駄目! 駄目! 駄目! 駄……ひゃう! ひたをかふたいまふは、いらいれす(舌をかんでしまいました、痛いです)」
「大丈夫か? 柳刃」
「だ、大丈夫れす……そんな事より、一体どう言うつもりなんですか? かなめさんをデートに誘うなんて!」
姫ちゃんが会長の核心を突く。一体会長はどうして俺をデートに誘ったんだ。
「ん? そんなに変な事を言ったか? わたくしはただ政史とのデートに後藤と柳刃に付いて来て欲しいと言ったんだが?」
「……会長、大切なところを飛ばして言わないでくださいよ! 危うく変な誤解を招くところでしたよ」
なんだ、マジでビビったよ。でも、デートに付いて来てとはどうしてだ?
「会長、なんで俺達に付いて来て欲しいんですか?」
「う……その、なんだ、あ、あいつと二人きりだと考えると……その……うう」
会長の顔が真っ赤だ。二人きりが恥ずかしいんだろうな。
いつもの会長らしからない仕草だ。
「と、とにかく明日だ! 明日朝八時に駅前に集合だ! いいな? 絶対に来るんだぞ! 来なかったらわたくしは怒るからな! いいな! 絶対だぞ! ……じ、じゃあ、さよならだ!」
との言葉を残しこの場から走って消えて行く。
姫ちゃんは不思議そうにしているし、俺は唖然としてしまった。
「えっと、かなめさん、とにかく明日ですね?」
「そうだな、明日どうなるか分からないけどな」
「でも、かなめさんとデート出来るならどこでも行っちゃいます!」
やっぱり可愛いな、姫ちゃんは。幸せだよ本当に。
「後藤くん、顔が赤いわよ?」
「わあ! な、なんだ皆川先輩か、脅かさないでくださいよ」
「あはは、柳刃さんとは良くやっているみたいね、さて、しゅーに会いに行こうかな。じゃあね二人とも!」
そんなこんなで明日、会長達とダブルデートをする事になってまった。
どうなる事やら。
翌日、朝ご飯を食べて家を出て駅に到着すると先に副会長が来ていた。
「副会長、おはようございます」
「おはよう後藤くん、聖羅が変な事を頼んで悪いですね、いつも彼女とご飯を食べに行く時はなんともないのですが、デートと意識するとどうも駄目みたいですね」
少しがっかりしながら話している副会長。本当は二人きりでデートに行きたかっただろうな。
しばらく待っていると姫ちゃんがやって来た、服装は灰色のシャツにデニムとその格好が女の子らしくないと感じた。
どうしてだろう、毎回姫ちゃんとデートをする地味で女の子らしくない格好をしてくる。
「お待たせしました、おはようです、かなめさん……かなめさん?」
「へ? あ、ああ、おはよう」
考えにふけっていて返答が遅れてしまった。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない」
訊いてみるべきだろうか、迷っていると会長がやって来てしまった、この疑問は今度訊くか。
今日は楽しもう、でも、楽しめるかな? 会長が何かをやらかしそうで怖いけど。まあいつものことか、最近慣れてきたかも。
「み、みんな来ていたか、そ、そ、それでは行くぞ」
「会長、行くってどこにですか?」
「遊園地だ!」
「遊園地、ボク初めてです!」
はしゃぐ姫ちゃん、対照的に会長はおとなしい。緊張しているみたいだ。
副会長が会長に歩み寄るが近付く度に会長は遠退こうと後ろ向きに後退。
「どうして逃げるんです、聖羅?」
「わ、わたくしが逃げるだと? そんな訳ないだろうが!」
失礼だけと面白い。副会長が近付くと、会長は後退。さっきからこの調子。
他の人達が珍しげに見ている。さて、止めるかそろそろ。
「会長、早くしないと電車来ますよ?」
「そ、そうだな、早く行くか」
さっさと会長が駅の中へと向かう。すぐにその後を追い、切符を買って電車に乗り込んだ。
それから数分後、遊園地へとやって来た。
「そうだ聖羅、手を繋ぎましょうか?」
