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第十一話 いつもこの場所で


 受話器の向こうから聞き慣れた声になんの心配は無いと相手に伝えた、すると小さく『そう』と呟いた。


『政史、……何度も訊くけど、やはりこっちには来ない? 外国暮らしって言っても頭の良いあなたならすぐに言葉を覚えるわよ、それに……』


「母さん、私は日本にいますよ、これは絶対です」


 電話の相手は私高崎政史の母だ。父と母は科学者だ、その能力が二人とも外国のある研究所に認められ、そこで働いている。本当は私も着いて行くことになっていたが日本を離れたくないと言って無理矢理残ったのだ。

 何故行かなかったのか、それは理由があるからだ。


「それじゃ身体に気をつけてください、父さんにあまりタバコを吸うなと伝えといて下さい」


『もう、いつもこの話しをはぐらかすんだから……じゃあね、夜遊び……は、しないわね、ま、身体に気をつけて』


 こうして会話が終わる。


 ここは私が暮らすマンションの一室だ、窓から見える町並みは光が降りそそいでいた。今は正午、これから昼食をどうしようか考えているところに母親から電話がかかってたのだ。


 さて何を食べようか? 一人なのでいつも自分で作っている、自分で言うのはあれだがなかなかの腕だと自負している。冷蔵庫を開けようと手を伸ばすと電話が鳴り始める。

 出ると彼女の声が聞こえた。


『わたくしだ政史、昼はもう食べたのか?』


「いえ、まだですが?」


『そうか、ならわたくしと昼食を食べに行かないか? 心配するな、わたくしのおごりだ!』


 突然の昼食への誘いを聖羅が申し出て来た。やれやれ、昔から突然にいろんな事を決めるな。

 しかし丁度どうするか悩んでいたところだ、断る理由がない。

 それに断ると後が怖い。


「そうですか、おごりなら行きましょう。美味しいものをお願いしますよ? 期待してますから」


『任せておけ! わたくしを誰だと思っているんだ? そこら辺のやからと一緒にするなよ? 期待していろ』


 彼女はそう言うが期待しない方が懸命だろう、時々こんな事を言って来るが当たりは少なく大抵は不味かったりする。

 雑誌などで見たお店に行きたいとよく彼女は言う、今回もまた雑誌で見つけたお店だろう、さて当たりかはずれか。


「どこかで待ち合わせをしますか?」


『その事なら大丈夫だ! ……それ!』


 掛け声を放ったと同時に玄関のチャイムが鳴り響く、どうやらもう来ていたらしい。

 それなら直接話せば良いだろうに。玄関へ行きドアを開け放つとそこには聖羅が頬を赤くして立っていた。


「どうだ、びっくりしただろう!」


 してやったりと自信満々にほくそ笑み立っている、そんなには驚かなかったがどうやらびっくりする方が良いみたいだ。驚いた表情を示すと満足げにハニカム。

 時々おちゃめな事をする、いつもと違う彼女が可愛らしい。


「それで、どこへ行くのです?」


「まぁまぁ、慌てるな、わたくしに着いて来れば分かる、行くぞ政史」


「まったく、いつも突然ですね……では、エスコートお願いします」


 任せろと胸を張る、彼女の横に並びながら町並みを歩く。何事にも自信を持ち、自分が信じた事をやり遂げようとする強い意志を持っている。

 私と彼女は幼馴染み、最初の出会いは小学生まで逆上る事になる。

 小学校二年生、クラスが変わり、新たな日常が始まろうとしていた。新しいクラスメイトの女子の中心に彼女がいた。

 まだ知らない者同士だったが席替えの時に隣り同士になる、そこで初めて言葉を交わした。


『お前、名前はなんだ? わたくしは宝条院聖羅だ!』


『私は政史、高崎政史です』


『高崎か、覚えておく。今日から隣り同士だ、よろしくな』


 それからよく話す様になる。会話の内容は昨日のテレビの話や、勉強の事など、そんなにたいした話ではないが何故か楽しかった。

 それから気がつけばいつも一緒にいた、彼女の隣りにいつも私はいた。


「政史! わたくしの話を聞いているのか?」


「おっと……なんでしたか?」


「まったく、しょうがない奴だな」


 いけないな昔の事を思い出していた。彼女はご立腹だ、なんとかフォローをし、怒りをなだめた。

 その後歩き始めて数分後、どうやら目的地に着いた様だ。


「ここだここだ! 着いたぞ政史」


「……ここですか?」


 そこはラーメン屋だった、別にラーメンが嫌いだと言うわけではない、ただ建物が古くて植物のつたが建物の壁を浸蝕し、支配していた。

 はっきり言って不安だ、こんなところを何故選んだのか。


