表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/42

-6-

「ふふふ、やっぱり息吹さん、殿方は苦手ですのね」


 なんだか嬉しそうに、ゆりかごさんがつぶやく。


「……ほっといてよ。だいたい、ゆりかごさんだって、ずっと女子校なんだから同じでしょう?」

「ふふふ、そうでしたわね」


 それでは、そろそろ行きましょうか。

 わたしの言葉をさらりとかわすと、ゆりかごさんはすでに男子生徒たちが通り抜けた道へと、ゆったりとしたいつもの動作で歩き始めた。

 わたしの右手をぎゅっと握りながら。


 と、そのとき、


「はぅっ!」


 ビビビッ!

 わたしの体中に、あたかも電気が流れたかのような衝撃が走った。

 反射的に再び立ち止まるわたし。

 ピンッと、つかんだままだったゆりかごさんの左手が伸びる。


「あら? 息吹さん、どうしましたの?」

「…………」


 わたしは、ひと言も答えることができなかった。

 それでも、視線は如実に答えを語ってしまっていて。

 わたしがじっと見つめるその視線の先をたどるゆりかごさんは、にまっと、笑った。


「あらあらまぁまぁ、息吹さん、そうなんですのね~」

「あ……あの、えっと……」


 どう答えていいものやら、さっぱり言葉にできず、どもりまくっているわたしに、彼女はズバッと解答を示す。


「あの殿方に、ひと目惚れしてしまいましたのね?」


 耳もとに唇を寄せて、心底楽しそうな好奇の瞳を向けながら、ゆりかごさんはささやいた。

 そう、わたしの視線の先には、ゆっくりと歩く、ひとりの男子生徒がいたのだ。


 さっき通りかかった男子生徒たちの集団と同じブレザーの制服に身を包んでいるから、同じように春雨高校の生徒だろう。

 ちょっとうつむき加減でゆっくりと歩くその人は、さっきの集団とは違って、ひとりで帰っているようだった。

 ただなんとなく、その横顔が、わたしの心にビビビッと刺激を与えて……。


 だけど……。


「いや、あの、その、ち、違うのっ……! そそそそ、そんなじゃ、なくって……!」

「そんなんじゃなくて、なんなんですの?」

「えっと、だから、ほら……! え~っと……」

「ほらほら、なんなんですの~? 言ってみなさいな」

「いや、だからね……」


 もごもごと口を動かすものの、わたしは言いたいことを上手く言葉にできない。


「だから、なんですの? もういいではないですか。隠さなくてよろしいですわよ? 認めてしまいなさいな」

「いや、その、違うの、ただ……」

「ただ……?」


 わたしはそっと、さっきの人の横顔を思い出す。

 その横顔はまるで――。


「そう、ただちょっとだけ、お父さんに似てたから……。だから……!」


 真っ赤になりながら、必死の抵抗を試みる。

 でも、案の定というか、ゆりかごさんはより面白がってこんなことを言い出す始末。


「あらあら、息吹さんったら、お父さまラブでしたのね~」

「あのねぇ……、そういうのじゃないから……」

「ですが……」


 つい今しがたまでちょっといやらしい笑みを浮かべていた彼女の顔が、ふっ……と、陰る。


「それも、仕方がありませんわよね……」

「…………」


 ゆりかごさんのつぶやきに、わたしは言葉を返すことができなくなってしまった。

 べつに、気にしているわけじゃなかった……はずなのに……。


 わたしたちふたりが立ち止まったまま、こんなやり取りをしているあいだに、くだんの男子生徒はとっくに歩き去ってしまったようだ。

 もうどこにも、その姿を見つけることはできない。

 しばらくのあいだ、わたしたちは徐々に薄暗くなっていく夕焼け色の中、ただ黙って立ち尽くしていた。


「……明日は少し早めに、この待ち合わせ場所へ来るようにしてみましょうか」


 ゆりかごさんはわたしの顔色をうかがいつつ、ゆったりとした口調で喋り始めた。

 黙ったまま、わたしは頷く。


「ここがあの殿方の通学路みたいですから、待ち合わせしながら通りかかるのを待っていれば、きっとまた出会えますわ」

「……うん……」


 ゆりかごさんの気遣いを受け、わたしもできる限りの笑顔を返すと、ついさっきあの人を見かけた曲がり角で手を振り合い、お互いの家へと向かって歩き始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