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一瞬の迷い。
悪い癖が出る。
そんなたった一瞬だけの気の迷いが、わたしの死を決定づける……はずだった。
でも……。
目の前で光り輝くこぶしを振り上げたまま、それでも躊躇しているのか、ゆりかごさんと優季くんはぐぐぐ……とその腕を止めていた。
「ふふっ、さすがにお友達を手にかけるのは苦しいようですね~。友情のなせる業かしら?」
面白い見世物を楽しんでいるかのように、小百合さんは笑みを浮かべる。
「ですが……」
小百合さんはすぐに笑顔を真剣な表情の裏に引っ込めると、こう言い放った。
「後戻りはできないわよ~? ここで力を止めてしまったら、せっかくわたしが拡張してあげたパワーが暴発してしまうから~」
にやり。
さあ、どうするの?
小百合さんは表情だけで問う。
暴発したらどうなるのか――それは考えるまでもないだろう。
『力を跳ね返して、ふたりを吹き飛ばす』
『観念して、自分が犠牲になる』
わたしを急かすように、頭の中の選択肢が明滅し始める。
究極の選択。
ふたりを殺すか。
わたしが死ぬか。
二者択一。
揺れる心。
わたしをあざ笑いながら、小百合さんが問いかけてくる。
「息吹さん、さあ、どうするの~? お友達を、手にかけることができる~?」
…………。
「ふふっ……。できないわよねぇ~? もう、流れに身を任せてはどうかしら~?」
………………。
「大切な親友と、大切な恋人……にはまだなっていなかったかしら~? ともかく、そんなふたりに殺されるなら、本望ではなくて~?」
……………………。
わたしは答えない。
いや、答えられない。
そんな中、わたしを急かすそよぎさんの声が再び鳴り響いた。
――息吹さん、早く……! あたしの力じゃ、もう抑えきれない……!
苦しそうな声。
そうか、そよぎさんがふたりを止めてくれていたんだ!
小百合さんが拡張したというパワーを全力でぶつけてくるふたりを……。
そよぎさんの声は苦しそうに震え、一刻の猶予もないことを物語っていた。
……ありがとう、そよぎさん。考える時間を与えてくれて。
わたしは決断する。
もう、迷わない!
だって、お母さんと約束したんだもん!
わたしは負けない! 絶対に、勝つ!
大きくひとつ息を吸い込み、迷いを振りきった力ある言葉を勢いよく吐き出す。
「わたしの答えは……。こうよ!」
×『力を跳ね返して、ふたりを吹き飛ばす』
×『観念して、自分が犠牲になる』
両方の選択肢を、打ち消す。
どちらも、選ばない。
それが、わたしの選択だった。
――もう、ダメ……!
わずかの差で、そよぎさんが力尽きる。
ゆりかごさんと優季くんの光り輝くこぶしが、残光を従えながら振り下ろされる。
衝撃は――ない!
わたしは紙一重のところで、二方向から襲いくる閃光を避け、
そして、
嘲笑を張りつけたままの小百合さんへと、飛びかかる!
今までに感じたことのない、
最大級の怒りを爆発させながら!
「わたしの大切なお友達を利用するなんて、いくらここまで育ててくれた小百合さんでも許せない! 小百合さん、わたしはあなたを倒します!」
勝てる公算があったわけじゃない。
闇雲に突っ込むだけの、稚拙な突撃だった。
されど、怒りに身を任せたわたしは、どんな分厚い壁さえもぶち破れるほどの勢いに乗っていた。
追い風の後押しを受け、あたかも龍になったかのごとき早業で、稲妻を背負って一直線。
これで、終わりよ!
わたしはそのまま小百合さんに、全身全霊を込めた体当たりをぶちかます。
よけられるはずがない。そう思っていた。
実際、小百合さんはよけたりはしなかった。ただ……。
「そう来ると思っていたわ~!」
小百合さんはいともあっさり、両腕で受け止めたではないか!
ああっ、わたしのすべてを賭けた一撃が……!
最後の希望は、絶たれてしまった。
待っているのは……死?
だけど、待っていたのはもっと別のものだった。
ぎゅっ。
温もりが全身を包む。
気づくと、小百合さんはわたしを抱きしめていた。
「合格よ、息吹ちゃん」
「え?」
呆然とするわたしの背中には、さらに別の温もりが加わる。
さらには肩にも、トンと温かな手のひらが乗せられた。
「あ……あれっ?」
わけがわからず、キョトンとしているわたし。
――ようやく、連合メンバー集結ね。
「うん、やっとだね」
「ふふふ、なかなか楽しい余興でしたわ」
「ふふっ、そうねぇ~」
そよぎさんの声に、優季くん、ゆりかごさん、小百合さんがそれぞれに答え、笑顔をこぼす。
「え? ええ? ええええっ????」
小百合さんに抱きしめられ、背中からはゆりかごさんにそっと寄り添われ、肩には優季くんの手のひらが乗せられた状態のわたしは、ただひたすらに疑問符を飛ばしまくることしかできなかった。