「この前、この店の前を通った事があったんだが、怪しげな感じが気になってな行ってみたくなったんだ」


「……帰りません?」


「馬鹿者! せっかく来たんだぞ? 入らなくてどうするんだ! さぁ、行くぞ政史!」


 意気揚々と思えるトーンだが私を先頭に立たせて行かせるとは。取りあえずドアを開けてみた、予想通り客が一人もいないガラリと寂しい店内だ。

 入店を躊躇していると、彼女は私の背中を押してズンズンと中へ。


「店の者はいないのか? すいませ~ん!」


 さすがにいつもの口調で叫ぶ訳にもいかず、敬語になっていた。そういう事はわきまえている。

 しばらくしてお店の店長らしき男が出て来た。店長と言ったら一般的に力強い男を思い浮かべるのだが、出て来たのは以外にもやせ細り、眼鏡をかけた文化系の似合う男だった。


「いらっしゃいませ……」


 声が小さく顔色も悪い、今にも倒れそうな感じを受ける。こんな人がラーメン屋をやっているのか、嫌な予感しかない。


「何にしましょう……」


「そうだな……お、これは良さそうだな、店長スペシャル、それを二つ!」


「ちょっと待ってください、私も同じですか?」


「良いじゃないか、お前だって何にするか決めてないんだろう? なら店長スペシャルにしろ!」


「はぁ、分かりました、あなたに任せます」


「よし、店長スペシャルを二つで」


「分かりました、少々お待ちください……」


 強引に店長スペシャルを頼む事になった。こういった事は日常茶飯事だ、わがままで自己中心的、でも彼女のわがままは何故か腹がたたない。いつもの事だからだろうか?


「聖羅、夏休みが残り少ないですが何処か行きたい場所はありますか?」


「ん? なんだ急に……まさか、わたくしをデートに誘ってるのか?」


「はい、その通りです」


 素直にそう言うと聖羅は顔を赤くし動揺していた。またいつもと違う一面を見られて、私は満足していた。


「な、ななな、急に変な事を言うな! 本気にするだろうが!」


「本気なんですがね」


「え? ……本気なのか? ……わたくしとデートしたいのか?」


 もじもじと身体を動かし、頬を赤く染めてこちらの返答を待っている。また違う彼女がここにいる。


「はい、本気でなければこんな事は言いませんよ?」


「……ば、馬鹿者が! わ、わたくしをデートに誘うなんて十年と半年早い! き、却下だ!」


 却下と言った時、声が裏返っていた。なるほどよほど恥ずかしい様ですね。昔からデートに誘うとこんな感じで断られる。恥ずかしいらしいが勇気を出して言ったのに、耳まで赤くなった彼女はそっぽを向いていた。

 いつものあなたはどこに?

 でも、本当の彼女は繊細で可愛らしい事を私は知っている、だから気長に行こういつもの様にそう思っている。だがしかし。


「じゃあ、また今度誘います」


「あ、ああ、そうだな……あれ?」


 彼女は店の奥を見て間抜けな声を出していた、どうやら私達以外にお客がいた様だ。


「いつの間にかわたくし達以外にも客がいた様だぞ? 意外にここは旨いのかもしれない」


「そうですか? 取りあえず待ちましょう、答えはもうすぐ分かるはずですから」


 時間が経ち、ようやく店長スペシャルが運ばれて来たがそれは理解しがたい物。


「聖羅、これは……食べ物ですか?」


「わたくしに聞くな、これは……食べ物……なのか?」


 それは食べ物には到底思えない物だった。ラーメンのスープはどす黒く、中の麺が見えない。スープはボコボコと沸騰しながら目の前に置かれている。


「ま、政史、先に食べて良いぞ?」


「いえいえ、それは辞退させていただきます……ここは誘った方が先でしょう」


「くっ……仕方ない、わたくしが誘ったんだ、見ていろ食ってやる! この命に代えてな!」


 そこまで覚悟がいる食べ物がこの世にあったとは。


「聖羅、無理はしない方が……」


「ば、馬鹿にするなよ! こんな物、わたくしなら楽勝だ! いただきます!」


 いただきますの最後のすが裏返っていた。汗を額ににじませながら、恐る恐る箸をスープに投入、麺を探している。そして麺を発見したらしい、ゆっくりと箸が天に上り、麺が空中に現れる。


「……麺も真っ黒だ、食べれば良いんだろう? い、行くぞ、匂いは悪くないんだ!」


 麺は聖羅の口へと侵入、ものすごく嫌な顔をしながらまずは一噛み、二噛み、三、四と続く。


「……旨い、信じられない、こんなに美味しいラーメンを食べたのは初めてだ! この麺のこし、歯応え、素晴らしい。スープはどうだ? ……んぐっ、旨い! 意外にあっさりしていて女性が好む味だ!」


