お姫様の作り方
今日、おれの天使が言った、「とうさま、わたし、おひめさまになりたい! 」と。
娘をお姫様にするには、さて。
「そんなわけで、おれは王様になろうと思う」
我ながら実によい考えだ。よく思いついたものだと思うが、しかしこの決意表明に、目の前の男は実に微妙な顔をした。
「……冗談か?」
恐る恐る、といった問い掛けに、頓着せずに答える。
「本気に決まっている」
「だよなあ……」
言い切って、残っていた麦酒を飲み干した。口の中に消えていく泡を惜しく思うと同時に楽しみながら、たん、と空になった杯を置く。頭を抱える男に水を向けた。
「というわけで、手伝え」
「あああ、やっぱりそうきたか!」
おれの言葉に、目の前の男は悲鳴じみた声をあげた。大げさにのけぞった顔をがばと戻し、真剣な顔で諭してくる。
「思い留まれ。
他にもあるだろ、な、ほら、王子様の嫁にやるとか」
「はっ」
鼻で笑い飛ばす。何を言うかと思えば、阿呆な台詞に思わず笑ってしまった。秀才で鳴らしたこの坊主も、たまには間抜けたことを言うものらしい。
「うちの娘は天使だぞ。
嫁になぞ行けるはずない」
仕方ないので諭してやれば、いっそ面白いほど男の顔が歪んだ。
「そうだったな、お前は清々しいほどの親バカだったな……」
だから王様になるとかバカなこと言い出すんだよなあ、などと心外なことを言われた。バカなものか、可愛い可愛い可愛い娘の願いを叶えて、可愛い可愛い可愛い笑顔で「ありがとう、とうさま」と言われるるのは、親として享受すべき当然の権利である。
が、まあうちの天使がうらやましいのはわかるので、広い心で流してやろう。
「ひがむなよ」
「ひがんでねえよ!
なんだその顔腹立つ!」
頑張れ、いつかいいことあるさ――と言っても、うちの娘ほど可愛い娘が出来るとも思えんが――、という気持ちを込めて言ったのだが、心底腹立たし気に睨まれた。顔はどうしようもないので、黙って麦酒をすする。
「だいたい、なんでお前は、決める前に言ってこないんだよ。
普通は相談が先にあるもんなんだぞ?
毎度毎度決めた後に言ってきやがって」
ああまたはじまったな、とぶつぶつ言い始めた男を横目で見遣った。
こいつは頭もいいし付き合いも面倒見もよくなかなか気持ちのいい男なのだが、愚痴っぽいと言うか説教くさいのが唯一の難点だ。
「なんでそう融通利かない馬鹿なんだよ。
冗談言わない決めたら一直線の馬鹿とか、ほんっとうに救いようがねえよ!」
レミングかこの馬鹿、と悪態をつきながら頭を抱えている。眺めていれば、「なんでそう勢いで物事を決めるんだ」やら、「いつも忘れた頃にしでかしやがって」やら、ぽそぽそ文句を言っていた。
いつものことなのでほうっておくことにして、周っている店員に麦酒のおかわりを注文した。待つ間に腸詰にかぶりつく。ぷつりと皮が破れて、甘い油が口の中にじゅわりと広がる。麦酒のお替りが更に待ち遠しくなった。腸詰には麦酒、麦酒には腸詰だろう。
ひとしきり残りの麦酒と腸詰の素晴らしさを楽しんで杯を空にし、何となく目の前の男を見る。と、なにやらぶちぶち言っていたのが少しずつ小声になってきていた。長い付き合いの経験則から、そろそろ頃合かと目星をつける。
ちょうどいいタイミングで、店員が先ほど注文したお代わりを持ってきた。それを受け取り、未だ呟いている男に声をかけた。
「そういうお前は、悩みすぎる類の馬鹿だな」
「おれは馬鹿じゃない!
