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 一日目・朝




 武装市盾町立土居中学校の生徒会本部役員は全十一名で構成される。

 この中から副会長二席、本部役員会議議長一席を誰かが兼任。会計が一席。黒板書記と記録書記が一席ずつ。広報製作担当が一人。コンピュータ係が一人。ベルマーク集計役が一人。生徒会直轄花壇世話係が一人。すべての委員長がなにかしら別の係りを兼任しているが、これらの肩書きは投票によって選ばれた本部役員があみだくじで決めている。

 しかしたった一人、選挙で最多得票を得た人間がなる役職がある。

 生徒会本部役員を束ねる男。

 これといって、目立つ仕事はなく、何か大きなことをしてもいない。

 通称。土居中生徒会で最も暇そうな男。そして、実際最も暇の少ない男。

 人は彼を生徒会長とか、ユッキーとか、雪坂君と呼ぶ。





「ねえ雪坂ゆきさか君、知ってる?」

「修飾語のない疑問文には答えられそうにありません」 

 時刻は朝七時二十六分。川沿いの道を急ぐ自転車があった。

 自転車の操縦者は男。荷台に横座りをしているのは女。どちらもまだ子供というような、若い顔立ちをしている。

 必死な表情でペダルを漕ぐ、雪坂と呼ばれた彼。白いシャツに黒いズボン。標準的な夏用学生服を着た、どこにでもいそうな少年。土居中学校は公立学校だが私服は許される。それにもかかわらず学生服を着るのは彼くらいで、その後ろ、荷台に座っている少女は、白いフリルのついたシャツに黒のスカート、そして赤いリボンというゴシックな装いに身を包む。彼女の幼い表情にはその服装が似合い過ぎ、一種独特の雰囲気を持っていた。

「で、広瀬ひろせさんは俺に何を知っているかと訊きたいわけです?」

 必死に自転車を加速させ朝っぱらから額に汗の雪坂は、後ろを見ることなく少女に問い返す。

 自転車の猛スピードと朝の風に浮き上がる髪を押さえながら、広瀬と呼ばれた少女は会話の続きを切り出した。

「また、魔法使いが出たんだって……」

 雪坂は動揺などの様子は見せずに、さも当たり前のことを訊かれたように答える。

「そりゃ、出るでしょう。厚生省の発表だと日本人の二万人に一人は魔法使いだそうですから」

 どこかからかうような少年の返答。不満らしく少女は続ける。

「そうじゃなくて、また魔法使いが殺人事件を起こしたんだよ」

「そうですか」

「そうだよ」

 声が沈む。どこか不安そうな、口ごもる発音。

 その事件なら雪坂も知っている。今朝のニュースでやっていた。

 なんでも数日前に九州の方で高校生が同級生男子六人を殺害して、警察の制止を振り切って逃亡したという事件があった。何故そのような凶行に出たのか? 動機は不明だが、その死様の尋常のなさと、周囲に付着していた学生の血液、目撃証言などからその未成年が実は『魔法使い』ということがわかり、道という道に検問が張られ捜索が続いているという。自衛手段以外の暴力はやはりこの国でも犯罪になる。国家権力が総力をあげて犯人逮捕に取り組んでいると、ニュースキャスターが言っていた。

 そんな情報を知れば、不安くらい感じるかもしれないが、それでも事件が起きたのは九州で、ここは関東。そこにある距離は、その出来事がどこか遠い世界の話のように感じさせる。まだ十五歳の少年少女には、そんな危機感をわかることはできないかもしれない。


 雪坂は一人考える。

 守備の為ならばあらゆる防衛が許される世になって何年か過ぎた。

 最初の内こそ新聞はテレビ蘭とスポーツ欄を除けば殺人事件のオンパレード状態だったが、今では平和そのもの、事件なんて書かれることはない。事件が減ったのではない。

人が殺されるのが、普通の世界になったということ。

 今頃人死にで話題になるのは、芸能人と魔法使いの話だけだ。

 逆に、これほどまでに繊細な反応をする彼女が珍しい。

 

 

 広瀬が声のトーンを低くしたまま会話を続けた。

「怖いね」

 ならば朝からそんな話しなければいいのに。などと思いながらも雪坂は話を合わせる。

「確かに、怖いですね」

「もし、どこかの魔法使いがこの町にも来たらどうしよう」

「別にどうにもならないでしょう。その時は警察か保健所に連絡して、捕獲してもらえば多分人間至上主義者の皆様が勝手に処刑してくれて、次の日からまた平和な朝ですよ」

 普通のことを言ってみたつもりだが、広瀬は驚いた顔をして雪坂にくってかかる。

「そんなの……ちょっと酷くない?」

 さっきまで怖がってたのは誰だ。とも思ったが、それを言うのはやめた。

「魔法使いには何しても犯罪になりませんからねー。とりあえず、こちらが何かされる前に殺しておけってことでしょう」

 朝の風は、少し冷える。

 雪坂は汗のにじむ背中にぞくり、と悪寒が走るのと、自転車から落ちないように自分のシャツの端を掴む広瀬の力がぎゅう、と強くなるのを感じた。

「でも、おかしいよ。だからって何もしてない人を……」

 雪坂の位置から広瀬の顔を見ることは出来ないが、予想がつく。不機嫌そうな、怒っているような、ひきつった顔。こういう会話をしていると、彼女はいつもそんな顔をする。そしてその顔をされると、雪坂の負けである。

