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おだ

作者: 岸田太陽

SIDE:ジョン



「はっ、はっ、はっ……。くそっ、何で俺がこんな目に……ッ!」


 洗い息を吐きながら、エリマキトカゲの戦士ジョンは悪態をついた。


 追手はまだ後ろにいる。

 それもこれも、ジョンが『おだ』を持っていると知れ渡ったせいだ。


 この街の地下深くに広がる迷宮。

 その奥に眠る秘宝『おだ』。


 ジョンが反則のような方法で他の冒険者を出し抜いて最深部に到達したのが今日の昼の話だ。


 帰ってくると、すでに『おだ』を手に入れたという話が広まっていた。

 広めたのはおそらく、あの犬頭のゴロツキだろう。

 口止め料として決して安くない金を払ったというのに。


 とにかく今は、ジョンを狙う追い剥ぎから逃げなければいけない。


 幸い、ジョンは走るのは得意だ。

 『韋駄天』や『水面走行』のスキルを使えば、逃げ切るのは難しいことではないはずだ。

 だが、このままではこの街にいる限り、襲撃が止むことはないだろう。


「畜生、冒険者なんてやめてやる……!」


 幸い、金になりそうな物は手の内にある。

 これをさっさと手放して、故郷に帰ろう。


 ジョンはそう決意した。



SIDE:レックス



 ホースマンのレックスは、有頂天になっていた。


 あの秘宝『おだ』を手に入れたのだ。


 酒場で隣に座った男、まさかあいつが噂のエリマキトカゲだったなんて。


 あのエリマキトカゲが吹っかけた額は決して安くはなかったが、払えない額でもなかった。


 迷宮の奥に眠る秘宝だ。買わない手はない。

 それに、これを使えば、いずれ元も取れるはずだ。


「おい、そこの馬男」


 軽い足取りで路地を歩いていると、背後から濁っただみ声がかけられた。


「あァ? 何だコラ?」


 ホースマンはホースマンであり、決して馬男ではない。

 ゆえに、ホースマンは馬男と呼びかけられるのを非常に嫌う。

 せっかくいい気分だったのが台無しにされたようで、レックスはイライラしながら声の主を睨んだ。


 ナイフや剣を持った男が四人並んでいた。


 レックスは舌打ちをする。

 大方、あのエリマキトカゲから買った『おだ』を奪おうという魂胆だろう。


「けっ、ザコどもが」


 レックスは手を腰に動かした。


 今のレックスには『おだ』がある。

 負ける気はしなかった。


 ――――数分後。


 物言わぬ死体と成り果てた四人が、路地に打ち捨てられた。


 強盗に襲われた者が殺されるのも、逆に強盗が返り討ちに会うのも、この街では珍しい話ではない。



SIDE:コルバー



 鳥人の研究者のコルバーは、足早に歩いていた。


 ついに、あの秘宝『おだ』を手に入れたのだ。


 一刻も早く研究所に帰って、早速解析を初めなければならない。


 もしこの解析結果を学会に発表したら、一躍有名人になれるに違いない。


 出版した本もバカ売れし、パテント料が山ほど入り、かわいい女の子が「すてき! 抱いて!」うえへへへ……。


 コルバーは頭を振って妄想を散らした。


「いかんいかん、私は学究の徒。研究と発見こそが私の喜びである」


 そしてゆくゆくはうへへへへへへ……。


 またそんな妄想をしていたのがいけなかったのだろうか、コルバーはちょうど脇の細い路地から出てきた人物に衝突した。


「あ、悪い、おっさん」


 ぶつかったのは猫人の子供だった。

 おざなりに謝ると、彼はすぐに立ち去った。


「お……、私はまだおっさんと呼ばれるような歳ではないぞ!」


 コルバーはそう怒鳴った。



SIDE:ユーノ



 手に入れた、手に入れたぞ!


