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「ふふふ、やっぱり息吹さん、殿方は苦手ですのね」
なんだか嬉しそうに、ゆりかごさんがつぶやく。
「……ほっといてよ。だいたい、ゆりかごさんだって、ずっと女子校なんだから同じでしょう?」
「ふふふ、そうでしたわね」
それでは、そろそろ行きましょうか。
わたしの言葉をさらりとかわすと、ゆりかごさんはすでに男子生徒たちが通り抜けた道へと、ゆったりとしたいつもの動作で歩き始めた。
わたしの右手をぎゅっと握りながら。
と、そのとき、
「はぅっ!」
ビビビッ!
わたしの体中に、あたかも電気が流れたかのような衝撃が走った。
反射的に再び立ち止まるわたし。
ピンッと、つかんだままだったゆりかごさんの左手が伸びる。
「あら? 息吹さん、どうしましたの?」
「…………」
わたしは、ひと言も答えることができなかった。
それでも、視線は如実に答えを語ってしまっていて。
わたしがじっと見つめるその視線の先をたどるゆりかごさんは、にまっと、笑った。
「あらあらまぁまぁ、息吹さん、そうなんですのね~」
「あ……あの、えっと……」
どう答えていいものやら、さっぱり言葉にできず、どもりまくっているわたしに、彼女はズバッと解答を示す。
「あの殿方に、ひと目惚れしてしまいましたのね?」
耳もとに唇を寄せて、心底楽しそうな好奇の瞳を向けながら、ゆりかごさんはささやいた。
そう、わたしの視線の先には、ゆっくりと歩く、ひとりの男子生徒がいたのだ。
さっき通りかかった男子生徒たちの集団と同じブレザーの制服に身を包んでいるから、同じように春雨高校の生徒だろう。
ちょっとうつむき加減でゆっくりと歩くその人は、さっきの集団とは違って、ひとりで帰っているようだった。
ただなんとなく、その横顔が、わたしの心にビビビッと刺激を与えて……。
だけど……。
「いや、あの、その、ち、違うのっ……! そそそそ、そんなじゃ、なくって……!」
「そんなんじゃなくて、なんなんですの?」
「えっと、だから、ほら……! え~っと……」
「ほらほら、なんなんですの~? 言ってみなさいな」
「いや、だからね……」
もごもごと口を動かすものの、わたしは言いたいことを上手く言葉にできない。
「だから、なんですの? もういいではないですか。隠さなくてよろしいですわよ? 認めてしまいなさいな」
「いや、その、違うの、ただ……」
「ただ……?」
わたしはそっと、さっきの人の横顔を思い出す。
その横顔はまるで――。
「そう、ただちょっとだけ、お父さんに似てたから……。だから……!」
真っ赤になりながら、必死の抵抗を試みる。
でも、案の定というか、ゆりかごさんはより面白がってこんなことを言い出す始末。
「あらあら、息吹さんったら、お父さまラブでしたのね~」
「あのねぇ……、そういうのじゃないから……」
「ですが……」
つい今しがたまでちょっといやらしい笑みを浮かべていた彼女の顔が、ふっ……と、陰る。
「それも、仕方がありませんわよね……」
「…………」
ゆりかごさんのつぶやきに、わたしは言葉を返すことができなくなってしまった。
べつに、気にしているわけじゃなかった……はずなのに……。
わたしたちふたりが立ち止まったまま、こんなやり取りをしているあいだに、くだんの男子生徒はとっくに歩き去ってしまったようだ。
もうどこにも、その姿を見つけることはできない。
しばらくのあいだ、わたしたちは徐々に薄暗くなっていく夕焼け色の中、ただ黙って立ち尽くしていた。
「……明日は少し早めに、この待ち合わせ場所へ来るようにしてみましょうか」
ゆりかごさんはわたしの顔色をうかがいつつ、ゆったりとした口調で喋り始めた。
黙ったまま、わたしは頷く。
「ここがあの殿方の通学路みたいですから、待ち合わせしながら通りかかるのを待っていれば、きっとまた出会えますわ」
「……うん……」
ゆりかごさんの気遣いを受け、わたしもできる限りの笑顔を返すと、ついさっきあの人を見かけた曲がり角で手を振り合い、お互いの家へと向かって歩き始めた。