 いじめるのはこの辺にしておいて。

「だから、そういう酷い目に遭わされるから、魔法使いも報復する気にもなるんでしょうね」

「人が酷いことしたから、魔法使いも酷いことするの?」

「さあ……。ただその九州の事件だって、どういう背景があるかわからないですよ? 先に襲ったのだって人間の方かも知れませんし」

「……どうして、魔法使いを殺そうとするのかな」

「広瀬さん。もしかして、魔女狩り法が魔法使いを皆殺しにするための法律だとでも思ってないですか?」

 後ろにいるでの見えないが、そのきょとんとした表情は想像できる。

「……違うの?」

 ああ、確かにテレビや雑誌など、若者が使う情報源には魔法使いのことを悪く書かれてばかりだし(そのほうが売れるのだから仕方ない)メディアが扱う魔法使いといえば殺人犯だけだし近頃の漫画やらライトノベルだと悪の魔法使いと戦う傭兵の話が黄金パターンなのだが。

「あのですね、あの法律が施行されてから、魔法使いが有名になったわけですけど、別に二つの事柄に因果関係なんてないんですよ? たまたま正当防衛で殺された加害者が、たまたま魔法使いだったわけで、それが噂に噂を重ねて、魔法使いは人間に悪意を持っている、みたいに解釈されたわけです。悪役を作っておけばそこに怒りや不満が集中しますからね。ほら、昨日の特番でも不況の抜け出せない原因が魔法使い、って暗に言ってたでしょ? 俺から言わせてもらえば五十数年前の金融破綻からのツケが残ってるようにしか思えませんよ。それに新聞とかニュースとかもで魔法使いが犯罪を犯しているって言われていますけど、数から言えば、人が人を殺す数の方が多いんですよ。この町でだって、魔法使いはいないけど人は死ぬでしょ?」

 そこで、広瀬が一度も相槌をうたないことに、少し疑う。

「って朝からあまり良い話ではありませんでしたね。すみません」

「雪坂くんは魔法使いが怖くないの?」

 素朴な疑問である。確かに、広瀬の周りにはそんな考え方をして、そんなことを言う人間はいない。いたとしても、それを声高に喋ることがどれだけ空しいことかを知っているのだ。けれど、雪坂は、言う。

「怖いですよ? でも向こうも同じくらい人間が怖いだろうな、と思ってるだけです」

「雪坂くんはどうしてそんなにいろんなこと知っているの?」

「別に。大人になれば誰でも気付く程度のことですよ」

 そのまま黙ってしまった広瀬に、この会話の締めを聞かせる。

「とはいっても、部外者の言葉ですから、実際に会ってみない事にはどうにも言えませんけどね。ところで今何時ですか?」

 広瀬は左腕に嵌めた時計を確かめる。毎朝几帳面に針を合わせているので誤差は皆無である。

「えと、ね。七時二十九分」

 どこか飄々とした雪坂の表情が崩れる。

「まずい、遅れる」

 首をかしげて、広瀬は尋ねた。

「でも、始業は七時四十五分でしょ? 間に合うと思うけれど」

「俺は普段七時半には教室に入っているんです。それが俺の生活パターン。なのに、ああ。このままじゃ遅れる!」

「別に時間までにつけばいいと思うんだけれど」

 しかしそんな忠告は耳に入っていないのか、雪坂はさらに強く踏み込む。

「きゃ」

 いきなりの加速。思わず体がぐらついた広瀬は雪坂の背中にしがみつくが、彼は容赦はしてくれない。

「ちょっと、雪坂君、雪坂くーんー」

 少女の悲鳴を引き連れて、暴走自転車が河原を行く。


 どこかで事件が起きていても、中学生の生活は、それほど大きな変化はしていない。

 それはあまりに変わらぬ朝で、いつものように日は昇る。


 土居中学校。それが本当に教育機関なのかと疑わんばかりに高い塀で囲まれ、出入り口も一つだけ。子供たちを受け入れる場所なのに、何かが入ることを拒むように威圧感たっぷりなコンクリートの建造物。


 魔女狩り法。元々混乱の世界で弱者が武装することを許可するための法律であったという。その流れをついで国に関与する施設はほとんどが武装していたり強固な要塞の如きしつらえになっている。

 門番が二人と廊下に監視カメラ。この程度の装備しかないこの学校は、結構この時代には遅れている方だった。

 しかしここも田舎町。それほど犯罪件数もあるわけでなく、関西地区のように学校が襲われるなどという話も聞かなかった。

 利益の為に暴力を扱う集団は、犯人の人権を『必ずしも』尊重しなくてよくなった警察に検挙されているので、真面目に生きてる人間が犯罪に巻き込まれることは少なくなった。とは言ってもそれは治安がどん底にあった数年前からの話であり、絶対的な数でみれば二十世紀終盤と同程度。それなりに罪は犯され、人は死んでいる。


 そう、やはり平和というには、武装防衛は血なまぐさすぎる。


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