-1-
特別棟の階段を駆け上って、わたしは屋上へと向かう。
進むべき場所が、ここなのか。確信があるわけじゃない。
それでも、なにかあるはず。
その証拠に、そよぎさんもなにも言ったりはしない。
神々の戦いに勝つためには、わたしが決断しなければならないらしい。
だけどそよぎさんは、決まりで手助けはできないと言いながらも、たびたび口を挟んでいた。
戦うのはわたしだけど、そよぎさんにとっても勝たなくてはいけない戦いなのだ。
さっき優季くんと会ったときなんて、笑顔を見てはダメとか、明らかにわたしを助けるような発言までしていた。
あれは規則違反なんじゃ、と思わなくもないけど、きっと無意識のうちに叫んでいたに違いない。
そよぎさんは、直接わたしを導くことはできなくても、不利になるような事態は避けたいと考えているのだろう。
つまり、このまま突っ走っていくことが、そよぎさんの望んでいる方向でもあるはずだ。
わたしは勢いに乗って、階段を上りきった。
目の前に、屋上へと続くドアが立ちはだかる。
いつもは閉めきられているそのドア。
とはいえ、わたしの勢いは止まらない。
ゆりかごさんに、屋上のカギが開いているのか問いかけたとき、彼女は大丈夫と答えた。
だから大丈夫。
その考えが正しいことは、すぐに証明された。
勢いよくドアノブつかむと、素早く回してドアを押し込む。
ドアは、わたしをいざなうかのように、難なく開いた。
屋上へと飛び出すわたしを、強い風が出迎えてくれる。
ツインテールの髪が風にもてあそばれ、まるで龍のように舞い踊る。
……っていうか、頭やら顔面やらにぶち当たって、ひたすら痛い。
こんなことなら、ツインテールになんてするんじゃなかった。
敵は自分自身の髪の毛か!
いやいや、落ち着け、わたし。
強風とツインテールの打撃に、思わず目をつぶっていたわたしは、手でガードしながらもゆっくりと目を開ける。
渦巻く暗雲。その中心へと向かって上昇する竜巻のような雲の柱が、屋上の奥のほうにはっきりと見えた。
でも、それよりも手前に。
わたしはなんだか場違いな光景を目撃する。
「あらあら、息吹ちゃん。よく来たわねぇ~」
そこには、
突風の吹き荒れる中、まったく動じることもなく、
ガーデンチェアーとテーブルをセッティングして、
優雅な雰囲気でティータイムを楽しんでいる、
わたしの義理のお母さんにして藤星女学園の学園長でもある、小百合さんの姿があった。
☆☆☆☆☆
「え……小百合さん? こんなところで、なにをしてるんですか?」
困惑に包まれながら尋ねるわたし。
小百合さんがティータイムを楽しんでいる周囲には、色とりどりの花が飾られていた。
さすがに屋上だからか、全部鉢植えだったけど。
その数はかなりのもので、小百合さんとテーブルやガーデンチェアーの周りをすっぽりと包み込んでいた。
テーブルの上には、ケーキや上品なお菓子類を乗せたお皿が並べられ、豪華そうなティーポットが置かれている。
小百合さんは微笑みをたたえ、やっぱり豪華そうなティーカップを片手に持ったまま、ゆったりとしたペースで口を開く。
「ふふっ、まぁまぁ、落ち着いて~。息吹ちゃん、せっかくだからあなたも一緒に、お紅茶でもどう~?」
ティーカップは、テーブルの上にいくつか用意されていた。
ガーデンチェアーも全部で四脚あるし、どうやら最初から誰かを招く準備は万端だったようだ。
わたしに紅茶を勧めてくる小百合さんの様子は、見る限り、普段と変わりないように思えた。
ほのぼのと屋上でのティータイムを楽しんでいたところに、わたしが踏み込んできただけなの?
ゆりかごさんはさっき、わたしを屋上へ導こうとしていた。
それはわたしをここに向かわせるのが目的ではなくて、実際には単なる時間稼ぎだったとか?
だけど……。
小百合さんがおかしいのは明白だ。
いくら雰囲気は普段と変わらないように見えても、こんなに暗雲が垂れ込める不気味な空の下でティータイムを楽しむなんて、ありえるはずがない。
これだけ激しく強風が吹き荒れているというのに、小百合さんのいる辺りだけ、まるで台風の目にでも入っているかのように風が止んでいるのも不自然だ。
それ以前に、どうして学園長である小百合さんがこんな場所にいて、ティータイムを楽しんでいるのか。
そもそも学園内でこんなことをしている状況からして、常識を逸脱している。
確かに小百合さんは、普段からちょっとのほほんとしすぎている部分があるけど、それでも決して常識外れな人ってわけじゃない。
疑問が頭の中を駆け巡り、わたしは思わず沈黙してしまっていた。
「あら? 息吹ちゃん、どうしたの~?」
痺れを切らしたのか、再び問いかけてくる小百合さん。
その声が引き金となり、わたしは自分の置かれた状況を思い出す。
そして、
「小百合さん! 学校中が……世界中が大変なんですよ!? なにをのんきに紅茶なんて飲んでるんですか!」
思いっきり怒鳴りつけるように大声をぶつけた。
急な反撃は予想外だったのだろうか。小百合さんは一瞬ギロリと睨みつけるような視線を向け、ガーデンチェアーからゆらりと立ち上がった。