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ホコリっぽさだけが残り、静まり返った渡り廊下。
「優季くん……」
わたしは気が抜けて、ぺたりとその場に座り込む。
神様に力を与えられた人間と、わたしは戦わなくてはならない。
それが、そよぎさんから力を与えられたわたしに課せられた使命。
だけど……だけど……。
「優季くんと戦うなんてこと、できないよ……」
わたしの苦いつぶやきに、そよぎさんはなにも答えてはくれなかった。
熱い雫が、心の奥底から湧き上がってくるように感じられた。
でもそれがこぼれ落ちるより早く。
わたしは、我に返る。
「そうだ、ゆりかごさん!」
周囲を見回し、親友の姿を探す。
さほど大きくはなかった爆発の規模から考えると、ちょっと多すぎるくらいのガレキが、うず高く積み重なっている。
そのガレキの山の陰辺りに、ホコリまみれになったゆりかごさんの白い腕が微かに見えた。
「ゆりかごさん!」
呼びかけながら、ゆりかごさんに近づこうとする。
目の前に立ちはだかるのは、ガレキの山。
ともあれ、軽い素材ばかりだったのか、ガレキは意外と簡単に払いのけることができた。
わたしはゆりかごさんの近くあるガレキをすべて払いのけると、彼女の傍らに寄り添った。
「ゆりかごさん、大丈夫!?」
「ええ……大丈夫、ですわ……」
にっこりと、
ゆりかごさんは笑顔を返してくれる。
「よかった……」
ほっと息をつく。
ぎゅっ。
ゆりかごさんがわたしの両手を握った。
「ゆりかごさん……」
そうだよね、いきなり背後から押さえつけられて、さらには頭上からガレキが降り注いできたんだもんね。
いくら普段は気丈に振舞っているゆりかごさんでも、さすがに怖かったよね。
ぎゅっ。
わたしも優しく、ゆりかごさんの両手を握り返す。
ぐいっ。
「え?」
ゆりかごさんはそんなわたしの手を引っ張り、そのまま抱き寄せた。
ぎゅっ。
今度は手のひらだけでなく、全身に彼女の温もりが伝わってくる。
ぎゅ~~~~。
そのまま、なんだか必要以上にわたしを強く抱きしめてくるゆりかごさん。
そんなに、怖かったのかな……?
でも……ちょっと、これは……。
「ちょ、ちょっと、ゆりかごさん……」
痛いくらいに強く抱きしめられ、ところ構わず触れられて、わたしは声を漏らす。
その声に反応したからか、ゆりかごさんは頭の位置をずらし、じっと、わたしの瞳を見つめてきた。
「どうしたんですの?」
強く抱きしめ合っていた体勢から、お互いに顔を向き合わせた、今の状況。
「わっ、ゆりかごさん、近い近い!」
すぐ目と鼻の先に透き通るような肌の綺麗な顔があって、喋るたびにお互いの息遣いが感じられるのは、いくら女の子同士だとはいえ、どぎまぎしてしまう。
そりゃあ確かに、ゆりかごさんは普段から、なんだかすぐに手を握ってきたり、べたべたくっついてきたりする傾向にはあったけど……。
いくらなんでも、これは、ちょっと、その……。
焦りまくるわたしをじっと見据えたまま、ゆりかごさんは微笑んだ。
「ここまで来た目的、お忘れですの? さあ、屋上へ行きましょう」
言われて初めて思い出す。
そっか、そうだった。
優季くんが現れたことで、すっかり忘れていた。
だけど……。
さっきの優季くんの行動を目撃していた上、このガレキにまみれた状況の中にいて、なおも落ち着いたまま促してくるなんて……。
どう考えても、不自然だ。
なんだか、瞳も虚ろな気がするし……。
そんなわたしの困惑もお構いなしに、ゆりかごさんはわたしを見つめ続ける。
「ゆりかごさん……?」
「なにを心配なさってますの? 早く行きましょうよ、ねぇ?」
彼女は背中に回していた腕を離すと、再びぎゅっとわたしの両手を握りしめて、
そして……、
にたぁ~。
不気味に、笑った。
『一緒に行く』
『離れる』
頭に浮かび上がった選択肢。
わたしは瞬時に決断していた。
×『一緒に行く』
○『離れる』
どんっ!
わたしは体をぶつけてゆりかごさんを突き飛ばし、距離を取ろうとする。
「あら、どうなさったのですか?」
一瞬目を丸くするゆりかごさんだったけど、強く握った両手は離してくれない。
わたしは彼女から離れることができなかった。
「なんて、白々しいことは、やめますわね。ふふふ、わたくしには全部わかっておりますわ、あなたの考えが」
ゆりかごさんは、わたしの右手を握りしめている手に、痛いくらいに力を込めた。
「ちょ……っと、痛いよ、ゆりかごさん……!」
必死に腕を引き抜こうとするわたしをあざ笑うかのように、ゆりかごさんの腕はびくともしない。
「ここまで言っても、まだ気づかないのですか? ……それとも、信じたくないだけなのかしら? ふふふ……」
「うう……」
うめき声を上げるわたし。
それが、手の痛みから来ているのか、心の痛みから来ているのか、わたし自身にもわからない。
ゆりかごさんを信じたい気持ちなのは確かだ。
でも……。
さっきから疑問に思っていた。
全世界規模のウィルスが猛威を振るっている状況らしいのに、ゆりかごさんは、どうして平気なのか……。
わたしは、そよぎさんという神様から能力を与えられた人間だから、大丈夫だった。
ということは……。
言葉にするまでもなく、明らかではあった。
それでも言葉にすることをためらう。
そんなわたしにトドメを刺すべく、ゆりかごさんは口を開いた。