 猫人の少年ユーノは、興奮を隠せずに走っていた。


 迷宮の奥に眠る秘宝『おだ』。

 一説によると、あらゆる病気を治すことが出来るらしい。


 たまたまその取引現場に居合わせたのだが、あの鳥人が間抜けな素人で良かった。

 大した苦労もせず、スリとることができた。


 これで、妹のフランの病気を治すことが出来るはずだ。


 そう思って走る彼の前に、


「おい、小僧」


 数人の男たちが立ちはだかった。


「な、何だよお前ら!」

「見たぞ。お前、さっきあの鳥人からスッただろう」


 ユーノはびくりと震えそうになった。

 内心の動揺を悟られないように注意しながら、


「何の話だ?」


 と返す。


「『おだ』のことに決まっているだろう」

「知らねーよ。なんだよそれ! 『おだ』ってあれだろ? エリマキトカゲが持ってんだろ?」

「しらばっくれるならそれでもいい。殺してから調べるだけだ」


 男たちはめいめいの武器を抜く。

 ユーノは唇を噛んだ。


 多勢に無勢。

 戦うのは論外。

 逃げるしかないが、逃げ切れなければ殺される。

 自分がもし殺されれば、病気のフランが一人で生きていくことは……。


「おとなしく『おだ』を渡せば、命は助けてやる」

「……くそっ」


 フラン、ごめんな。


 ユーノは懐から『おだ』を取り出した。



SIDE:フラン



「おかえりなさい、お兄ちゃん。……どうしたの?」


 猫人の少女、フランは、力ない様子で帰宅した兄を見て、心配そうに眉を寄せた。


「ああ、ただいま、フラン。……ごめん。フランの病気、治せると思ったのに……」


 兄はそう言って、ぽつりぽつりと話しだした。


 秘宝『おだ』を手に入れたこと。


 それを使ってフランの病気が治せるはずだったこと。


 しかし、それを強盗に奪われたこと。


「ごめん、フラン」

「お兄ちゃん」


 フランは首を振って言った。


「その『おだ』は、どうやって手に入れたの?」

「っ……、それは……」


 兄の反応を見てすぐにわかった。


 きっと、また危ないことをしてきたのだろう。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんが私の病気を治そうとしてくれるのはうれしい。私がこんなだからいっぱい迷惑かけてるのも分かってる。でも、お願いだから危ないことはしないで。病気が治せないのは残念だけど、それよりも、お兄ちゃんが無事でよかった」

「……フラン」


 フランは兄に抱きついた。


「ごめん、ごめんな」

「ううん、いいよ、だから、今度は危ないこと、しないで」


 猫人の兄妹は、しばらく抱き合って涙を流した。



SIDE:エリック



 エリマキトカゲの冒険者が『おだ』を手に入れた。


 配下の犬頭のチンピラからその知らせを受け取った盗賊のボス、エリックはすぐさま街中に配下を散らして、『おだ』を奪いに向かわせた。


 そしてついに、首尾よく『おだ』を手に入れた部下が帰ってきた。


 透明な瓶に入った液体。


 それが『おだ』の正体だった。


「くっくっく……。これが伝説の『おだ』か……」


 エリックは低い笑い声を漏らす。


 これさえあれば、山のような財産を、溢れるほどの力を、手に入れることができる。


「お頭! 『おだ』を手に入れやした!」

「は?」


 そこに一人の部下が駆け込んできた。


 何をたわけたことを言っているのだろう。

 『おだ』ならすでにここにある。


「こいつが『おだ』です!」


 そう言って部下が広げてみせたのは、薄汚れたマントであった。


「何をバカなこと言ってやがる! 『おだ』はそんな物じゃねぇ!」

「お頭! 『おだ』を手に入れやした!」

「はァ!?」


 そこに更に別の部下が駆け込んでくる。


「こいつが『おだ』です!」


 その部下が取り出したのは、小さい飾り気の無いダガー。


「馬鹿野郎! そんな物が『おだ』な訳ねぇだろが!」

「じゃあ、『おだ』って一体どんな物なんすか?」

「よく見ろ! これが……」


 と言いかけて、エリックは押し黙った。


 そうだ、確かに俺も『おだ』がどんな物で、どんな形をしているのか、知らない。


 もしかするとこの瓶が偽物で、あの薄汚れたマントが『おだ』かもしれない。


 あるいは、あのダガーが……。


「お頭! 『おだ』を手に入れやした!」

「お頭! 『おだ』を手に入れやした!」

「お頭! 『おだ』を手に入れやした!」


 そうしている間に、次々と『おだ』が持ち込まれる。


 革製の鞄、羽根付き帽子、バールのようなもの、スプーン、エトセトラ、エトセトラ……。


「い、一体、どれが本物なんだ!」


 エリックは我慢できずに叫んだ。



SIDE:ジョン



「はーやれやれ、気が楽になったなぁ」


 故郷への道のりを歩きながら、ジョンは明るい声を出した。


 あの後、執拗な追手に嫌気が差したジョンは、いらない道具類を全て売り払って、街を出たのだ。


 その全てを『おだ』と偽って、個別に高値を吹っかけながら。


 『おだ』の名前と、自分がそれを持っているという噂が一人歩きをしていたのに、誰一人として『おだ』の正体を知らなかったので、実に簡単な話だった。


 欲に目が眩んだ連中は、二束三文のガラクタを法外な値段でつかまされた、という訳だ。


 まあ、中には思い込みの力で、ジョンが売った安物の剣で無双している馬男もいるらしいが。


「それにしても、『おだ』ねぇ……」


 ジョンは呟いた。


 迷宮の最深部。ジョンは確かにそこにたどり着いた。


 しかし、そこには何もなかったのだ。

 今回の件は、ありもしない『おだ』に街中の皆が振り回された結果と言えよう。


 もっとも、そのおかげでジョンはしばらく遊んで暮らせるほどの稼ぎを手に入れたのだから、文句はない。

 確実に詐欺のような行為だが、連中の噂話に迷惑をかけられたのも事実だ。


 故郷に帰ったら、幼馴染のあの娘にプロポーズをしよう。


 そんなことを考えながら、ジョンは旅路を急いだ。



    §



 これはジョンも知らなかったことであるが――、


 迷宮の最深部には、さらに奥へと続く隠し扉があった。




 今でも『おだ』はその中に眠っている。

おだって何だよ!


お題:おだ

で書いた短編です。

このお題で書かなければいけなくなってしまった作者と同じ気持を味わっていただければ幸いです。

SIDE使いは短編だからやった遊びです。場面転換ごとにキャラ紹介してるので不要な気もします。

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[一言] お大事にって書こうとして おだ で力尽きて送信した 特に反省はしていない
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