「な! ななな、何を言っているんだ! わ、わたくしがそんな事をするわけないだろうが!」
「あは、会長さんが可愛いです」
顔が真っ赤で、全力で否定している会長、確かにいつもの会長を思うと可愛いと思うな。
「まったく、政史の奴め……まぁいい、ほら、これを皆にやる、有り難く思えよ」
会長から渡されたのはなんと遊園地の乗り物がすべて無料になるプラチナチケットだった。
すごいな、こんなの初めて見たな。
「父の知り合いがこの遊園地のオーナーでな、この前わたくしの家に遊びに来た時にくれたんだ、どうだ凄いだろう?」
「わぁ、さすが会長さんです!」
会長の父親は国会議員だったよな、確かにそんな知り合いがいてもおかしくないかも。
そんなこんなで遊園地に入る。周りには面白そうなアトラクションがたくさんあってどれから乗ろうか迷わせる。だが、会長は乗りたいものが決まっていたらしい。
「あれに乗るぞ!」
「あれ? ……げ、ジェットコースター!」
猛スピードで走るジェットコースターが視界に映る。
うわ、コースが入り組んでいて怖そうだ。俺は絶叫系の乗り物が苦手だ。
「ふっ、ふっ、ふっ、こいつはこの園内で一番速くて面白いと言われている奴だ。さ、行くぞ!」
「ボク初めてだから楽しみです! かなめさん、行きましょう!」
腕を引っ張る姫ちゃん。待ってくれ、俺、苦手だって。
「後藤くん、聖羅は絶叫系が大好きですから……死なないで下さいね?」
副会長の言葉に血の気が引く。
「ま、マジで乗らなきゃ駄目?」
「かなめさん、乗り込んだ後に言っても駄目ですよ」
そう、もうジェットコースターに乗り込んでいる、ちなみに一番前。
最悪だ、よりによって何故前なんだ。
「くそ、後藤め良い席に乗りやがって」
「俺に言わないで下さいよ、係の人に乗せられたんだから」
一番前に俺と姫ちゃん。その後ろが会長と副会長だ。
会長と姫ちゃんはすごく嬉しそうだし、副会長は無表情。
「お、動いたぞ!」
「わわわ! 楽しみです~!」
「後藤くん、まだ生きてます?」
「ひぃ! 動いちまったぁ!」
ああ、段々と上がっていくよ。チラッと下に視線を向けると人間が豆みたいに小っちゃい。
そして頂上に辿り着き、落ちた。
「うぎゃあああああああああああああああああ!」
「きゃはは~! すごいです~!」
「あははははは! 最高だぁ!」
それからの走行の記憶が無い。
走っている間の記憶が全く無い。だって、目を瞑ってたから。
走行も終わり、フラフラになりながら降りる。
「う、うう……死にそう」
「良かったなこれは! わたくしが乗って来た中でも一、二を争うほどの面白さだった!」
「これがジェットコースターなんですね、すごく楽しかったです!」
良かった、姫ちゃんは満足げだ。だが、俺は楽しめない、気持ち悪い。
「なんだ後藤、元気が無いな、そんな事ではこの先大丈夫か?」
「この先……うう、自信が無い」
「かなめさん大丈夫ですか? 何か冷たいものでも飲みますか?」
ああ、優しい。やっぱり姫ちゃんは優しいなぁ~、それに対して会長は人の気持ちを考えない。さっきまであんなにテンパってたのに、今はすごく生き生きしてるな。
「冷たい物か、それじゃお言葉に甘える事にするかな」
「分かりました、すぐに買って来ます!」
「あ、私も行きましょう。後藤くん、面白い物を見せてあげますよ」
副会長は姫ちゃんと飲み物を買いに行く。
面白い物? 一体なんだろうか。しばらくすると二人が帰って来る。
「はい、かなめさん、お茶で良かったですか?」
「うん、ありがとう。……冷たくて旨い」
さてと、副会長が言った面白い物とはなんなのだろうか。
副会長は会長に飲み物を渡すところだ。
「聖羅、ジュースです」
「おっ、気が利くな、さすが政史……って! こ、これは!」
副会長が手渡したのはコーラだった。どうしたんだ? コーラでなんであんなに驚いているんだ?
