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魔法使いは歌わない ラブソングは聞こえない


「ねえ、雪坂君知ってる?」

「少なくとも広瀬さんが知っていることはなんでも知っていると思います」

 時刻は朝七時二十六分。川沿いの道を急ぐ自転車があった。

 自転車の操縦者は男。荷台に横座りをしているのは女。どちらもまだ子供というような、若い顔立ちをしている。

 必死な表情でペダルを漕ぐ、雪坂ゆきさかと呼ばれた彼。白いシャツに黒いズボン。標準的な夏用学生服を着た、どこにでもいそうな少年。土居中学校は公立学校だが私服は許される。それにもかかわらず学生服を着るのは彼くらいで、その後ろ、荷台に座っている少女は、白いフリルのついたシャツに黒のスカート、そして赤いリボンというゴシックロリータに身を包む。彼女の幼い表情にはその服装が似合い過ぎ、一種独特の雰囲気を持っていた。

「からかうのはやめときますけど、広瀬さん、なんですか?」

 広瀬と呼ばれた少女は少しふくれたが、思い直して答えた。

「十凪ちゃんが言ってたんだけれど、この町にはね、もう一人魔法使いがいるんだって。それで、その人がいろいろ悪いことしているんだって言ってたんだ。それで、十凪ちゃんを狙っているらしいんだよ。本当に、十凪ちゃんはこの町から逃げ切ったの?」

 雪坂は少し面倒くさそうな顔をして、後ろを向かずに答える。

「ええ、昨日俺が引き止めて、十凪さんにそのまま次の町に逃げるように言っておきましたから。ああ、戻ってきたら広瀬さん寝てたんでそのまま行ってもらいました」

「そっか……。もう一度、お話したかったな……」

 その声のトーンに広瀬の感情を読み取る。

「……別に十凪さん怒ってはいませんでしたよ。ただ広瀬さんによろしくって」

「本当に? 雪坂君は自然に嘘をつくから怖いよ」

「信じてください。後、いいかげん鍵を閉めるの忘れないでください。無用心すぎるんですよ。なんで戻ってきたら強盗が入ってるんですか。何回侵入されたら気が済むんです? まあ、昨晩は偶然にも間に合ったからよかったものの。もし俺が警察呼ぶの遅れていたらどうするんです!」

「うー、ごめんなさいー。でも私、雪坂君に助けられてばかりだね」

「何を今更、ってやつです」




「ありがとうね」

「別にいいですよ」

「本当に、ありがとう」

 雪坂は、その言葉の静かな重みに、沈黙せざるを得なかった。

 そして、言おうかどうか迷っていたことを、口に出した。

「広瀬さん、彼女は犯罪者です。これから先ずっと警察から追われ、人々から非難され、再会できたとしても、きっと災厄を振りまくことでしょう。そしてその時は、俺もなんとかしますけれど、きっと辛い思いしかできないことは保証します。広瀬さん、それでもあなたは十凪さんと友達でいてあげられますか?」

 その問いに、広瀬は自信を持って答えた。

「雪坂君、私はいてあげるとか、そういう言い方は好きじゃないな。私は、十凪ちゃんに、友達になってほしいよ?」

 間接的な肯定に、雪坂は

「そうですか、じゃあ俺は何も言いません。せいぜいうろたえて、悲しんでください」

「えーん、雪坂君がひどいよー」

「何を今更、ってやつです」

 笑った。

「雪坂君が笑うところ、久しぶりに見たよ」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ……でもなんだか、雪坂君の笑顔って……懐かしい気がするんだ。ねえ、雪坂君ってもしかして転校してくる半年前にも、会ったことない?」

「無いです。……ちなみに今何時ですか?」

 広瀬はいつものように答えた。

「七時三十一分……。ねえ、やっぱり今日もなの?」

 雪坂はいつものように、答えた。

「当然でしょう、遅刻です」


 少年は漕ぐ力を強めた。


 河川敷を猛スピードで駆け抜ける自転車。

 向こうの方では、朝の電車が立橋を渡っていた。






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