 大絶賛だった。意外だ、聖羅が料理を褒めるのは余程な事がない限り褒めないはずなのに。


「本当ですか?」


「わたくしを信じろ! だまされたと思って食ってみろ!」


 そこまで言うのであればいただかないといけないな。一口食べてみるとなんとも言えない旨味が口の中に広がる、確かに美味しい、こんなラーメンを食べたのは初めてだ、旨い。


「驚きです、こんなに美味しいなんて」


「やはりわたくしの目に狂いは無かった、良い場所を見つけたぞ!」


 先程までの態度とはまったく違う。まぁいい、深く詮索しないでおこう。ラーメンを二人で舌鼓を打つ、今回は当たりだったらしい。


「ふぅ、旨かった、また来たいな。……それにしてもおかしい、こんなに旨いラーメンなのに何故客があまりいないのだ?」


「……そうですね、確かにラーメンは一級、店の前があんなですからね、客が入らないのでは?」


「そうだな、外装を綺麗にすれば行列が出来るのは間違ない」


「そう思いますか……?」


 不意に店長が話に入ってきた。


「きゃあ!」


 聖羅の悲鳴に私も思わず叫んでしまいそうになってしまったが、どうにか我慢に成功。聖羅と私の真後ろに店長が突然現れた。一体いつの間に? 気配を消せる人間なんてあまりいないと思うが。


「すいません……脅かして……」


「ま、まったくだ! お、驚いてしまった」


「それで? 店長さん、私達に何か用ですか?」


 しばらくの沈黙、そして話し始めた。


「……実は、あなた達は今年になって初めてのお客様なんです……ですから、どうしたらお客様が来るのか、聞いてみたくて……」


「初めての客だと? 何を言っているんだ、後ろに客が来ているではないか」


「……ああ、なるほど、あなた達は……見えるんですね……」


「見える?」


 この答えを聞いた時、何故あんなに美味しいラーメンがあるのにお客がいないのか、納得してしまった。彼はその理由を語り始める。


「あそこに見える人達は……居ないはずの人達なんです……」


「ん? 一体、何を言ってるんだ?」


「だから……あれは……この店に出る、霊なんです、そうですか、お客様には見えるんですか、あははははは……」


 まさか、そんな馬鹿な。私と聖羅はすぐにその場所を目を凝らすと、うっすらと身体が透けており顔色は蒼白、足が……ない。


「きゃああああああああ!」


 私達はすぐにここから出て行こうと駆け出したが店長に腕を掴まれた。

 まさか、店長も幽霊だとでも言うのか!


「は、は、放せ! わたくしをどうする気だ! 放せ! 嫌だ、放して!」


 私と聖羅の腕を掴み、束縛されてしまう。何をする気だ、聖羅はオバケが大の苦手、先程から泣き叫んでいる。そんな私達に店長は口を開く。


「ラーメンのお金、まだですよ……」


 しばらく沈黙、そうだったこのままでは食い逃げになってしまうな、すぐにお金を払い店から飛び出す。


「……不覚だ、大不覚だ! くそ、政史! 今見たのは忘れろ! すぐに忘れろ!」


 顔を真っ赤にして聖羅が喚く。自分のあらわも無い姿を見られ恥ずがしがっている。分かったと伝えると、すぐに顔色が悪くなった、まさかこんな昼間から幽霊を見るとは思わない。

