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下校時刻、辺りはすっかり黄昏色に包まれていた。
授業の開始時間が少し遅めで、休み時間も長めに取ってある藤星女学園は、帰る頃にはもう完全に夕方となっている。
日が長い夏の時期ならそうでもないけど、冬だと薄暗くなっているくらいだ。
だからなのか、部活動なんかは自由参加となっていて、どの部活にも所属していない人は結構多い。
わたしもゆりかごさんも、そんな中のひとりだった。
だいたい部活をしてから帰ると、辺りは真っ暗になってしまうわけだし。
学園の敷地内にある寮で生活している生徒以外には、なかなか難しいところだろう。なにせみんな、お嬢様ばかりなのだから。
もっとも、お迎えが来てくれるような家の人なら、問題ないのかもしれないけど。
「それにしても、夕方ともなると少々涼しくなってきますわね」
「うん、そうだね~」
ゆりかごさんの言葉を肯定しながらも、わたしはその涼しさをほとんど感じることなく歩いていた。
すぐ横で、ゆりかごさんが寄り添うように歩いていたからだ。
彼女はわたしの右手をぎゅっと握りながら、ボリュームのある髪の毛もろとも、頭をわたしの肩に乗せている。
それにしても、こんなにぴったりと寄り添って歩くなんて。
ゆりかごさんって、いつもこんな感じなんだよね。
必要以上にべたべたくっついてきたり、手を握ってきたり……。
なんというか……。
そっちの趣味があるんじゃないかって思うくらい。
というか、周りの人たちから見たら、わたしもそういう趣味の子だって思われちゃうんじゃ……。
そう考えてはいるのだけど、ゆりかごさんは親友だし、わたしは拒否することなんてできないでいた。
べつに嫌ってわけでもないしね。温かいし、いい香りがするし。
……って、なにを考えてるのよ、わたしは!
おかしな考えに至ってしまい、それを焦って振り払おうとするわたしは、きっと顔を真っ赤にしていたことだろう。
夕陽の赤さが、隠してくれるといいな……。
「あら、どうかなさいました?」
「ううん、なんでもない……」
すぐ右の耳もとから聞こえるゆりかごさんの声に、わたしは余計に頬が赤くなっていくのを感じ、左側に顔をそむけてうつむきながら小さく答えることしかできなかった。
……恥ずかしいし、早く帰りたいな。
とは思っていたものの、ゆりかごさんはいつもどおり、ゆったりゆっくり歩く。
わたしとふたりきりの時間を噛みしめるように……。
実際、わたしの住む家は学園からそれほど遠くない。
待ち合わせ場所にしている曲がり角まで、あと少し。もう視界に入るところまで来ていた。
そこからゆりかごさんは、毎日ひとりで歩いて帰っていく。
曲がり角からゆりかごさんの家までは、結構な距離がある。
だからわたしは、一緒に彼女の家まで行ってもいいと提案してみたことがあるのだけど。
「そのあと息吹さんがひとりで帰ることを考えたら、わたくし、不安で仕方がなくなってしまいますわ」
ゆりかごさんはそう言って、きっぱりと断った。
「それに、短いからこそ、ふたりきりの濃密な時間が味わえるというのも、あると思いますわよ?」
さらにつけ加えられた言葉に、わたしはちょっと首をひねったものだけど。
こういう発言を聞いていると、ゆりかごさんってやっぱり、そっちの趣味がありそう、と思えてしまう。
ただ、わたしをからかって面白がっているような様子もあるから、確信を得るには至っていない。
ともあれ、どっちだって関係ないのかもしれない。
ゆりかごさんが大切な親友だというのは、疑いようのない事実なのだから。
と、唐突に――。
『このまま帰る』
『ちょっと立ち止まってみる』
いつもの選択肢。
ん~……っと……?
思わずわたしは、足を止めていた。
足を止めたということは、つまり立ち止まったということで。
「あっ!」
と思ったときにはもう遅く。
×『このまま帰る』
○『ちょっと立ち止まってみる』
選択肢は、すでに選ばれてしまっていた。
「どうなさいましたの?」
寄り添っていたゆりかごさんも当然ながら一緒に立ち止まり、わたしの顔をのぞき込む。
「ううん、なんでもない」
そう答えながらも、わたしの足は止まったままだった。
☆☆☆☆☆
それからすぐのことだった。ざわざわとした幾人かの声が、夕陽に染められた一角にこだまし始めたのは。
高校生と思われる男子生徒の集団が、曲がり角の向こうから現れたのだ。
どうやらそれは、近くにある春雨高校という男子校の生徒たちのようだった。
藤星女学園の指定通学路は、狭い道がほとんどなく、学校から近い道にはPTAの人が立ってくれていたりする。
もちろん、登下校時の安全を守るためだ。
そのせいか、春雨高校の生徒は、あえてこの道を外して登下校する人も多いらしい。
もともと藤星女学園が授業の開始時間と終了時間をずらしているのも、安全性を高めるためだと言われているから、藤星の生徒以外と出くわすことすら稀なのだけど。
そうは言っても、当然ながら藤星女学園専用の道路ってわけではないし、他の学校の生徒や近所の方々が通る場合だってある。
だからべつに、それは驚くべきことではなかった。
とはいえ、どうしても身構えてしまう。
小さい頃からずっと女子校生活だったわたしやゆりかごさんにとって、男性というのは、未知の生物みたいなものだから……。
それに、今日はなにかの行事でもあったのか、一度にたくさんの男子生徒たちが、この道を通っていった。
こんなにたくさんの男性がいる道を、平然と通ることなんてできないよ……。
きっとさっきの選択肢は、このことを警告してくれたのだ。
あのとき立ち止まっていなかったら、ちょうど曲がり角に差しかかったところで、大勢の男性の中に紛れ込んでしまうところだったから……。
でも、そのわたしの考えは間違っていたというのを、このあとすぐに知ることとなる。