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「ただいま帰りました」

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 わたしが玄関のドアを開けるとすぐに、お手伝いの弥生(やよい)さんが出迎えてくれた。

 高級住宅街に建つ、この家。

 庭も建物も広いことと、両親ともに忙しいことから、お手伝いさんを雇って家事全般をお願いしている。


「お荷物、お持ちしましょうか?」

「いえ、いいですよ。弥生さん、疲れてるでしょ? 自分で運びます」

「お仕事ですから、ご遠慮なさらなくてもいいのに」


 わたしが彼女の申し出を断ると、そう言って笑う。

 弥生さんは四十代くらいの女性で、ちょっとふくよかなところが、なんだか安らぎを与えてくれる。

 三人目(丶丶丶)のお母さんと呼んでもいいと思っているくらいの人。


「いつもお疲れ様です。それでは」

「お食事の準備も、じきに終わりますので、できましたらお呼びします」

「はい、お願いします」


 わたしは弥生さんに軽く会釈を残し、階段を上って自分の部屋へと向かった。


 高級住宅街に建てられ、お手伝いさんまでいるこの家。

 この家……なんて微妙な表現をしていることから察してもらえるかもしれないけど、わたしは正確にはこの家の子じゃない。

 実際には、養子ということになっているわけだから、今はわたしの家と言ってしまっていいのかもしれないけど。


 ただ、どうしてもすべてを受け入れる気にまではなれなかった。


 小学校二年生だった当時、わたしは両親を一度に亡くしてしまった。交通事故だった。

 その後、残されたひとりっ子のわたしを引き取ってくれたのが、本当のお母さんと学生時代からの親友だったという、藤星小百合(ふじほしさゆり)さんだ。

 小百合さんの家にはもともとよく遊びに来ていて、両親が事故に遭ったときも、わたしは出かける両親の邪魔にならないよう、この家に預けられていた。


 わたしは小百合さんの住むこの家に養子として迎えられることになった。

 すべてを受け入れる気にまではなれなかった、とは言ったけど。

 小百合さんはわたしを本当の娘のように可愛がってくれているし、そのことをわたしは心から感謝している。

 だけど、どうしても本当の両親の記憶がちらついてしまうのだ。


 ところで、藤星という名字からも想像がついたかもしれないけど、小百合さんの家は藤星女学園を創立した家系にあたる。

 正確に言えば、小百合さんの旦那さんである幸人(ゆきひと)さんの家系が、ということになるわけだけど。


 小百合さんは、わたしやゆりかごさんが通う高等部の学園長を務めている。

 そして幸人さんは、藤星女学園および藤星女子大を合わせた全体の理事長という立場にある人だ。

 高等部以外の学園長や、理事のメンバーも、小百合さんや幸人さんの親戚の方々が担っているらしい。


 そうすると、相当なお金持ちっぽく思えるけど、実はそうでもない。

 お手伝いさんを雇ってはいるものの、それは多忙な小百合さんや幸人さんには家事をする時間が取れないからで、仕方なくといった感じのようだし。

 それに、弥生さんは小百合さんの知人が経営する家政婦派遣会社の人だから、かなり格安で契約させてもらっているのだとか。


 もちろん貧乏ってことはないけど、それでも余裕はあまりない。

 だからこそ、わたしは昼食代をなるべく節約するようにしているのだ。


 そうそう、わたしが小百合さんの家に養子として迎えてもらっているのは、今話したとおり。

 なので当然のごとく、戸籍上の名前は藤星息吹となっているわけだけど。

 でも学校では、神奈息吹と、本当の両親の名字を名乗らせてもらっている。


 それは小百合さんが、この家の子になったことを受け入れられずにいるわたしを気遣ってくれたからだ。

 小百合さんには申し訳ないと思っているのだけど、わたしにとって神奈は両親の思い出がたくさん詰まった特別な名字。だから、その気遣いがとても嬉しかった。



 ☆☆☆☆☆



「ふぅ……」


 部屋に入ったわたしは、カバンを勉強机の横に置いて、ベッドに腰かける。

 いつもならすぐに制服を脱いで部屋着に着替えるところだけど、今日のわたしは、なんだかぼーっとしてしまっていた。

 さっき見かけてビビビッときた、「あの人」のことが気にかかっていたからだ。


 ゆりかごさんにも話したとおり、お父さんに似ているから、こんなにも気になるのかな……。

 お父さん……わたしが小学校二年生のときに死んでしまった、本当のお父さん……。

 すごく優しくて温かい、太陽のような笑顔が、鮮明な記憶として残っている。


 まだ幼かった頃の記憶までしかないから、それほどはっきりと脳裏に思い浮かべられるわけじゃないはずだけど。

 小百合さんに写真を見せてもらったことはあるから、そのイメージと重ね合わせているのだと思う。


 わたしが両親を亡くしていることは、ゆりかごさんには話してある。

 だからわたしが、「お父さんに似てた」と言ったとき、彼女の表情が陰ったのだろう。


 ゆりかごさんとは、中等部で初めて同じクラスになってからのつき合いだけど、お互いに心を許し合っていて、今ではもう、なんでも話せる間柄になっている。

 だからこそ、わたしは親友と考えているわけだし、きっとゆりかごさんも同じように思ってくれているはずだ。

 もしかしたらそれ以上に思ってたりして、なんて考えてしまうこともあるけど……。


 でもさっきは、わたしが「あの人」を気にかけているのを応援してくれているような、温かな笑顔と言葉を向けてくれた。

 明日は少し早めに起きて、気合い入れて髪の毛をセットしなきゃ。

 本当に会えるかどうかはわからないけど、それでもなんだか、とってもドキドキして、とってもワクワクして、考えただけで顔が熱くなってくる。


 こんな気持ち、初めてだなぁ……。

 なんか、いいかも。

 わたしは自然とにやけてしまっていた真っ赤な顔を枕に押しつけて、足をバタバタさせながら必死に恥ずかしさを紛らわせていた。


 コンコン、ガチャッ。


「お嬢様、お夕食ができました。……おや? どうかなさったのですか?」


 夕食の準備ができたことを伝えに来た弥生さんに、その様子を思いっきり見られてしまって、さらに顔を真っ赤にする羽目になってしまったのだけど。


「はう、なんでもないです! もう、弥生さんったら、ノックをしてから入ってくるまでの時間が短すぎます!」


 わたしは弥生さんを押しのけるように部屋を飛び出すと、階段をトタトタと駆け下りてダイニングルームへと向かうのだった。


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