 店長も私達に相談する前に幽霊をなんとかする方が先だろうに。


「あれ? 会長と副会長?」


 唐突の声、二人でそこを見ると皆川真とその彼氏である佐波峻がそこにいた。


「……こんなところで何をしているんだ皆川?」


「実はですね、この近くに幽霊の出るラーメン屋があるって聞いて食べに来たんです! ……あ! ここだ、ここだ! さ、行こうしゅー!」


「マジで言ってるの? ま、まこちゃん、やめようよ、俺、幽霊とか苦手なんだよ! やめ……うわぁ! 腕を引っ張らないでくれ! やめてくれ!」


 二人はあのラーメン屋の中へ。皆川くんの頬は真っ赤に染まり楽しそうにしていた。彼女は幽霊などのオカルトが大好きだと言っていた事があったな、物好きだな。

 そして店から二人の会話が聞こえて来る。


「うぎゃあああああああああああ!」


「あははは! 本当にいるんだ~! ほら、逃げないでよ! せっかく来たんだから、食べるよ!」


「ひぃいい! 勘弁してくれー!」


 彼が可哀相に思えた。


「幽霊を見て笑うとは……皆川、恐るべし。さて、帰ろうか政史」


「そうですね」


 幽霊を怖がっていた事を無かった事にしているな、彼女らしい。


 急に昔をまた思い返す。あれは小学校5年の夏、友達と肝試しをする事になった。場所は夜の学校、男友達と行ってみたら同じ考えの女子が来ていた。

 その中に聖羅がいた。どうせだから一緒にする事になり男女でペアを組んだ。


『ん? 高崎か、よろしく頼むぞ、やめるなら今だぞ?』


 強気な言葉、本人は怖がっていたはずなのに。そんな事を知らない私は怖くないと反論していたな。

 暗闇の廊下、二人で歩く、聖羅は私の前をズンズンと勇ましく歩くが強い風で窓がガタガタと震え出すと大きな音を廊下に響かせて行く。それにびっくりした聖羅は転倒、情けない格好で地べたに転んでいた。


『こ、怖くなんか無いからな! わたくしは怖い物は無い! だから……』


 何かを言いかけるが、その直後、先程よりも強い音が生まれ、また廊下に響く。これが彼女にとどめをさす。


『きゃああああ!』


 頭を抱えながらうずくまり、ガタガタと震えている。


 そんな事があったな懐かしい。


「ん? 政史、わたくしの顔を見て何を笑っている?」


「いえ別に、なんでもありませんよ」


「そうか? 何か怪しいな、言いたい事があるなら言ってみろ!」


 怪しげなものを見る様に私を睨んでいる、なんでもないと言い返すが無理の様だ、仕方ない話すか。


「昔の事を思い出していたんですよ、ほら小学生の時の学校でやった肝試し」


「あ、あれを思い出したのか! あれは……別に怖いからああなったわけじゃなく……って、ちょっと待て、なんでそんな昔の事を思い出しているんだ?」


「さぁ、どうしてでしょうか、気が付いたら思い出していました」


「変な奴だなお前は……まぁ、その変さは今に始まった事では無いがな」


「ははっ、酷いですね」


 それから私達は街に繰り出し、遊ぶ事にした。実際これはデートでは無いのか? そう彼女に問うと、絶対に違うと全力で拒否された。

 まぁいいか、彼女が違うと言うなら違うと言う事にしておこう。


「政史、買い物に付き合ってくれ」


「つまり荷物持ちをしろと?」


「なんだ、分かってるじゃないか、今日は欲しい服があるんだ!」


 やれやれ、わがままなお姫様だ。


 彼女の隣りを歩く、ふと疑問が頭を掠める。

 何時からだっただろうか、彼女が私の事を高崎から政史と呼ぶ様になったのは。

 過去を検索、確かあれは小学校6年の時だったかな。

 聖羅が空手の稽古で足をケガした時だ、ある時野良犬に襲われていた、彼女は戦おうとしたがケガのために上手く動けなかった。

 丁度その現場に通り掛かった時、彼女に迫る危機に身体が勝手に動いていた、落ちていた木の棒を握り締めて走り出す。


 何故だろう、彼女が襲われている姿が心を刺激した、助けなければ、彼女のためにそう思う自分がいた。

 なんとか追い払う事ができ、助ける事ができた。


『大丈夫ですか?』


『あ……ありがとう、助かった』


 その次の日だったな、高崎から政史に変わったのは。


「おい、政史、この服はどうだ? 似合うだろう?」


 時間が少し進み、今は彼女と服を選んでいるところだ。あれこれといろんな服を持って来てはどれが良いか聞いて来る。

 こちらの方がいいと答えると、ならこれを買おうと答えてレジへと向かって行く。

 何故かその後ろ姿が嬉しそうに見える。

 買い物も終わった帰り道、不意に彼女が私に質問をしてきた。


「……なぁ政史、何度も聞いて来た事なんだが、なんで引っ越しを断って日本に残ったんだ? 両親と離れてまで」


「またその話ですか? 前にも言ったと記憶してますけど? 内緒だと」


「毎回それだ。今日と言う今日こそその理由を教えてくれ! 昔からはぐらかされて気になっていたんだ!」


 またこの質問、何故私が外国に行かなかったのか、それは……。


 あなたがいたから。


 私のこの気持ち、彼女は分かっているかは知らない、でもいつかこの気持ちを伝えようと思う。

 訳が分からず難しい顔をしている彼女、まだ謎のままにしておこう、何故なら私が恥ずかしいので。


「教えろ、政史!」


「内緒ですよ」


 こうして帰り道を進む。

 彼女の隣り、いつもこの場所でいつかこの気持ちを伝えるその日を待ちながら……。



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