暗転
その時、その部屋の屋根の上。上空。
その時、空に何かがいた。
形容できない形をしていた。
それは巨大な鳥だった。
しかし、鳥というには、それは大きすぎる。
生物としてのバランスを崩した大きさ。八メートルの怪鳥がいる。
それが、広瀬の部屋、むしろ笠島十凪をめがけて急降下するのと、十凪がそれに気付くのは同時のことだった。
「来る……。危ないっ」
十凪は広瀬を突き飛ばし窓に向かって走り出す。鍵を開け、外へ出る。
一体何日ぶりだろう、外の空気。そこに心地よさを感じる暇も無く、気配の元を探す。
そして、いた。真上に、その巨大な翼を発見して
「使い魔……」
そう漏らした後、十凪は天に手をかざす。その手の延長線上にいる、その巨大な鳥の化け物に向かって、『標準』を定める
「産まれろ、飢餓月っ!」
手の甲の疵口から、大量の霧が噴出す。
方向性を持って拡散することなく上空に噴出される霧。
それはわずかな時間の後、すぐに巨大な鳥を包み込み、形を持ち始め、蛇になった。
それも、どこか生物学的にはおかしな形をしていた。
広瀬の家の上空で、
羽毛の無い鳥と、紅色の蛇が絡み合い、戦っていた。
「殺せ、飢餓月っ」
名を呼ばれた蛇はそれに応えるようにしゃーと叫び、鳥を締め付ける。
そして、その戦いを見届けている、十凪。
その背後で、怯えていた。
広瀬は、怯えていた。
何が起きたのかはわからない。わかるのは、突き飛ばされて、気が付いたら屋根の上からおかしな奇声と嬌声、そして「殺せ」と叫ぶ一人の魔女の姿。
魔法使いは振り向いた。
「大丈夫?」
こちらに近付き、手を差し出す。
「平気?」
そして、その手をとろうとして、
「ひっ……」
広瀬は後ずさった。その手から逃げた。
十凪の動きが、一瞬止まる。けれど、それほどショックは受けなかった。
それはそうだろう。おそらくは生まれて初めて見た『魔法』、そして、魔法の反動で皮膚が裂けた自分の右手。その手から流れる血液が床に垂れて……。
怖くたって仕方が無い。それは、せめても仕方ないし、うらめるはずもない。
『くぎゃあ』
鳥の叫び声。
慌てて窓から顔を出し、空を確認する。
東の空に向かい、逃げてゆく鳥の姿が見える。
「逃がすものか」
動き出そうとして、放置していた広瀬のことを思い出す。
もう一度振り返ると、どうしていいのかわからない、という風な広瀬がいた。
ただ、彼女には感謝と親愛の気持ちしかなかった。
震えるままの少女に、片腕から血を流す魔法使いは先ほどの質問の答えを言った。
「広瀬さん、私はね、福岡で同級生を殺したの。でもね、それからここまで逃げるまで、この町に来てから、あなたに助けられてからは誰も殺してなんかいないよ。きっと、犯人は別の魔法使い。今、私を狙って来たのも、その魔法使い。これ以上あなたに迷惑をかけられないから、私行くわ。色々とありがとう。……私、これでもし死んでしまっても、多分平気。雪坂さんにも、よろしくね」
窓から、飛び降りた。