「私のおごりですよ? ちゃんと飲んで下さいね聖羅?」
「ぐっ、うう……」
理由が飲み込めないので直接聞いてみる事に。
「副会長、一体どう言う事ですか?」
「聖羅は炭酸系の飲み物に弱いんですよ。あの喉に来るシュワシュワが嫌いらしいんです。飲む姿が面白いですよ」
副会長って結構腹黒いんだな。会長はコーラを睨みながらどうしようか迷ってるみたいだ。
ここで副会長が一言。
「聖羅、人の好意を無駄にする様な人間では無いですよね?」
「あ、当たり前だ! わたくしを誰だと思っている! い、いただくぞコーラ!」
蓋を開け、会長は男らしく(?)グイッと一気に飲もうと試みた。身体を小刻みに震わせ、涙目、頬を真っ赤にしながら飲んでいる。
「会長がプルプル震えている」
「可愛いです会長さん」
副会長は満足げにそれを見ている。どうやら会長はようやく飲み終わった様だ。
「ウプッ、ど、どうだ、飲んだぞ、これで文句は……ないな?」
「はい、私はいろんな意味で満足です」
「くっ……とにかく次だ! 次の乗り物に行くぞ!」
「次は何に乗るんです、聖羅?」
「えっと……ん!」
ある一点を見つめる会長、俺達全員で会長の視線の先を追うとそこには風船を配る着ぐるみがいた。
「あ、パンダさんです! 可愛いですね」
可愛らしいパンダの着ぐるみがそこにいた。ただ、真っ赤なマントを纏い、真っ赤なブーツをしている。
確かに可愛い、この遊園地のマスコットだろうか?
「かなめさん、あんな種類のパンダさんっているんですか? 両足で立っちゃってますよ?」
「へ? 何言ってんだよ、あれは着ぐるみ……まさか、あれを本物のパンダって思ってたのか!?」
「え! 違うんですか? ボクが小学生の時、親切なクラスメイトさんが教えてくれましたんですよ?」
そうだった、姫ちゃんは言った事を何でも信じるんだったんだ。
多分、そいつ親切なクラスメイトじゃ無いと思う。くそ、姫ちゃんをからかいやがったな、許せない。
「そんな……着ぐるみなんですか」
シュンと急に元気を無くす。それと比例して、彼女は爆発していたんだ。
「あれ? 会長は?」
「あそこですよ」
副会長が指を差す。会長がさっきのパンダに近付いて行っていた。
大興奮して。
「わ! わ! 遊園地のマスコット、パンダマンの鈴木さんだ! わ、わたくし大ファンなんだ! 握手してくれぇ~!」
パンダマンの鈴木さん? なんてネーミングだ。センスが無いぞ。誰が名付けたかは知らないが、家の姉貴とネーミング勝負をさせてみたい。
会長はパンダの鈴木さんに握手してもらうと子供の様にはしゃぎ、パンダに抱き付く。ちらりと副会長を盗み見すると険しい顔。多分パンダに嫉妬しているなこりゃ。
「ま、政史! 写真とれ! パンダの鈴木さんと2ショットだ! 早くしろ!」
「はぁ、私にもあんな感じで接して欲しいものですね」
と言いながら携帯で写真をとる、難しい顔で。
「ああ! パンダマン36号の田中さんだ! 握手してくれぇ~!」
新しいパンダが現れた。ちょっと待て、36号ってやたら多いな。会長もそれ全部覚えているのかよ。
しばらくこの調子だった。せっかくの遊園地が会長を待って時間が進む。気付けばもう一時間も。
「あはは楽しい! 見ろ政史! 初代パンダマンのフィギュアが売ってあったぞ! わたくしに買ってくれ!」
「……お断りします」