お前みたいな脳筋と一緒にするな!」
ばっと顔を上げ、吼えた相手の目の前に、たんと麦酒を置く。一瞬動きを止めた男に、にっと笑って言った。
「そうだな、お前は利口だ。
だから知恵をかせ」
呻く男は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、しかし麦酒を受け取った。つまり、承諾ということだろう。
「何に乾杯する?」
「……お姫様にだろ、全く!」
水を向ければ、物凄く不本意、と思っているのを隠そうともせずに吐き捨てた。思わず笑みがこぼれる。断られるとは思わなかったが、思い切るのにもう少し時間がかかるかと思っていたのだ。が、しかし、甘く見ていたらしい。全く、付き合いのいい男だ。
「問題は、だな」
ぐい、と乾杯で一気に空けた杯を脇によけ、男はおかわりを注文した。今日はおれのおごりということで、遠慮なく飲む気らしい。破戒坊主が酒臭いまま説教をする気だろうか、と翌日のことがちらりと頭をよぎったが、今までも問題なかったのでまあ大丈夫だろう、と口を挟んだりはしなかった。
「お前の職業はなんだ」
「肉屋」
「そこは傭兵って言えよ……。
なんか間抜けじゃねえか」
文句を言われたが、気にせずエ―ルを呷る。
男は何か言いたげだが、訂正する気はない。やってることは肉屋も傭兵もさほど変わりないだろう。切り刻んだ物が食える分、肉屋の方が上等だ。
「……まあいい。
傭兵だろうが肉屋だろうが、普通待ってれば国王になれる職業じゃないってとこだ。
譲位してもらえるくらいスバラシイ人物になるとか、気に入られるとかって方法もあるのかもしれんが、……まあお前は無理だろ」
そもそも王と知り合うツテもないしなと言われ、素直に頷いた。自分が他人に気に入られにくいことは――拳で語るような連中はともかく――、知っている。傷のある厳つい風貌が恐ろしいらしい。大の大人でも避けるのだ、子供は泣き出すものもいる。もっとも、娘は戦場で拾った始めの時から怖がらなかったが。さすが天使だ。
おれが頷いたのを認め、男が指を2本ぴっと立てた。
「お前が国王になるには、たぶん、3つの方法しかない」
「3つ?」
「単純な話だ。
空き地に国を作るか、既にある国を乗っ取るか、間にねじ込むかだよ」
肩を竦めてごく普通に言い放った男を見ながら、ふむ、と考える。が、考えてもわからなかったので、早々に聞き返した。
「どれが簡単だ」
「乗っ取り。
空き地に作ったら、お姫様が考える『お姫様な生活』を送るまで時間がかかるだろう。
で、ねじ込む時は2国以上が相手になる」
「ほう」
相槌を打ったおれを、目の前の男は胡乱気に見てきた。
「わかってないだろ」
「まあな」
頷いて麦酒を口に運ぶ。美味い。
そんなこちらを見て、男はため息をついた。麦酒を手にしているというのに勿体ないことだ、と思う。飲む時は楽しむべきだろう。
この、と男が、自分が座っているテーブルの縁を叩いた。
「このテーブルのこっち側には、2人しか座れない。
で、すでに2人が座ってる。
そこに座ろうと思ったら、椅子を作るか、座ってるやつをどかして座るか、2人の間に体をねじ込むかしかないだろう。
な、わかったか?」
ふん、と鼻で笑う。堂々と言った。
「わからん」
「何でこの説明でわかんないんだよ、お前は……」
呻きながら額を押さえた男が、再び顔を上げた。
「2個の踏み石の上に、それぞれ男が立っている。
で、お前もそこに立ちたい。
新しい石を探して切り出し整えて運んでくるのと、片方をぶっ潰して身包み剥いで追い出すのと、間に割り込んで2人をそれぞれ半殺しにして片足ずつ割り込めるの、どれが楽だ」
「1人を潰すのに決まってるだろ、馬鹿か」
「っの、肉体言語でしか語れない喧嘩馬鹿が……!」
そう思うならはじめからわかる言葉で説明をしてくれればいいと思うが、なぜかこの男は何時も試すようにこの段階を踏む。面倒だと思うが、正直なところ、話がわかろうとわかるまいと大した違いもないので放っていた。こいつが頭を使うなら、自分はその指示通りに動けば間違いない。わかってなくても結果は同じだ。
「じゃあ、潰す国を選ぶか。
お前、どこがいいとかあるか」
淡々と物騒な話をしながら、坊主がちらりとこちらを見て問う。それに肩を竦めてみせた。
「どうでもいい」
「だろうと思ったよ。
んじゃ、王政布いて情勢が不安定で隙があって攻めやすいとこ、適当に選ぶからな」
「おう」
とたんに考えに没頭し始めた男を見て、何となく声をかけた。
「なあ」
「あん?」
思考を邪魔されて不機嫌そうな男に、笑った。
「おれが馬鹿ならお前も馬鹿だろう」
「わかってるよ、くそったれが。
ったく、付き合いのいいおれに感謝しろよ」
苦々しげな声に、笑いが漏れる。
ガキの頃に、なんでお前はおれのやることに付き合うのか、聞いたことがあった。それにこの坊主は(当時は坊主ではなかったが)、見張ってないと真っ直ぐ突っ走って川に落ちるじゃねえかこの馬鹿が! と殴られた。当時から縦も横もおれに負けてた奴の拳は別に痛くなぞなく、小気味よかったのを覚えてる。ちょうど、今日のように。
以来、決めたことをこいつには言うことにしているが、なんだかんだ言ってそれに付き合うのだから、やはりこいつも相当な馬鹿だ。
結果として、おれはこの後、いくつかの国をぶっつぶして統合、王位……ではなく、帝位につく。始めに娘が喜んだもんだから張り切った結果だったが、何時までも切りがねえだろと坊主に殴られた。もっとも侵略を止めたのは、「もっと、とうさまと一緒に過ごしたいな」という天使の一言を聞いたからだったが。
のちに第一次世界動乱を引き起こしたと言われる狂覇王こと真華帝国初代紅帝と祭祀官の、これが始まりである。
お前こんにゃろうと言ってくださる方はありがたや。尻尾を振って媚びるので、読んでくださると更にうれしいでござる。
体調が悪くてしばらく書けなかったので、連載の続き前にリハビリということで。