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「ふふっ、なにをのんきに紅茶なんて飲んでいるかですって~?」
じっとりとした視線をわたしに送り、小百合さんは言葉を続ける。
「それはわたしが、今のこの状況を作り上げた張本人だからよ~」
「え?」
言っている意味が、よくわからない。
いや、わかりたくなかっただけかもしれない。
そんなわたしに、小百合さんは勝ち誇ったような笑みを向ける。
「つまりわたしも、神に選ばれた人間だと、そう言っているのよ~」
言われるまでもなく、今の小百合さんがわたしの知っている小百合さんではないことは明らかだった。
実際に別人……ってことはないと思う。
こんなに似ている人なんて、一卵性の双子でもなければありえないはずだ。
ともあれ、小百合さんに双子がいるなんて話、聞いたことがない。
とすると、今の小百合さんが操られているか、それとも普段の小百合さんのほうがニセモノだったか、そのどちらかだと考えられる。
そして今のこの状況の中でも平気なことから考えて、ゆりかごさんや優季くんと同じく、小百合さんも神様に力を与えられた人間だというのは確かなのだろう。
だけど、信じられない。
自分がこの状況を作り上げた張本人だと、小百合さんは語った。
つまり、全世界規模でウィルスをまき散らし、神々の戦いの舞台とすべくこの学園を暗雲で覆い尽したのは、彼女の力によるものだということになる。
そんなにも強大な力を与えられた人を相手に、戦わなければならないの?
わたしに与えられた能力なんて、選択肢が視えるってだけなのに……。
勝てるわけないじゃない!
だいたい、本当の両親が亡くなってからずっと育ててくれた小百合さんと戦うなんて、そんなこと……。
わたしが躊躇しているのを見て、小百合さんは満足そうに微笑む。
「あなたの考えていること、手に取るようにわかるわ~。家族ですものね~。でも、まだ気づいてないの~? 息吹ちゃんったら、相変わらず、鈍いわねぇ~」
その言葉に合わせて、奥側にあった鉢植えの陰から、ふたつの人影が姿を現す。
それは、ゆりかごさんと優季くんだった。
「ふたりを人質にするつもり!?」
わたしは小百合さんを睨みつけながら叫ぶ。
ゆりかごさんたちも、神様に力を与えられた人間だというのは、すでに聞いている。
だから、戦うべき相手ではあった。
でも、それ以前にわたしの、大切な友達なのだ。
それを知っている小百合さんは、わたしの迷いを誘い戦意を削ぐために、ふたりを人質に取る作戦に出た、といったところか。
わたしはそう考えたのだけど。
小百合さんは、ふっと鼻で笑う。
「なにを言ってるの~? おふたりは最初から、こちらの軍勢なのよ~?」
……え?
目を丸くしているわたしを、小百合さんは面白そうに眺める。
その両隣に、ゆりかごさんと優季くんは寄り添うように立ち、小百合さんと同じく微かな笑みを浮かべていた。
相変わらず、甘ちゃんですわ。うん、そうだね。
ふたりの瞳が、そう語っているかのような黒い輝きを放っている。
そんなふうに思えて、わたしはとっさに目を逸らした。
「ふふっ、わたしは連合軍の総指揮官なのよねぇ~。おふたりにはそれぞれ、あなたを監視する役目を与えていたの~」
うつむき、現実から目をそむけようとしているわたしに、小百合さんは物語を読み聞かせる母親のような優しい口調で語る。
「それは今回の覇権争いで勝つための布石……。ずっと前から、準備していたのよ~?」
聞きたくなかった言葉。
わたしの今までの時間が……楽しかったあの日々が……音もなく崩れ去ってしまう、悪魔のごとき言葉。
耳を塞ぎかけるわたしの頭に、声が響く。
――現実から逃げてはダメ!
そよぎさんが叫ぶ。
そうだ……。逃げちゃダメだよね……。
わたしは顔を上げ、三人をじっと見据える。
そしてさっきの小百合さんの言葉を、頭の中で反芻してしっかりと噛みしめる。
連合軍の総指揮官って言ってたよね?
神様の連合軍ってこと?
わたしは、三人まとめて……ううん、もしかしたら他にもいるのかもしれないけど、複数の人から成るグループと、ひとりで戦わなくてはいけないの?
――状況から見て、そういうことになりそうね……。
そよぎさんの声が、再び響く。
今度の声は弱々しい。彼女にとっても、想定外の事態なのだろう。
わたしはさらに、小百合さんが語った別の事柄について考える。
ゆりかごさんと優季くんは、小百合さんに指示され、わたしを監視していた。それも、ずっと前から……。
ということは……。
「それじゃあ、ゆりかごさんのことを親友だと思っていたのも、優季くんと仲よくなって楽しくお喋りしたのも、全部偽りだったっていうの!?」
頭の中だけで考えるつもりが、思わず口をついて悲痛な訴えが飛び出していた。
「そうねぇ~。すべて作戦のうちだった、ということになるわね~」
ふふっ。小百合さんが笑った。
ふふふ。くすっ。ゆりかごさんと優季くんも笑った。
あはは……。わたしも、思わず笑っていた。
乾いた、笑いだった。
「どうですか~? まだ戦う気力があるかしら~? ふふっ、弱虫な息吹ちゃんには、そんなの無理よね~?」
言葉が出ない。
「あなたはただ、負けを認めればいいのよ~?」
小百合さんは一歩前に出ると、
「さあ~……!」
わたしを包み込もうとするかのように両手を広げながら、ゆっくりと迫ってくる。
……負けたら、どうなるのかな……。
ぽつりと、そんな弱気な疑問が頭の中に浮かんだ。