副会長まだすねてるよ。会長を待っていて俺と姫ちゃんはベンチで休んでいたのだが、あまりの退屈に姫ちゃんは居眠りしている。
俺の肩に頭を乗せて。
「く~……」
「寝ちゃったか、たく会長め……でも、可愛らしい寝顔だな」
「う~ん……かなめさん……むにゃむにゃ…………あう、違いますよかなめさん、それはおはぎじゃなくて熱い気持ちです……」
どんな夢視てんだよ。
ま、このままでも良いか。今は二人だけの安らかな空間。姫ちゃんを見つめていると彼女の唇にばかり視線をやってしまう。
そう言えば付き合う事になってからまだ一回もキスをして無かったな。
「……今なら出来るか?」
嫌、ちょっと待て俺。姫ちゃんが寝ている隙にキスするなんて卑怯じゃないか?
そう考えていると姫ちゃんの寝言が聞こえて来る。
「むにゃ、かなめさん……大好き……です」
「俺もだ」
と言った瞬間、誰かの視線を感じる。そこを見てみると、会長と副会長がいた。
二人ともニヤニヤしながら。
「プッ! 後藤、なかなか恥ずかしい事を……俺もだ」
会長が面白がって真似をする。恥ずかしいくて顔が真っ赤に。
いつの間にか会長は元に戻っていたし、帰って来てたなんて。
「い、あの、えっと!」
「可愛いじゃないか柳刃は。夢の中までお前を好きでいてくれるんだからな……むにゃ、かなめさん……大好き……です!」
と言って副会長が。
「俺もだ」
この二人、俺をからかって楽しんでいやがる。恥ずかしい。
「や、止めて下さいよ! からかうなんて」
「あはは、後藤、顔が真っ赤だぞ?」
誰のせいだよ。たく、会長だってさっきまで変になってたくせに。
「聖羅」
「ん? なんだ政史?」
「愛してますよ?」
「な! ななな! 何をひってる(言ってる)! 馬鹿じゃないのかぁ!」
副会長の言葉に動揺しまくる会長。副会長って大胆だな、いろいろと。
今の騒動で姫ちゃんが眠りから帰って来た。
「ふぇ? あれ? ボク寝ちゃったんですか? ご、ごめんなさいです! せっかくのデートなのに」
「会長があれだったからな、仕方ないって。まだ時間はあるから楽しもう」
「は、はい。……次は何をするんですか?」
真っ赤になって煙を上げている会長に、次はどうするのかを訊いてみる。
「会長、会長!」
「ふぁあ! な、なんだ! わたくしに何か用か!」
なんか怒ってるけど、とにかく訊いてみた。
「次はどうするんです?」
「次? 次か……ん~、適当にぶらついて面白そうなものに乗れば良いだろう? さ、行くぞ」
「聖羅、私の腕にしがみ付きませんか? そうされると私は嬉しいのですが」
「ふ、ふざけるなぁ! だ、だ、誰がお前なんかに! わたくしは先に行く!」
さっさと前を歩いて行く。顔が真っ赤なまま。それを追いかける副会長。
「はは、会長おもしろいな」
「あ、あの、かなめさん……その……ボクがかなめさんの腕にしがみついたら、かなめさんは嬉しいですか?」
「へ? あ、えっと、う、嬉しい」
姫ちゃんが俺の左腕にギュッとしがみつく。柔らかな彼女の感触、すごく近い距離に。
「わわ! 歩き難いです。でも、ボク、かなめさんと近いって思うと……嬉しいです」
可愛い。何度思ったか。このまま会長達を追いかけた。
姫ちゃん気付いているのか? すごく胸が当たってるんだが……まぁ良いか、すごく嬉しそうだし、俺だって嬉しい。
俺ってエロいな。
