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わたしもゆりかごさんも、足を止め、優季くんと対峙する。
優季くんは、春雨高校の制服を着ていた。
男性をほとんど見かけることのない藤星女学園の敷地内で、その姿を目の当たりにすることができるなんて。
これが何事もない日常の中で、たまたま尋ねてくれた彼と出会えた、というのなら手放しで喜ぶべき場面なのだけど。
優季くんは、どうしてここにいるの?
疑問はわたしの顔を強張らせる。
優季くんは、微笑みを浮かべたままだ。
でもその笑顔を、素直に受け入れられないわたしがいる。
隣にたたずむゆりかごさんの腕をそっとつかむ。
彼女もわたしの右腕に手を添えてくれた。
わたしが怯えているのは、優季くんにだってわかるはず。
黙って笑ってないで、わたしを安心させてよ!
全世界がこんな状態だから、心配になって飛んできたんだとか、言ってよ!
普段の優季くんの様子から考えて、そんなことを言ってくれるような性格でもないとは思うけど。
わたしのその望みは叶えられることなく、一刀両断のもとに斬り捨てられることとなる。
「屋上へは、行かせないよ」
「ふえっ?」
言葉の意味を理解するよりも早く、わたしの頭の中には選択肢が浮かび上がっていた。
『逃げる』
『逃げる』
『逃げる』
……え?
わけがわからず、呆然と立ちすくむわたし。
と、優季くんは笑顔のまま……まっすぐ飛びかかってきた!
とっさに横に飛んで、身をかわす。
鈍いわたしにしては珍しく、瞬時に動くことができたのは、選択肢が視えていたからだろうか。
結局、選んでいる時間すらなく、すでに選択肢は頭の中から霧散して消えてしまっていたけど。
瞬間的に身をかわすことには成功したものの、勢いよく横に飛んだあと、しっかりと地に足を着き、素早く身構える……なんて芸当が、このわたしにできるはずもなく。
バランスを崩したわたしは片膝をつく。
完全にすっ転ばなかっただけマシと言えるだろう。……運動とか、苦手だし。
ともかく、片膝をついた姿勢で優季くんに鋭い視線を向け、大声で呼びかける。
「やめてよ、優季くん!」
そんなわたしの悲痛な叫びに答えてくれたのは、優季くんではなくそよぎさんだった。
――無駄よ、優季くんもあなたと同じ。神に選ばれた人間だわ!
神に……選ばれた人間……。
だからこうして、戦いの舞台となっている藤星女学園の敷地内にいる。
だからこうして、今わたしの目の前に対峙している。
つまり……。
――そう、彼はあたしと敵対する神によって選ばれた人間。ひと言で表現すれば、「敵」ってことよ!
そよぎさんの言葉が、わたしの頭の中でぐるぐる回る。
とはいえ、何度その言葉を脳裏で反芻しようとも、どうしても受け入れられない。
ううん、受け入れたくなかった。
だけどそれは、夢や幻ではなく、紛れもない現実だった。
優季くんは睨みつけるわたしの視線から目を逸らすことなく、じっと見つめ返している。
不敵な笑みを、浮かべながら――。
この期に及んでも躊躇していたわたしが、悪かったと言えるだろう。
状況はより悪いほうへと転がっていく。
優季くんが……一瞬だけ視線を逸らした、と思った瞬間、視界から消えた。
いや、飛んだのだ。
……ゆりかごさんのほうへ!
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げるゆりかごさんの背後から腕を回し、彼女を押さえ込みながら、徐々にわたしとの距離を広げていく。
ゆりかごさんは身をよじって逃れようとするも、優季くんの腕によって完全に首周りと腰の辺りを決められ、成すすべもない。
いくら細身で繊細な雰囲気とはいっても男性である優季くんの力に、非力なゆりかごさんでは歯が立たないのだろう。
「優季くん、卑怯よ! ゆりかごさんを放して!」
わたしは叫び、素早く立ち上がる。
そしてゆりかごさんを助けようと、果敢にも立ち向かおうとしていたわたしに、優季くんが鋭い言葉を投げつける。
「おっと、動かないで。お友達の命が惜しかったら、黙って言うことを聞くんだよ」
にこっ。
いつもなら思わずぽわ~んと心が温かくなる優季くんの笑顔も、今の状況ではわたしの背筋を凍えさせる効果しかなかった。