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十四日目 深夜



 土居町は田舎町ゆえに電車も一時間に一便程度しかなく、終電も早い。まだ残業しているお父さんも多い時間帯。けれど、外に出歩く人も全くいない時間帯。そんなころにはもう、プラットホームに立っていなければならない。

 駅員が一人で足りてしまうような小さな駅のプラットホーム。切符を買って、白線の後ろに行く。ちょうど窓から死角になり見えない位置に、二つの影。

 学ランを着た、男子中学生。その傍らで、何故か輪郭がぼやけて見える蒼い毛並みの犬。

 その正面に、一人の少女。少年よりは少し年齢が上らしいが、それでも若いことは間違いない。白いシャツに黒いスカート。幼い格好をして、その上に大きなコートを着ていた。

 彼らがこの時間帯、この場にいることは、それなりに説明はつく。駅で電車を待っている二人と思えば、それで説明が付く。けれど、それが成り立たない。

 少年が自転車で町内の中学校に通っているということが、少女がコートの下に隠した体には返り血と己の外傷により赤に染まっていることが、何かをねじまげている。

「俺がここに来たのも、この電車に乗ってでした」

 少年は線路の向こうを見据えながら喋りだした。

「いつか必ず広瀬さんのところに戻ってこよう。そう思ってこの町を出て、そして一年。再びこの場所にやってきて、俺は広瀬さんの記憶を改ざんし、色々な書類をつくり、俺に関わる人すべての記憶をねじまげました。まあ、素性をでっち上げるのは得意でしたからしんどくはありませんでしたけど……。で、十凪さん、腕の感覚は戻りましたか?」

 少女は両手を持ち上げた。つい三十分前まで切断されていた少女の両手。しかし今は奇麗に繋がっている。

「はい、雪坂さんの魔法のおかげで、痛いのがわかります……、神経も筋肉も繋がっているみたい」

 少年はうなずく。十凪の声は、とても落ち着いていて、まだ普通の人間でいられたころのような、優しげな少女のものになっていた。まるで、まだ高校生でいられるような、けれど、もうそんなことはありえないことを知っているからこその、笑みで。

「でも気をつけてくださいね。血液までは戻しようがなかったから、激しい運動はできません。できれば魔法も使わないようにしてください」

「はい……」

 少女が頷くのと、頭上のスピーカーから童謡が流れ出すのは同時だった。少年と少女は意味も無く上を見上げる。


『間も無く、上り甲麦行き普通電車が一番ホームに入ります。危険ですので白線の後ろに下がってお待ちください』


 夜の中、灯りのない線路の向こうから、光が差してきた。

 汽笛の音も聞こえる。

「来ましたね」

 少年は少女に言った。

「はい」

 少女は、どこか寂しそうに返した。少年は、その言葉の中に隠れた感情の揺らぎを無視した。

「とりあえず、西岡さんの死体は処理しましたが、社会的身分があって人の目を惹く仕事の人が行方不明になるのはなかなかまずい。もう次の電車にのってここから離れた方がいい。残念ですが、あなたがこの世界で生きていくには、社会的に死ぬしかない。俺のように身分をでっちあげるか、法の触れぬ場所に行くか、誰にも会わないか……」

「はい」

「広瀬さんに会わないまま去るのは心苦しいかもしれませんが、あなたのことを悪く思ったりは絶対しない人なので、安心して逃げてください。もし自分ひとりではどうしようもないことがあったときはさっき教えた方法で俺のところに送ってください。先に言っておきますが、魔法使いなんてみんなエゴの塊です。この先どんな人にあっても魔法使いにだけは心を許さないように」

「わかりました……。いろいろとありがとう、ございます」

 少年はできるだけ笑顔を取り繕う。

「十凪さん、十凪さんは俺より三つも年上なんだから、もっと砕けた言葉でいいですよ」

 

 電車が、ホームの端に辿り着き、二人の立つベンチ前に近付く。

 

「十凪さん」

 魔法使いが一人、この町を去る。この町を去って、そしてどこに行くのかはまだわからない。そして何回目だろうか? 少年は彼女の名を再び唱え、そして先ほどから我慢していたことを、口にした。

「なんですか?」

「俺はあなたを助けるように頼まれました。だからあなたを助けました。けれど、果たしてあなたがこの先生き延びていくことが幸せになるのかわかりません。もしかしたら、死んでいたほうがましだという人生を送ることになるのかもしれません。ただ、もうここで逃げれば、本当の意味であなたは人間としての生活を失い始めることになります。警察に出頭するのも、それとも逃げ続けるのかも、どちらが正しいのか、俺にはわかりません。俺はあなたに選択してもらうしかありません。けど死にたいというのなら……」

「私行くね」

 魔女は、遮った。

 少年は少しばかりあっけに取られてしまったが、その言葉にどことなく安堵ににた気持ちを感じ、もう何も言わなかった。

 いよいよ最終電車がホームに横付けになる。そしてブレーキが完全にかかり、停車する。

 中に人は乗っていなかった。

「あなたのことは、誰にも言いません」

 少年はそれを最後の言葉にした。

 したかったけれど、言わなければならなかった。

「ごめんなさい。こんな追い出すようにあなたを連れ出してしまって。俺は、広瀬さんのことで精一杯で、結局こんなことにしかできなかった。本当は、もっと別な方法だってあったはずなのに、あなたを助けることなんて、できていなかった……」


 それは違う気がした。少年は、一生懸命にやってくれた。本当は、誰よりも人間らしい心を持っていて、なのに自分を守るために悪魔にもなってくれた。

 謝らなければならないのは自分のほうなのだ。

 

 あなたの大事な人を巻き込んでしまった。

 

 自分よりも幼いくせに、自分よりも強大な魔力を帯びて、きっと自分よりも凄惨な人生を生きて、きっと自分よりも多くのことに傷ついてきたのだろう。

 だからこそ……


「――――――」

 少女は、少年と唇を重ねた。











 ドアが開き、車掌が一人降りてくる。

「乗りますか?」

 車掌は訊いた。

 ホームには、少女が一人、立っていた。だから訊いた。

 少女は、はいと一言答えると電車に乗り込んだ。


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