二時間が経過した。結果から言うと死にそうだ。
会長が絶叫系の乗り物全て(多分)回った。だからあっという間の二時間。記憶が無い。
「あはは! さっきの奴は最高だったな!」
満足げにしているな、ああ、視界が歪みそう。
またベンチで休む。隣りには姫ちゃんが心配そうにしている。
「かなめさん、顔が青色です。大丈夫ですか?」
「はは、だ、大丈夫だ~」
大丈夫だ~を裏返った声で言ってしまう。そうしたせいで余計に姫ちゃんが心配そうにしてあたふたして困っていた。
ここでとどめの一言が会長から発せられる。
「よし、次だ! 次の奴に乗るぞ!」
死ぬ、マジで死ぬ。
「聖羅、お腹が減ってませんか? もう正午ですが?」
「何? ……そう、だな、腹が減ったな。よし、昼食にしよう」
た、助かった。
昼食は園内にあるレストランで食べる事になった。会長はサンドイッチ、副会長はパスタ、姫ちゃんはお刺身定食。
「かなめさん、本当にそれだけで大丈夫ですか?」
「あ、ああ、これでいい」
頼んだのはオレンジジュースだけだ。乗り物のせいで食欲が無くなってしまったのだ。
ジュース、冷たくて美味しい。
「後藤、ちゃんと食べないと持たないぞ? 柳刃、無理矢理でも食べさせて……そうだ柳刃、お前が後藤に食べさせてやったらどうだ? そうしたら後藤も喜ぶぞ?」
「かなめさんが喜ぶですか? はい、なら食べさせます!」
すると鰤の刺身を箸で掴み、俺の口元へと運んで来た。
こ、これはまさか。
「かなめさん、あ~んです!」
食欲は当然無いのだが、こんな嬉しいイベントを見逃す馬鹿でもない。無理やりにでも食べてやる。
顔を赤くして口を開けると、鰤が入って来る。旨い、嬉しい、恥ずかしい、食欲無し。この感情達が一斉に襲う。
でも、嬉しいが一番大きいかな。
「どうですか? 美味しいですか?」
「う、うん。旨い」
「良かったです。ではもう一口」
再度あ~んが口に。幸せだ、本当に。でも気分が悪いのだが、そんなものは今は引っ込め。
「聖羅」
「な、なんだ政史、こんな状況でわたくしを呼ぶとは、嫌な予感しかしないぞ?」
「私にもあ~んをよろしくお願いします」
と言って口を開ける副会長。あれ? 今日は、嫌、あのクラスマッチから副会長が変わった様に感じる。
会長との時間を楽しむために変わった……のかな?
「わ、わたくしがお前にあれをしろと言うのか! い、嫌だ! 絶対にするものか!」
「だと思いました。なら、私があ~んをしてあげます。はい、口を開けて下さい聖羅」
ホークに巻き付けたパスタを会長に向けている。
「ひゃ! ふ、ふふふ、ふざけるな! 誰がするもの……」
とても悲しそうな顔で会長を見つめる副会長。
どうもその顔が会長の胸を締め付けたらしい。
「そ、そんな顔をするな……し、仕方のない奴だ。い、一回だけだからな?」
真っ赤な頬が更に赤に。会長は照れながら目を瞑り、口を開ける。
パスタが会長の口へ。
「美味しいですか?」
「……ぐっ! な! ぐぅううう! ま、政史! ゲホ! これはなんだ!」
「ああ、たいした事はありませんよ。今のに大量のタバスコが掛かってただけですから」
「な、何する……ゲホ! み、水!」
こりゃあもう喜劇だ。見てて面白いのだけど、姫ちゃんがさっきからあ~んを止めない。
どうやら本人が気に入ったらしいな、このままじゃ刺身定食全部食べちゃうんだけど?
