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「息吹さん、ちょっとよろしいかしら?」
次の休み時間になった途端、クラスメイトの静香さんがわたしに話しかけてきた。
いつもどおりお散歩に出かけようと、わたしの席にゆったりと歩み寄ってきていたゆりかごさんよりも、さらに早く。
「はい、なんでしょう?」
「占いをしていただきたいのでしょう?」
わたしの質問に答えたのは、静香さんではなくゆりかごさんだった。
どういうわけだか、少々不満顔なのが気にかかるところだけど。
「はい、そうなんですの。お願いできますかしら?」
微かに首をかしげながら控えめにお願いしてくる静香さんに、わたしは否と答えることなんてできはしなかった。
「……ええ、いいですよ」
ちょっとだけゆりかごさんの顔色をうかがいつつ、わたしは申し出を受け入れた。
わたしには選択肢が視えるという能力がある。
だけどわたしは、他の人にそのことを話したりはしていない。
ゆりかごさんにだけは話してあるけど、彼女もそれを言いふらしたりなんて絶対にしない。
いつでも好きなときに選択肢が視えてくれるわけではないし、それ以前に選択肢が視えるのって、わたし自身に関わるような決断を迫られるときばかりのように思う。
だから仮に能力のことを話していたとしても、それで占いや予言ができるわけじゃない。
とはいえ、勘が鋭いだけなのかそれともやっぱり能力が影響しているのか、わたしの占いは当たると評判だった。
普段の他愛ない会話の中で、ふと「息吹さんはどう思います?」なんて尋ねられた場合に、わたしの言ったとおりにしたら上手くいった、ということが何度もあったからだ。
実際のところ、尋ねられたわたしのほうも、ただなんとなく思ったことを素直に答えただけだし、百発百中ってわけでもないから、きっと能力とは全然関係ない。
単なる偶然。
それでも、なにかにすがりたい、という気持ちもわからなくはない。
だからわたしは、占いをお願いされたら快く引き受けるようにしている。
占いを聞いた人も絶対ではないというのはわかってくれているから、もし言われたとおりに行動して失敗しても、文句を言ってきたりなんかはしない。
しいて文句を言うとすれば、わたしとのお散歩時間を減らされたゆりかごさんくらいだろうか……。
でもそんなゆりかごさんだって、わたしが占いを通じてクラスメイトとお話している姿を黙って見つめながら、ほのかな笑みを浮かべているのだから、咎める気なんてないはずだ。
「それじゃあ、伺います。なにを占えばいいのでしょう?」
「はい。今週末、伯母様のお屋敷でパーティが開かれるのですけれど、着ていくドレスが決まらなくて困っておりますの。どちらがいいか、占っていただきたいのですが」
「ふむふむ」
わたしは静香さんが取り出した二枚の写真を眺める。
真っ赤な薔薇をイメージさせる明るい色合いのドレスと、淡い紫色で落ち着いた印象を与える大人っぽいドレス。
どちらも高価そうだ。
だけどこれって、わたしに尋ねるような内容ではない気がする。
お嬢様学校と呼ばれる藤星女学園に通っているとはいえ、わたし自身は全然お嬢様じゃないのだから。
こんな高価なドレスなんて、お目にかかったことすらない。
「う、う~ん……」
さすがに頭を悩ませているわたしに、ゆりかごさんからひと言。
「そんなに凝視しても、息吹さんには品質のよさだとか色合いのセンスだとかなんて、わかるはずないでしょう? いつものように、ビビッときたほうを選べばいいのですわ」
なんだかちょっと失礼かも、と思わなくもなかったけど、それは今さら気にすることでもない。ゆりかごさんからの扱いって、普段からこんな感じだし。
だけど、彼女の意見はもっともだ。
そう考えたわたしは一度目をつぶり、軽く深呼吸をしてから、新たな気持ちで二枚の写真を見直してみた。
……あっ、なんか、こっちのほうが好きかも。
なんと適当な理由だろうか。自分でもそう思うけど。
その直感を信じて、わたしは紫色のドレスの写真を指差した。
「えっと、こっちがいいかな……」
「そうですよね、わたくしもそう思っておりましたの!」
わたしの答えを聞いた静香さんは、両手を組み合わせながら、ぱーっと明るい笑顔を振りまく。
……そう思ってたなら、わざわざ訊かなくてもいいのに……。
と文句のひとつも言ってやりたい気分ではあったけど、他の人の意見も聞いておきたいっていうのは、誰しもが考えることだろう。
今のが占いと呼んでいいのか疑問ではあるものの、わたしの占いは、意外と的確なアドバイスをしてもらえると評判らしいし。
意外と、っていうのが、ちょっと引っかかるところではあるな~とか。
わたしなんかの意見で物事を決めちゃって、本当にいいのかな~とか。
思うところは多々あるけど、わたしの言葉を聞いて喜んでくれている顔を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。
「息吹さん、ありがとうございました。またなにかあったら、お願いしますわね!」
「ええ。パーティ、楽しんできてくださいね」
笑顔を残して去っていく静香さんの姿を見送るわたし。
わたしのすぐそばには、ゆりかごさんの姿があった。
「ふふふ、息吹さん、相変わらず頼られておりますわね。毎週何人かは、必ず占いをお願いしてきますものね」
「あ……えっと、ごめんなさい、ゆりかごさん。お散歩に行けなくなってしまって……」
なんとなく責められているように感じたわたしは、素直に謝罪の言葉を述べる。
「いえいえ、気になさらなくていいですわ。息吹さん、占いをしているとき、とてもいい顔をなさってますもの。見ているだけで、わたくしも幸せな気持ちを分けてもらえますのよ」
「ゆりかごさん……」
彼女の温かな言葉に、わたしの心の中も温まっていくのを感じた……のだけど。
「それに、占いをしている息吹さんは集中しておりますから、わたくしも存分に楽しませていただきましたわ」
「……え?」
「ふふふ、やっぱり気づいておりませんでしたのね? 占いをしているあいだ、サラサラの髪の毛を撫でさせてもらったり、ぷにぷにの二の腕を触らせてもらったりしておりましたのよ?」
「ふえ?」
「それに~……、制服の中にそっと手を入れて、お胸のほうにまで……」
「ええええ~~~っ!?」
突然のわたしの大声で、教室にいる人たちが一斉に視線を向けてくる。
「あの、えっと、ごめんなさい、なんでもありません。みなさん、お気になさらないでください!」
慌てて言い訳をするわたしに、ゆりかごさんは口に手を当ててコロコロとした笑い声を響かせる。
「ふふふ。冗談に決まっているじゃないですか。目の前には、静香さんがいたんですのよ? そこまでしたら、静香さんだって何事もなく占いを聞いているはずがないでしょう? だいたいこのわたくしが、そんなことをするとお思いですの?」
悪びれた様子もなく言い放つゆりかごさんに、わたしは、
……してもおかしくないと思ってるから、あんな大声を出しちゃったんだよ。
なんて、もちろん口に出して言うことはできなかった。