「んんっ、ひ、姫ちゃん、も、もう……」
「え、かなめさんはボクのあ~んが嫌いですか?」
悲しそうに見つめて来る。うっ、こんな顔されたら断れない。
「い、いや、嫌いじゃない!」
「ならあ~んです!」
と言うわけで姫ちゃんの刺身定食を完食してしまった。
どうにか食べ切れた。当然の事ならが、姫ちゃんは何も食べてなかったのでおにぎりを注文。
「聖羅、もう一口どうです? 大丈夫、タバスコはかけませんから」
「もういい! お前、わたくしに何か恨みがあるんじゃないのかぁ!」
「おや、気がつきましたか。今まで待たされた男の仕返し……と言っておきましょう」
「はぁ? 意味が分からないぞ?」
そんなこんなで食事も終わり、また遊ぶ。あははは、死にそうだった。狂いそうだ。
その甲斐とでも言うのか等々絶叫系を全て乗り終える。
「楽しかった! わたくしは大満足だ!」
「死ぬ、ジェットコースター怖い!」
「かなめさん、大丈夫ですか?」
情けないが、また吐き気が。気が付けばもう夕方、オレンジの空が綺麗だ。
「さて、それでは次で最後にするか。面白いのは全部乗ったからな、何か乗りたいものはないか?」
「あ! なら、ボクあれに乗りたいです!」
姫ちゃんが指差した場所にあったのは観覧車だ。
「観覧車か。ふむ、まぁいいか。じゃあ行くぞ」
「そうだ聖羅、二人きりで乗りましょう。後藤くん達もその方がいいでしょう?」
「な! ま、政史! ふ、二人きりだと! 絶対に嫌……」
叫ぶ会長を副会長は手を取って無理矢理連れて行く。
「わ! わわ! 放せ政史!」
「放しませんよ、絶対」
行ってしまった。俺達を置いて。
「じゃ、行こっか」
「はい、行きましょう」
こうして観覧車へと向かう。
そう言えば観覧車に初めて乗るな、ジェットコースターの様に気持ち悪くはならないよな? それだけが心配。
姫ちゃんはすごく楽しそう。その笑顔を見ているだけで不安な気持ちが和らいで行く気がする。疑心暗鬼真っ只中観覧車へと乗り込んだ。あの不快感は無い。なかなか静かで外の風景を堪能出来る。
良かった、大丈夫そうだ。
「わぁ~! かなめさん見て下さい、遊園地が見渡せますよ! 夕日が綺麗です」
確かに綺麗な風景だ。それを眺める姫ちゃんも……綺麗だ。
キスをまだしてない。恋人なのに。
「かなめさん、あれさっき乗った奴です! あれも、あれも。……かなめさん? ボクの話を聞いてますか?」
ずいっと姫ちゃんが近付いて来る。狭い密室、唇が近い。
や、やばい、緊張して来ちまった。どうしよう、えっと、えっと……。
「かなめさん? 顔が真っ赤ですよ、熱があるんですか?」
額に彼女の手が触れる。吐息の掛かる位置にいる。唇が近い。
「あ、あう……」
「ほぇ? かなめさん? 本当に大丈夫ですか? ……そうだ、元気の出るおまじないをしてあげます。かなめさん、目を瞑って下さい」
「え? あ、ああ」
視界を暗くする。元気の出るおまじない? なんだ一体?
ま、まさかこれって。いや、もしかしたら。
突然痛みが走る。両頬が痛い。痛い、なんだ?
瞼を開くと姫ちゃんが俺の頬を指で摘んで引っ張っていた。
「痛たたた! な、何するんだ!」
「えい! え~い! あはは! かなめさんが面白い顔になりました」
それからしばらく顔を遊ばれる。どうやら満足したらしく、手を引っ込める。
「痛い。なんでこんな事を?」
「えっと、川上さんがかなめさんにこうすると喜んでくれるって言ってくれました!」
川上さんがそんな事を? まったく姫ちゃんに妙なことを吹き込んで。
「はぁ、世の中そんなに甘くないか」
「え? どう言う意味ですか?」
「いや、こっちの話だ」
あのパターンならキスって思ってしまった自分が恥ずかしい。
「まだ元気がありませんね。なら、鈴ちゃんが教えてくれた元気になるおまじないをしますね」
鈴ちゃんって、坂本さんの事だよな? 姫ちゃんの親友の。
絶対に悪い事を吹き込んでいるに違いない。
「かなめさん、目を瞑って下さい」
「……しなきゃ駄目?」
「はい! しなきゃ駄目です!」
どうやら逃げられそうに無いな。川上さんは頬を抓るだったな、なら坂本さんは一体何を言ったんだ?
恐れながら、瞼を閉じる。ああ、怖いな畜生。
あれ? しばらく待っているけど何も起きない。
「姫ちゃん? まだ……」
不意だった、それが来るのが。
唇に柔らかな感触。すぐに瞼を開けると、すぐ目の前に姫ちゃんの顔。
視界すべてが彼女で埋め尽くされている。そうだ、これはキスだ。姫ちゃんとの初めての。
姫ちゃんはすぐに唇から離れる。顔が真っ赤だ。それは俺もだが。
「ど、どうですか? 元気出ましたか?」
「えっと、うん。すごく元気になった」
「それは良かったです。……は、初めてキスしました。かなめさんが最初の人……です。あはは、恥ずかしいです」
そう言って、両手で自分の顔を隠している。時々、指の隙間から彼女が視線を絡めて来た。
や、やばい、可愛すぎる。
「……可愛い」
「あぅ、か、かなめさん、恥ずかしいですよ。そんな事言われると、恥ずかしいです」
「なぁ、もう一回……良い?」
「はぅ……次はかなめさんからお願いします」
再び重なり合う唇。胸の鼓動がうるさいくらい激しく鳴っていた……。
姫ちゃんが瞼を閉じて俺を待っている。彼女の肩に手を置き、そのまま自然に重ねた。
こんなムードも何も無いキスだったけど、それでも初めてのキスだ。大切な彼女との思い出になる……なんて事を考えながらキスが続く。
観覧車を乗り終わり、二人で手を繋いで降りた。
ちょっと照れくさいな、まともに姫ちゃんの顔を見れるだろうか?
先に降りていた会長達と合流を果たすと何故か会長が真っ赤な顔をしてボケッとしている。どうしたんだ?
「副会長、何をしました?」
「キスしただけですが? あなた達がしているところが見えましてね、うらやましくて……つい」
み、見られていたのか。恥ずかしいけど、やっぱり副会長は大胆だ。
会長はブツブツと何やら口走っている様だ。
「あう……キス……わたくしが……政史と……キス……」
壊れたなこりゃ。
「それでは帰りましょうか、……聖羅、しっかりして下さい、聖羅?」
ひょいっと副会長が会長の顔を覗き込む。二人の目が合った途端、会長が真っ赤になって爆発。頭から煙が出ている様な感じに。
「か、帰る! わたくし帰る!」
全速力で走りさってしまった。それを追いかける副会長。今日の会長は副会長に遊ばれていたな。
「さ、さて、俺達も帰ろうか」
「は、はいです。……かなめさん」
「うん?」
「えっと、今日は楽しかったです。こんなに幸せな日々がいつまでも続く事をボクは願います。優しい時間を共にいてくれて、ありがとうです」
そして笑顔。それは今日一番の笑顔、美しくて、神聖さを思わせる。
「俺もありがとう。姫ちゃんと大切な時間を一緒にいられるのが嬉しい……さ、帰ろうか」
「はい!」
力強く手を握り合いながら夕日を背に帰宅して行く……。




